日はまた昇る

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朝日新聞、吉田調書と吉田証言の誤報を認め謝罪する

9月11日、朝日新聞がようやく謝罪

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朝日新聞・木村社長が「吉田調書」報道で謝罪 「読者の信頼を大きく傷つけた」|弁護士ドットコムニュースより

昨夕(2014年9月11日19時30分)から朝日新聞の木村伊量社長が記者会見し、原発事故の吉田調書の記事の取り消しと謝罪を行った。
あわせていわゆる慰安婦問題の吉田証言に関する誤報について、誤報そのものと訂正が遅れたことを謝罪し、第三者委員会を設置し調査すると表明した。

朝日新聞社の木村伊量社長と編集担当の杉浦信之取締役らは、11日夜7時半から記者会見しました。
朝日新聞社は、ことし5月20日の朝刊で、福島第一原発吉田昌郎元所長が政府の事故調査・検証委員会の聴き取りに答えた証言記録、いわゆる「吉田調書」を入手したとして掲載した記事の中で、福島第一原発の2号機が危機的な状況に陥っていた3月15日の朝、「第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた」と報じていました。
これについて、木村社長は、記者会見の中で「『吉田調書』の評価を誤り、多くの所員がその場から逃げ出したような印象を与える間違った記事だと判断した」などと述べ、「取材が不十分で所長の発言への評価が誤っていたことが判明した」として、記事を取り消しました。
また木村社長は、「読者および東京電力の皆様に深くおわび申し上げます」と謝罪したうえで、みずからの進退について「経営トップとしての私の責任も逃れられない」として「抜本改革のおおよその道筋をつけたうえで、速やかに決断したい」と述べました。
杉浦取締役については、編集担当取締役の職を解くとしています。
さらに木村社長は、いわゆる従軍慰安婦」の問題を巡る自社の報道のうち、「慰安婦を強制連行した」とする男性の証言に基づく記事を先月、取り消したことについて、「誤った記事を掲載したこと、そして、その訂正が遅きに失したことについて、読者の皆様におわび申しあげます」と謝罪しました。
そのうえで、過去の記事の作成や訂正に至る経緯、それに日韓関係をはじめ国際社会に与えた影響などについて、第三者委員会を設置して検証することを明らかにしました。
また、この問題を巡って、ジャーナリストの池上彰氏が、朝日新聞に連載しているコラムで検証が不十分だと批判する内容を執筆したところ、朝日新聞側が当初、掲載できないと伝えたことについて、木村社長は「途中のやり取りが流れ、言論の自由の封殺であるという思いもよらぬ批判をいただいた。結果的に読者の皆様の信頼を損なう結果になったことについては社長として責任を痛感している」と述べました。

朝日新聞 「吉田調書」記事取り消し NHKニュース

 

ここに至る経緯を振り返ってみる

8月5日、朝日新聞慰安婦問題の吉田証言の誤報を認める

朝日新聞は、たぶんその報道の初期から、少なくとも1990年代前半には、吉田証言は怪しいとわかっていたと思うのだが、その撤回ができず最初の報道から実に30年余の歳月を経て、ようやく2014年8月5日に吉田証言の撤回を行った。
朝日新聞にしてみれば、それは長年のどの奥に刺さったトゲを抜く英断と考えたのだろうが、単に記事を撤回しただけで、謝罪の言葉もなく、なぜ撤回に時間がかかったのかという説明すらなかった。明らかに不十分な内容だった。

■読者のみなさまへ
 吉田氏が済州島慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました。

「済州島で連行」証言 裏付け得られず虚偽と判断:朝日新聞デジタル

 

安倍政権はほくそ笑んだと思う。そして8月18日産経が特ダネを得る。

権力闘争に身をおき、その権力闘争に勝ち抜いたからこそ今の地位がある政治家がこのチャンスを見逃すわけはないよね。
朝日新聞自らが長年放置していた薪に火を付け、煙はくすぶっているのに火を消したつもりになっている状況を見たら、朝日新聞を叩きたい人は何を考えるだろうか?
その火の延焼を促す?
それはあまりに直線的だと思わないか? それより他の薪に火を付けて、火消しに忙しくさせた方がいいよね。
ということで選ばれたのが「原発事故に対する吉田調書の5月の誤報」だったと思う。
今となってみれば、朝日新聞の記事はなぜこんなあからさまな誤報を書いたのか甚だ疑問に思う内容だ。吉田調書を読める立場にいる人だったら明らかに朝日新聞の飛ばしってわかるわけだからね。特ダネと世論を動かせるという欲望に冷静な判断を失ってしまったとしか思いようがない。当然その立場にいる人は「これはいつか朝日新聞に対するトガメとして使える」と考えるに決まっている。そして2ヶ月ちょっと寝かせた。そうしたら、朝日新聞自らが、「私をぶん殴って」と言わんばかりの記事を書いたというわけだ。
ぶん殴り方は、同じ新聞による徹底的な反論記事であるのが自然だからどこかの新聞社にそれを書かせたいところだ。そこで選ばれたのが産経新聞なのだろう。8月18日には、下の記事が掲載された。

朝日新聞は、吉田調書を基に5月20日付朝刊で「所長命令に違反 原発撤退」「福島第1 所員の9割」と書き、23年3月15日朝に第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していたと指摘している。
ところが実際に調書を読むと、吉田氏は「伝言ゲーム」による指示の混乱について語ってはいるが、所員らが自身の命令に反して撤退したとの認識は示していない。

【吉田調書】吉田所長、「全面撤退」明確に否定 福島第1原発事故+(1/2ページ) - MSN産経ニュース

産経は同時に菅元首相に対する批判も記事にした。菅元首相はブログなどで反論を行った。そして安倍政権は菅元首相に菅元首相の調書も公開すべきと持ちかけたのだろう。9月11日の公開は、当時の民主党政権の調書も同時に公開されることになった。これは当人の同意を得たとされている。事前に交渉があったのは間違いない。
民主党はこれによって当時の行動について反論ができる。だから同意したのだろうと思う。
こうしてお膳立ては整った。
 

8月22日、安倍政権は効果を見極めてタイムリミットを設定した

朝日新聞は混乱しただろう。2つの火の手があがっている。1つは既に過ちを認めたがそれが不十分として批判する動き。もう1つは更に誤報を認めざるを得ない状況に追い込まれる動き。この両方にどう対応したら被害が少ないか。その議論に紛糾しただろうことは容易に想像できる。そして時間が経つ。
政権は、その朝日新聞の窮状を冷静に見ていたと思われる。
そして、世論に押されるという形で、「吉田調書の公開」を決定した。
これは朝日新聞へタイムリミットを設定し、決断を促すという効果を持つ。


「吉田調書」公開へ 政府、9月中旬にも - 47NEWS(よんななニュース)

 

8月24日、次の手、NHKへのリーク

そしてマスコミや国民の目を惹きつけたところで次の手を出す。
NHKへのリークだ。

東京電力福島第一原子力発電所の事故当時、現場で指揮をとっていた吉田昌郎元所長は、過酷な状況のなかで、次々と緊急事態への対応を迫られました。
吉田元所長は、何を考え、どう判断していたのか。
政府の事故調査・検証委員会が聴取した、延べ28時間、400ページに及ぶ証言記録が明らかになりました。
吉田元所長の証言記録が明らかに (既に記事は削除されているので魚拓のリンク)

NHKが報道するなら真実だろうと思う人は多い(それにそれは真実だったしね)。NHKの記事は朝日新聞を直接批判するものではなかった。しかし、朝日新聞を批判し続けた産経新聞の記事を裏付ける内容だった。
ここに来て世論の流れは決定づけられた。これによって朝日新聞の判断の余地はますます少なくなったと思う。
調書のリークは続き、8月30日には読売新聞と共同通信も同様の報道を行うようになった。
 

最後のとどめは慰安婦問題の池上氏の掲載を断ったこと。9月2日、文春がすっぱ抜く

朝日新聞は確かに追い詰められただろうが、ただここまでの動きは、安倍政権の動きが垣間見られる動きでもあった。だから私はまだ朝日新聞の危機脱出手段はあるかもしれないと思っていた。
そのわずかな可能性を完全に打ち砕いたのは、慰安婦問題に関する池上氏の記事の掲載を断ったことだ。それは安倍政権の動きでもなく、同じジャーナリストがジャーナリストとしての良心に基づき書いた記事を、朝日新聞自ら否定したという点で決定的だった。
9月2日の週刊文春のこの記事だ。


池上彰氏が原稿掲載拒否で朝日新聞の連載中止を申し入れ (週刊文春) - Yahoo!ニュース

実は朝日新聞が池上氏のコラム掲載を断ったことを週刊文春が報道した時、私はそれは文春の飛ばしだと思った。
というのは、私は朝日新聞には問題が多いとはわかっていたが、さすがにそこまで愚かとは認識していなかったからだ。報道機関として論外の判断をすることは、この窮状を更に窮状に追い込むことがわかっていたからだ。
しかし、それは本当だった。
それはもう朝日新聞は組織を守ることに汲々とした既に報道機関ではない何かしょうもないモノになってしまったことを意味していた。
この時点で朝日新聞は詰んでいた。
 

9月4日、結局、朝日新聞は池上氏のコラムを掲載した

しかも、結局後日掲載した池上氏のコラムは、今となっては穏当としか思えないものだった。そのときの朝日新聞がもう正常な判断ができない状態であった傍証になるだろう。
9月4日に掲載された池上氏のコラムもリンクをはっておこうと思う。


(池上彰の新聞ななめ読み)慰安婦報道検証:朝日新聞デジタル

 

詰んでしまった企業は謝罪と第三者委員会の設置に追い込まれる

その流れを作ったのは、他でもない朝日新聞を含む日本のマスコミだよと指摘しておきたい。
だから、池上氏の掲載を断ったという文春の記事が出た9月2日には、朝日新聞は謝罪と第三者委員会の設置を行なうことになるのは確実だと私は予測した。次のコメはその証拠ということであげておこうと思う。*1

朝日はダメージコントロールに失敗したね。マスコミは一般企業の不正を批判する以上自社に非がある場合謝罪は必須。一般企業の不正と同様に他紙もこぞって批判するだろうし朝日はいずれ謝罪に追い込まれると予想する - the_sun_also_rises のコメント / はてなブックマーク

実際、その後、朝日新聞は他の新聞社や週刊誌、ネットなどで完全な袋叩き状態になっていった。
袋叩きも朝日新聞を含むマスコミがこれまで作り上げた日本の慣習だ。そして何の紛れ*2もなく、詰将棋のように朝日新聞を謝罪へと追い詰めていった。
そして、今日(9月11日)の謝罪会見に至ったのだとみている。
また同じ日に、政府は吉田調書など原発事故の聞き取り調査を公開した。

政府事故調査委員会ヒアリング記録 - 内閣官房

 

私の見方

私は現実主義者だ。現実主義を信奉する以上、自分の意見とは異なる様々な意見がある状態を受け入れる。それが現実だからだ。現実主義者にとって意見の多様性は好ましい状態だと強く言いたい。
だから、政府を批判的に見て報道するジャーナリズムを否定するどころか必要な存在だと思っている。
否定するのは、ジャーナリズムの名を借りた、誤報さえ目的のためには許されると考える似非報道機関だ。
朝日新聞はどちらだったのだろうか?
たぶんほとんどの記者は、ジャーナリストの挟持を持つよき記者であろうと思う。もう若くして亡くなってしまったのだが、私の中学時代の先輩はそういう真のジャーナリストとしての朝日新聞の記者だった。*3
ごく一部の、しかし朝日新聞の内部の自由な意見表明を圧迫する政治的な人物と、それを評価し昇進させてしまう社内風土を切り捨ててほしいと思う。それが本当にできるのかは、社長が作ると約束した第三者委員会の勧告の内容と、それを受けてどう社内を改革しようとしているのかという朝日新聞の経営陣の決断にかかっている。私はこれまでの朝日新聞を好ましくない存在だと思っていた。そういった批判者として、それがきちんとできるのか辛辣に見届けたいと思う。
その観点で今回の木村伊量社長の謝罪は評価するし、一方それを貫徹できるかは相当懐疑的に見ている。
 

今日ぐらいは祝杯を。でもほどほどに。

思い出

私は、物心がついてから父親がずっととっていた朝日新聞を読み育ってきた。社会に出ても朝日新聞をとり続けた。読み続けたのは30年余にわたる。だが96年だったと思うが北朝鮮による日本人拉致がほぼ確からしいとわかった時、朝日新聞は社説でそれでも日本に問題があると主張した。私はそれを読んで憤慨し(だってそれは今そこにある人権侵害だったからだ!)、朝日新聞をとるのを即座に止め、1週間後読売新聞をとることにした。そして今に至っている。北朝鮮による拉致という生存権(私は人権の中でも生存権を最重視している。だって私は人に殺されたり命の脅迫をされたりしたくないからだ)を脅かす行為に一番批判的なのは保守勢力だった。だから私はその時点でリベラルを止め保守の仲間入りをした。
2008年には60年以上朝日新聞を読み続けた父親が朝日新聞の社説をよんでムカムカすると言ってきたので、読売、産経、朝日、毎日で意見のわかれる問題の社説をコピーし読ませた。結局、父親は朝日新聞を止め、読売新聞に変えた。
朝日新聞は政治的過ぎる。
さすがに最近は北朝鮮を擁護する論調はなくなってきたが、韓国のナショナリズムに寄り添う記事は依然として多いと思う。
人権や人道を重視するリベラルと、韓国のナショナリズムに寄り添うことは、全く異なることだ。その差をわからない限り、私は朝日新聞を批判し続ける。
 

祝杯も飲み過ぎると二日酔いする

ついにあの高慢ちきな朝日新聞が陥落し、社長が謝罪会見を行った。実に気分がいい。ビールがうまい。
でも、いくら気分がいいからといって、祝杯を何杯も飲めば二日酔いにもなる。

右派のみんな!
今日は気分いいものな。乾杯しようぜ!
でもそれは今日限りにしよう。気分がいいからといって、なんでもできると思ったら必ずしっぺ返しがある。朝日新聞は屈辱に耐えようとしている。調子にのって叩き続ければ、今度は反撃にくるだろう。
それよりも本当に朝日新聞が変わるのか、見極めるのが重要だ。だから第三者委員会の報告を待とう。
第三者委員会の報告内容が不十分ならば、今度は国会での証人喚問という手がうてる。

私たち右派にもいろんな考えの人がいるが、共通の部分は、国益を守ることを重視する姿勢だと思う。
でもリベラルな人々は私たちとは違う考えを持っている。
これからの論争は、相手も強くなり骨が折れることになる。がんばらないといけない。浮かれすぎてはいけない。
 


追記

朝日新聞の謝罪が足りないという考えの人も多いと思うが、誤報の追及を行いすぎるとそれは他紙の報道にも影響する。それは報道の抑制を生む結果となって、結局左右の別を問わず私たち国民が不利益を被ると思う。
だから私は朝日新聞がやると言ったことが本当にできるのか、少し時間を与えるべきだと思っている。第三者委員会の人選等で問題があれば、それがわかった時点で批判をするというスタンスだ。(9/12 12:34追記)
 

*1:厳密には文春の記事を読んだ9/3の朝書いたコメント

*2:将棋用語 https://www.shogitown.com/tume/guide/dic-ma.html

*3:彼は医療機関の不正の報道に人生を賭けた

攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(実践編)

はじめに

この投稿の前編となる理論編では、攻撃的現実主義の基本的な理論の説明をした。
もし、まだ理論編を読んでいただけていないなら、ぜひ理論編から読んでほしい。この実践編では、説明の都合上、攻撃的現実主義の理論(大国政治の理論)で使われているいわゆる「専門用語」が頻出するのだが、その説明は、この投稿の前編である「攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(理論編)」に書いていて、それを読まないとわかりにくいだろうと思うからだ。

さて、前編となる理論編で私は『誤解を恐れず大胆に言えば、攻撃的現実主義とは、地球規模のまさに巨大な複雑系である「国際関係」を、「大国の行動原則」「国際システムの3つの特徴」「大国の4つの主な目標」「8つの生き残り戦略」によって、大胆にモデル化しそのモデルを思考の中で動かし、将来おこる可能性がある状況を明らかにしたうえで、自国がとるべき方策を導く理論だと思う。』と書いたが、後編となるこの実践編では、実際に国際関係をモデル化し、そのモデルを動かして現在の国際関係の分析を行ってみたい。
つたないモデル化だと思うが、理論をどのように現実分析に使うのか、具体的な方法についてイメージを持ってもらえればうれしく思う。
なお、今回は、台湾を除く東アジアについて考えてみた。

(練習問題)日本と韓国と北朝鮮しかない世界

最初に練習問題として、架空の簡単な国際関係についてモデル化したい。
日本と韓国と北朝鮮しか存在しない世界を考えてみる。国土の形は現実と同じだが、世界の他の国はすべて海になったという想定だ。なお、これは練習問題として簡単な問題にしたいので、北朝鮮核兵器は存在しないものとする。

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図1 日本と韓国と北朝鮮しかない世界

さてこの場合、3ヶ国はどう動くだろうか。
韓国と北朝鮮とは、陸続きで陸上兵力(ランドパワー)が対峙している。日本と韓国・北朝鮮との間には海が存在している。海は陸上兵力の投入の疎外要因になる。陸上兵力は他国を征服できる力を持ち、海空兵力よりも他国へ与える影響が大きい。
この結果、攻撃的現実主義にたつと、日本、韓国、北朝鮮しかない世界では、韓国と北朝鮮は強く対立するとまず結論付ける。両国ともまずはバランシング戦略のうち、内的バランシングを行い、相手国からの戦争を抑止しようとするだろう。そして海を隔てた日本に対し、自国の味方になるように働きかける。つまり外的バランシング同盟の結成を働きかけるのだ。
ところが日本は、韓国か北朝鮮かどちらかを選択し、同盟を結ぶよりも、韓国と北朝鮮とが互いに対立しあい、消耗してくれた方が自国の安全が図りやすくなる。そこで日本は、韓国と北朝鮮とが外的バランシングを狙ってアプローチしてくるのを利用して、ブラットレティング戦略をかける好機を狙うことになる。もし韓国と北朝鮮とが争うことになれば、より形勢が不利な側に援助を与え、決定的な決着がつかないようにふるまう。
一方、もし、韓国と北朝鮮が統一することになると、統一後の国が日本と対峙することになるのは確実であるため、両国が歩み寄り統一を図ろうとすると、日本は統一を妨害する動きを示す。

こんな感じだ。
この分析はあくまで架空の世界に基づいた分析なので、現実とは異なる分析となってしまうが、モデル化の方法を理解してもらえればいいなと思う。それだけの目的で記述した。

日本、韓国、北朝鮮のモデルに強い中国を追加する

日本、韓国、北朝鮮しかない世界をモデル化すると、突拍子もない分析結果を得てしまったが、これは分析に必要な国、つまりモデルから省略してはいけない国を省略してしまったため生じたことだ。
東アジアの分析を行う上でモデルから省略することができない国は、日本、韓国、北朝鮮と、アメリカと中国である。ロシアは微妙なところだが、昨今のロシアは東アジアよりも、ウクライナなどの欧州方面に関心が集中しているようなので、今はモデルから省略しても問題ないと思う。
なお、前項で分析した「日本、韓国、北朝鮮しかない世界」の分析が浮世離れした結果になったということは、ひとつの示唆を私たちに与えてくれている。つまり、例えば、日韓関係(日本と北朝鮮関係)だけ、あるいは日韓関係(日本と北朝鮮関係)のある問題だけをことさらに深く考察し結論を得たとして、それを国際関係、少なくとも東アジア全体の国際関係に当てはめて妥当性を検証しない限り、実現可能性のない机上の空論を導く可能性が高いということだ。部分最適の集合体は、決して全体最適ではないということを心する必要がある。

さて、次のモデルだが、現実の通り、3ヶ国に中国、アメリカ両国を加えたモデルを作って説明してもよいのだが、それを行うと、ややこしい各国の動きを全部説明しなければならなくなる。そこでわかりやすさを優先し、まずは日本、韓国、北朝鮮の3ヶ国に、強い中国を加えたモデルを作って説明したい。

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図2 日本、韓国、北朝鮮に強い中国を加えた国際関係のモデル

さて、上記の図が、日本、韓国、北朝鮮に強い中国を加えた図だ。強い中国とは、現在(それから将来にわたって)軍備の近代化を着々と行っている中国と考えてほしい。
このモデルでは、中国と北朝鮮との間は、張成沢氏処刑以来ぎくしゃくとしている両国関係を反映し、同盟関係を弱めている。
中国は着実に軍拡を行い、陸軍の近代化に成功し、更に空軍、海軍の装備を一新してきている。その結果、以前とは比べようもない軍事的な圧力が、日本、韓国双方にかかってくる。特に、中国からの距離が近いことに加え(戦闘機が空中給油なしに韓国の首都を攻撃できるぐらいの距離)、ぎくしゃくしているとはいえ、同盟国の北朝鮮を経由して陸軍を送ることもできるという関係にある韓国の方が、日本よりも強く中国からの圧迫をうけることになる。
この状況は、韓国にとって安全保障上望ましい状況ではない。

4ヶ国しかない世界では韓国はバック・パッシングを行う

図2のような、強い中国の存在がある4ヶ国しかない世界の場合、まず最初に韓国が安全保障上の問題を抱えることがわかった。そこで韓国は生き残りのための戦略を駆使して生き残り策を探ることになる。
攻撃的現実主義にたつと、この状況下で韓国が選択するであろう、実現可能性が高く効果的な方策は、「中国からの圧力を日本へバック・パッシング」することだ。
バック・パッシングには、4つの方策があるが、このうち「侵略的な国と良好な外交関係を築く方策」と、「バック・キャッチャーとの関係を疎遠にする方策」を併用するのが一番効果的だろう。中国との関係を改善し、日本への非難を強め関係を悪化させる。こうやって中国からの圧力を日本に向ける。

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図3 強い中国と、日本、韓国、北朝鮮の4ヶ国の世界では韓国は日本へバック・パッシングする

もし、中国と北朝鮮が強い同盟関係を維持していると、この戦略は失敗する可能性が大きくなるが、韓国にとって幸いなことに、中国と北朝鮮との関係はぎくしゃくしている。
さらに、この方策は、中国の戦略とも合致する。その2つの状況があるため、この韓国の戦略は実現する可能性が高いと考えられる。
中国は、潜在覇権国であり、地域覇権国となることを狙う。その時、この地域の2位のライバル国である日本の力(パワー)を削ぐことを最初の目標にすることだろう。但し、日本との間には、海が存在するため、相手国を征服する力がある陸上兵力(ランドパワー)を送る、すなわち戦争を行うことは難しい。
そこで、ブラックメール戦略を採り、日本へ軍事的な圧力(脅迫)をかける一方、残りの2ヶ国との関係を良好にし、日本を孤立させることを企図するだろう。
つまり、強い中国の存在がある4ヶ国しかない世界の場合、韓国は日本へ中国の圧力をバック・パッシングしようとする。そしてそれは中国の戦略とも合致するために成功する可能性が高い。かくして日本は孤立し、厳しい立場に陥っていく。
なお、このモデルは、アメリカが存在しないという点で、必要な要素を欠いたモデルではあるが、「もしアメリカがモンロー主義のような孤立主義になった場合」を考える思考実験のようなものだと思う。

アメリカを加えて分析:中国がまだ弱かった時代

さて、次は、日本、韓国、北朝鮮、中国に、アメリカを加えて、モデルを作ってみたい。
そこで、中国が強力になった影響を明確に理解するため、まず70~80年代の弱い中国、つまり陸上兵力の兵員は世界最大の規模を誇るものの、兵站にも移動能力にも戦車などの主要装備にも問題点を抱え、旧式な航空兵力しか持たず制空権を得る可能性がほとんどない中国を想定する。なお、70~80年代はソ連が健在であり冷戦の真っ最中であるので、実際の当時の東アジアの情勢はもっと複雑なのだが、ここで説明したいのは、中国が強力になることでいかに東アジアの国際関係が変化するかということなので、敢えてソ連は入れずモデルを作ってみたい。ある種の思考実験なのだが、こういったことが自在にできるのも攻撃的現実主義によるモデル化の利点だ。

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図4 中国が弱ければ、東アジアは安定した状態になる

韓国と北朝鮮は陸上兵力が向き合い対立している。
韓国にはアメリカが、北朝鮮には中国が同盟国として存在し、ともに相手国からの先制攻撃を抑止しようとしている。またアメリカは、日本とも同盟関係を持ち、日本が提供する海軍基地、空軍基地に展開した海上戦力、航空戦力によって周辺海域・空域の制海権、制空権を保持し揺るぎがない。
海上戦力、航空戦力に劣る北朝鮮、中国の同盟は、劣勢な戦力を兵員数、戦車等の装備数、戦闘機等の保有機数で埋めようとし、もしアメリカ、韓国側から先制攻撃をされれば、消耗戦に引きずり込み出血を強いる戦略で抑止しようとしている。
制海権、制空権はアメリカが完全に保持しているので、日本や韓国に対する中国からの軍事的な圧力はほとんどない。
こういった状況下では、韓国も北朝鮮も、更に有利な状況を得るために行えることは(少なくとも外交的な側面では)ほとんどない。
アメリカは中国を恐れてはいない。中国は固く身を守ろうとしている。
韓国は、日本との関係を大きな譲歩をしてまで良好な状態にする必要性もないが、一方、ことさらに日本との関係を悪化させる動機もない。日本との関係が悪化するのは、北朝鮮に対するバランシング戦略にとってマイナスと認識する。
日本は、東アジア情勢にあまり関心を持たなくても問題がない。
中国が弱い状況においては、韓国と北朝鮮の対立軸を中心にして、東アジア情勢は安定する。

日米韓同盟で強力な中国を抑止する場合、韓国の負担が大きい

前項では、中国がまだ弱い状態だったらという、半分思考実験的なモデルを作ってみたが、今度は今まさに私たちが直面している現実、そこにあるのは若干減員されたとはいえ、アジア地域で他国を圧倒する兵員数を誇り、旧式だった装備、戦闘機などを近代化し、更に空母などを保持し外洋海軍への道を着々と目指している中国を想定してモデルを作ろう。
それに対して、よく言えば、アメリカは、対話(アメ)とバランシング戦略(ムチ)とで、対応しようとしている。
アメリカは、アジアへのリバランスを大きな外交政策の柱にしているが、その一方で軍事費は削減しなくてはならないという相反した課題を有している。
そこで、アメリカは、アジアにおける同盟関係を強化して、アメリカのプレゼンスを維持、あるいはプレゼンスを増したうえで、軍事費を削減しようとしている。
このようなアメリカのご都合主義的なことが本当に期待できるのか?はとりあえず脇に置き、アメリカが求めていると思われる強力な日米韓同盟が成立したという仮定のもとにモデルを作ってみよう。

このケースは、日本にとってはとてもありがたい状況といえる。アメリカがいない4ヶ国だけのモデル(図3)では、日本は孤立し、中国からの軍事的圧力(ブラックメール)を1国のみで受ける状況となった。
それと比較して、今度は、日本、韓国、アメリカが協同して中国からの軍事的圧力に対抗できる。
アメリカも当然、アメリカ軍に加え、日本の自衛隊、韓国軍との協同により、中国の軍事的圧力に十分に対抗できる戦力を得ることができる。アメリカにも利益がある。
さて、韓国はどうかというと、またも地理的な条件と北朝鮮の存在という2つの課題が、韓国の安全保障上の問題として持ち上がってくる。つまり、日米韓3国同盟と中国との関係が悪化し緊張が高まると、韓国は、中国からの直接の軍事的な圧力と、北朝鮮からの陸上兵力の脅威という、2つの脅威を同時に受けることになる。
それがわかっているので、韓国は3ヶ国同盟と中国との間の緊張が高まらないように腐心することになる。
そして日本の動きに苛立ちを見せるようになるだろう。
日本はというと、中国との対峙の負担が軽減されるため、中国との関係において、3ヶ国同盟の力を背景に強気にでることができるようになる。それは、日本と韓国とを比較すると、力(パワー)は日本の方が有利なため、相対的な難攻さの確保によるバック・パッシング戦略が、日本の意図的、意図的でないに関わらず、自動的に発動するからだ。強力な3ヶ国同盟ができると、日本は韓国に中国からの脅威を肩代わりさせることができるようになる。
これは韓国の立場にたってみると、韓国の安全保障上、耐えることができない状況といえる。

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図5 強力な日米韓同盟を以って強力な中国と対峙しようとすると、韓国は日本のバック・パッシング戦略を受ける

韓国はやはり日本へのバック・パッシングを選択する

アメリカが望んでいると思われる日米韓同盟の強化は、韓国の負担が大きく、韓国が耐えられない状況になることがわかった。
そうすると韓国はどのように行動するだろうか。
やはり、大国政治の理論の生き残りの戦略を駆使して生き残り策を探すことになる。
ここで韓国にとって効果的と思われるのは、やはり日本に対してバック・パッシング戦略をとることだろう。

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図6 韓国が狙うべきバック・パッシング戦略

図3のケースと同じく、韓国は「侵略的な国と良好な外交関係を築く方策」と、「バック・キャッチャーとの関係を疎遠にする方策」を併用して「日本へのバック・パッシング」を図るのが効果的だろう。それは中国の戦略とも合致するために成功する可能性が高いのも図3のケースと同じだ。
図3のケースと異なる点は、日本とアメリカの同盟が存在し、その同盟は強力(アメリカ軍は世界ナンバー1の実力を持つ上に、日本の自衛隊も世界有数の実力を有する)なため、日本は孤立しないという点と、韓国の日本へのバック・パッシングは日米同盟を弱め、日米同盟と中国との間の緊張を高めることになるので、アメリカの不利益になる一方、韓国は韓国で北朝鮮とのバランシングのため米韓同盟を必要としているという矛盾をはらんでいるという点だ。
そこで韓国は、韓国の日本へのバック・パッシングは日本の責任であるとアメリカに抗弁し、米韓同盟を守る動きも同時に行う必要がでてくる。

現実には日本へのバック・パッシングは米韓同盟を揺るがす

ここまでは、純粋に攻撃的現実主義の「大国政治の理論」に基づき、東アジアの国際情勢をモデル化し分析してきたが、ここで一旦モデルでの考察は止めて、実際に起こったことを考慮してみることにしたい。
その理由だが次の通り。
韓国が狙った日本へのバック・パッシング戦略は相当うまくいった。現に中国の圧力は、東アジアでは主に日本に向かっている。
一方、米韓同盟を守るという点については、いささか韓国は重荷を背負うことになった。
確かにモデルの分析だと、日本のパワーは韓国のそれを上回るので、アメリカは米韓同盟より日米同盟の方を選択しがちという結論を得ることもできるが、それよりもアメリカにとっては日米同盟も米韓同盟も両方守ることの利益の方が大きいので、米韓同盟を毀損する動きにはでないとも考えられる。つまりこの件に関してはモデルだけで説明するのは少し無理があると思う。そこで、ここではモデルの話は一旦止めて、実際の動きを見ることにした。

なぜ韓国は韓国の行動は日本に責任があるとアメリカを説得できず、逆に韓米同盟に傷が残る形になってしまったのだろうか。私は、ここに韓国の朴槿惠大統領の3つの誤算があったのではないかと考えている。

  • 1つめの誤算:日本の行動

朴大統領の日本非難は、主にナショナリスト的性質を持つ安倍政権への警戒感を表明することで行われた。アメリカも当初警戒感をあらわにしていた。実際に2013年12月、安倍首相は靖国神社を参拝し*1、韓国の主張はアメリカに受け入れられるようにも見えた。
それに対して日本がとった行動は主に3つだと思う。
・日本の民主党政権時に棚上げになってしまった普天間基地辺野古移設」の進展
「TPP交渉」での日米合意を目指した交渉
集団的自衛権行使を容認」し、日米同盟の強化を図る
日本のこれら行動は、全てアメリカの国益に沿うことといえる。
一方、韓国はアメリカの国益を提供できなかった。韓国はアメリカのMDに参加しないと明言し、日韓秘密情報保護協定も拒んでいる。結局、国際政治は、理念ではなく国益で動いているという証左がひとつ増えただけになった。

図7のモデルにもまとめているが、北朝鮮は、韓国が中国に接近することで孤立感を深める。そこで「大国政治の理論」に沿って北朝鮮の戦略を考えると、①日本に接近する(バランシング戦略)中韓接近への牽制 という動きにでると考えられる。
理論上はそうなのだが、これまでの北朝鮮の行動をみていると、中韓接近への牽制は行っても、①日本に接近するという選択は行わないのではないかと私は考えていた。韓国も同じなのではないだろうか。日本と北朝鮮との会談の結果、日本が対北朝鮮制裁の一部を解除したことに対する韓国の反応*2などを見ていると、韓国も意表をつかれたのではないかと思える。
なお、北朝鮮が短距離ミサイルを発射したり、ロケット砲を発射したりしている行動は、中韓接近への牽制としての行動だ。つまり、北朝鮮軍の存在を誇示することで、韓国に米韓同盟の重要性を再確認させる=中国へ近づきすぎることへの牽制を目的にしていると評価している。

  • 3つめの誤算:中国の行動

韓国が中国と協同し、日本の侵略的性質を非難し、中国の圧力を日本へバック・パッシングする。韓国にとって、これ自体は、間違った戦略ではないと考える。
ところが、日本を「侵略的国家だ」と非難しているすぐ脇で、協同している中国が南シナ海で国際世論から「侵略的だ」と非難を浴びるような行動をとっている。これは韓国の誤算だったのではなかろうか。中国の攻撃的な行動のため、韓国の主張の正当性が相当損なわれたのは間違いなかろう。
中国にしてみれば、地域覇権国を目指す動きの中で、東シナ海でも南シナ海でも、海洋利権で争っている国(主に、日本、フィリピン、ベトナム)には、ブラックメール戦略(軍事的な脅し)と、サラミ・スライス作戦と揶揄されるが少しずつ海洋利権を奪取する「低強度戦争」の実施という戦略を等しく実施しているのであり、対日本だけ特別扱いしていないようなのだが、それでも韓国の主張にとってはダメージがあったと思う。

その結果、韓国は米韓同盟で重荷を背負った状態になった。
では、一旦止めていたモデルによる分析に戻ろう。そこで、韓国が米韓同盟で重荷を背負った状態と、北朝鮮の対応まで含んでモデル化してみる。これが、最新版の東アジア情勢のモデルになる。

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図7 韓国のバック・パッシングは成功した。しかし代償として米韓同盟が揺らぐ。

韓国が、日本へのバック・パッシング戦略を徹底して、中国との協同歩調を高めようとすると次のことが生じる。

  • 日米韓の同盟を強化して、中国へのバランシング戦略を実施しようとしているアメリカの戦略を阻害することになる。
  • 中国と完全な協同歩調をとるのは、採るべきでない戦略である「バンドワゴニング(追従政策)」と同じになる。それは長期的に韓国の国益を損ねる

一方、今度は韓国がアメリカの要求を受け入れて、アメリカの中国に対するバランシング戦略の一翼を担おうとすると次のことが生じる。

  • アメリカの要求を受け入れたことで、中国との関係が悪化し、日本へのバック・パッシング戦略が効かなくなる。その結果、中国からの直接の圧力を受け始める。
  • 中国の圧力に対抗するため、日本、アメリカの3ヶ国協同で外的バランシング同盟を作ると、日本から韓国へのバック・パッシング戦略が発動し、さらに中国からの圧力をうけることになる。(図5)

結局、韓国は、日本へのバック・パッシング戦略が毀損しない範囲で、アメリカからの要求を受け入れ、米韓同盟を維持するという、かなり狭い選択しかできなくなるだろう。いつまでそれが通用するかは、アメリカと中国の忍耐次第というところだろう。
ここまでが、モデルの分析によって導かれる結論だ。

プロセスの説明

国際関係論も社会科学の一つであり、それはなんらかの実証的なプロセスに沿って行われねばならないが、そういったプロセスをあまり意識せずにごっちゃに考えている人もいるようなので、私が用いているプロセスを説明したい。私は、次の3つのプロセスで思考している。

  • 観察
  • 分析
  • 評価

「観察」のプロセスは理論編でも実践編でも説明していない。これは日々の動きを見る中で行う。過去については文献にあたる。このプロセスは、攻撃的現実主義、すなわち大国政治の理論は関係がない。ただ情報を集め、何が起こったかをストックするだけだ。

この実践編でここまで書いたのは、「分析」のプロセスになる。この分析のプロセスこそ、攻撃的現実主義、すなわち大国政治の理論を使い、国際関係をモデル化することで行うものだ。その際基準となっているのは各国の国益になる。そしてこの分析のプロセスでは、モデルに登場する国の動きをそれぞれ考えないといけないので、善悪や価値観などは排除するよう努力する*3。というより、このようなモデル化を行い、各国の動きを考える中で、善悪の判断とか価値観とかを考えるととたんにモデルが動かなくなってしまう。
Wikipediaに書かれている「価値観を排除して国際関係を客観的に分析しようとする点に特徴」があるという説明は、こういった特徴を説明していると考えている。

こうやって得た分析を、ある国(複数の国である場合もあるが)の立場で、その国がどのような戦略を採るべきか考えるのが、「評価」のプロセスだ。当然、このプロセスでも大国政治の理論を使うのだが、この評価のプロセスは、特定のある国の立場で行うものであり、私の場合、その国というのは母国である「日本」以外にはない。
このプロセスには、母国であるがゆえに「日本」だけを特別に考え、他国を「日本」との関係のみで評価するという「価値観」は存在する。基準は、ここでも国益だ。
当然、採るべき戦略を考えるわけであるから、日本にとって国益が一番大きくなるよう考える。それを願望という表現であらわそうと一向に差し支えない。本質は実現可能性だけであって、呼び方ではない。

さて、東アジアの情勢の記述に戻ろう。
次からの文章は、上記の「評価」のプロセスになる。ここからは、「日本」だけを特別に考え、他国を「日本」との関係のみで評価するという「価値観」は存在する。重ねて指摘しておきたい。

東アジアのキャスティングボートは韓国が握る

モデルを使った分析の結果、今後の東アジアの情勢は、韓国が焦点になっているということがわかった。すなわち「韓国がキャスティングボートを握っている」といえる。
このキャスティングボートは、口の悪い人だと「踏み絵」と呼ぶかもしれない。韓国にとっては、その選択を行うことがあまりうれしくないからだ。
とはいえ、韓国がどの選択をするかによって、日本の採るべき戦略は大きく変わる。それまでは、アメリカと協同して、韓国に選択を迫る外交を行わざるをえないだろう。
日本にとっては、その外交は「韓国のバック・パッシング戦略への抵抗」と言っていいと思う。
それくらい日本は、バック・パッシング戦略を、韓国に華麗に決められてしまっている。*4


韓国のバック・パッシング戦略への抵抗

現状

日本の今の状況を端的に説明すると、次のようになるだろう。

  • 韓国のバック・パッシング戦略によって、日本は中国からの軍事的圧力を東アジアでは1国だけで受けている。それが大きな負担になっている。
  • 一方で、韓国は北朝鮮の軍事的圧力に対するバランシング戦略において、アメリカのパワーに依存している。
  • しかし、そのアメリカのパワーの投影は、後背地たる日本のアメリカ軍基地と日本が提供する兵站能力に依存している。
  • 日本は、韓国が中国の脅威をバック・パッシングするのなら、北朝鮮の脅威に対する韓国のバランシング戦略は、日本の負担にただ乗り(フリーライド)していると感じはじめている。そして徐々にその負担を重く感じつつある。

朝鮮半島有事での在日米軍に対する日本の許諾

日本にとっては残念なことに、韓国のバック・パッシング戦略に直接対抗する方法を日本は持っていない。
まずは、安倍首相が、朝鮮半島有事の際の在日アメリカ軍の出撃について「日本が了解しなければ韓国に救援に駆けつけることはできない」と発言して牽制球を投げたが、実際に朝鮮半島有事で在日アメリカ軍が本当に出撃しようとしている時に、日本が反対できるかというとそれは事実上不可能と思う。もし日本が反対し出撃を拒否するとその瞬間に日米同盟も危機に至ることになるだろう。
但し、韓国の日本を無視する行動に対する不満の表明は正当なものと思われるので、こういった牽制を行うのはそれはそれでよかったのだと思う。

アメリカとの同盟強化とアメリカの圧力の利用

結局、韓国への直接反撃は難しいので、日本はアメリカとの関係強化という方策で、韓国のバック・パッシング戦略へ抵抗するのが賢明だろう。

こういった努力が必要だろう。

残念ながら、最後は、アメリカの力に頼らざるをえない。情けないがアメリカ頼りという感じだ。
アメリカは、韓国の中国接近を好ましくは思っていない。当然圧力をかけている。その圧力によって韓国が心変わりするか、それを待つしかないだろう。

慰安婦問題などの個別問題との関係

さて、これらの対応を書いてみたが、そういえば先日書いた“河野談話検証で手詰まりとなった日韓両国 - 日はまた昇る”であげた日本の対応策と似ている。結局、「慰安婦問題」のような個別問題にしても、全体的な外交と齟齬をきたす対応はできないということだ。そして日本にとって大事なこと、すなわち韓国のバック・パッシング戦略を止めさせることに、日本は外交努力を集中すべきだと思う。
韓国にバック・パッシング戦略を諦めさせる、具体的には中国と協同した対日批判あるいは韓国単独の対日批判の終了(きちんと共同声明等文書が残る形で終了を宣言する必要があるがそれと)と引き換えに、韓国に対して慰安婦問題で謝罪をするのは、等価だと思うし、そんなことはやればいいと思う。
ただ、韓国もそうやすやすとバック・パッシング戦略を諦めるとは思えないので、日韓関係は手詰まりだと書いた。それは慰安婦問題のような個別問題というより、ここで書いたような日韓を含む東アジアの当事国同士の全体的な戦略の問題だと考えている。

北朝鮮

北朝鮮の反応は、中国と韓国が近づいたことによる反作用的な動きだと思う。
したがって、中国と韓国が少し疎遠になれば、日本への接近を行う意欲が減衰するだろう。
日本もアメリカも、中国と韓国が接近することは好ましくないと思っている。そうならないように外交的に働きかけ、外交的圧力もかけている。
それらが効果を発揮しないか(つまり外交の失敗)、効果を発揮するまでの短い期間、北朝鮮は日本に接近するだろう。
その間に、日本人拉致問題がひとまずの解決を見るといいのだが。ただ時間は限られる。楽観はできないと思う。

対中国

(注)この項は、この投稿で説明した方法にもとづき、他の地域(台湾、東南アジア、インド洋等)も分析した上で、評価している。これまでの文章と少々繋がりがない点はご容赦いただきたい。

中国は、地域覇権国を目指している。東シナ海南シナ海で行っていることは、その目標に至る道筋のほんの始まりにすぎない。
アメリカも徐々に中国に対して強硬なスタンスに移っていくだろう。アメリカは否応なく中国封じ込め政策を取らざるをえなくなっていく。
日本は、このアメリカの動きを見越して、中国に対する外的バランシング同盟の結成に寄与すべきだ。
まずは、オーストラリアとインド。次に、東南アジア各国。
中国の地域覇権国を目指す行動は、少なくともあと10年以上続くと考えるべきだろう。長丁場になる。特に台湾はかなり厳しい状況になるだろう。
戦争に至らないようにしながら、中国の領土的野心を挫く。達成困難な課題であり、日本も含めて周辺各国は厳しい時代が続く覚悟は必要だと思う。

最後に

この投稿は、id:scopedog氏の“とりあえずダメだししときます。 - 誰かの妄想・はてな版”の反論として書き始めたものだけど、この投稿の内容には個別に反論はしないので、興味がある人は読み比べていただきたい。
それよりも、国際関係論でいう現実主義とか、その現実主義の中のひとつである攻撃的現実主義とか、誤解が残っているのはよくないと思うので、その紹介記事を書いたつもりだ。

この投稿で私がいいたいことは次のことだ。

日本をめぐる国際環境は今後ますます厳しくなってくる。
国際関係を、個別の二国間関係、更にその二国間関係のひとつの問題だけに集約して議論をしても、それは全体最適、すなわち日本の国益、日本のすすむべき方向を議論することとはならない。
まずは、国際関係全体を鳥瞰した、さまざまな分析が必要だ。
そこで、私は、攻撃的現実主義に基づく国際関係全体の分析を書いてみた。
これに反論のある人は、ぜひ他の方法、理論を基に、東アジアに限らず、国際関係全体の分析を書いて投稿してみてほしい。それが本質的に日本の外交を論じるための第一歩だと思う。

*1:私自身は、靖国神社へ年数回参拝するし、首相が参拝することは率直にうれしいと感じる。但し昨年12月の安倍首相の参拝は、国際情勢を鑑みると時期がまずいと思った。これは当時の記事への私のブコメを見てもらえればそう書いているのでわかってもらえると思う。なお、靖国神社に関していえば、私はA級戦犯は当時の日本の指導層であり、日本の敗戦の責任をとるべき人物と思っている。それゆえ、靖国神社へ合祀してほしくない。つまり分祀してほしい。遺族や信奉者の心情を考えると祀ること自体は否定しないので別の社で祀ってほしいと思っている。さらに靖国神社は鎮魂社の御霊を合祀し、広く戦争で亡くなった方全員の鎮魂の社に変えるべきだと思っている。この投稿には全く関係のないことなのだけど、追記した。

*2:制裁一部解除に神経とがらせ、韓国高官が15日に訪日 - MSN産経ニュース

*3:国益は価値観ではないと思っているが、価値観が混ざるという主張も一理あると思う。それならば国益という価値観のみ排除しないと考えてほしい。

*4:私がブコメ外交問題で韓国を批判的に書いているのは、韓国のバック・パッシングが日本に対して負の要素がいかに大きいかということの裏返しでもある。日本と韓国の友好関係は、韓国がバック・パッシング戦略を止めるまでは訪れない。よく私は李明博前大統領が日韓関係を壊したというブコメを書いているが、あの事件以来、韓国は日本へのバック・パッシング戦略に舵を切ったと考えている。もっとも意図的にやりはじめたのは、朴槿惠大統領になってからであるけれども。

攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(理論編)

はじめに

少し前に書いた「河野談話検証で手詰まりとなった日韓両国」と、その補足説明をした「みなさん!現実主義って用語、誤解してませんか?」という記事を思いの外、たくさんの人に読んでもらえて感謝している。
いくつかそれに対する反論の投稿もあったのだが、それを読んでもやはり現実主義という考え方を理解してもらえていないなと感じる。
「攻撃的現実主義はネオコンと同じだ」とか、「現実主義にたつと紛争介入しか選択肢がない」とか、そういった誤解は勘弁してほしいよ。まったく。
そこで今日は、「慰安婦問題」のような一つの問題をクローズアップするのではなく、攻撃的現実主義とはどういう考え方なのか説明し、攻撃的現実主義に立つと国際関係がどのように見えるかというのを説明してみようと思う。つたない説明ではあるのだけど、国際関係論でいう現実主義というものの理解の一助となればうれしく思う。

ミアシャイマー教授の大国政治の理論:攻撃的現実主義

攻撃的現実主義の代表的な論者は、シカゴ大学政治学部のジョン・ミアシャイマー教授だ。ミアシャイマー教授が提唱する「大国政治の理論」は、攻撃的現実主義という考え方の根幹をなす理論といえる。
ところで、ミアシャイマー教授は、今年『台湾に「さようなら」を言おう』という論文を、ナショナル・インタレスト誌に発表した。
その論文に、「大国政治の理論」のエッセンスと、中国がとると予想される行動の分析が行われている部分がある。
私が説明するより、ずっと説得力があると思うので、その論文から説明を抜粋してみる。なお、論文は英語だが、「地政学を英国で学んだ」というサイトで奥山真司氏が日本語に訳してくださっていたので、それを利用させていただいた。*1

大国政治の理論と中国の将来の行動の分析

ミアシャイマー教授は、中国はアジアの地域覇権国を目指すようになり、自国と周辺国(とくにインド、日本、そしてロシア)とのパワーの差を最大化しようとすると予測している。

時間を経て強力になるにつれ、中国はアジアでどのような態度を見せるようになるのだろうか?(中略)


台頭する中国が周辺国やアメリカに対してどのような態度をとるのかを予測するための唯一の方法は、大国政治の理論を使うことだ。
われわれが理論に頼らなければならない主な理由は、われわれにはまだ起こっていない「未来」についての事実を持っていないからだ。(中略)
私の提唱する国際関係の現実主義の理論によれば、国際システムの構造によって、安全保障に懸念を持つ国々は互いにパワーをめぐって競争に駆り立てられる、ということになる。
そしてその中の主要国の究極のゴールは、世界権力の分配を最大化することにあり、最終的には国際システム全体を支配することにある
というものだ。


これが現実の世界に現れてくると、最も強力な国家が自分のいる地域で覇権を確立しようとする動きになり、ライバルとなる他の大国がその地域で圧倒的にならないように動く、ということになる。
さらに具体的にいえば、国際システムには大きくわけて3つの特徴があることになる。1つは、このアナーキー無政府状態)のシステムの中で活動している主役は国家であり、これは単純に「国家よりも上の権威を持つアクターが存在しない」ということを意味する。
2つ目は、「すべての大国が軍事的にある程度の攻撃力を持っている」ということであり、互いに傷つけあう能力を持っているという事実だ。
3つ目は、「どの国家も他国の意図を完全に知ることはできない」ということであり、これはとくに未来の意図の場合は不可能になるということだ。


他国が悪意を持つ可能性があり、しかもそれなりの攻撃力を持つ世界では、国家は互いを恐れる傾向を持つことになる。そしてこの恐怖は、アナーキーな国際システムの中に何かトラブルがあっても大丈夫なように国家を一晩中見張ってくれる、夜の警備員のような存在がいないという事実によっても増幅する。
したがって国家というものは「国際システムの中で生き残るための最良の方法は、潜在的なライバルたちと比べてより強力になることにある」と認識しているものだ。ある国家の力が強ければ強いほど、他国は攻撃をしかけようとは思わなくなるからだ。(中略)


ところが大国というのは、単に大国の中で最強になろうとするだけではない。
彼らの究極の狙いは「唯一の覇権国」になることであり、これは国際システムにおける唯一の大国になるということを意味する。
(中略)
いかなる国にとっても、世界覇権国になることはほぼ不可能である。なぜなら、世界中でパワーを維持しつつ、遠くに位置している大国の領土にたいして戦力投射することはあまりにも困難だからだ。
そうなると、せいぜいできるのは、自分のいる地域で圧倒的な存在になり、地域覇権国になることくらいなのだ。(中略)
彼らは他の地域をいくつかの大国が林立する状態にしておきたいと思うものであり、これによってこの地域にある国同士は互いに競争し、自分の方に向けられるエネルギーの集中を不可能にしてしまえるのだ。


まとめて言えば、すべての大国にとって理想的な状態は「世界の中で唯一の地域覇権国になること」であり、現在のアメリカはこの高いポジションを享受できていることになる。
この理論に従えば、将来台頭してくる中国は、一体どのような行動を行ってくるのだろうか?
この答えをシンプルに言えば、「中国はアメリカが西半球を支配したような形で、アジアを支配しようとする」ということになる。


中国は地域覇権を目指すようになる。とくに中国は自国と周辺国(とくにインド、日本、そしてロシア)とのパワーの差を最大化しようとするはずだ。とにかく最も強力になって、アジアの他の国々が自分のことを脅せるような手段を持てないようにすることを目指すはずなのだ。
ミアシャイマーの「台湾さようなら」論文:その2 : 地政学を英国で学んだ

中国は地域覇権国を目指す

攻撃的現実主義にたてば、「中国は地域覇権国を目指すようになるというのは共通認識」だと言っていいと思う。
中国は、東シナ海防空識別圏を設定し日本の自衛隊機に戦闘機を異常接近させてみたり、昨年は中国の軍艦が海上自衛隊護衛艦に射撃レーダーをロックオンさせてみたり、尖閣諸島では頻繁に領海侵犯を繰り返したりしている。
南シナ海では、2012年にフィリピンとスカボロー環礁で争い事実上施政権を奪取したし、今年になってベトナム近海のパラセル(西沙)諸島近くで石油掘削装置を設置しベトナムとの緊張関係を高めている。
これらの動きは、中国が地域覇権国を目指す動きのほんの端緒にすぎないだろう。中国は周辺国への強要を続け、海洋権益を奪取し、最終的には「中国の夢(Wikipedia)」という思想の実現、すなわち周辺国に中国の覇権を認めさせることを目標にしている。まさに「大国政治の理論」そのものといっていい動きである。


攻撃的現実主義による国際関係のモデル化

誤解を恐れず大胆に言えば、攻撃的現実主義とは、地球規模のまさに巨大な複雑系である「国際関係」を、「大国の行動原則」「国際システムの3つの特徴」「大国の4つの主な目標」「8つの生き残り戦略」によって、大胆にモデル化しそのモデルを思考の中で動かし、将来おこる可能性がある状況を明らかにしたうえで、自国がとるべき方策を導く理論だと思う。
そこで、(既に説明したものも含むが)ここでは、それらを整理してみたい。更に、8つの生き残り戦略については、項を改めて詳細を説明する。*2

大国の行動原則

  • 最も強力な国家が自分のいる地域で覇権を確立しようとする動きをとる。そしてライバルとなる他の大国は、最も強力な国家がその地域で圧倒的にならないように動く。

国際システムの3つの特徴

  • 国際社会はアナーキーであり、国家より上位の権威を持つアクターは存在しない。
  • すべての大国が軍事的にある程度の攻撃力を持っている。
  • どの国家も他国の意図を完全に知ることはできない。

大国の4つの主な目標

  • 地域覇権を得ることを目指す。
  • 世界の富の中で自国がコントロールできる量を最大化するのを目指す。
  • 陸上兵力のバランスにおいて圧倒的な立場を目指す。
  • ライバルをはるかに超える核武装優越状態を獲得しようとする。

8つの生き残り戦略

パワー獲得のための戦略(4つ)

  • 戦争
  • ブラックメール(脅迫)
  • ベイト・アンド・ブリード(誘導出血)
  • ブラッドレティング(瀉血=しゃけつ)

侵略国を抑止するための戦略(2つ)

  • バランシング(直接均衡)
  • バック・パッシング(責任転嫁)

避けるべき戦略(2つ)

  • バンドワゴニング(追従政策)
  • アピーズメント(宥和政策)

 

8つの生き残り戦略の説明

前項であげた、大国の行動原則、国際システムの3つの特徴、大国の4つの主な目標は完結でわかりやすいのだが、8つの生き残り戦略は名称だけで理解するのは難しい。
そこで、それぞれを簡単に説明したいと思う。

1.パワー獲得のための戦略(4つ)

1-1.戦争

文字通り「戦争」することだ。2つの大戦を経験した後、この「戦争」という選択肢は、最も批判を浴びやすい戦略となった。しかし確かに戦争の頻度は減ってはきているものの、戦争はなくなってもいない。他国を征服することは以前に比べ高い代償が必要となっており、その見返りとして受け取る利益は払った代償よりも小さいという状況になる場面はあるだろうが、戦争は常に侵略国の経済を破綻させ実質的な利益を何ももたらさないかというと、必ずしもそうではない。
軍事学者であるヘブライ大学のクレフェルト教授が「戦争の変遷」*3という書籍で指摘している通り、昨今の戦争は「通常戦争」から「低強度戦争」というものに移行しつつあるといえる。その観点で今、中国が南シナ海で行っている行為を見てみると、漁船や軍艦でない政府の艦船を使い海域を封鎖しつつ、掘削装置で海底資源の掘削を開始し、徐々にその海域と島嶼の施政権を奪うという行為は、国家が実施する政治的・組織的で大規模な「低強度戦争」の事例と見ることができる。*4
確かに大国同士が正面から軍隊をぶつけあう従来型の戦争(通常戦争)は少なくなっていくだろうが、より選択しやすい戦争として民間や軍隊以外の組織を使う「低強度戦争」や「サイバー戦争」などは今後の戦争のスタンダードになりうると私は考えている。

1-2.ブラックメール(脅迫)

国家は軍事力の行使をちらつかせ、戦争を行わずにライバルからパワーを奪うこともできる。ブラックメール(脅迫)は、実際の軍事力の行使ではなく、強制的な脅しと威嚇によって、自分たちの望む結果を得ようとする戦略だ。これが本当に効果を出せば、戦争より遥かに好ましい方法となる。脅迫は人を殺すことなく目標を達成できるからである。
しかしブラックメールバランス・オブ・パワーに劇的な変化をもたらすとはいえない。大国がライバル大国に対し大きな譲歩を強要しようとする時は、たいていの場合は脅しだけでは足りないからである。大国は互いに強力な軍隊を保持しており、戦わずして脅しに屈服することなどはあり得ない。ブラックメールはむしろ、大国の後ろ盾がない小国に対して効果があると考えるべきである。

1-3.ベイト・アンド・ブリード(誘導出血)

この戦略は、「誘導する側」が紛争に直接関与せず軍事力を温存している間に、他のライバル国二カ国に長期間の戦争を戦わせ、国力をとことんまで浪費させるよう仕向ける戦略である。
ところが、この近代においてこの戦略が実際に用いられた例は少ない。それはこの戦略には、ライバル国を騙して戦争を始めさせるのが非常に困難だという根本的な問題点があるからだ。自国は他国と長期戦争に入るというのに、誘導した側が脇で傍観しながらタダでパワーを相対的に向上させているという図式は、誘導される側の国家に察知されやすい。

1-4.ブラッドレティング(瀉血=しゃけつ)

ブラッドレティングは、ベイト・アンド・ブリードをより効果的に改良した戦略である。ブラッドレティングを仕掛ける側は、ベイト・アンド・ブリード戦略の時とは異なり、相手国に誘導(ベイト)は行わない。
ブラッドレティングをしかける側は、ライバル国たちが戦争をはじめた際、それに乗じて彼らが力尽きるまで徹底的に戦うように仕向ける戦略だ。そしてライバル国たちが戦っている間、自国はその戦いの外に逃げていればいい。

2.侵略国を抑止するための戦略(2つ)

2-1.バランシング(直接均衡)

バランシング(直接均衡)によって、大国は自ら直接責任を持って、侵略的なライバルがバランス・オブ・パワーを覆そうとするのを防ぎに行く。この戦略の問題点は、この戦略を実施する大国の目的は侵略者を抑止することだが、失敗した場合には戦争を行うはめになることだ。
バランシングを効果的に行うには、三つの方法がある。(ここが重要!)
一つ目の方法は、対立のメッセージを送る方策。外交のチャンネルを通じて「我々はバランス・オブ・パワーを本気で維持しようとしているのであり、これが理解できないなら戦争も辞さない。」というはっきりとしたシグナルを送る方法である。このメッセージで強調されるのは“対立”であり、“和解”ではない。つまり抑止しようとする側は、線を引きその線を越えてこないように警告するわけだ。
二つ目の方法は、外的バランシング。脅威を受けた側の国がまとまって防御的な同盟を結成し危険な敵を封じ込めるというものだ。このような外交的な操作はよく「外的バランシング」と呼ばれる。この同盟ができると、侵略してこようとする国を抑止するコストを同盟国で分担でき、さらに侵略者に対抗する兵力の量を増加させ、抑止が機能する確率が増えることになる。一方、弱点もある。これらの同盟は、同盟国の調整に手間取ることが多く、スムースな運営がとても難しいということだ。
三つ目の方法は、内的バランシング。脅威を受けた側の国家が侵略的な国家に対して、自らの国力を使って抑止するものだ。防衛費を増やし兵力を増強したり、徴兵制度を実施することがこれに当たる。「内的バランシング」と呼ばれるこの戦略は、まさに「自助」そのものといえる。しかし、脅威が受けた側が侵略者に対して使える国力の量は、明らかに限界がある。

2-2.バック・パッシング(責任転嫁)

バック・パッシングは、大国にとってはバランシングに代わる主な戦略である。バック・パッシングを「する側」、つまり「バック・パッサー」は、自国が脇で傍観している間に他国に侵略的な国家を抑止する重荷を背負わせ、特には他国と直接対決させるよう仕向ける。
バック・パッサーは、四つの方法でバック・パッシングを行う。(ここが重要)
一つ目の方法は、侵略的な国と良好な外交関係を築く方策。侵略的な国の関心が常にバック・パッシングを「される側」、つまり「バック・パッサー」の国の方を向いておくようにするため、侵略的な国と良い外交関係を結ぶ。もしくは最低でも刺激するようなことはしない。
二つ目の方法は、バック・キャッチャーとの関係を疎遠にする方策。バック・パッサーが、普段からバック・キャッチャーの国との関係をあまり親密にしておかないという方法である。こうしておけば、侵略的な国とバック・パッサーの国との間が戦争などの危険な状況になってもそれに巻き込まれることもない。
三つ目の方法は、相対的な難攻さの確保。大国が自らの力をつぎ込んでバック・パッシングを行うやり方だ。バック・パッサーの国は、自国の防衛を固め、対外的には自らを難攻不落の状態に見せかけて、侵略的な国の目を(より弱いと目される)バック・キャッチャーの方を向けさせようとする。
四つ目の方法は、バック・キャッチャーへの支援。バック・パッサーが、バック・キャッチャーの国力が上がるのを許すだけでなく、それをサポートまでしてしまう方法である。これによりバック・キャッチャーが侵略的な国家を封じ込めてくれれば、バック・パッサーにとっては傍観者のままでいられる可能性が強いからだ。

3.避けるべき戦略(2つ)

3-1.バンドワゴニング(追従政策)

バンドワゴニングとは、自国より強力な侵略的な国が現れた場合、逆にその陣営に入り、この恐ろしい仲間と共同戦線を張って利益を得ようとする戦略だ。
これは弱小国向きの戦略といえる。
但し、バンドワゴニングには、それをやればやるほど、自国より強力な侵略的な国は自国より更に強力になり、どんどんその強力な国からの要求が大きくなることを防げないという大きな問題がある。バンドワゴニングの方策をとった国は、侵略的な強国の慈悲を願うしかなくなっていく。

3-2.アピーズメント(宥和政策)

アピーズメントとは、バランス・オブ・パワーが自国に有利になるよう、侵略的な国に対して譲歩を行う戦略のことである。譲歩というのは、具体的には、第三国の領土や、争点となっている領土や資源などの権益、あるいは(名目はなんでもいいが)賠償金などを相手国に引き渡すことに合意するのだが、そもそもの目的は、侵略的な国にその国が満足する十分な利益を与えることによって、その国を平和的な方向に向けさせ、できれば現状維持の戦略を採らせるという、いわば慰撫的な行為により侵略的な国を懐柔することにある。
侵略的な国を封じ込めるための努力を何もしないバンドワゴニングとは違って、アピーズメントをする国は、脅威を抑止しようという努力だけは続ける。
しかし、このアピーズメントは、非現実的で危険な戦略となる。
侵略的な国を優しく柔和的な国に変えることなどは(少なくとも外国が)できるなんてことはない。宥和政策は侵略的な国の征服意欲を減少させるより、むしろ増加させることが多い。
アピーズメントした国は、他国に一方的に譲歩したことにより、周辺国から「弱い国だ」と思われがちになる。そうした国は、バランス・オブ・パワーを維持する意思がないことを周囲に示してしまうことになる。そのため、アピーズメントを受けた国(侵略的な強国)がさらにアピーズメントをした国に譲歩を要求してくるのは当然だ。


実践編の案内

さて、これで「攻撃的現実主義」の基本となる理論は、概ね説明が終わった。
しかし、これだけでも十分に投稿が長くなったので、全体を2つに分割したいと思う。
後編となる実践編では、この理論を使って、どのように国際関係をモデル化し、そのモデルをどう動かすのかという点を説明することにしたい。
実践編は、こちらのリンクをたどってほしい。
thesunalsorises.hatenablog.com


(参考図書)

大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!

大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!

戦争の変遷

戦争の変遷

*1:それほど長い論文ではないので、もしご興味がある方がいれば、通して読んでみるとよいのではないかと思う。攻撃的現実主義者がどう考えるのか、よいお手本になる。論文は次のリンクをたどってほしい。(その1その2その3その4その5その6その7

*2:ここであげたものの他、パワーと富との関係、ランドパワーの優位についても分析と法則が導かれているが、説明が多くなるためこの文章では省略した。ご興味があれば原著を読んでほしい。

*3:戦争の変遷 マーチン・ファン・クレフェルト著 原書房

*4:中国のこの行動の軍事思想的背景としては、1999年に喬良氏、王湘穂氏という2人の中国軍大佐が発表した「超限戦」があると思われる。その著書の中で、クラウゼビッツの説く「武力的な手段を用いて自分の意志を敵に強制的に受け入れさせる」という「戦争」の原理から「武力と非武力、軍事と非軍事、殺傷と非殺傷を含むすべての手段を用いて、自分の利益を敵に強制的に受け入れさせること」という「超限戦」の原理に代わったと述べている。中国の新兵学書「超限戦」、尖閣で見事に実践 日本は尖閣諸島での「敗北」を徹底的に研究すべし(2/7) | JBpress(Japan Business Press)

安全保障問題で軍事力を考慮しないのは片手落ち

現実主義について言及されたこともあるし、7月8日にid:scopedog氏が投稿した『中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性』という記事について考えてみることにしたい。
総論としてはこういう国際関係についていろんな視点で考えることはよいことと思うが、この投稿に関して言えば、内容は控えめに評価しても重要な要素を(意図的になのか、不注意でなのかはわからないが)考慮できていない不完全な論だと思う。ここでは、その投稿の不完全さを4つ指摘することにする。*1

(1)あれ? アメリカの反応は考えなくていいの?

国際政治の状況分析

指摘に先立って、まずはこの投稿で評価できるポイントとして、「中国の視点で考える」という姿勢をあげておきたい。
昨今の国際関係は、純粋な二カ国関係だけみればよいのではなく、関係各国の思惑、行動などを考え、総合的に考える必要がある。その観点で、関係する各国それぞれの視点で分析する姿勢は評価できる。そこはよい。今後もぜひ続けてほしい。

ところが・・・
この投稿は、中比紛争を想定し、関係国の行動をそれぞれの立場で想定するのだが、そこに出てくるのは、想定する中比紛争の当事国である「中国」と「フィリピン」、そして「日本」だけである。
あれ? とりわけ重要な国を忘れてないかい?
地球上のどの地域の国際関係でも、必ず考えないといけない国、そう、アメリカだ。

4月オバマ大統領はフィリピンを訪問した

アメリカが関心のない国、地域だったらまだしも、つい2ヶ月半前、オバマ大統領がフィリピンを訪問したばかりだ。
この事実を忘れてしまったのだろうか?
オバマ大統領は、フィリピン訪問で、フィリピンでの米軍の存在を高める「新軍事協定」に調印し、領有権問題を武力で解決しようとしていると中国を非難し、フィリピンに対しては『軍事支援を「固く」約束する』と演説を行った。
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オバマ米大統領、フィリピンに軍事支援を約束 中国をけん制 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
(注)アメリカは海軍をスービック地区(かつての米スービック基地)に駐留させ、パラワン島海兵隊をローテーション展開しようとしている。
緊迫南シナ海 フィリピン米軍との連携強化 | 国際報道2014 [特集] | NHK BS1

アメリカ軍の駐留と日本の集団的自衛権行使容認、どちらが重要か?

オバマ大統領は、フィリピンへのアメリカ軍の駐留を約定した軍事協定を結び、中国を非難しフィリピンへの軍事支援を約束した。
日本の安倍政権は、憲法解釈を変更し、これまで容認してなかった集団的自衛権を容認することを閣議決定した。
さて、上記の2つの事例で、フィリピンの安全保障上、より重要な出来事はどちらだろうか?
日本の憲法解釈変更の方が、アメリカの正式な軍事協定とオバマ大統領の全世界に向けた約束よりも、フィリピンの安全保障上重要だと信じる人がもしいたとすれば、ここでこの文章を読むのをやめるといいと思う。たぶん、議論はかみあわない。でも、くどいように説明するが、日本の憲法解釈変更の方が、フィリピンの安全保障上重要だと考える人は、フィリピンにも中国にも日本にも、いや世界中を見渡してもほとんどいないだろう。*2

フィリピンのこの2ヶ月半の行動

さて、そのように重要な約束をフィリピンは4月に得たわけだが、アメリカの後ろ盾を得たフィリピンはどう行動しただろうか?

中国が南シナ海で石油掘削作業を活発化させていることについて、2002年の「南シナ海行動宣言」に違反していると非難した。
フィリピン大統領が中国を非難、「南シナ海行動宣言に違反」 | Reuters

フィリピンは、1月に国際海洋裁判所に「九段線」の違法性を提訴したのだが、その後アメリカの後ろ盾を得ても、このように非難はすれど挑発ではない落ち着いた態度を見せ続けている。そもそも国際海洋裁判所への提訴は、国際法にのっとった極めて穏当な紛争の解決手段だ。
※フィリピンの国際海洋裁判所への提訴を知らない人はこれを読んでね。
(1/2) フィリピン、領有権問題で中国に立ち向かう すご腕の米法律家雇い国際機関に提訴 : J-CASTニュース

逆に中国といえば、大きくニュースでも取り上げられたから、みなさんよく知っていると思うけどこんな感じ。
f:id:the_sun_also_rises:20140709220359j:plain
中国の沿岸警備隊の船舶を撮影するベトナム沿岸警備隊員 WSJ

中国が南シナ海に設置した石油掘削施設(オイルリグ)をめぐる中国とベトナムの反目は、26日にベトナムの漁船が中国漁船と衝突して沈没したことから、さらに緊張が高まっている。ベトナム当局によると、沈没した漁船には10人の乗組員が乗船していた。
中国漁船「体当たり」でベトナム漁船沈没=ベトナム当局 - WSJ

そして、それに対する当事国であるベトナムとフィリピンとの共同声明。

フィリピンのデルロサリオ外相ベトナムのミン副首相兼外相は2日、ハノイで会談し、それぞれが中国と対立している南シナ海の島々の領有権問題について意見を交わしました。
ベトナム外務省によりますと、会談の中で両外相は中国が西沙諸島、英語名パラセル諸島近くに石油の掘削装置を設置したことについて重大な国際法違反だとして非難しました。
そのうえで中国に平和的解決を求めるためにASEAN東南アジア諸国連合として結束していくことの重要性を確認しました。
比越外相 中国非難し結束確認 NHKニュース

いやあ、僕には、挑発しているのは中国の方で、フィリピンは(ベトナムも)とても抑制の効いた対応をしていると思うけどね。
同じニュースに接しても、scopedog氏には違う見え方がするのかもしれない。
少なくとも、scopedog氏が主張する次のことがら……

この宣言*3は一方でフィリピン政府から外交的慎重さを失わせる可能性があります。もし紛争が生じても日本が支援してくれるという安心感は対中外交において強気に出る動機付けとなり、結果として中比間の緊張を高めることになるでしょう。
中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性 - 誰かの妄想・はてな版

アメリカのオバマ大統領が訪問して軍事協定を結び、力強い演説を行っても、冷静な対応を崩さないフィリピンが、日本の集団的自衛権行使でトチ狂って中国を挑発するような行動にでることって想像できるだろうか。いくらフィリピンが発展途上国で国内にさまざまな問題を抱えているからといって、小国が大国を挑発する愚を理解しないほど、フィリピン政府のエリート層は愚かだという前提をおくのは、論理性に欠けている。
この部分が否定されると、scopedog氏の論の中で、中比開戦に至る理由がなくなるのでこの論全体が成り立たなくなる。scopedog氏は、アメリカの存在まで考慮した上で、日本の集団的自衛権行使容認が中比開戦を引き起こす理由を説明すべきだ。

(2)日本は中比紛争に武力介入することが可能か?

憲法論:憲法第9条統治行為論

さて、(1)で指摘した「日本の集団的自衛権行使容認が中比開戦を引き起こす理由」で説得力のある説明が仮に得られたとして、次に問題になるのは憲法論だ。
さて、問題になっている憲法9条のおさらいだ。

第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
日本国憲法

解釈で問題になっているのは、個別的自衛権とか集団的自衛権とかなのだが、憲法の条文にはでてこない。*4
それよりも一般人からすれば、第2項で持たないと書いている戦力について、「自衛隊は陸海空軍その他の戦力でないのか?」という方がずっと気にかかるのではないだろうか。でも自衛隊は現に存在している。そこで自衛隊が合憲かを裁判で争っても、裁判所は統治行為論を盾に一切判断をしない。そんな状況だ。

統治行為論とは、“国家統治の基本に関する高度な政治性”を有する国家の行為については、法律上の争訟として裁判所による法律判断が可能であっても、これゆえに司法審査の対象から除外すべきとする理論
統治行為論 - Wikipedia

もし今回の憲法解釈変更に違憲訴訟しても、裁判所は統治行為論によって判断を避けると考えられる。
というのは、もし今回の憲法解釈変更を違憲とする判決を出すには、過去に統治行為論によって判断を避けていた自衛隊の合憲性について合憲と判断した上で、第9条の規定は自衛権を否定していないという法理を導き、憲法が認めた自衛権は個別的自衛権のみであるという結論をえなければならない。
まともな法学者だったら、最初の「自衛隊は合憲だ」という結論を得るだけで四苦八苦するのではないか。*5
つまり、憲法第9条については、実質的に国会答弁や今回の閣議決定などを通じて表された政府解釈と、それを基に立法された「自衛隊法」他関連法以外に内容を規定するものはないという状況になっているということだ。裁判所は判断を行わない。
そうであれば、きちんと今回変更した解釈と、変更されていない部分の解釈を理解する必要があるだろう。

集団的自衛権の解釈

実は、今回の解釈変更においても、集団的自衛権とはなにかという解釈については、変更されていない。
この集団的自衛権の解釈には、主に3つの解釈がある。

詳しくは説明しないが、日本政府はこのうち2番めの個別的自衛権合理的拡大説を採っている。その説の説明は次のようになる。

集団的自衛権は、自国と密接な関係にある他国に対する攻撃を、自国に対する攻撃とみなし、自国の実体的権利が侵されたとして、他国を守るために防衛行動をとる権利である
「憲法第9条と集団的自衛権」国立国会図書館調査及び立法考査局 p33-34

「自国と密接な関係にある他国」の解釈

今回、集団的自衛権行使を容認する解釈変更を行ったが、それは全ての戦争に対して道を開いたわけではない。
自国と密接な関係にある他国に対する攻撃に対する反撃と、明確に制限を課している。
さて、scopedog氏の論に戻って、中比紛争を考えると、日本がフィリピンの要請をうけて中比紛争に軍事介入できるかどうかは、フィリピンが日本と密接な関係にあるかどうかが問われる。
例えば、アメリカが日本の周辺で他国から攻撃を受けた場合、日本は今回の解釈変更で集団的自衛権行使が行えるかという点については、明確に行えると考える。これは日本とアメリカの間には、日米安全保障条約があり、日本の安全保障について密接に関係しているからである。
一方、もし韓国が他国から攻撃を受けた場合については、例え韓国から軍事介入の要請があろうと、集団的自衛権行使の対象にならないと考える。日本と韓国の間には、相互安全保障条約はおろか、軍事協約は存在しない。すなわち韓国は自国と密接な関係にある他国とは認めがたい。現に政府が説明した8つのケースにおいて、韓国で戦争が起こった場合、陸上兵力、航空兵力を派遣するようなケースはない。この韓国の有事の場合は、現状では仮に韓国から要請があろうと、憲法上の理由によって軍事介入は断ることになると考えている。
台湾有事であっても同様だ。
さて、フィリピンだ。フィリピンとの間にも、相互安全保障条約はないし、軍事協約もない。だから日本は憲法上の理由によって軍事介入できないと解するのが適当だ。また、政府が想定した8ケースの中に、島嶼の奪回などはない。
それなのに、scopedog氏は……

今後は中比紛争に日本軍が武力介入することが可能になります。
中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性 - 誰かの妄想・はてな版

と日本軍(?)が武力介入できると断言している。しかし、その結論を至る説明の中で、解釈変更の前からずっと変わらない「集団的自衛権」の解釈の中で制約となっている「自国と密接な関係にある他国」にフィリピンが該当する理由を書いていない。
日本の自衛隊はフィリピンに武力介入できるという部分が否定されると、やはりscopedog氏の論全体が成り立たなくなる。scopedog氏は、集団的自衛権の現在の解釈において、なぜフィリピンが「自国と密接な関係にある他国」と考えられるのか、その法理を説明すべきだ。なおその際、政府が説明している集団的自衛権行使の8類型のどれに当てはまるのか一緒に説明してほしい。
8類型については、左派もすんなりと読めるだろうから、赤旗の記事をはっておくよ。
PKO任務で武器使用/集団的自衛権など3分野・15事例判明
政府の説明は信用ならんとかいい始めると、その段階で憲法論どころか論理すらない主観論になるので、その辺はよろしく。

(3)自衛隊はフィリピンの小島を奪回できるか?

軍事学的見方

さて、scopedog氏が、(1)で指摘した国際政治的状況分析の不備と、(2)で指摘した憲法論としての法理の不備とをきちんと説明したとして、次に残る問題は、軍事論としての妥当性だ。つまり、中国がフィリピンの小島を強襲上陸し、フィリピンがそれを奪回するために、なぜかアメリカではなく日本に軍事介入を要請し、日本も憲法上の解釈をなんとかしてフィリピンの求めに応じることを決断した場合、どういう方法でフィリピンの小島を自衛隊は奪回するのかという軍事論である。
軍事論は、とてもテクニカルなものだ。ここではこんな作戦を考えられるという例示を行いたい。

どんな小島なのか

南沙諸島の中で現在中国が実効支配しているミスチーフ礁は、干潮時にしか海面上にでてこない環礁なので、軍事拠点足り得ない。
そこで、南沙諸島のうち、フィリピンが実効支配している島で最大の島である「パグアサ島」の写真をみてみよう。この島を中国が奪取したという前提で、奪還作戦を考えてみたい。
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この写真は、フィリピン頑張れ - ☆★あぁ・・・早くリタイアしたいなぁ・・・★☆ - Yahoo!ブログから拝借した。

アメリカ軍だったら?

自衛隊の場合を考えるより、まずは世界最強のアメリカ軍だったらどうするだろうか?という点を考えたい。

  • 補給戦を仕掛ける

近代戦は、華々しい戦いよりも補給(ロジスティックス)の勝負となる。中国が奪取後、戦闘機などを配備しなければ、この島の軍事的価値はそんなにない。戦闘機を配備し、対空ミサイルなど防空体制を整えて、初めて軍事的な価値を持つ。その場合、軍兵、捕虜などの食料、水からはじまり、航空機燃料、対空ミサイルや爆弾などの武器弾薬を補給できなければ、配備した部隊は能力を失ってしまう。
そこで、この島の基地に向かう補給船を攻撃し沈没させる、いわゆる補給戦を実施するだろう。

  • 爆撃し無力化する

軍事衛星や偵察機などで精密な情報を得た後、潜水艦やミサイル駆逐艦に積んでいるトマホーク対地巡航ミサイルを使って、ピンポイント爆撃をかけていく。中国軍が対空防衛能力を失ったら、あるいは対レーダーミサイルを使って対空防衛能力を無力化した後で、空母艦載機による精密爆撃で施設や戦闘機を破壊し、滑走路破壊用特殊爆弾を使って滑走路を使えなくする。

要は敵戦力を無力化すればいいのであって、華々しく敵が待ち構えているところに「敵前上陸作戦」とか損害が大きそうな作戦を実施する必要はない。scopedog氏は歴史に詳しそうなので、太平洋戦争(大東亜戦争)時、日本軍(旧軍)の南洋の一大拠点だったトラック島をアメリカ軍がどう扱ったかを知っていると思う。戦力を無力化した後は、上陸作戦を実施せず、飛び石作戦で日本本土を目指した。南沙諸島でも同じである。

自衛隊だったら?

うーん、絶望的に奪還作戦で使えそうな兵力がない。
補給戦だけは、数隻潜水艦を南シナ海に派遣して実施できなくはないが、航空機を使って敵補給船を攻撃する場合に比べて、効果は落ちると思われる。
トマホーク対地巡航ミサイルは持っていない。
対レーダーミサイルも持っていない。
つまり効果的に敵対空防衛能力を破壊する方策がない。
虎の子のF-2戦闘機を、フィリピンに進出させて(フィリピンの航空基地を間借りさせてもらって)中国軍が対空防衛能力を保持している状況の中、果敢にピンポイント爆撃を実施し対空防衛能力を削いたとして、その後どうやって小島を奪取する?
西部方面普通科連隊という水陸両用部隊をおおすみ輸送艦に積んで「強襲上陸作戦」遂行!?
損害が大きそうだ。

日本(沖縄、本土)への攻撃はないの?

scopedog氏が設定したケースの前提は、日本単独でフィリピンに軍事介入するということなので、アメリカ軍はこの戦争に介入してこない前提だよね?
日米安保条約にしても、日本かアメリカかどちらかが攻撃をうけ、自国の平和及び安全を危うくする場合、発動するのであって、このケースの場合、日本から攻撃を仕掛けたとみなしてアメリカは日本防衛に乗り出してこないことは十分にありえる。
でだ。そんな状況になれば、中国軍、特に南京軍区は対日強硬派と聞こえているので、日本への攻撃に乗り出してくるだろうよ。いけると思えば、済南軍区、北京軍区も参加するかもしれないし、瀋陽軍区だって北朝鮮越しに日本の日本海側に攻撃を行ってくるかもしれない。
自衛隊の役目ってなんだろう?
この事例の場合、フィリピンの小島の奪回にうつつを抜かしている場合か?
沖縄や本土が危急の時じゃないか。
そんなリスクを背負ってまでフィリピンに軍事介入する? そうでなければ……

南シナ海の離島など中国にくれてやればいい”というメッセージを日本からフィリピンに伝えるのと同義です。
中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性 - 誰かの妄想・はてな版

軍事能力上できないことを要請されてできないと返答する。それが“南シナ海の離島など中国にくれてやればいい”というメッセージをフィリピンに伝えるとか、そんなナイーブ(純粋だが世間知らずの意味)な反応をフィリピンは示さないよ。彼らは十分にしたたかだ。侮らない方がいい。
もしフィリピンが中国から軍事攻撃されたら、フィリピンは日本にではなくアメリカに軍事介入を要請するよ。オバマ大統領も約束している。
その上でどうアメリカが判断するのかは、この反論の範囲を超える。
それは全く別のシチュエーション、ケース想定だ。
一言で批判すると、軍事紛争を扱った論で、軍事力のことを考えない論って初めて見たよ(笑)ってこと。*6
いや、僕が知らないだけで、どこかの界隈ではよくある論なのかもしれないが、それは世界では通用しない。ガラパゴス化した日本の特殊な論だ。
scopedog氏には、南沙諸島において日本の自衛隊が単独でどのような小島奪回作戦を遂行できるのか、説明してもらいたいものだ。
できないことをあたかも出来るように書くのは、強硬なナショナリストと同じ論法だ。
できないことをできないと率直にフィリピンに伝えることが、「“南シナ海の離島など中国にくれてやればいい”というメッセージを日本からフィリピンに伝えるのと同義」なのか論理的に説明してほしい。

(4)「現実主義」についてウソを説明しないで

なぜかいきなり断言が!?

というより、国際関係論における「現実主義」で考えれば、日本には中比紛争に介入する以外の選択肢はありません。
中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性 - 誰かの妄想・はてな版

こういう嘘っぱちを平気で書けるってどういうことなのだろうね。
どんな本のどんな理論を使うと、そんな結論がでるのか、きちんと論理的に説明してほしいね。でもこの投稿には、いきなり断言して、それについての説明は一切ないよな(笑)。
左翼の中には「短いセンテンスでレッテル貼りして、理論ではなく感情的な反発を狙う」という方策をとる人がいるけど、scopedog氏はどうなのかな? そうでないことを証明するために、論理的な説明を頼むよ。勉強した書籍も明記してね。
この一文さえなかったら、僕は別にこんな反論投稿しなかったと断言できる。
そこは重ねて言っておきたい。

攻撃的現実主義の良書

大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!

大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!

攻撃的現実主義は、ミヤシャイマー教授の理論が代表的なものだ。
僕はこれを使って、攻撃的現実主義ではどのような選択を行うのかを説明したい。

現実主義の限界(逆説的な説明)

どんな理論でも、その理論の適用限界というのがある。
現実主義の場合、戦争という選択肢を選ぶと、その後、現実主義の理論は役立たなくなる。また役立ち始めるのは、戦争が終わってからだ。戦争が行われている間は、軍事論しか通用しない。逆説的な説明だが、現実主義者は、戦争をコントロール不能な状況になることが多いため、その選択肢を嫌う。

ところが今回アメリカの保守派の内部闘争に加わった「リアリスト」たちは、そういった政府の「実務派」たちとは、ちょっと毛並みちがう。どうちがうのかというと、彼らは「国際関係論」(International Relations)という学問の中の「リアリズム」という理論を信じる学者たちなのである。
しかもそんじょそこらの学者ではなく、その理論では第一線級の人物たちばかりであった。彼らが総結集したということがまず重大であり、しかも彼らがそろいにそろってブッシュ政権のイラク侵攻に異議を唱えたということにものすごく大きな意味がある。
リアリストとは?いかなる人達なのか。いかなる学問・学派なのか。|地政学とリアリズムの視点から日本の情報・戦略を考える|アメリカ通信

国際関係論でいう現実主義の学者(リアリスト)は、ブッシュ政権のイラク侵攻に異議を唱えたのだという事実ぐらいは知ってほしいものだ。
リアリストが戦争に反対するのは、(当たり前だが)それが平和でないからだ。ただそれはリベラリストのように「戦争とは悪だから」という理由で反対するわけではない。「戦争は制御できないものだから」反対する。「結末がより混乱に満ちたものになるから」反対する。
そのあたりは、上記にあげた記事が現実主義者(リアリスト)をよく説明している。
僕たちがどんな考え方をするのかは、よくわかると思う。
戦争を選びたがるのは、ネオコンだよ。日本ではナショナリストだ。で、現実主義者(リアリスト)は、ネオコンから目の敵にされている(笑) 日本ではどうだろう? 僕たち現実主義者(リアリスト)がもっと増えて、ナショナリストを批判するようになると目の敵にされるかもしれない。

アメリカはフィリピンにどう対処しているか?

では話をもどそう。
アメリカは今回のオバマ大統領の訪問によって、攻撃的現実主義ではどのような対応をしたと考えるのかだ。
攻撃的現実主義では、国家がとりうる戦略を、大きく(1)パワー獲得のための戦略(4類型)、(2)侵略国を抑止するための戦略(2類型)、(3)避けるべき戦略(2類型)の3種類8類型に分類する。
今回、アメリカがとった行動は、この中の(2)侵略国を抑止するための戦略のうち、「バランシング」という類型の方策と考えられる。
バランシングの説明は以下の通り。

バランシング(直接均衡)によって、大国は自ら直接責任を持って、侵略的なライバルがバランス・オブ・パワーを覆そうとするのを防ぎに行く。(中略)
脅威を受けた側の国には、バランシングを効果的に行う三つの方法がある。一つ目は、外交のチャンネルを通じて「我々はバランス・オブ・パワーを本気で維持しているのであり、これが理解できないようなら戦争も辞さない」というはっきりとしたシグナルを送る方法である。このメッセージで強調されるのは、“対立”であり、“和解”ではない。
「大国政治の悲劇」 ジョン・J・ミヤシャイマー (p209) 

今回、アメリカが実施した方法は、正にこれだ。戦争を辞さない態度を見せるのが大事なのだが、バランシングに失敗すると戦争することになる。つまり、アメリカはより戦争に近い方法を選択した。
なお、上記で説明していないバランシングを効果的に行う残り2つの方法は、防御的な同盟と自らの国力を使って抑止する方策の2つで、今回のアメリカの行動はこれには当たらない。

日本はフィリピンにどう対処している?

日本がフィリピンにとっている戦略は、(2)侵略国を抑止するための戦略のうち、「バック・パッシング」という類型の方策だ。
バック・パッシングの説明は以下の通り。

バック・パッシング(責任転嫁)は、大国にとってはバランシングに代わる主な戦略である。バック・パッシングを「する側」、つまり「バック・パッサー」は、自国が脇で傍観している間に他国に侵略的な国家を抑止する重荷を背負わせ、時には他国と侵略者を直接対決させるように仕向ける。
「大国政治の悲劇」 ジョン・J・ミヤシャイマー (p211) 

日本は、南シナ海での中国とフィリピンの対立で(中国とベトナムの対立でも)、アメリカとフィリピンに中国を抑止する重荷を背負わせている。
この方法はあくどく思われるかもしれないが、国際政治では好まれて実施される方策であり、なによりもバック・パッサー(この場合日本)は戦争から遠ざかれる。
日本は、アメリカよりも戦争に至らない戦略をとっているのがわかる。
なお、フィリピンについては、バック・キャッチャーとしての重荷に耐えうるほど国力がない。
そこで、日本はバランシング的なこんな動きを行っている。

フィリピン訪問中の安倍晋三首相は27日、同国大統領府でアキノ大統領と会談した。首相は巡視艇10隻の供与を表明した。政府開発援助(ODA)の円借款を活用し、海上警備能力の向上を促す。同国と南シナ海スカボロー礁の領有権を争う中国をけん制する狙い。
海上警備強化で巡視艇10隻を供与 日比首脳会談

そして、フィリピンの国軍の戦力を削ぎ、フィリピンの大きな問題になっている、ミンダナオ紛争解決に向けて支援を行っている。

4 我が国は,安倍総理が昨年7月のフィリピン訪問の際に表明したとおり,ミンダナオのコミュニティ開発,移行プロセスにおける人材育成,持続的発展のための経済開発支援等を通じ,和平プロセスへの支援を強化していきます。
ミンダナオ和平に関する交渉の終結について(外務大臣談話) | 外務省

これは人道目的ではあるのだが、その一方でフィリピンの国力UPに寄与するものだ。こういった地道な努力が、中国にも対抗できる力を少しずつ地道に育てると思う。

日本は賢明に戦争に至らない道を選択している

これはアメリカという強力なバック・キャッチャーがいるからこそできる方策なのだが、緊張が高まるアジア情勢において、少しでも日本から戦争を遠ざける方策でもある。
今回の集団的自衛権容認は、強力なバック・キャッチャーであるアメリカに、戦争を遠ざけるという日本の方策をできるだけ維持しつつ、アメリカの力を増させるバランスを持った方策であると考える。

最後に

scopedog氏が問うてる質問に答えよう。

南シナ海の離島の領有権を巡って中比紛争が生じる可能性はないと思ってます?

アメリカのバランシングが失敗した場合、アメリカを巻き込む形で中比紛争が生じる可能性は否定できない。
ただし、中国もアメリカと直接対決する愚はよく理解しており、その可能性はかなり低いと考えられる。

それとも、中比紛争が起きてもフィリピンは日本に支援を求めないと思ってます?

フィリピンは日本に支援は求めない。アメリカに支援を求める。
アメリカがもし中比紛争に巻き込まれたら、日本はアメリカに支援を要請され巻き込まれる可能性はある。フィリピンに巻き込まれるのではなく、アメリカに巻き込まれる。
でもそれは米中直接対決という構図であり、それは集団的自衛権を容認しようと容認すまいと、そんな事態になれば日本は戦争に巻き込まれる。今回の解釈変更の影響ではない。
ただしそれは、前述の通り、可能性はかなり低いと考えられる。

それとも、フィリピンが支援を求めても日本は応じないと思ってます?

仮に万が一フィリピンがアメリカではなく日本に直接支援を求めた場合、日本は憲法上も軍事能力的にもその要請に応じられない。
カギを握るのは、アメリカである。

ちょっと言い訳

本当に仕事が忙しくて、この投稿もかなり無理して書いた。
scopedog氏からは、「とりあえずダメだししときます。 - 誰かの妄想・はてな版」という批判投稿ももらっているのだが、それに対しての反論は、攻撃的現実主義の本質を説明しないと説得力がないと思っている。それで、少しずつ準備しているところだが、仕事との兼ね合いで2~3週間かかりそうだ。
そんな時には、議論も忘れられてしまっていると思うけど、とりあえず書こうとは思っている。
それまでの期間は、ちょっとブログ記事は沈黙に入ろうと思う。逃げたのじゃないので、そこはよろしく。

*1:実はscopedog氏は先日直接私の投稿に対する批判記事を書いていて、僕はその反論投稿を行うべく準備していたところだった。ただその投稿はとても長くなる予定で時間がかかっている。そういった状況でこの記事をscopedog氏が投稿したので、反論記事を簡単に書ける方を優先して書いた。批判から逃げたくせにというブコメを書きたがる人向けにとりあえず説明しておく。

*2:さらにくどいように説明するが、日本の自衛隊とアメリカ軍と、どちらの方が軍事的に強力なのか?って問うたら、普通の感覚をしていたらわかりそうなものだ。そして憲法にしても、アメリカに戦争権限を定める憲法規定はあっても、戦争を禁じる憲法規定はない。

*3:日本の集団的自衛権行使容認のことを指すと思われる。

*4:その他、第2項で規定する交戦権の解釈についても、解釈問題があるのだが、それは今回の投稿の主題からはずれるので省略する。

*5:僕は自衛隊憲法の条文には反する存在(あえて違憲と言っていない)だが、そもそも憲法第9条については自衛隊が設立された際に法の規範としての効力は失われたという、政府見解でもなく、護憲派の主張とも違い、憲法学の主流とも違う憲法論を持論としている。念のため追記する。ただし、その憲法論の法理を説明するととても長くなるので、今回は省略する。

*6:政治を考えない軍事だけの論はよく見るけど、これはこれで問題は大きいね。学生時代指導教授に、軍事は政治の延長であって軍事だけを考えるとありもしない論を考えることになる、それは意味のないことだと言われた言葉を思い出す。

限定的な集団的自衛権は何をもたらすか

2014.7.1 安倍内閣は、これまで憲法上権利は保有するが行使はできないとされていた「集団的自衛権」について、限定的ながら権利行使の容認を含んだ閣議決定を行った。
今回は、この集団的自衛権行使容認によって、何が変わっていくのか考えてみたい。
なお、この投稿では解釈変更による実質的な改憲に対する憲法論は、省略するつもりだ。なぜなら、それはこの投稿の主題となるものの前段となる論になるが、説明しなくてはならない項目が多すぎて、憲法論だけで力尽きると思われる。憲法論を書くかどうかは迷っているけど、書くとしても別投稿にしようと思う。

何が変わるのか? 政府の説明した8事例について

「正直、よくわからん」というのが率直な感想だ。まさかの出落ち!? 申し訳ない。ブコメに罵倒が並ぶ姿が思い浮かぶよ。
でもまあ、気を取り直して、とりあえず、政府が説明した8事例を見てみようか。

(1)邦人輸送中の米艦防護

有事(戦争のことだね)がどこか外国で発生した時に、その外国に在住、訪問している日本人を(アメリカ人とともにになると思われるが)アメリカの軍艦が輸送するとき、アメリカの軍艦を日本の自衛隊が防御するという事例だ。
具体的には、どんなケースが考えられるのだろう? それではこのケースに該当するシナリオを想定してみて、考えてみようと思う。
徐々に緊張が高まるケースだと、事前に現地の邦人は民間航空などを使って脱出するだろうし、民間航空が止まっていても、政府専用機などを使えばいい。
ということは、突然戦争が始まり、民間航空が止まり、政府専用機などを現地へ派遣できない状況を考える必要があるね。次のようなシナリオだろうか。

20XX年、突如として北朝鮮軍が韓国へ侵攻した。
ソウルに猛砲撃が加えられ、38度線を北朝鮮陸軍が突破して侵攻してきた。上空では戦闘機による空中戦が行われ、民間の航空機は安全のため完全にストップした。
アメリカ軍は、佐世保に配備しているドック型揚陸艦デンバー」を釜山に派遣し、韓国にいる在留米国人(軍人の家族を含む)を佐世保に避難させることにした。
佐世保には、「デンバー」を護衛できる米軍の艦船が少ないため、日本人の同時救出を約束*1し、佐世保配備の海上自衛隊自衛艦に護衛を依頼した。海上自衛隊は、佐世保の第2護衛隊群隷下の「あしがら」「あまぎり」に護衛を命じた。

まあ、絶対にないとは言わないのだけど、このシナリオだと可能性は少ないだろうなあ。第二次朝鮮戦争の可能性も低いと思われるし、仮に万が一勃発したとしても、米軍は在留米国人の避難を自力で護衛すると思う。
なので、この事例は、集団的自衛権行使容認したこの機会に、必要となる可能性が少しでもあればそれに備えるという意図で想定された事例のように思える。
もしこの事例で、同時に海上自衛隊の艦船で在留邦人を救出する場合、個別的自衛権行使でもできると思われる。もし何らかの形で攻撃されれば完全に個別的自衛権だしね。これは、緊急時、個別的自衛権行使か集団的自衛権行使か議論する(救出第一と考えるならば)無駄な時間をかけないという効果ぐらいしか期待できないかな。

(2)周辺有事での弾道ミサイル発射警戒中の米艦防護

この事例は想定しやすいね。こんなシナリオかな。

20XX年、中国は台湾に侵攻した。アメリカは直ちに台湾防衛のため中国との戦争状態に突入した。
当初の中国からの攻撃を耐え、反撃体制を整えたアメリカは、主導権を奪い返し最終的に台湾の奪回を企図した作戦を開始した。まずは台湾上空の制空権を奪還すべく、横須賀から空母ジョージ・ワシントン」を中心とする空母打撃群を台湾近海へ派遣することにした。
しかし、中国はDF-21D対艦弾道ミサイルを保有*2しているため、この対艦弾道ミサイル防衛のため、ミサイル駆逐艦(イージス)「ジョン・S・マケイン」*3空母打撃群より1日先行して台湾に送ることになった。
日本に対しては、アメリカから「ジョン・S・マケイン」の護衛要請が出され、日本は横須賀のイージス護衛艦「こんごう」以下、第5護衛隊に「ジョン・S・マケイン」の護衛任務が与えられた。

中国による台湾侵攻なんか起こるはずがないという声が聞こえてきそうだが、このシナリオは、将来起こる可能性を考えて作ったのではなくて、中国の軍事戦略である「接近阻止・領域拒否戦略」と、それに対抗するアメリカの「統合エア・シーバトル構想」が想定している内容から、この事例に当てはまる内容のシナリオを考えたものだ。

接近阻止・領域拒否戦略

中国の「接近阻止・領域拒否戦略」は、略してA2/ADと言われるのだが、簡単に言うと、中国が行う軍事作戦の戦域にアメリカ軍(主に陸軍)の介入を阻止し、第2列島線(中国が設定した伊豆諸島を起点に、小笠原諸島、グアム・サイパンパプアニューギニアに至るライン)の内側でアメリカ軍(主に海軍)の自由な展開を阻害するものである。

A2AD教義は、基本的に海・空作戦を主軸としており、接近阻止(A2)戦略と領域拒否(AD)作戦によって構成される。これらはいずれも、戦略目標として、アメリカ軍が当該地域に侵入することを忌避するレベルまでリスクを高めることで、軍事バランスを中国側に傾けるためのものである。
接近阻止(A2)
アジア・西太平洋戦域で行なわれている軍事作戦に対するアメリカ軍の介入を阻止するための戦略。主として地上基地を基盤とする兵力を対象とする。
領域拒否(AD)
第2列島線以内の海域において、アメリカ軍が自由に作戦を展開することを阻害するための作戦。主として海軍力を基盤とする兵力を対象とする。
接近阻止・領域拒否 - Wikipedia

統合エア・シーバトル構想

統合エア・シーバトル構想は、中国の「接近阻止・領域拒否戦略」*4に対抗するために考えられたアメリカの軍事戦略構想である。

(注意)以下は、自衛隊海上自衛隊幹部学校職員・学生による研究の一部であり、アメリカが明確にこのような戦闘を行うと表明しているわけではない。またこれが自衛隊の公式見解でもない。統合エア・シーバトル構想は、まだアメリカの統合作戦の構想だ。その点、十分留意してお読みいただければと思う。

米側の狙いは、中国軍による初期の攻撃による被害を局限し、米軍にとって有利と見積もる長期戦に持ち込むことにある。作戦にあたっては、日本とオーストラリアが同盟国として行動するとともに海・空兵力が一体となって任務を遂行する。この際、海、空、宇宙及びサイバースペースとのあらゆる次元において圧倒的な優位を保つことが前提となる。作戦は次の2つの段階に区分され、陸軍や海兵隊の投入は、空・海の優勢が確立し、陸上戦闘の態勢が整った後に実施される。
(ア) 第1段作戦
a. 米軍及び同盟国軍は先制攻撃に耐え、基地及び兵力の被害を局限する。(中略)
b. 中国軍の戦闘情報ネットワーク(Battle Network)を盲目化する。(中略)
c. 中国軍の遠距離情報偵察(ISR)・攻撃システムを制圧する。(中略)
d. 空、海、宇宙及びサイバー空間を制圧し、維持する。(中略)
(イ) 第2段作戦
a. あらゆる領域において主導権を奪回し、維持する作戦を実行する。(中略)
b. 「遠距離封鎖(distant blockade)作戦」を遂行する。(中略)
c. 作戦レベルにおける後方支援態勢(兵站)を維持する。(中略)
d. 工業生産量(特に精密誘導兵器)を向上させる。
統合エア・シー・バトル構想の背景と目的 p147-p149

想定したシナリオは、第2段作戦のa.のフェーズでの作戦を想定したものだ。

日米防衛協力のための指針(ガイドライン)と集団安全保障

この事例は、秋から始まる日本とアメリカとの日米防衛協力のための指針(ガイドライン)修正の協議において、日米両軍(自衛隊)の共同運用として一つの重要な取り決めになるのではないかと思う。
アメリカが中国と交戦状態になった場合、日本はまだ(中国から)攻撃を受けていない段階で、アメリカ軍艦の護衛が可能になる。これがこの事例で想定する集団的自衛権だ。
なお、このシナリオで、中国から日本の第5護衛隊が「ジョン・S・マケイン」を護衛中に攻撃を受けた場合は、艦隊全体に対する攻撃とみなされると思うので、日本は個別的自衛権で反撃することになる。集団的自衛権が必要なのは、日本がまだ交戦状態でない状態で交戦状態となっているアメリカ軍の護衛を命じる時だね。
それから、このシナリオで、対艦弾道ミサイル防衛をもし日本の海上自衛隊に任務を与えると、その時点では日本と中国とは交戦状態になっていないので、日本から中国に宣戦布告するような状態となる。
やはりそれは「専守防衛」上まずいと考えたように思える。
今回、集団的自衛権は限定的に容認されたが、「専守防衛」の精神はまだ生きているように見える。

(3)周辺有事で武力攻撃を受けている米艦の防護

前項で説明した統合エア・シーバトル構想に着目してシナリオを作ると次のようなものになった。

20XX年、中国は台湾に侵攻した。侵攻と同時に、中国は弾道ミサイルでグアムなどのアメリカ軍の軍事拠点を攻撃し、持てる空軍力全力で、台湾や日本近海で行動しているアメリカ海軍の軍艦へ攻撃を始めた。
アメリカは、日本に対しアメリカ軍の防衛を要請した。日本は所定の手続きを得て、米軍の防衛任務につくことになった。
そして沖縄の那覇基地所属のF-15が中国の攻撃から退避している米海軍の護衛任務を命じられ嘉手納基地の米空軍機と共同作戦を開始する。

これはエア・シーバトル構想の第1段作戦、a.米軍及び同盟国軍は先制攻撃に耐え、基地及び兵力の被害を局限するフェーズのシナリオだ。
日米持てる兵力の限りを尽くして被害を抑える。そんな図になる。
もし、中国が日米両軍(自衛隊)を攻撃すれば、その防衛は日本にとって「個別的自衛権」となるのだと思う。このシナリオだと開戦当初の防衛が日本にとって「個別的自衛権」になるのか「集団的自衛権」になるのかは中国次第だと思われる。これは相手の出方次第で自衛隊の出動ができないという事態をなくすためのものだと思う。

(4)周辺有事の際の強制的な停船検査

この事例も周辺有事なので統合エア・シーバトル構想に着目してシナリオを作ってみたい。

統合エア・シーバトル構想に基づき態勢を整えたアメリカと日本は、第2段作戦b.「遠距離封鎖(distant blockade)作戦」を遂行することとなった。
中国の戦略物資である石油の輸送を止めるため、日本はマラッカ海峡護衛艦を派遣し、既に先行して通商破壊作戦についていたシンガポール駐留のアメリカ海軍およびオーストラリア海軍と合流して、中国へ向かうタンカーを強制的に停戦検査する作戦を開始した。

通商破壊作戦は、チョークポイントと呼ばれる重要な航路で行うのが一般的で、中国のシーレーンも日本のそれと同じくマラッカ海峡がチョークポイントとなる。

中国が輸入する石油の約80%はマラッカ海峡を経由している。米軍及び同盟国は、南シナ海からインド洋にかけてのチョーク・ポイントにおける封鎖を企図し、空軍は、ステルス爆撃機による機雷の敷設等によって海軍の対潜水艦戦や封鎖作戦を支援する。
統合エア・シー・バトル構想の背景と目的 p149

石油(エネルギー)が届かないと、国内経済に大きなダメージとなり戦争遂行能力と意欲をそぐことになる。日本の先の戦争も、アメリカの通商破壊作戦に日本はさんざんに痛めつけられた。この作戦の有効性はわかると思う。
この事例は、「個別的自衛権」とは思えないので、やはり「集団的自衛権行使」になるのだろう。

(5)武力攻撃発生時の民間船舶の国際共同護衛活動

この事例も統合エア・シーバトル構想に着目してシナリオを作ってみたい。

20XX年、中国は台湾に侵攻した。中国は、動ける潜水艦全艦を展開し、日本や周辺国の輸送船、タンカーに攻撃を行い始めた。通商破壊作戦である。
そこで日本は、対潜哨戒機、潜水艦、護衛艦を総動員し、対潜水艦作戦を実施することになった。

これは、統合エア・シーバトル構想、第2段作戦c. 作戦レベルにおける後方支援態勢(兵站)を維持するというフェーズのシナリオだ。
日本の輸送船、タンカーの護衛であれば、「個別的自衛権」と思われるが、船籍が様々な船団を護衛することになると、やはり「集団的自衛権」行使となるように思える。
日本の船しか護衛しませんというのは、問題があろう。

(6)米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイル迎撃

2014.7.13 北朝鮮から米本土向けの弾道ミサイルは日本上空を通らないことから、グアム、ハワイ向けに変更した。


これは、北朝鮮がグアム、ハワイへ向けて弾道ミサイルを発射したという想定だと思う。こんなシナリオかな?

20XX年、北朝鮮はグアムの軍事基地を無力化するため、中距離弾道ミサイル「テポドン」の発射準備に入った。
アメリカ軍はミサイル迎撃のため、イージス艦東シナ海と太平洋に展開した。さらにアメリカは日本に対してミサイル迎撃の要請を行った。アメリカの要請をうけて、日本もイージス艦を展開した。
X月X日、北朝鮮はついに弾道ミサイルを発射した。迎撃に一番よい地点にいたのが、護衛艦みょうこう」だったため、「みょうこう」はSM-3ミサイルを発射し、北朝鮮のミサイルを破壊した。

今、北朝鮮との間で雪解けムードが流れているが、こういったことはつい最近もあったと思う。
ミサイルがアメリカを目標にしている以上、日本上空の迎撃であっても「集団的自衛権」行使となる。
一部で迎撃するのが難しいからこの事例はナンセンスという言説もある。確かに現行のSM-3は、大陸間弾道弾の迎撃は難しいようだが、日本上空を通過するのは、グアム、ハワイ向けであることから、十分有効な兵器といえる。

(7)米本土が核兵器など弾道ミサイル攻撃を受けた際、日本近海で作戦を行う時の米艦防護

これは、核抑止が失敗した事例の想定だよね。
核抑止が失敗して、核攻撃が行われたシナリオって考えるのもいやだよ。それは本当におぞましい世界だ。
それでもしょうがないから無理やり作るとこうなるかな?
ちなみにロシアとか中国がアメリカへ核攻撃したら、それは全面核戦争となって、たぶん人類絶滅に近い状況になる。ということで、小さな核戦力しか持たない国で日本の周辺国といえば、北朝鮮しかないので、ここは北朝鮮に悪者になってもらおう。

北朝鮮は、絶望的な状況にあった。孤立し、経済が崩壊し、餓死者が相当数でている。そこで破れかぶれになった指導者が、いちかばちかでアメリカを核攻撃することにした。
テポドン2号に核爆弾を搭載してニューヨークを攻撃した。アメリカによる弾道ミサイルの迎撃は失敗し、ニューヨークは数百万人の死傷者がでた。
激怒したアメリカは、即座に核兵器で反撃し、北朝鮮は廃墟となる。数百万人の死傷者がでた。そしてアメリカは、北朝鮮のトドメをさすべく、空母打撃群と強襲上陸艦を中心とする上陸部隊を編成し、北朝鮮へ出撃した。
アメリカの要請をうけた日本は、アメリカ艦隊の護衛任務についた。

うーん。これはないわ。
これはいくら仮想敵国にしたからとはいえ、北朝鮮に失礼だわ。
この事例を列挙した理由が、僕にはわからない。

(8)国際的な機雷掃海活動への参加

日本は世界有数の(というか世界一の)機雷掃海能力を保有している。
そのため、戦争等で機雷が設置されて、掃海が必要になると、自衛隊の派遣を要請されることが多い。この事例は、イランによるホルムズ海峡封鎖を想定しているのだろう。こんなシナリオを考えてみた。

20XX年、イランは核実験を行った。直ちに安全保障理事会が招集され、イラン非難と核兵器の放棄を要求した安保理決議が採択された。
その決議に不満を表明したイランは、ホルムズ海峡に機雷を設置し、海峡を封鎖した。世界中で石油が不足し、世界経済は大混乱になる。安保理は再度イラン非難の安保理決議を採択し、ホルムズ海峡の制空権、制海権を確保するための軍事制裁と、ホルムズ海峡の機雷の掃海を決議した。
国連安保理決議をうけて、日本にホルムズ海峡の機雷掃海を要請した。

このシナリオだと、停戦してないので、集団的自衛権を行使しないと日本は掃海できないことになる。それはどうも不都合に思える。

集団的自衛権は必要か

まずここに書いたシナリオそのものが正しいかどうか、まだ僕には確証がない。情報が少なすぎる。
この閣議決定をうけて法律の改正案が審議されるはずだが、その法案の条文や、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の協議の情報がでてこないことには、よくわからないことだらけだ。
とはいえ、拙速を尊び、無理やりシナリオを作ってみた。
作ってみた感想は次の通り。

日米同盟は強化される

日本は、アメリカの「統合エア・シーバトル構想」と高度にリンクした防衛体制をとることができる。
財政難で軍事費を削減する必要に迫られているアメリカ軍と国防総省にとって、この日本の行動は、「統合エア・シーバトル構想」の実現に向け、大きな力となる。
日本のアメリカに対する立場は確実に上昇する。尖閣など日本が抱える防衛問題について、アメリカへ要求を出しやすくなるだろう。

無理筋なものもあるようにみえる

アメリカが核攻撃をうけた後の事例「米本土が核兵器など弾道ミサイル攻撃を受けた際、日本近海で作戦を行う時の米艦防護」は、本当に必要なのだろうか? これは僕には不必要に思える。

機雷掃海活動は微妙

これは、国連安保理決議がなければ機雷掃海活動は行えないぐらい制約をもたらした方がいいように思える。
停戦後の掃海なら集団的自衛権は必要ないので、これは停戦していない状態で掃海をすることになると思われるからだ。それはとても危険がある。だからこの事例での集団的自衛権行使は、より抑制的であるべきだ。

まとめ

賛成する事例

  • 周辺有事での弾道ミサイル発射警戒中の米艦防護
  • 周辺有事で武力攻撃を受けている米艦の防護
  • 周辺有事の際の強制的な停船検査
  • 武力攻撃発生時の民間船舶の国際共同護衛活動
  • 米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイル迎撃

条件付きで賛成する事例

  • 国際的な機雷掃海活動への参加

あってもいいかな程度の賛成をする事例

  • 邦人輸送中の米艦防護

反対する事例

  • 米本土が核兵器など弾道ミサイル攻撃を受けた際、日本近海で作戦を行う時の米艦防護

最後に

あくまで思考実験として考えただけなので、ここであげたシナリオが適切かは、皆さんご自身で判断してほしい。
僕もよくわからないことだらけだ。

*1:米国人だけの避難だと日本は護衛できないので、少数でもいいから日本人を救出する必要がある

*2:現在開発中のミサイルだが、このシナリオでは既に実戦配備済みとしている。

*3:DF-21D対艦弾道ミサイルはまだ開発中のミサイルのため、現在ジョン・S・マケインが持つSM-3は当然のごとくDF-21D対艦弾道ミサイルの迎撃能力を持たない。このシナリオでは、中国のDF-21D対艦弾道ミサイルが配備されたという仮定に加え、SM-3迎撃ミサイルがDF-21Dの迎撃能力を持ったという仮定で作られている。

*4:アメリカの説明では、中国の他、イラン、北朝鮮、さらにはヒズボラ等の非国家主体をも加えて例に挙げているが、主対象は中国だといえる。