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日はまた昇る

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分離独立運動は流血を招く(中)

国際関係論 危機管理 安全保障

お詫び

前編を書いてから、5か月あまりが経過した。
id:Mukke氏からの宿題という認識はあったが、まとまった時間がとれず伸ばしてしまった。その点、申し訳なく思う。
いまさら感は大きいのだが、宿題は宿題なので、7月以降、仕事が落ち着いてきて時間が取れるようになったこともあり少しずつ書きためている。
ようやく、中編を書きあげたので公開したい。

前編はこちら

分離独立運動は流血を招く(前) - 日はまた昇る

冷戦終結後の分離独立や自決権を持つ高度な自治を求める運動

列挙の理由

私はこの投稿のタイトルにある通り、沖縄での「分離独立運動あるいは自決権を持つ高度な自治を求める運動」が大きくなった場合、それは流血を招くと主張している。なお、これ以降は「分離独立運動あるいは自決権を持つ高度な自治を求める運動」を略して「分離独立運動」と称する。

もし将来沖縄の分離独立運動が大きくなっていったらどうなるか? 流血が生じるのか?生じないのか? それを論じるために、他の分離独立運動などの事例を分析しどうなる可能性が高いのか、推測してみようと思う。
まずこの中編では、冷戦終了後、具体的には1990年以降の25年間(たった四半世紀の事例だと強く言いたい!)での分離独立運動を列挙し、一つ一つ簡単にまとめてみたい。その後、後編で分析することにする。最初は中編、後編に分けずに書こうと思っていたが、書いてみたら文章量がとても多くなってしまい、中編、後編に分けざるをえなかった。
なお列挙した分離独立運動は、当時の新聞や雑誌の記事などでこんな運動の記事を読んだ記憶があるという、いささかおぼろげなものを頼りに調査してまとめた。割りと多く列挙できたと思うが、これで全てではないのは確かだ。但し、記憶にあるものは全部列挙し、恣意的に列挙しないように努めてはいる。*1
また分離独立や高度な自治を求める運動の起源が冷戦終結以前であっても、この25年間に何らかの動きがあったものは列挙の対象にした。
なお、ソ連崩壊時にCIS(独立国家共同体)を構成した国は、構成国全体が旧ソ連の継承国であると考え、いわゆる分離独立とは性格が異になるとして列挙の対象からはずした。一方CIS成立過程あるいは成立後、旧ソ連圏内で起こった分離独立運動は列挙の対象とした。

カテゴリー

あとで分析しやすいように、以下の通り、いくつかカテゴリー分けした。

  • 民族/部族民族主義、民族運動、あるいは部族による分離独立運動
  • 宗教:宗教や宗派の違いなど宗教的対立による分離独立運動
  • 政治体制:政治体制・イデオロギーの違いによる分離独立運動
  • 経済/資源:経済格差や資源分配に対する不満による分離独立運動

なお、上記のカテゴリーは、どれか一つを適用するのではなく、重複して適用する場合もある。

流血の有無と独立や高度な自治の達成

ひと目でわかるように、その運動で流血がない場合や、独立や高度な自治を達成した場合には、次のように記載している。

  • <流血なし>:その運動が始まってから流血がない(テロや武力抵抗、武力弾圧等による死者がいない、但し刑死は除く)場合
  • 《独立達成》:独立を達成した(領域を実効支配し国際承認を受けている)場合
  • 《自治達成》:自治を達成し運動が終焉した場合
  • 実効支配:広く国家承認は受けていないが領域を実効支配している場合

なお、戦闘が盛んに行われ、領域が流動的な場合には、実効支配とはしなかった。


東アジア

台湾(政治体制)実効支配

1950年、55年、58年など、領土(支配地域)を巡って中華人民共和国と激しく戦った台湾情勢も、冷戦終結後は比較的安定している。しかし1997年には第三次台湾海峡危機が起こったし、中華人民共和国は2005年に反分裂国家法を制定し台湾への武力侵攻の法的根拠を制定するなど、現在も一定の緊張関係がある。2014年のひまわり学生運動も記憶に新しい。
台湾は国共内戦に敗れた国民党が遷都したことが起源であり、分離独立運動によって現在の状況となったわけではないが、独立を目指す勢力もあることから列挙した。
現状の分類については、事実上の独立状態ではあるものの、国家承認している国が少ないため実効支配に分類した。

香港(政治体制)<流血なし>

1997年にイギリスは香港を中華人民共和国に返還した。返還にあたって中華人民共和国一国二制度を実施し民主主義を維持することを約束した。
しかし、2017年の行政長官選挙を実施するにあたり、中華人民共和国が行政長官候補は指名委員会の過半数の支持が必要であり候補は2、3人に限定すると決定したことにより、完全な普通選挙の実施を求めて、2014年に香港反政府デモが行われた。デモは約3ヶ月後強制排除された。

チベット(民族/部族、宗教、経済/資源)

チベット中華人民共和国の西南の山岳地帯。
1948~52年、中華人民共和国チベットに侵攻した。圧倒的な軍事力の差がありチベット中華人民共和国の支配下に入った。その後、中華人民共和国チベットへの支配強化を強め、その結果チベット仏教の指導者であるダライラマ14世は亡命した。
今もこの対立は解決していない。中華人民共和国による宗教弾圧は続いていると伝えられており、チベット人による抗議活動(武力抵抗でなく焼身自殺による抗議であることも多い)が断続的に続いている。

東トルキスタン/新疆ウィグル(民族/部族、宗教、経済/資源)

東トルキスタン/新疆ウィグルは、中華人民共和国の西の辺境地帯。
第二次世界大戦の最中、ソ連の援助によって東トルキスタン共和国が樹立されたが、中華人民共和国成立後、中華人民共和国軍が東トルキスタン領域に進駐し領有した。1955年には「新疆ウィグル自治区」となったが自治は中国共産党の指導下で行われている。ウィグル人の宗教はイスラム教であるが信教の自由は制限されていると伝えられ、多数のウィグル人が政治犯として収容されているといわれている。
対立構造は冷戦終結後も続き、2009年にはウィグル騒乱が発生した。現在も、テロなども含めて抵抗活動が続いている。


東南アジア

ミンダナオ(民族/部族、宗教、経済/資源)

ミンダナオはフィリピンの南部の島。
ミンダナオにはイスラム教の布教が進んでいた。ところがフィリピン全体はスペイン統治時代、アメリカ統治時代を通じキリスト教の布教が進み、イスラム教徒は宗教的な少数を余儀なくされた。独立闘争も失敗を続けた。その後日本統治時代を経て、日本の敗戦後フィリピンは独立したが、イスラム教徒はミンダナオでもキリスト教徒の数が増え地域の主導権も失っていった。それを不満に思ったイスラム教徒のモロ族などを中心に、ミンダナオ島西部で抵抗活動が始まった。
21世紀に入り、米比両軍の抵抗勢力掃討作戦により抵抗活動は沈静化したといわれるが、まだ紛争の再燃が危惧されている。*2

タイ深南部(民族/部族、宗教、経済/資源)

タイの最も南の地域は、イスラム教徒が多く歴史的にもシャム(タイ)とは異なった地域である。この地域を植民地としたイギリスが、対日戦の協力を求めるためにこの地域の独立の約束をしたが、戦後それを反故にしたことから独立運動がはじまった。
2004年には大規模な武力衝突が発生するなど、現在に至るまでテロ活動などが続いている。

アチェ(民族/部族、宗教、経済/資源)

アチェインドネシアスマトラ島北部の地域。
アチェは、インドネシアの中でも最も早くイスラム教の布教がすすんだ地域。オランダによる植民地化の過程でアチェは強く抵抗した。
抵抗むなしく植民地となったものの、第二次世界大戦アチェを占領した日本軍と協力体制を築き、日本の敗戦後、オランダが再植民地化をすすめようとした際、アチェはオランダの占領に強く抵抗した。
インドネシア独立後、天然ガスが発見されたもののその開発の利益は中央にとられることに対する不満が高まり、独立運動が起こった。以来、反乱、テロなどが繰り返され内乱状態にあったが、2004年のスマトラ沖地震で壊滅的な被害をうけたことでインドネシア政府と和解し、2005年和平協定が結ばれた。

東ティモール(民族/部族、宗教、経済/資源)《独立達成》

東ティモールインドネシア東部のティモール島の東部地域。
ティモール島は東部をポルトガルが、西部をオランダが植民地化した。ポルトガルカトリックの国であり、その影響もあって東ティモールカトリック教徒が多数である。日本の占領を経てオランダからインドネシアが独立してもなお東ティモールは(形式的には)ポルトガルの植民地として残った。ところが1975年インドネシア東ティモールに侵攻したことから抵抗運動が起こり、以来、ゲリラ戦法による抵抗活動が続いた。1999年国連主導の住民投票によりインドネシアの占領から解放され、2002年に独立した。

マルク(民族/部族、宗教)

マルク(旧名モルッカ)諸島はインドネシア東部の香料諸島と呼ばれた地域。中心地はアンボン。
オランダ植民地時代、マルク諸島には主にキリスト教徒が住み、オランダ植民地支配をサポートした。インドネシア独立後、この地域にイスラム教徒の移住が進み、人口が拮抗することで地域の断裂が始まった。そして双方の衝突が発生。2000年には独立を目指すキリスト教徒によるマルク主権戦線が設立され、以来、イスラム急進派との間で騒乱が繰り返されている。解決のめどはたっていない。

パプア(民族/部族、宗教、経済/資源)

パプアはインドネシア東部のニューギニア島(面積が世界2位の島)のうち、島西部の地域のこと。イリアンジャヤとも言う。
パプアはオランダの植民地で、第二次世界大戦時日本が占領した。第二次世界大戦インドネシアが独立したが、オランダはパプアをパプア人を中心とした別国家として独立させるように画策した。それに反発したインドネシアとの間で紛争となり、一旦パプアは国連の統治下に置かれたのち、インドネシアの統治下に入った。
しかし、インドネシアの軍事政権がパプア人への弾圧を始めると、それに対する抵抗運動がはじまった。
現在でも、弓矢、刀剣などによる襲撃事件が断続的に起こっている。

カチン(民族/部族)

カチン州はミャンマー北部の中国国境に面する山岳地帯。
カチン族はミャンマー建国時、政府と協力体制にあったが、ミャンマー軍事独裁になるとたもとをわかち、分離独立運動が起こり武力衝突が生じた。ながらくカチン族居住地域は中国との密輸、翡翠や麻薬などの貿易などを行い、政府の統治が及ばない半独立状態となった。
1994年和平条約が結ばれたものの、2011年には再度武力衝突が生じた。2013年に再度停戦協定が結ばれた。

カレン(民族/部族)

カレン州はミャンマー東部のタイと国境を面する地域。カレン族は他にカレン州の北にあるカヤー州にも居住する。
カレン族はカチン族とは異なり、ミャンマー建国当初から独立運動を開始した。ミャンマー軍事独裁になると各地の分離独立運動と呼応し、内戦状態となった。
1994~95年のミャンマー軍の掃討作戦により要衝を奪われた後、抵抗は小さくなっているもようだが、僅かに残る支配地域を防衛し現在に至るまで解放闘争を続けている。

ワ(民族/部族、政治体制)

ワ州は中国雲南省と接するミャンマーのシャン州の一部。黄金の三角地帯の中心地として知られ大量の麻薬が作られていた地域。
ワ族は歴史的に中国と関係が深く、国共内戦によりワ族居住地に流入した国民党軍によりケシ(麻薬)の栽培が始まった。その後中国共産党指導下にあるビルマ共産党のもとケシ栽培は続いた。
ビルマ共産党との関係は冷戦終了期に事実上消滅したが、その後もワ族は中華人民共和国の影響下にあると考えられている。1989年、ミャンマー軍政と停戦協定に合意した後は,ミャンマー国軍に協力し、「シャン州軍南部*3」との戦闘を活発化させた。

コーカン(民族/部族)

コーカン族は主にミャンマー東北部のシャン州コーカン地区に居住し、中国明朝の遺民を祖とすると考えられ、中国との繋がりが強い。
コーカン族は過去にビルマ族の支配下にはいったことがなく、ミャンマーがイギリス植民地であったころも事実上コーカン地区の実権を握っていた。
ミャンマー独立後も中華人民共和国の影響が強く、コーカン地区はビルマ共産党の本拠地とされる。ケシ(麻薬)の栽培も疑われている。コーカン族とミャンマー軍とは2009年にも武力衝突したし、武力衝突は今も続いている。*4

ロヒンギャ(民族/部族、宗教)

ロヒンギャミャンマー南西部のラカイン州に住む人々。
仏教徒が圧倒的多数を占めるミャンマーにあって、イスラム教徒であるロヒンギャミャンマー政府は不法移民とみなす。国際的にも孤立無援といえるロヒンギャは、今も迫害を受け続けている。2012年にはロヒンギャ追放運動をすすめる仏教徒と大規模な衝突があった。*5*6
ロヒンギャの場合、分離独立というより、ミャンマー政府側の民族浄化という性質の方が強いと思われる。


オセアニア

ブーゲンビル(民族/部族、経済/資源)《自治達成》

ブーゲンビルはパプアニューギニア領内東方のソロモン諸島にある一つの島。
ニューギニア島東部とソロモン諸島はドイツ植民地を経て、オーストラリアの委任統治領になった。
1975年にパプアニューギニアは独立したが、パプアニューギニア政府はブーゲンビルにある世界最大級の銅山の権益を守るため、島民を強制移住させるなどの手段を用いたことから独立運動が発生し、それが激化し内戦状態になった。
1998年、オーストラリアとニュージーランドの仲介により停戦合意が行われ、2005年に自治政府が設立された。*7


南アジア

タミル・イーラム(民族/部族、宗教)

タミル・イーラムは、スリランカ北部と東部にタミル人が建国しようとした国の名称。
スリランカは、国民の7割程度をシンハラ人が占め、2割弱をタミル人が占める。シンハラ人の大半は仏教徒であり、タミル人の大半はヒンディー教徒である。歴史的には共存してきた両民族であるが、イギリス植民地時代、イギリスが少数のタミル人を重用した統治を行っていたため、両民族の対立の根ができた。
スリランカ独立後、スリランカ政府はイギリス植民地時代とは逆に多数派であるシンハラ人優遇政策をとったことから対立が深まり、1983年に武装組織である「タミル・イーラムの虎」との間に内戦が勃発した。
以来、26年にわたって内戦が続いたが、2008年スリランカ政府軍がタミル・イーラムの虎を撃破し内戦は終了した。

カシミール(民族/部族、宗教)

カシミールはインド北部とパキスタン北東部の国境付近にひろがる山岳地域である。
インドはヒンディー教、パキスタンイスラム教という宗教対立を背景に、カシミールの帰属は長く争われてきた。
1990年代以降は、パキスタンに支援されたとみられているテロ組織によるテロが頻発するようになった。ここ数年、テロは少なくなってきたがいまだテロ組織の活動は続いている。*8

インド北東部(民族/部族、宗教)

アッサム州を中心としたインドの北東部8州にも分離独立運動がある。
ボド族という先住民族と、バングラデシュからの移民であるイスラム教徒との対立が根っこにある。それに北東部の開発にインド政府があまり関心を寄せなかったことなどにより、分離独立運動組織によるテロや、民族衝突が頻発している。*9

トライバルエリア(民族/部族)実効支配

トライバルエリア(連邦直轄部族地域)は、パキスタン北東部のパキスタンにあるどの州にも属さない地域である。国際的にはパキスタンの領域に編入されているが、パキスタン中央政府の支配はほとんど及んでいない。黄金の三日月といわれるケシ(麻薬)栽培地域の一部である。
この地域は、タリバンが活動しているとも伝えられており、タリバン支持部族や武装勢力が、パキスタン軍と政府支持部族およびアメリカ軍と断続的に交戦を行っている。

北センチネル島(民族/部族)実効支配

北センチネル島は、ベンガル湾アンダマン諸島の西にある島。国際的にはインド領とされている。
島にはセンチネル族が住んでいると言われるが有史以来、外部との交流を完全に拒んでいることからよくわかっていない。最近でも流された漁民が殺されたり、来訪する者を一切拒んでいる。
過去、インド政府は交流を試みたが成功しなかった。近年は交流を断念し、離れたところからバックアップする方針に転換した。一般人がこの島へ近づくことは禁止されている。*10*11



※ネパールでは、1996年~2006年、マオイスト(毛主義者)による内戦があったが、これは分離独立運動というより、ネパールの国王制を終焉させるという政体を巡る抵抗運動として捉えているので、ここには列挙しなかった。


中東(西アジア

タリバン(宗教)

タリバンは、ソ連アフガニスタン侵攻後の内戦の中から生まれた武装勢力
一時、アフガニスタンの大部分を支配下におき、アフガニスタンイスラーム首長国を建国したが、アメリカ同時多発テロ事件をうけてアメリカ軍を主力とする諸国連合が武力介入したことで瓦解した。以来、タリバンとアメリカ軍、アフガニスタン政府軍などとの間で、武力衝突が続いている。

ISIL(宗教、経済/資源)

ISIL(別名:ISIS、IS=イスラミックステーツ、ダーイッシュ)は、イスラム国家樹立運動を行うイスラム過激派組織である。イラクとシリア両国の国境付近を中心とし両国の相当部分を武力制圧し、国家樹立を宣言し、ラッカを首都と宣言している。但し国家承認をした国はない。
ISILは、イラク軍、シリア軍をはじめ、シリア反政府武装組織、クルド人組織などと戦っている。周辺国は、ISILに対し爆撃を実施している。ISILは捕虜や人質の殺害、奴隷化など深刻な人権侵害も行っている。

クルディスタン(民族/部族、宗教、経済/資源)

クルディスタンは、トルコ東部イラク北部、イラン西部、シリア北部とアルメニアの一部分にまたがり主としてクルド人が居住する地域のこと。
クルド人の居住領域は、フランス、イギリス、ロシアによって引かれた恣意的な国境線によって、トルコ・イラク・イラン・シリア・アルメニアなどに分断された。これが分離独立運動の基となっている。
特に人口の多いトルコ、イラクでは分離独立を求め、長年武力闘争を行っている。またISILの台頭により、ここ数年ISILとの間で激しい戦闘が続いている。*12*13

イエメン(民族/部族、宗教、経済/資源)

イエメンは、1990年に南イエメン北イエメンとが統一してできた国だが、北は主にシーア派の一派のザイド派教徒が、南はスンニ派教徒が住む。
統一後に就任した北イエメン出身の大統領が、北側に優位な政策を敷いたとして、旧南イエメン出身の副大統領派が反発し分離独立を求め、1994年には内戦が勃発した。
内戦は北側が勝利したものの、政情は安定せず、2011年にはイエメン騒乱が発生、2015年にはザイド派武装組織のフーシがクーデターを起こし、以来、フーシと、クーデターで退陣させられた暫定大統領派と、サラフィー・ジハード主義組織の「アラビア半島のアル=カーイダ」との間で、三つ巴の内乱状態となっている。

パレスチナ(民族/部族、宗教)《自治達成》

パレスチナ問題は、日本でもよく取り上げられているので、知っている人も多いと思う。この問題の遠因は遠くローマ帝国によるユダヤ人の離散に求められるかもしれない。
現在のパレスチナ問題は、現在のイスラエルの建国、すなわちパレスチナ分割を起源にする*14。以来、数度にわたる戦争が生じ、イスラエルの植民や武力侵攻とパレスチナ人の武力闘争やテロなどが頻発した。
紆余曲折の後、パレスチナ人居住区にはパレスチナ自治政府が樹立され、イスラエルとの和平の道を探ってはいるものの、近年でも、2008年にはガザ紛争が発生したし、騒乱は現在も続いている。
自治政府が樹立されているので、一応、自治達成としたが、事実上アッバース自治政府とガザ・ハマース自治政府の2つの自治政府が存在し、ガサ・ハマース自治政府はイスラエルに対する武力闘争を継続中であり、完全な自治達成には遠い状況である。

北キプロス(民族/部族、宗教)

北キプロスは、東地中海にあるキプロス島の北部地域。
キプロス島には、ギリシャ系住民とトルコ系住民が居住する。1974年ギリシャ併合賛成派によるクーデターが発生した際、トルコ系住民の保護を名目にトルコ共和国軍がキプロス島北部を占領した。
以来、キプロス島は、南部をギリシャ系(キプロス共和国)、北部をトルコ系(北キプロス・トルコ共和国、但し国家承認はトルコ共和国のみ)に分割されている。
その後も南北の紛争は続いているが、2008年南側のキプロス共和国がユーロに加入したことをきっかけに、再統一に向けた取り組みが行われている。



※1990年~1991年には、アメリカを中心とした有志国連合が、クウェートを侵攻したイラクと戦争を行った(湾岸戦争)が、これは国対国の戦いだったため、列挙しなかった。

※2001年からは、アメリカを中心とした有志国連合が、アフガニスタンタリバン政権と戦争を行ったが、これは国対国の側面が大きい戦争と考えたので、列挙しなかった。

※2003年からは、アメリカを中心とした有志国連合が、イラクフセイン政権と戦争を行ったが、これは国対国の側面が大きい戦争と考えたので、列挙しなかった。


旧ソ連の領域

バルト三国(民族/部族)《独立達成》

バルト三国は、第一次世界大戦の後ロシア帝国の支配を逃れて独立したものの、第二次世界大戦で独立を失った。戦後ソ連に編入された。
1980年代、ソ連ペレストロイカが進展すると、バルト三国では独立機運が高まった。そして1989年のベルリンの壁崩壊によって一気に独立へ動き始めた。
まず1990年3月リトアニアが独立を宣言し、次いで同年5月ラトビアが独立を宣言、エストニアも続いた。
しかしソ連バルト三国の独立を認めなかった。
リトアニアに対しては、1990年に経済封鎖を開始し、1991年には軍隊を派遣した。血の日曜日事件といわれる。
ラトビアでは、共産主義を支持する勢力が政権を転覆しようとした。
エストニアにも、軍隊を派遣する動きがあったが、民衆による人間の鎖に阻まれた。エストニアでは流血は生じなかった。
これら一連の動きは、歌う革命と呼ばれる。1991年ソ連の8月クーデターが失敗に終わりソ連が崩壊した後、国際社会はバルト三国の独立を承認した。

チェチェン(民族/部族、宗教)

チェチェン共和国は、ソ連崩壊によって成立した北コーカサス地域の国。住民は大半がチェチェン人であり、チェチェン人の大半がイスラム教徒である。
1991年のソ連崩壊後、ロシア共和国を中心として「ソビエト主権共和国連邦」の創設が合意された。しかしチェチェンでは「ソビエト主権共和国連邦」に加わらずソ連を離脱する動きを見せた。それに対しロシアは軍隊を派遣し離脱を止めようとした。
以後、1994年に第一次チェチェン紛争が、1998年に第二次チェチェン紛争が発生した。
これらの動きにより、チェチェンの独立を目指す武装勢力に、イスラム過激派の影響が増したといわれ、以来、武装組織によるテロとロシアによる報復の連鎖が続いている。

ナゴルノ・カラバフ(民族/部族、宗教)実効支配

ナゴルノ・カラバフは、南コーカサスアゼルバイジャン共和国西部にあるアルメニア人居住地域。
ソ連の崩壊に伴ってこの地方のモザイクのような民族分布の中、アゼルバイジャン人の支配を嫌いナゴルノ・カラバフアルメニア人が分離独立運動を起こした。
なお、アゼルバイジャン人はイスラム教シーア派が多く、アルメニア人はキリスト教の一派であるアルメニア使徒教会の信徒が大半である。
この地域の帰属を巡る戦いは、ナゴルノ・カラバフ戦争と呼ばれる。紛争は長期化し泥沼化している。現在は、アルメニア人勢力が実質的に領域を支配している。*15

南オセチアアブハジア(民族/部族)実効支配

南オセチアアブハジアは、ジョージア共和国(グルジア)の北部と西部に位置する。
ソ連の崩壊により、北オセチアは共和国として独立したのに対し、南オセチアは同じ時期に成立したジョージア共和国(グルジア)の一自治州となった。以来、分離独立運動が続いている。もともと南オセチアはオセット人が主であり、ジョージア共和国のジョージア人との間に民族対立があった。
一方アブハジアは、アブハジア人、アルメニア人、ジョージア人の混住地域であり、ジョージア共和国成立時にアブハジア人とジョージア人の対立が深まった。
2008年、ジョージアは、南オセチア自治州を回復しようと軍を侵攻させたが、逆にロシア軍に支援された南オセチア側が反撃しジョージア軍を押し返した。それにより事実上の独立状態となった。
アブハジア南オセチアでの動きにあわせて、ロシアの影響のもと事実上の独立状態となった。*16

クリミア(民族/部族、経済/資源)実効支配

クリミアは、黒海に面するウクライナ南部の半島。
クリミアには、ロシア人、ウクライナ人、クリミアタタール人などが居住し、その中で最も多いのはロシア人である。
1954年にフルシチョフによって、クリミアはロシアからウクライナへ帰属変更された。その後のソ連崩壊によってウクライナ共和国が成立した際、ウクライナから分離独立する動きが強まったものの、結局ウクライナ自治共和国として存続することになった。
2014年親ロシア政権に対する騒乱によってウクライナの政権が倒れると、クリミアではウクライナから分離しロシアへ帰属変更する動きが強まり、ロシア軍の援助をうけたロシア系民兵の武力蜂起によりウクライナから分離した。その後ロシアは併合を宣言したが、それを承認した国はごくわずかに留まる。
現在では、ロシア併合反対派やタタール人へ迫害が行われていると伝えられている。*17

ウクライナ東部(民族/部族、経済/資源)実効支配

紛争が起こったのは、ウクライナの東部、ドネツク州、ルガンスク州の2州。ウクライナ東部は、もともとロシア系住民が多い地域である。
2014年ウクライナ騒乱によりウクライナの親ロシア政権が倒れ暫定政権が成立すると、それを不満に思う東部地域が武装蜂起した。ロシアは否定するが、事実上ロシア軍も武力介入しているのではないかと疑われている。その後、ウクライナ政権側と親ロシア派との間で武力衝突が繰り返された。民間機の撃墜事件も起こった。
現在、政権側と親ロシア派との間で停戦合意が成立しているが、テロや武力衝突が散発していると伝えられる。*18
まもなくウクライナ東部の自治を認めるウクライナ憲法改正が行われる予定であるが、現状はその憲法改正が発効していないので、実効支配に分類した。

沿ドニエストル(民族/部族、政治体制、経済/資源)実効支配

沿ドニエストルは、ソ連崩壊後成立したモルドバ共和国の東部に位置する。ロシア人が多く住む。
ソ連が崩壊し、モルドバ共和国が成立した際、モルドバで「ルーマニア民族主義」が台頭した。モルドバモルドバ人が多く住むが、隣国であるルーマニア人とほとんど同一の民族である。そのルーマニア民族主義に反発した沿ドニエストルに住むロシア人が独立闘争を開始した。
モルドバ共和国は軍による鎮圧を試みたが、沿ドニエストルに駐留していたロシア軍が独立勢力側についたため、本格的な戦争となり、モルドバ共和国軍は撃退された。*19
以来、沿ドニエストルにはモルドバ共和国の支配は及んでいない。一方、経済封鎖は続けられており沿ドニエストルは経済的な苦境が続いている。*20



※1992年~1997年、タジキスタンでは各勢力が入り乱れて内戦が勃発した。分離独立というよりタジキスタン全土を巻き込んだ内戦になったため、分離独立の一例としては列挙しなかった。なお内戦終結後も、現在までこの対立は続いておりテロや抵抗活動が散発している。*21

※2010年、キルギスバキエフ大統領の退陣を求めて騒乱が発生した。これは分離独立運動ではなく政権交代を主張する抵抗活動と認識したので、ここでは列挙しなかった。*22


ヨーロッパ(旧ユーゴスラビアを除く)

チェコスロバキア(民族/部族)<流血なし>《独立達成》

冷戦が終結すると、それまで社会主義国であるチェコスロバキア民主化運動が活発になった。
連日30万人を超えるといわれるデモが発生し、それがストライキなどの抗議に発展した。但し、それらは全て平和的なもので、抗議活動によって一人も死者はでていない。
大規模な抵抗活動が続いたため、政権党であった共産党と市民側との間で、円滑な体制転換についての話し合いが行われ、共産党一党独裁の放棄と複数政党制の導入が合意された。ここに社会主義体制は崩壊した。ビロード革命と称される。*23
その後行われた選挙によってチェコスロバキア民主化を達成したが、チェコスロバキア双方の意見が食い違うようになり、これもまた話し合いによって、1993年、平和裏にチェコスロバキアは分離し、それぞれが独立した。*24
流血なく平和裏に分離独立を達成した、極めて稀な事柄だと思う。

北アイルランド(民族/部族、宗教)

北アイルランドは、アイルランド島の北東部にあるイギリス(グレートブリテン島及び北アイルランド連合王国)の一地域。
アイルランドは1800年の連合法によりイギリスと連合王国を築いたが、20世紀に入りアイルランド独立戦争が起こり1922年に北部6州を除く南部26州が分離し、1937年アイルランド共和国となった。
イギリスとの連合王国に残った北アイルランドでは、1960年代になり、カトリック住民とプロテスタント主体の北アイルランド政府との間が険悪化し、分離派と連合王国派による騒乱が発生した。イギリスは、北アイルランド政府を廃止し、北アイルランドを直接統治するようになったが、それ以降も、分離派、連合王国派双方がテロや攻撃を繰り返してきた。
1990年代に入り、双方の歩み寄りが見られるようになり、1998年のベルファスト合意により、事実上分離運動は集結した。とはいえその後も合意を好ましく思わない一部の人によりテロや暴力事件が散発している。*25*26

スコットランド(民族/部族、経済/資源)<流血なし>

スコットランドは、グレートブリテン島の北部地域。歴史上、グレートブリテン島の南部地域を支配するイングランドと長年戦ってきた。
1707年イングランド議会とスコットランド議会が、双方とも「連合法」を採択したことにより、以来300年以上、イングランドとの間で連合王国を形成してきた。
連合法では、イングランドスコットランドは対等という建前であったが、スコットランド側からは不満があり、1922年に連合王国からアイルランドが分離独立したことと比較しつつ、1990年代に入り、スコットランドの分離独立運動が大きな社会勢力となっていった。
特に、2000年代に入り、北海油田による恩恵がスコットランドに少ないという主張が賛同を集めはじめ、2014年には分離独立を問う住民投票が行われた。
しかし投票の結果、分離独立反対票が賛成票を上回り、独立は否定された。
賛成派も反対派も、主に経済や社会のありようを巡って論戦が行われ、宗教や民族は大きな対立点とはならなかった。*27*28

バスク(民族/部族)

バスクは、ピレネー山脈の両麓、ビスケー湾に面するスペインとフランスとにまたがる地域。分離独立運動の主体となっているのは、スペイン側である。独自の言語を持っている。
バスクは、第二次世界大戦の直前、スペイン内戦時に抑圧を受けた。ピカソの絵で有名な「ゲルニカ爆撃」もこの時期に行われている。
戦後、バスクでは分離独立運動が大きくなっていった。1959年に武装集団「バスク祖国と自由(ETA)」が結成され、爆弾テロや要人暗殺などの過激な行動を行った。1979年自治権が認められバスク自治州となったが、ETAは隣のナバラ地方やフランスの一部を含む独立を主張している。*29
2006年、ETAは停戦を宣言したが、今も緊張感は続いている。*30

カタルーニャ(民族/部族、経済/資源)<流血なし>

カタルーニャはスペイン北東部の地域。中心地は1992年にオリンピックが行われたことで有名なバルセロナ。独自の言語を持つ。
カタルーニャの独立運動は、元をたどれば1701年~1714年にハプスブルク家オーストリア)とブルボン家(フランス)との間で行われたスペイン継承戦争で、カタルーニャ自治権を失ったことに起因しているのかもしれない。
以来、カタルーニャはスペインからの独立心を保ち続けてきたといわれる。
さらに近年、2010年欧州ソブリン危機、2012年のスペイン金融危機に対するスペイン政府の対応が、カタルーニャに不利益だという不満も高まっており、独立機運に繋がっている。*31
2014年には非公式ながら独立を問う住民投票が行われ、独立賛成が多数となったと伝えられている。*32


ヨーロッパ(旧ユーゴスラビア地域)

スロベニア(民族/部族、経済/資源)《独立達成》

スロベニアは、旧ユーゴスラビア連邦の構成国のうち、イタリア、オーストリアに隣接する地域。旧ユーゴスラビアの中では経済的先進地であった。
冷戦の終結に伴う東欧の革命と、それに伴う旧ユーゴスラビア連邦の経済的苦境が表面化すると、スロベニアは連邦からの離脱を図る。
1991年にクロアチアと同時に連邦からの離脱と独立宣言を行った。
それに対し連邦政府連邦軍を派遣し、十日間戦争*33が起こった。連邦の中心であるセルビアスロベニアは国境を接しておらず、セルビアは同時に独立を宣言したクロアチアとの戦争に戦力を割かざるをえず、スロベニアの十日間戦争は散発的な戦闘が行われた後終結した。1992年、スロベニア国際連合に加盟した。

クロアチア(民族/部族)《独立達成》

クロアチアは、旧ユーゴスラビア連邦の構成国のうち、セルビアスロベニアボスニア・ヘルツェゴヴィナに囲まれる地域。一部はアドリア海に面する。
冷戦の終結に伴う東欧の革命と、それに伴う旧ユーゴスラビア連邦の経済的苦境が表面化すると、クロアチアも連邦からの離脱を図る。
そこには、セルビア民族主義に対するクロアチア人の反発が背景にある。
1991年にスロベニアと同時に連邦からの離脱と独立宣言を行った。
それに対し連邦政府連邦軍を派遣した。スロベニアは10日ほどの散発的な戦闘で終結したが、クロアチアは連邦の中心であるセルビアと隣接しており戦闘は続いた。1992年に起こったボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争ともリンクしはじめ、情勢は泥沼化した。
クロアチアは1992年国連に加盟した。そして国連国際連合保護軍を派遣したが、それでもスロベニア政府側と親セルビア勢力側との戦闘は止まなかった。
最終的にNATOの支援の下、クロアチア政府側が「嵐作戦」*34と呼ばれる軍事作戦を遂行し、親セルビア勢力側から国土の大半を奪還し、紛争は事実上終結した。

ボスニア・ヘルツェゴビナ(民族/部族、宗教)《独立達成》

ボスニア・ヘルツェゴヴィナは、旧ユーゴスラビア連邦の構成国のうち、セルビアクロアチアモンテネグロの囲まれる地域。ごく僅かネウム周辺にアドリア海に面した海岸はあるのだが大きな港はない。
1991年にスロベニアクロアチアが独立宣言を行い、独立戦争が生じたことで、ボスニア・ヘルツェゴヴィナも独立の機運が高まった。
スロベニアクロアチアカトリックスロベニア人クロアチア人が主体であるのと異なり、ボスニア・ヘルツェゴヴィナは、イスラム教徒であるボシュニャク人カトリッククロアチア人、正教のセルビア人が混住していた。
そのため独立か連邦残留かは容易に決まらず、1992年にセルビア人がボイコットする中で行われた国民投票によって独立が決まった。
以来、独立を求めるボシュニャク人クロアチア人、連邦残留を求めるセルビア人との間で戦争が生じ、泥沼化した。民族浄化(虐殺)事件も起こった。
最終的にNATOが介入し、1995年NATOの大規模な空爆によってセルビア人勢力が壊滅。国連の仲介によりデイトン合意が成立、紛争は終結した。

コソボ(民族/部族、宗教)《独立達成》

コソボは、旧ユーゴスラビア連邦の構成国のセルビアの自治州のひとつ。アルバニア共和国と面する。コソボの住民の多くは隣国のアルバニア共和国と同じアルバニア人である。宗教はほとんどがイスラム教といわれる。
コソボについては、1980年代がら抗議活動があり、それは暴力的なものと変質していった。それに対しセルビア側は自治権の剥奪と弾圧で応じた。
冷戦の終結に伴う東欧の革命が起こると、コソボも独立の機運が高まり、1990年にはコソボ共和国の独立宣言が行われたが、以来、コソボではアルバニア人勢力とセルビア人勢力との間で紛争が続いた。
1999年にはNATOによる大規模な空爆が行われた。更にNATOコソボへの陸上兵力による攻撃を企図した。その動きをうけてセルビアは、NATOが関与する国際連合主導での平和維持軍の駐留に同意し、ここにコソボ紛争は終結した。
コソボは、その後2008年に独立を宣言したものの、独立承認国は111ヶ国にとどまり、不承認国は85ヶ国にのぼる。日本はコソボの独立を承認しているので、ここでは《独立達成》に分類した。*35

モンテネグロ(民族/部族)《独立達成》

モンテネグロは、旧ユーゴスラビア連邦の構成国のうち、セルビアボスニア・ヘルツェゴヴィナと接する地域。西部はアドリア海に面し、南部にはアルバニア共和国がある。
モンテネグロは、スロベニアクロアチアボスニア・ヘルツェゴヴィナが内戦状態になる中、一貫してセルビアと歩調をあわせていた。
しかし、コソボ紛争が激化すると、アルバニア人が多いモンテネグロセルビアの関係が悪化した。
モンテネグロセルビアの対立は、EUの仲介で2国の国家連合である「セルビアモンテネグロ」が成立して一旦解決した。しかしその後実施された国民投票を経て、2006年モンテネグロは独立を宣言した。セルビアも独立を承認し、モンテネグロはEUおよび国際連合にも加盟した。*36*37

マケドニア(民族/部族)《独立達成》

マケドニアは、旧ユーゴスラビア連邦の構成国のセルビアの南に位置する地域。西はアルバニア共和国、南はギリシャ、東はブルガリアと接する。
マケドニアは、スロベニアクロアチアの独立宣言とほぼ同時に独立宣言した。
コソボ紛争が勃発すると、多数のアルバニア人が流入した。アルバニア人が増加することによってアルバニア民族主義が高まり、2001年流入したアルバニア人の武装勢力が武力蜂起した。それに対しマケドニア政府は武装勢力の掃討作戦を展開した。
その後EUの強い圧力で、アルバニア系住民の権利拡大を認める和平合意文書(オフリド枠組み合意)に調印して停戦、NATO軍が駐留を開始し平穏を取り戻した。*38


アフリカ

エリトリア(民族/部族)《独立達成》

エリトリアは、紅海に面するアフリカの北東部にある国。スーダン、エチオピア、ジブチと国境を接する。
エリトリアは、1961年から30年、エチオピアに対して独立戦争を続けていた。ソ連の崩壊により、エチオピアに対するソ連の軍事援助がなくなりエチオピアのメンギスツ政権軍の士気はさがった。その機に乗じ、エリトリア武装勢力はエチオピアの首都アジスアベバに突入、陥落させ、メンギスツを退任させた。その結果、エリトリアは1991年に独立した。1993年には国連に加盟した。
その一方、独立後もエチオピアとの間は、緊張関係にあり、1998年~2000年には国境紛争が発生した。2010年にも国境で軍事衝突が発生した。*39
国内でも独裁による弾圧が続き、エイトリア難民に対する殺害、強姦、臓器売買などが報告されており、極めて厳しい人権状況にあるとされる。*40

ソマリランド(民族/部族)実効支配

ソマリランドは、アデン湾に面するアフリカの北東部にあるソマリアの一地域。
1980年代から続く内戦でソマリア政府が崩壊し無政府状態になると、1991年にソマリランドが独立を宣言した。ソマリランドは旧イギリス領ソマリランドの西半分を支配下におく。
ソマリアはさながら戦国時代のような群雄割拠状態にあり、様々な勢力が入り乱れている状態である。
その一方、ソマリランドは比較的安定した治安を確保し、事実上の独立状態にある。民主化も順調に進んで、複数政党制による地方選挙や総選挙を実施した。しかしソマリランドを国家承認した国は今のところない。*41*42

西サハラ(民族/部族)

西サハラは、アフリカ大陸の北西部にあり、モロッコ、アルジェリアモーリタニアに接する。西は大西洋に面している。
西サハラは1884年にスペインの植民地となり、スペイン領サハラと呼ばれた。
1976年のスペインの撤退に伴い、西サハラの北部をモロッコが、南部をモーリタニアが占領した。一方西サハラの独立運動を行っていたポリサリオ解放戦線は、アルジェリアの支援のもと「サハラ・アラブ民主共和国」の独立を宣言し武力闘争を継続する。その結果南部地域からモーリタニアを撤退させたが、そこにモロッコが進駐しほぼ全域を占領する状態となった。「サハラ・アラブ民主共和国」はアルジェリアを拠点に、現在も独立闘争を続けている。*43*44

スーダン(民族/部族、宗教、経済/資源)《独立達成》

北アフリカにあるスーダンは、イギリスとエジプトとの共同統治が行われた植民地だった。北部はアラブ系のイスラム教徒、南部は土着宗教のアフリカ系住民が多く住む。
スーダンは、1956年の独立以来、主に内戦とクーデターを繰り返し、政情が安定しなかった。
2005年、22年間続き多数の死者がでた第二次スーダン内戦の包括的な暫定和平合意が成立し、南部スーダンは、南部スーダン自治政府が自治を行うことになった。
2011年、分離独立の是非を問う住民投票が実施され、分離独立賛成が多数となり、南スーダンは独立した。同年、国連にも加盟した。*45*46
独立後の政情は安定していない。2011年、2012年とスーダンとの間で国境紛争が起こったし、2013年にはクーデター未遂事件が発生し、現在も抗争が続いている。*47

ダルフール(民族/部族、宗教、経済/資源)

ダルフールスーダンの西部にある地域。ダルフールにはアラブ系だけでなく、非アラブ系のさまざまな民族が住んでいるとされる。
スーダンは、長くアラブ系を中心とする北部と、アフリカ系を中心とする南部で内乱状態にあった。その内乱が収束に向かう中、南北の合意は、ダルフールの非アラブ系の活動家には不満の残るものだった。
そのため、2003年ごろからダルフールの非アラブ系の反政府組織が、軍や警察などの拠点を襲撃するようになっていった。それに対抗して、スーダン政府は民兵組織を支援し、反政府組織の制圧を行わせた。
反政府組織と政府側民兵の相手への攻撃は、いずれ制御できない水準にエスカレートし、虐殺、略奪、強姦などが横行するようになった。
2010年、ようやく双方の停戦へ向けた協議の合意ができ、2013年、停戦が合意された。*48
停戦したとはいえ、現在でも、アラブ系、非アラブ系の衝突は頻発している。*49

マリ北部(民族/部族、宗教、経済/資源)

マリは、西アフリカに存在する内陸国家。西をモーリタニアセネガル、北をアルジェリア、東をニジェール、南をブルキナファソコートジボワール、ギニアに接する。
マリは1960年の独立以降、トゥアレグ族による反政府闘争が続いてきた。それはトゥアレグ族の居住地域が、マリ・アルジェリアニジェールに分割されて抗議の声が高まったことや、同じトゥアレグ族居住地域である隣国ニジェールのアクータ鉱山で産出するウランを巡る争いなどが原因とされる。
トゥアレグ族は、2011年のリビア内戦に参加した。その経験によって戦闘能力を高め、高性能の武器をマリに持ち帰ることにより軍事力を強化した。
2012年、トゥアレグ族を中心に結成されたアザワド解放民族運動がマリ軍駐屯地を襲撃し、トゥアレグ紛争(アザワド戦争)が勃発した。*50
それに対し、旧宗主国であるフランスは、国連決議を受けた形で欧米やアフリカ各国の軍事協力を得て、マリ政府軍とともにアザワド解放民族運動を討伐する軍事作戦(セルヴァル作戦)を遂行した。作戦によってフランス軍とマリ政府軍は、マリ北部の要衝を奪回した。その後フランス軍は撤退し、アフリカ主導マリ国際支援ミッションが治安維持にあたっている。*51*52

ボコ・ハラム(民族/部族、宗教、経済/資源)

ボコ・ハラムは、主にナイジェリア北部で活動するイスラム過激派組織である。ナイジェリアは、南部にキリスト教徒、北部にイスラム教徒が多く住む。ナイジェリア南東部には油田があり、その利権が紛争と腐敗の原因となっている。
ボコ・ハラムは、ナイジェリア政府の打倒、イスラム法の施行、西洋式教育の否定を目的として設立された。
2002年頃には、北部ナイジェリアで警察と小規模な衝突を繰り返すようになっていた。転機は2009年、警察による大規模な取締りをきっかけに、バウチ州の警察署を襲撃、その後ナイジェリア治安部隊との間で戦闘を激化させた。
近年、ボコ・ハラムは、北部住民の拉致、虐殺、強姦などの行動をエスカレートさせており、拉致した女性などの強要自爆テロなどを繰り返している。支配地域も少しずつ広がり、支配地域に対してはイスラム法による統治を行おうとしている。*53
ナイジェリアは政府内部の腐敗等の理由で、ボコ・ハラムに対して有効な対策をうてていない。*54

ウガンダ北部(民族/部族)

ウガンダは、アフリカ東部に位置する、北が南スーダン、東がケニア、南がタンザニアルワンダ、西がコンゴ民主共和国に接する内陸国である。南はビクトリア湖に面している。
ウガンダでは、1980年代以降、内戦とクーデターが繰り返しており、治安が安定していない。ウガンダ北部では、1980年代から20年以上、反政府武装組織の一つである神の抵抗軍と政府軍との間で、内戦が続いている。
神の抵抗軍は、殺害、略奪などの犯罪行為を繰り返し兵士や性的奴隷とするために子どもを誘拐している。*55*56
2000年代に入り、政府軍の攻勢により神の抵抗軍の規模は小さくなったといわれている。2006年からは停戦協議がすすめられている。まだ合意には至っていないが、治安はかなり回復したといわれる。*57



コンゴ民主共和国では、1996年~1997年、1998年~2003年と2回、ツチ族フツ族の内戦があった(コンゴ戦争)。民族対立によって生じた非常に凄惨な戦争(犠牲者が540万人といわれる)ではあるが、資源獲得と相手民族の制圧を目的としていた戦争と評価しているので、分離独立運動としては列挙しなかった。*58*59*60

中央アフリカ共和国では、クーデターが繰り返され、一時は無政府状態となった。そのため国連PKO部隊を派遣し、治安の回復に努力している過程である。ここ数年キリスト教徒とイスラム教徒の対立も激化しているとも伝えられている。この紛争は国の主導権を争う抗争の延長上にある紛争と捉えたので、分離独立運動としては列挙しなかった。*61*62

アンゴラでは1975年~2002年アンゴラ内戦が生じていたが、これは冷戦期の米ソ代理戦争としての性質が強いと考えたので、分離独立運動として列挙しなかった。これも多くの死者がでた戦争であり、この25年間の死者も百万人以上にのぼると思われる。*63

シエラレオネでは、1991年~2002年内戦が起こった。これはシエラレオネのダイヤモンド鉱山を巡る内戦の性質が大きいと考えたので分離独立運動としては列挙しなかった。*64

※いわゆるアラブの春チュニジアに始まり、エジプト、リビアで政体が変わった運動については、分離独立運動とは異なると考えたのでここには列挙しなかった。*65


アメリカ大陸

ケベック州(民族/部族、経済/資源)

ケベック州はカナダの東北部の州。旧フランスの植民地であり旧イギリスの植民地と異なった歴史と文化を持つ。カナダでは唯一フランス語を公用語としている。
1960年代には分離独立を求める諸派が集まりケベック党を結成、分離独立運動を行ってきた。1963年に登場したケベック解放戦線は、連邦施設の爆破、要人誘拐などのテロを行い、1970年非合法化された。
カナダは、長らく憲法典の改正などについてイギリス議会が権限を留保していたが、1982年憲法の制定によってカナダへ全権限が移った。これによりカナダの独立プロセスが完了した。しかしケベック州は、全州の合意が得られなくても連邦単独で憲法制定権を持つこの憲法の改正に反対し承認していない。*66
1995年、カナダ政府は、ケベック州による憲法の承認を取り付けようとしたが2度失敗したため、逆にケベックがカナダからの独立するかどうかを争う住民投票が行われた。結果は僅差で独立は否決された。

メデジン・カルテル、カリ・カルテル(経済/資源)

メデジン・カルテル*67やカリ・カルテル*68が分離独立運動かというと、それは違うと思う。
メデジン・カルテルとカリ・カルテルはコロンビアのメデジンサンティアゴ・デ・カリを拠点とする麻薬製造と密輸の犯罪組織だった。
しかし、世界を見渡すと、黄金のトライアングル地帯*69*70、黄金の三日月地帯*71のように、中央政府の支配が及ばない地域での分離運動が、麻薬製造に手を染めるケースが多くあり、それと表面上よく似ていることから列挙した。
両カルテルとも、私設武装組織を持ち、事実上コロンビア政府の統治が及ばない状況を作り、要人の誘拐、殺害などのテロなども頻発した。
しかし、1980年代後半からはじまったコロンビア政府とアメリカ政府共同による徹底した麻薬撲滅作戦(麻薬戦争とよばれ軍も投入された)によってほぼ組織は壊滅し、2002年ごろには終結した。*72


中編のまとめ

中編では、冷戦終結語、このわずか四半世紀(25年間)で起こった私の記憶のある限りの分離独立運動を列挙してみた。

分離独立運動を数だけで評価するのは分析上あまり意味のないことは重々承知しているが、それでもこの四半世紀の分離独立運動の多くでおびただしい量の血が流れたのも事実だ。この四半世紀の分離独立運動で、おそらく百万人を大きく超える人が死んだと思われる。
それにも関わらず、分離独立運動に対する世界の関心は低い。たった今も多数の人が死んでいる。そして多数の難民が発生している。
分離独立を求める根拠や緊迫度はそれぞれの運動によって全く異なると思う。でもその実態を私たちはほとんど知らない。ただ人が死に、難民が発生する。世界はその数だけにしか注目していないようにみえる。

とはいえ、世界にはチェコスロバキアのように平和裏に分離独立したケースも稀にある。
先日、分離独立の可否を巡る住民投票が行われたスコットランドのように民主的な手続きをとったケースも稀にある。

沖縄で分離独立運動が行われるとどうなのか。自決権を持つ高度な自治を求めるとどうなるのか。後編では上記の事例をもとに掘り下げて分析を書いてみたい。


(お詫び)
このペースで書いていると、後編を書き終えるのに、更に1~2ヶ月程度かかりそうだと思う。
時間がかかる点は、更にお詫びしておきたい。

*1:どうしても記憶はアジアでの分離独立運動のものが多く、遠方になればなるほど、特にアフリカの分離独立運動の把握は、あまりできていないという認識はある。

*2:ミンダナオの忘れられた戦争

*3:シャン州軍南部 | 国際テロリズム要覧(Web版) | 公安調査庁

*4:【アジアの目】ミャンマー・コーカン紛争 色濃い中国の影…工藤年博・アジア経済研究所研究企画部長 (1/3ページ) - 産経ニュース

*5:コラム:ロヒンギャ「孤立無援」のなぜ | Reuters

*6:ロヒンギャはなぜ迫害され貧困に苦しむのか 背景に人身売買組織の「難民ビジネス」

*7:ブーゲンビル島の悲劇

*8:海外安全ホームページ: テロ・誘拐情勢

*9:http://www.indas.asafas.kyoto-u.ac.jp/static_indas/wp-content/uploads/pdfs/CI2_03_kimura.pdf

*10:入ったら死あるのみ。世界一訪れるのが困難な島がある | Amp.

*11:「北センチネル島」なる世界で訪れるのが最も難しい島がスゴイ!!6万年前から続く閉鎖された島!! | コモンポスト

*12:http://www2.aia.pref.aichi.jp/koryu/j/kyouzai/PDF/katsuyo-manyual-2/siryo/G/1/4.pdf

*13:クルド人問題

*14:パレスチナ分割案/パレスチナ分割決議

*15:ナヒチェバン ナゴルノカラバフ

*16:外務省: わかる!国際情勢 Vol.7 グルジアという国 ロシアと欧州にはさまれた独立国家

*17:併合1周年クリミアの惨状 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

*18:ウクライナ首都で親露派自治権めぐり衝突、1人死亡 120人超負傷 写真8枚 国際ニュース:AFPBB News

*19:沿ドニエストル共和国

*20:ロシアに棄てられ、瀕死の沿ドニエストル かつての西ベルリンを彷彿させる"経済封鎖"に直面 | JBpress(日本ビジネスプレス)

*21:タジキスタン国防副大臣、内務省機関を襲撃 22人死亡:朝日新聞デジタル

*22:流血革命のキルギス、内戦の懸念も 写真6枚 国際ニュース:AFPBB News

*23:チェコスロヴァキアの民主化/ビロード革命

*24:チェコスロヴァキアの連邦解消

*25:継続IRA(CIRA) | 国際テロリズム要覧(Web版) | 公安調査庁

*26:真のIRA(RIRA) | 国際テロリズム要覧(Web版) | 公安調査庁

*27:元在住者が聞いた!3分でスッキリ分かるスコットランド独立住民投票の賛否! | 牧浦土雅

*28:ここに注目! 「なぜスコットランド独立?」 | おはよう日本 「ここに注目!」 | NHK 解説委員室 | 解説アーカイブス

*29:バスク問題

*30:スペインのバスク自治州、独立機運が下火に―カタルーニャと好対照 - WSJ

*31:カタルーニャ州、スペインから独立めざす理由は? 住民投票めぐり綱引き

*32:カタルーニャ州「独立望む」が8割 非公式な住民投票:朝日新聞デジタル

*33:崩壊と戦争

*34:クロアチアから見たベルリンの壁崩壊(4)|藤村100エッセイ|ブログ|法政大学 藤村博之 WEBサイト

*35:コソヴォ問題/コソヴォ紛争/コソヴォ自治州/コソヴォ共和国

*36:モンテネグロ

*37:https://ir.lib.osaka-kyoiku.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/596/1/2_56(1)_1.pdf

*38:マケドニア

*39:(特活)アフリカ日本協議会:アフリカNOW No.73(2006年発行)

*40:|エリトリア|圧政と悲惨な難民キャンプの狭間で苦しむ人々 - IPS Japan

*41:ソマリランド共和国

*42:http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/somalia_fact_sheet.pdf

*43:西サハラ | 国連広報センター

*44:西サハラ (サハラ・アラブ民主共和国)

*45:https://www.teikokushoin.co.jp/journals/geography/pdf/201103g/03_hsggbl_2011_03g_p03_p06.pdf

*46:内戦危機の南スーダン、誰と誰がなぜ対立してるの? | THE PAGE(ザ・ページ)

*47:建国から1年 南スーダンは希望の国から生き地獄へと化した

*48:ダルフール紛争

*49:ダルフールでアラブ系と黒人系が衝突、死者発生 スーダン 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

*50:マリ | 国際テロリズム要覧(Web版) | 公安調査庁

*51:フランスはマリで何をしているのか?―イグナシオ・ラモネ | Ramon Book Project

*52:マリにおける国連平和維持活動:その経緯 - 国連大学

*53:ボコ・ハラム | 国際テロリズム要覧(Web版) | 公安調査庁

*54:特集:豊かな原油に蝕まれるナイジェリア 2007年2月号 ナショナルジオグラフィック NATIONAL GEOGRAPHIC.JP

*55:http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/uganda_fact_sheet.pdf

*56:ウガンダ北部グル市-発展していく街角から- - 世界HOTアングル

*57:ウガンダ北部グル市-発展していく街角から- - 世界HOTアングル

*58:特集 コンゴ紛争|創成社

*59:[目撃する/WITNESS]暴力が支配するコンゴの鉱山 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

*60:人間を傷つけるな!「第13回 世界最悪の犠牲者を出しているコンゴ民主共和国 - WEBマガジン[KAZE]風

*61:中央アフリカ共和国人道危機:果たして「宗教紛争」なのか? | OCHA Japan

*62:反政府連合に不安募らせる市民、仏大使館前で暴徒化 中央アフリカ共和国 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News

*63:http://www.special-warfare.net/database/101_archives/africa_01/angora_01.html

*64:シエラレオネ内戦を長引かせた「紛争ダイヤモンド」 : BIG ISSUE ONLINE

*65:外務省: 「アラブの春」と中東・北アフリカ情勢

*66:国立国会図書館デジタルコレクション - ダウンロード

*67:メデジン・カルテル - Wikipedia

*68:カリ・カルテル - Wikipedia

*69:黄金の三角地帯 - Wikipedia

*70:「世界の工場」中国の次 浮上する黄金の三角地帯 :日本経済新聞

*71:黄金の三日月地帯 - Wikipedia

*72:世界の貧困を伝える旅: 巨大麻薬組織メデジンカルテルとコカインの生産と流通事情

分離独立運動は流血を招く(前)

国際関係論 安全保障 危機管理

おさらい

この投稿は気が進まない。
ただ私のブックマークコメントに対してid:Mukke氏から氏のブログでそれなりに長い文章の批判投稿をいただき、その際Mukke氏から私のブログで反論投稿するよう要求をうけ、それに応じたので書いている。
気が進まないのは、ブックマークコメントはわずか100字であるのに比し、きちんと全部書こうとすると10000字以上の長文になるからでもあるのだけど、上記の事情なのでお許しいただきたい。
要点は表題の通り。端的に言えば、私のこの長文の投稿の要点は、たった一行で済む話なのだが、それを理由づけて説明しているだけだ。*1

議論のもとになっている琉球新報の社説

Mukke氏が賛意を示した投稿を書き、それに対し私がブックマークコメントで強く非難したことからはじまる一連の議論のもとになっているのは、次の琉球新報の社説である。

確認できたことの第一は、明治政府の「琉球処分」(琉球併合)が国際法違反だったことだ。
(中略)
米軍基地は、「外交・安保は国の専管事項」を隠れみのに、いかに沖縄にとって不当であろうと強制される。多数決原理の下、日本総体としてそれを容認してきた。県という枠組みにある間、沖縄は常に強制され続けることになる。その淵源(えんげん)が琉球併合なのだ。
だとすれば、やはり自己決定権回復以外、解決の道はない。

上記の社説で、琉球新報は、琉球処分」(琉球併合)は国際法違反と断言する。その上で、米軍基地問題を解決する方策は自己決定権回復以外、解決の道はないと断言する。
琉球処分」という領土問題から論をはじめ、米軍基地という日米安保条約の問題を論じるこの文脈で「自己決定権回復」とくれば、この社説が主張する「自己決定権回復」とは「沖縄の独立」か「国の安全保障政策を拒否できるほどの強い高度な自治の獲得」という意味だと捉えるのが自然だ。
もともと琉球新報の政治報道は、大きな偏向性があると見られているが、ここまで断言的に論じる言を書いたという事実は重い。これは単なる流言蜚語の類ではない。公称ではあるが20万部の発行部数を誇る新聞の社説だ。これまでも琉球新報の記者が講演などでたびたび沖縄独立論を論じてきているし、「自治・自立・独立についての県民論議が、より深まることを期待」するといった内容の社説*2も書いてきたが、ついにここまで沖縄の独立を強く示唆する内容の社説を書くまでになったのかという思いを抱く。

Mukke氏の投稿

この社説をうけて、Mukke氏が書いた投稿は次のものだ。

わたしはヤマトンチュであり,沖縄を取り巻く植民地主義の加害者側にいる人間ですが,この社説を全面的に支持します。
(中略)
沖縄には“独立”に賛同するひとも反対するひともいるでしょうし,ヤマトにも沖縄独立がいかに不可能かを論じるひとは大勢いますが,選挙なり住民投票なりの結果に基づいて独立か日本の枠内での高度な自治かそれとも通常の県並の処遇を受けるかを選ぶこと,それ自体が民族自決権の行使なのであって,行使し得ない環境があるとすればそれは独立に反対だろうが賛成だろうが問題のはずです――少なくとも,自由と民主主義の信奉者にとっては。

Mukke氏は、エスニック問題*3に興味と関心を強く抱いていると思っている。そういう人が今の沖縄の状況をみて、先日の「スコットランド独立の是非を巡る住民投票」のような「平和裏の投票」を期待する気持ちはわかる。
ただ問題は、そういった人は期待が先に立ち、私が一番重要だと思う視点、つまり「本当に平和裏に沖縄でそんな投票ができるのか?」という安全保障上の視点を欠いている点だ。Mukke氏もしかり。琉球新報もしかり。安全保障に関する問題を論じているのに関わらず、どんなことをしても平和が崩れないことを議論の前提としている。そういった論が常に成り立つのならば、世界はどれほど幸せであったろうか?

私のブックマークコメント

もともとの琉球新報の社説が極論であると思っていたし、それに対し「全面的な支持」を表明するというのはあまりに偏った見方だと私は思った。
なので、極めて強く非難した。

沖縄の民族自決権行使を支持する - Danas je lep dan.

ブログ主のようなサヨクは自説に都合よい民族自決権なる用語を使いたがる。沖縄の意見はもっと複雑。またアマゾンやチベットパレスチナは全く異なる状況だし沖縄の状況とも異なる。それを同じと見る視野狭窄現象だ

2015/02/23 00:48

Mukke氏が腹を立てるぐらいのコメントを残そうと思ったのは後にも書いているが認めたい。字数制限がない状態でこのコメントを柔らかく書いたら次のようになるだろう。

植民地主義の加害者側」にいるという認識を持ち、「土地を一方的に収奪している」からという理由だけで、琉球新報による「沖縄の独立を主張するような極論」を「全面的に支持する」なんて、正に左翼そのものの主張だ。各種調査を見て分析する限り、沖縄の人の意見はこんな極論とは異なり、もっと複雑で穏当なものだ。アマゾンやチベットパレスチナと沖縄は、置かれている状況が全く異なる。これらを同一視するのは、自分の意見に沿う事実を意図的に集めて構成した理屈であり、自分の見たいものしか見ないいわば視野狭窄現象のようなものだ。



安保政策の主な対立点

上記の私のブックマークコメントに対し、Mukke氏から批判投稿をもらった。
わたしを左翼っつったら左翼の皆さんに失礼だと思うんだけど - Danas je lep dan.
その批判投稿に対するやり取りの中で、左翼とは何か?のような本質論ではない方向にどんどん議論がずれてしまった。それは私にも問題が多いのだが、その中で左右の基準を問われ宿題となったので、ここで一応あげておく。

安全保障政策における政治的立ち位置の評価は、現在実際に左右の対立点となっている政策をどう考えているかで判断するのが妥当だろう。
そこで、昨年行われた総選挙などで左右の対立点となっている安全保障政策の内容と、琉球新報の社説に関係した、左右の評価軸をあげてみた。

  • 憲法9条改正      (右:賛成   左:反対)
  • 集団的自衛権行使    (右:賛成   左:反対)
  • 普天間基地移転     (右:辺野古  左:国外・県外)
  • 南西諸島防衛      (右:強化   左:現状維持)
  • 琉球処分の正当性    (右:正当   左:正当でない)
  • 沖縄の独立・高度な自治 (右:認めない 左:容認する)

南西諸島防衛については、2月に与那国島への監視部隊の配備の住民投票が行われたが、それも南西諸島防衛の一環なので、配備に賛成ならば強化すべきという意見であり、配備に反対ならば現状維持という意見と考えるといいと思う。それから「民族自決権の回復」とは、とどのつまりは沖縄の独立または高度な自治を意味する。以上、2点補足説明しておきたい。

以上の通り、Mukke氏の求めに応じて、左右のメルクマールを提示したので、氏はぜひこの基準で氏自身の「安全保障政策」における自身の政治的立ち位置を確認してほしい。
Mukke氏が氏の考え全体として右派なのか左派なのかは、正直に言えば実は私にはあまり関心がない。たいていの人は政策分野ごとにそれぞれ意見を持つし、政策分野ごとに政治的立ち位置が違う人も多い。例えば経済分野では左派的だが、家族の有り様については右派的考えの人とかはごまんと存在する。
この議論の元になった社説は「領土の問題に直結する安全保障分野」の主張だと改めて認識していただきたい。
私がMukke氏に関心を寄せているのは、氏が「安全保障分野」で左右どちら側か?だけだ。

サヨクという表現

Mukke氏に対する私のブックマークコメントに、普通に漢字で「左翼」と書くのではなく、わざわざカタカナで「サヨク」と書いているのは、「揶揄」の気持ちを含んでおり、挑発なのも認める。
そういった非が私にあるので、だからこそMukke氏の要求に応じ、こうやってきちんとブログに投稿を書いている。そしてその「揶揄」についてはまず謝罪しておきたい。それは質の悪い挑発であった。
その謝罪を行った上で、次のように言っておきたい。

左派、右派ではなく、左翼、右翼と私が表現したときは、その表現に「極論を主張する人物」という「非難」を含んでいる。そこで、私が考える「安保政策における極論」とは次の通りだ。
安保政策における極論とは、その主張によって「戦争や武力行使やテロなどの暴力を呼びこむ主張」のことである。
戦争や武力行使やテロなどの暴力は流血と混乱を生む。それでも戦争や武力行使を行うべきシチュエーションとは極めて限定される。テロはいかなるシチュエーションでも容認できない。
そこで重要になるのは、Mukke氏の主張が「戦争や紛争やテロなどの暴力を呼びこむ主張」かどうかだ。それをこれから論じていく。

前篇はここまで

この後、「世界における分離独立運動」という項を書いていて時間がかかっている。
ただ、Mukke氏から投降の催促があったので、前後篇に分け書いていた分だけを前篇として投稿した。
後篇は、まだ当分後になりそうなので、どうかお許しいただきたい。
本当に仕事が忙しく、時間が割けないんだ。

*1:Mukke氏からはそれ以前に私の別のブックマークコメントに対しても批判投稿をもらっているが、そちらの方はもともとブログに書きたい内容だったので準備はしている。ただしいろいろと調べないといけない内容を含んでいるので、時間がかかっている。そのため反論の順序は逆転するが、そういった理由なので許容いただければと思う。

*2:新年を迎えて/平和の先頭にこそ立つ 自治・自立へ英知を - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース

*3:エスニック問題(エスニックもんだい)とは - コトバンク

日本人人質殺害。テロは所期の成果をあげた。

テロ 安全保障 危機管理

悲しくて、怒りがこみ上げる。

ISILが、2人の日本人を人質にとった。そしてその2人とも断首されて殺された。
いつ殺されたのかはわからない。
その報に接したのは、日本時間で湯川氏の殺害が1月24日夜、後藤氏の殺害が2月1日早朝だった。
生きたまま首をナイフで切断する。喉元から切る。あんな小さなナイフで首の骨を切断するのは相当時間がかかるだろう。それは苦痛を長引かせる残虐な殺し方だ。殺害された後の写真は見たくなかったがこらえて見た。2人とも断末魔の叫びをあげていた。
上の表現は控えめに書いている。
だが必要だと思ったので、敢えて書いている。
人質にオレンジ色の服を着せ砂漠にひざまずかせた上で、黒尽くめの通称「ジハード・ジョン」がナイフを持って脅しをかける映像を流した場合、ISILは、その映像に映ったオレンジ色の服を着た人質を、これまで全員斬首や生きたまま焼き殺すなど残虐な方法で殺している。一人の例外もない。そして、湯川氏も、後藤氏も、同じだった。
だから私は1月20日、湯川氏と後藤氏がオレンジ色の服を着せられてひざまずかされた映像を見た時、近いうちに斬首されるのだとぼんやりと思った。(私自身の懺悔は最後に書く)
映像は残酷だ。非難は多かろうと思うが、敢えてその場面の写真(のリンク)を載せておきたい。私たちはこの後の2人の運命を知っている。その上で以下の文章を読んでほしい。
http://prt.iza.ne.jp/kiji/world/images/150120/wor15012015530023-p2.jpg
(出典:日本人殺害めぐる首相の対応に野党から指摘続出:イザ!

一方、ISILの協力をえて作られた報道があった。彼らの実態を知るにはよい題材と思う。あわせて見ていただきたい。

ダーイッシュ(自称イスラム国) 野望の行方① 潜入取材編 - YouTube

ここに出てくるISILの戦闘員は、アッラーの名の下、異教徒を殺すと言う。彼らにとって、アサド政権、つまりアラウィー派もまた異教徒だ。そして子どもたちにもISILとその指導者に忠誠を誓わせ、聖戦での殉死を受け入れさせていく。

最初の動き:偽善とISIL援助、そして自己擁護

ISILの恐喝を受け政府は慌ただしく動き始めた。それに対する批判などは後で書く。
だが最初に私を苛立たせた動きは次の2つだ。

中田氏は、イスラムの専門家でISILとも近いのだから、通称「ジハード・ジョン」が出てきたらそれまで全ての人質が断首されたことを知っているだろう。にも関わらず中田氏はあたかも自分を使者にすれば情勢を展開できるかもしれないと期待をあおる発言をしている。それはなぜか?
あたかも自分には人質事件を解決する力があるように発言する。そしてそのためには2億ドルを間接的であってもISILに援助せよというのだ。2億ドルだぞ?240億円だ。ISILが2年間活動するに十分な資金を手に入れたら、それこそ世界にテロがはびこるではないか。
私は、この会見は偽善であり、ISILに援助を与えたいという目的が裏に隠れているのだと思った。
中には中田氏をイスラムの専門家として評価すべきと主張する人もあるようだが、イスラムの教えを学ぶなら日本に長く根付き共存を続ける穏健なイスラム、例えば東京ジャーミー(講座案内)などから教えを教わればよいのだ。中田氏のような原理主義的なイスラムイスラムの全てと思うべきではない。

次に苛立たしく思ったのは常岡氏のこの会見だ。氏の主張の要旨は「10月7日にISILへ行くために出国しようとしたが警察により止められた。それがなければ湯川氏と面会し裁判に立ち会えた。そうすれば湯川氏を解放できたかもしれない。警察は不当な逮捕をした」というものだ。
一方、後藤氏は、10月22日に日本を出国し、シリアで雇ったガイドに裏切られ、武装グループに拘束されてしまった。そして非業の死を遂げた。常岡氏と後藤氏の行動はどこが違うのか?
常岡氏もISILをよく知っているわけだから、通称「ジハード・ジョン」の恐喝映像が流されたら、その人質は全員斬首されたのは知っているだろう。その映像を見た後、後藤氏が失敗したことを、常岡氏が自分ならできると主張する根拠は何か?
私には自分に力があるように見せかけることで、逮捕を非難し自己擁護しているだけの会見にしか思えなかった。

イスラム教徒は殺されないか?

中田氏も常岡氏もイスラム教徒だ。キリスト教徒の後藤氏は殺されても、イスラム教徒の中田氏や常岡氏をISILは殺さないはずだって彼らは言いたいのかもしれない。
ISILは、自分たちの勢力をのばすため、恐喝まがいの行為によって、スンニ派の部族の協力を得て戦闘員を確保している。協力を要請された部族が協力を拒否すればその部族は皆殺しだ*1
皆殺しになった部族は同じイスラム教徒、同じスンニ派だ。
こういった私ですら知っているISILのやり方を、専門家である中田氏も常岡氏もよく知っているはずだ。
ISILの支配域に入っても安全なのは、ISILの協力者だけではないか? 上にあげた映像を見るといい。これはISILの主張をそのまま流すという協力をしている。だから取材できたと思われる。
中田氏と常岡氏はISILの協力者なのか?
当然彼らは否定している。ではこの会見の自信はどこから来るのか?


2つめの動き:なにがなんでも「安倍が悪い」

こういう動きはでてくるのだろうなと思っていたし、抗議の内容を見るとやはりこうなったかと思いつつ、こういう日本国内の不協和音は当然ISILの知るところとなる。

ISILにしてみれば、山本氏のこの発言は、自分たちの「脅し」の効果だと考えるはずだ。どうかわかってほしいのは、ISILは断首による殺人が目的ではないということだ。断首による殺人は手段であって、目的は別にある。
ISILの目的とは自分たちが敵だとみなした国に動揺を起こすことだ。山本氏の発言は、それにまんまと乗せられた発言だ。
山本氏については、人質殺害の後、更にこんな行動を行っている。

こういった一連の行動は、テロリスト擁護というメッセージを与えることになる。山本氏は理由らしき意見をブログに書いているが、それは決議に賛成しても意見表明できるものであり、棄権する理由としては取ってつけたものといえるだろう。
そして、この行動を賛美する人もでてきた。山本氏に対する非難は、非難決議の棄権という事実だけではなく、一連の行動を踏まえて行われている。問題を矮小化し擁護するのも、同類項だと思われる。

天木直人|テロ非難決議に反対する議員は一人も出てこないというのか
田中龍作ジャーナル | 十分な検証ないまま「対テロ非難決議」 山本議員のみ退席

もっとも、このような擁護記事を書く人の名前を見ると、さもありなんではあるのだが。


そして山田氏のこの記事。この記事が出たのは、湯川氏の断首の後だが、後藤氏はまだ生存しているとされている時期だ。
なぜそんな時期にこんな記事を出すのだろう。日本の言論における不協和音を起こすことは、それこそISILがテロを行う目的だとなぜわからないのだろうか。
100歩譲って、人質が皆殺しになった今、こういう言論を行うのは認めないわけではない。もう人質は帰ってこないからだ。
でも、なぜそんな微妙な時期に人質解放に全く役に立たない意見を表明する必要があるのか。テロリストを喜ばせる必要がなぜあるのか? その目的は何だというのだ?

似非平和主義

僕は山本氏やこの山田氏の「問題になることはするな、関わるな」というは考えは、似非平和主義だと思う。それは自分だけがよければ他は関係ないという「孤立主義」であり、それが自分たちに許されると考えるのは体の良い「選民思想」でしかないと思う。
この人たちの共通項は、山田氏のこの文に集約されると思う。

日本の平和外交は、いま分水嶺にある。国際紛争を武力で解決する国になるのか。敵を作り戦いに参加するか。
イスラム国を「敵」とするのか 分水嶺に立つ日本外交|山田厚史の「世界かわら版」|ダイヤモンド・オンライン

話し合いか武力行使か、こういう二元論を展開してそれ以外の答え、その中間の答えを見つけようとしない。
武力行使は止めるべきだ。であれば紛争地帯から、紛争当事国・当事組織から離れよ。主張はたったこれだけ。その結果、難民に対する援助すらやめよと説く。
これがリベラルを標榜する人たちが主張しているのだから始末が悪い。リベラルとは自由と人権を重視する考えではなかったのか。日本人だけがよければ、難民はしらんぷりか?
紛争地における人道援助を行わないことが、日本の国益になるとは到底思えない。
人道上はいわずもがなだ。人権を守ることは、大抵の場合、国益を守ることになる。
山本氏や山田氏のような、リベラルとも思えない自己中心的な発言に、右派である私も鼻白む。後藤氏の過去の実績を見ても、難民への共感と愛情が基本にあるのであって、援助しないという選択肢をよしとするはずがないではないか。


最後はこれ。安倍憎しに凝り固まって、テロリストやテロリスト擁護者を喜ばせてどうするんだ。情けなく思う。



3つめの動き:自決せよと迫る過剰な自己責任論

様々な人から過剰な自己責任論が主張された。その中でも一番醜悪なのはこれではないか。

彼女は『ヨルダンのパイロット>後藤氏>湯川氏』と命の価値に順番をつける。これを読みながら、『日本人>イスラム難民』と命の価値の差をつけた山田氏と同じだなと思った。
その上で、彼女はこう言い放つ。

不謹慎ではありますが、後藤さんに話すことが出来たら、いっそ自決してほしいと 言いたい。
大それたことをした 湯川さんと 後藤記者|デヴィ夫人オフィシャルブログ「デヴィの独り言 独断と偏見」by Ameba

この文は強烈だ。これをどう非難していいか私には言葉がない。

後藤氏は強い人だ

オレンジ色の服を着せられ、通称ジハード・ジョンの横でひざまずかされた映像を撮られた時点で、少なくとも後藤氏は自己の運命=斬首を予想しているように思える。後藤氏もまた戦場であるシリアやISILをよく知っているからだ。
自分の未来が非人道的な苦痛に満ちた斬首であることを理解し、それでも生きる可能性を探る人は真に強い人だ。映像に映る後藤氏の目はまだ諦めてはいない強さを持っていた。
私は、過酷で苦痛に満ちた最期を回避するため、弱い人間であればそういった殺され方より、自殺したいと思うのではないか?と思う。
そういう状況の人に「自決せよ」と迫る。実におぞましい人間の業だ。
そして、何よりもがっかりさせられたのは、こういったひとでなしの発言を、ツィッターなどで公言する人があまりに多かったこと。
仮に後藤氏が弱い人であったとしても、自殺するにもできない状況だったと想像することもできないのか?
ISILは残虐な殺害を世界に知らしめたいのであって、自殺されるとそれは達成できない。当然自殺できる環境に置くわけがない。そういったISILの異常性を顧みず、ただ「自決せよ」と迫る醜悪さは、言葉の限りを尽くしても言い表せない。彼らはISILと同じレベルの醜悪で残虐なひとでなしだ。

過剰な自己責任論も似非平和主義も同じ

こういった過剰な自己責任論も、似非平和主義も、面倒事に関わりたくないという底意が見え隠れする。
過剰な自己責任論は、全ての責任を人質になすりつけ、糾弾する。
似非平和主義は、全ての責任を日本政府になすりつけ、糾弾する。
主張していることは、一見正反対に見えて、中身を吟味してみれば、全く同じだ。
「お前が全て悪いのだ。だからお前がなんとかしろ。自分に迷惑をかけるな!」
そう言っているようにしか聞こえない。


4つめの動き:クソコラグランプリ

最初、クソコラグランプリの画像を見た時、私は混乱した。
私はテロ事件の時の反応は、その事件に対処している最中と、ひとまず対処が終わり議論が行われている時とで、その反応に対する評価軸を変えている。
クソコラグランプリのように、テロ事件の対処が行われている最中の反応に対する私の評価軸は次の3つだ。

  • その反応がテロリストに利していないか
  • その反応が次のテロ事件を誘発する方向に働いていないか
  • その反応がテロ事件を解決する方向に働くか

上にあげた3つの反応は、そのどれかに抵触しているので私は非難している。ただ、クソコラグランプリについては、どう評価していいか迷ってしまった。
クソコラグランプリは、明らかにこの人質事件を解決する方向には働かない。その点では批判すべき反応だ。
ところが残りの2つの基準はどうだろうか。
まずはテロリストを利するかという基準については、ISILは日本人に恐怖を与えようとしているのに対して、それを小馬鹿にして抵抗していることから、テロリストを利してはいないということになる。これは評価すべき点だ。
そして次のテロ事件を誘発する方向に働くかというと、これは働くとも働かないとも両方評価できそうだ。
私は、このクソコラグランプリに対する考えは、未だにまとめきれていない。
ここでは、批判的な意見と、肯定的な意見と両方を提示しておきたい。


総じて、日本の言論は批判寄りに、海外の言論は肯定寄りにあったように思う。興味深い現象だった。


5つめの動き:政府の対応

政府の対応については本来一番最初に書くべきものだが、説明の都合上5番めになった。
政府の対応について書く前に、私は自民支持者であり、安倍政権を支持していることを明言しておきたい。集団的安全保障に賛成し、憲法9条の改正を望んでいる。そういった右派である。
しかし、そういった右派であっても、今回の政府の対応に問題なしとはできない。以降は右派から見た政府の対応の問題点も含めて指摘したい。

なお、その前に少し付け加えておきたいことがある。
テロ事件の対応中に政府批判するのは、大抵の場合、テロリストを利する行為だと思う。だから私はそれを強く非難する。それはテロリストが相手国を乱したいという目的を持ってテロを起こすからだ。政府批判は大なり小なり国内の混乱を招く。
一方、テロ事件の対応が終われば、事件に対する対応を振り返るのは当然だし、その中には政府に対する批判もあるだろう。ただその批判も建設的であるべきだ。テロ対策に限らず、安全保障問題は政局にしてはいけない。
テロ事件の対処がひとまず終わった後の主張については、私は次の評価軸で評価する。

  • その主張がテロリストを「結果的に」擁護、支持することに繋がらないか
  • その主張が次のテロ事件を防止する方向の主張であるか

情報収拾能力の欠如

まずはこの記事から。

後藤さんは昨年10月下旬にシリア入りし、間もなく連絡が途絶えた。政府関係者によると、妻は同月末に外務省に相談。メールが届いたのはその後で、昨年12月初めに、このメールに気づいて開封した。メールには、後藤さんの身柄を預かっていることが英文で記されていた。
妻は内容の真偽を確かめるため、後藤さん本人しか知り得ない事柄についてメールでただしたところ、複数の質問に対して正しい回答が返ってきた。届いたメールのなかには、他の外国人の誘拐事件で被害者側とイスラム国側*2がやりとりした情報にたどり着くアドレスが記されたものもあり、情報の内容が過去の被害と合致したという。
後藤さん妻に20億円要求 「イスラム国」側がメール:朝日新聞デジタル

この記事から読み取れるのは、次の3点だ。

  • 後藤氏は12月初旬以前に何者かに拘束された。
  • 後藤氏は12月初旬の時点では生存している。
  • 後藤氏を拘束している者はISILを名乗っている。

そして次の記事だ。その記事から安倍首相の答弁の部分を引用したい。

安倍総理大臣は、先月20日に「イスラム国」のメンバーとみられる男が日本人2人を殺害すると話す映像が確認されたことについて、「残念ながら、われわれは、20日以前の段階では『イスラム国』という特定もできなかった」と述べました。
“人道支援表明 不適切ではない” NHKニュース

政治家の言い回しなので、「詭弁だ」と憤る人もあるだろうが、国会では微妙な答弁はこういう言い方になることが多いと思う。
この答弁で読み取れるのは、1月20日、湯川氏と後藤氏の殺害予告映像がネットに流されるまで、政府は拘束しているのがISILとまだ特定できなかったということだ。
その間、40~50日。
日本の情報収集能力の欠如は明らかだ。

1月20日以降の政府の対応

1月20日、湯川氏と後藤氏の殺害予告映像がネットに流れてからの政府の対応は、できるかぎりのことはやったと評価している。
そのテロリストとの交渉などは、テロ対策の原則を守り政府は一切説明しないし交渉の事実すら認めないだろう。そんな説明をすれば、テロリストが次のテロを起こす際、日本がどういう対応をするかという予測を容易にするからだ。その観点で、説明の一切を拒否する菅官房長官の対応は当然だと思う。菅官房長官の言を以って、政府の努力不足を指摘するのは短絡的といえよう。

一方、報道等で伝えられる情報として、政府が行ったとされる対応は主に次の3つだ。

トルコとシリアの国境で動きがあった1月28日、ヨルダン国内でもイスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic  State)が身柄を拘束するフリージャーナリスト、後藤健二さん(47)の解放交渉が進展したとする情報が駆け巡った。英国を拠点とするアラブ紙アルクッズ・アルアラビ(電子版)が同日早朝、ヨルダン当局がサジダ・リシャウィ死刑囚釈放を「決断」したと報道したからだ。
ヨルダン政府は「死刑囚の釈放決断」報道を否定する一方、水面下である人物の選定を進めていた。男は後藤さん殺害の2日前、トルコとシリアの国境に向かった。
検証・日本人人質事件:IS派閥、綱引き ヨルダン依頼「仲介役」国境へ 首相周辺「国難に直面した」

過激派「イスラム国」による邦人人質事件でトルコ政府が「信頼できる仲介者」を通じ、解放に全力を挙げていたが実らなかったと明らかにした。トルコの情報機関が後藤健二さん(47)らが拘束されていた場所も把握し、全て日本政府に情報提供していたとも語った。
トルコ、後藤さんの拘束場所把握 日本に情報伝達、外相と単独会見 - 47NEWS(よんななニュース)

複数の関係者によれば、後藤さんの妻は昨年12月、ISとみられるグループから届いた1500万ユーロ(約20億円)の身代金要求メールを開封後、英国に本部を置く危機管理コンサルタント会社に依頼し、救出に向けた交渉が始まっていた。
後藤さんを巡っては、国連がテロ目的の渡航者に対する各国の処罰義務付けなどの決議を採択した昨年9月以降、中東を活動領域としていた仕事からIS支配地域に入る可能性があるとみて公安当局が動静を追っていた。身代金要求メールについて、政府は「返信していない」と説明しているが、妻やコンサルはメールなどでやり取りをしていたとみられ、その内容や経過は外務省も把握していた。
「イスラム国」:人質事件交渉 後藤さんと死刑囚、交換目前で決裂か|毎日新聞

表のヨルダンルートと、裏のトルコルートと英国ルート。
人質解放交渉は、身代金を払うか人質交換をするかぐらいしか方策はない。結局は機能しなかったようだが裏のルートでトルコが『「信頼できる仲介者」を通じ、解放に全力を挙げていた』ことの本当の意味を推察してほしい。そういった交渉は秘密にせねばならない。対策本部をヨルダンではなくトルコに置くべきだったという批判があるが、裏のルートを秘密にし、耳目を表のルートに集めるという観点では、ヨルダンに対策本部を置いたのは合理性がある。
私は政府が正式にテロリストに身代金を払うのは絶対にやってはいけないと考えている。但し、アメリカが主張するように「家族や関係者がお金を集めて身代金を払うことも行うべきでない」と禁止することには同意しない。家族や関係者は人質の命を何よりも優先するのは当然だ。この主張を表面の通り受け止めて「新たな自己責任論」と批判しないでほしい。ぼやかして書くが、裏の世界には出どころ不明なお金というのは存在するものだ。それでも納得できないなら、一民間人が自分だけで英国の専門の危機対策コンサルタントに依頼するのがどれだけ困難なのか考えてみてほしい。それは誰の尽力であったろうか?

一方、ヨルダンとトルコの協力は、善意の協力ではあるが、国家間の協力に無償の協力はない。この事件が落ち着いてから、ヨルダンとトルコから見返りが求められるだろう。

自衛隊による在外邦人の救出の議論

この人質事件が起こってから、安倍首相は自衛隊による在外邦人の救出に向けた法整備に意欲を見せている。

1月下旬に事件が発生して以降、自衛隊による在外邦人の救出に向けた法整備に意欲を示してきたが、この日も「邦人が危険な状況に陥ったときに、受け入れ国の了承の(ある)なかで、救出も可能にする議論をこれから行いたい」と語った。
(中略)
一方、有志国連合がイスラム国に実施している空爆作戦に、日本が参加する可能性については改めて否定。空爆の後方支援を行うこともないとした。
人質殺害犯に法の裁き、自衛隊の邦人救出に意欲=安倍首相 | Reuters

今回のISILによる人質事件の場合、自衛隊による救出作戦が実行可能だったかと問うと、今の自衛隊にはその能力はなかったと思う。たぶんそれに同意する国民は多いはずだ。それなのになぜ安倍首相はミッション・インポッシブルなことをやろうとして法整備をしようとしているのだ? きっと裏があるに違いない。そう批判をうけていると思う。
私は、首相が想定しているのは、陸上自衛隊の中央即応集団麾下の特殊作戦群だろうと思っている。*3
http://www.mod.go.jp/gsdf/crf/pa/crforganization/sfg/sog.jpg
(出典:特殊作戦群) (参考:特殊作戦群 - Wikipedia
この部隊については、防衛機密だらけであり、部隊の能力がどれくらいのものか全くわからない。どんなことができるのかもわからない。
邦人が危険な状況に陥ったときに、受け入れ国の了承のもと、救出も可能にする議論自体は大いに行うべきだと思う。ただ今の情報量では可否を判断できない。議論の中で、防衛機密を確保しつつ可能かつ必要な範囲で情報を開示すべきだ。そうしなければ国民の理解は得られない。
一方、もし野党が議論を端から拒否する態度を示すなら、それは感心しない。

そして安倍首相にはきっと隠している真意があるに違いないと考える人たちは、安倍首相の真意を中東などでアメリカと共同して武力行使することだと疑っているようだ。
政府は「有志国連合がISILに実施している空爆作戦に、日本が参加する可能性については改めて否定。空爆の後方支援を行うこともない」という点を何度でも説明し、現在自衛隊が持つ特殊部隊の能力と今後の方針について、きちんと説明すべきだろう。野党も端から反対という態度ではなく、きちんと特殊部隊の作戦とはどんなものかという軍事知識を持って建設的な議論に応じてほしいと思う。
そして、産経などが主張するようなテロ対策を理由に憲法改正する議論は筋違いな主張だと思う。安倍政権が行った「集団的自衛権行使容認」の憲法解釈変更で、受け入れ国の同意があれば、自衛隊の邦人救出作戦実施は憲法上可能と考えるべきだからだ。憲法改正問題は、このテロの議論とは切り離して行うべきものと思う。

安倍首相の中東での演説

話は前後するが、安倍首相の中東訪問とそこでの演説がISILを挑発し人質事件がエスカレートしたという批判がある。
TBSによる世論調査では、62%がそう考えているようだ。

安倍総理は先月、日本人2人が拘束されていることを知りながら中東を訪問しましたが、この中東歴訪のタイミングについては、55%の人が「適切だったとは思わない」と答えています。また、中東歴訪時に安倍総理がカイロで表明した「『イスラム国』と闘う国への2億ドルの支援表明」が「イスラム国」の日本への対応を刺激したかどうか聞いたところ、62%の人が「刺激した」と答えました。
「安倍首相の中東歴訪 「時期不適切」55%」 News i - TBSの動画ニュースサイト

TBSの世論調査は、かゆいところに手が届かないところがあって、せっかく調査するならこれに加えて「ISILと闘う国への2億ドルの支援」は行うべきかを質問してほしかった。そうすれば、日本国民の考え方がかなり分析できたのにと残念に思う。
そこで、別な調査結果をみてみる。

安倍晋三首相が中東歴訪中の1月17日に表明した「イスラム国」周辺各国への2億ドル支援に関しては、「そのまま実行する」が53・8%。「縮小」は18・0%、「中止」は14・6%、「拡大」は4・7%だった。
【全国電話世論調査】「非軍事限定を」57% 対イスラム国の連携 共同通信世論調査 : 47トピックス - 47NEWS(よんななニュース)

別な世論調査をあわせて分析するのは、誤った分析を得ることもあるので慎重であるべきだが、今回は仕方ない。
この2つの世論調査をみると、日本国民全体としては、次のような世論だと考えられる。

  • 人質がいる以上、中東訪問は少なくとも延期すべきだった。
  • 首相の中東での演説は、人質がいる以上、言葉を選ぶべきだった。
  • 中東諸国に対する人道援助など非軍事援助は賛成。約束通り実施すべきだ。

この考え方、批判は、私も納得できると思う。
もっとも援助を行えば、中東訪問をせずともISILは人質を殺害しただろうと私は考えている。ただこれはIF論であり永遠にその答えはわからない。
一方、明らかに問題なのは、中東訪問を行う際、ISILが人質の殺害を予告し、最終的に斬首するという反応を起こす可能性を、政府が吟味できなかったことだろう。
それこそ、先にあげた「情報収集能力の欠如」の問題だ。情報がなければ、検討すらできない。

一方、日本では批判的な人が多いが、世界から安倍首相の中東訪問に対する非難がとても少ないことは理解しておきたい。
それは「『イスラム国』と闘う国への2億ドルの支援」を含めて、人道支援、インフラ改善支援など軍事関連を除く諸分野において、総額25億ドル相当の十分な支援を約束したことに対して、中東諸国も、欧米も歓迎しているからだ。

安倍首相の中東歴訪の成果は、日本・アラブ関係をモニターしている有識者や政治専門家の側から見れば、この上ない成功であると評された。中東地域の歴訪に対する反応は、今後、日本が中東諸国に対して人道支援、インフラ改善支援など軍事関連を除く諸分野において、総額25億ドル相当の十分な支援を約束したことから、最良の結果であると賞賛されている。
「中東メディアからの緊急レポート」 安倍首相の歴訪成功に反発か | nippon.com

全体的に言えば、安倍首相の中東外交は、大きな方針では間違っていなかった。
しかし、その功を劇的に見せたいという気持ちが過剰な表現につながり、それをテロリストに利用されてしまった。
そこに落ち度があったと思う。
中東外交は、今後、より一層の慎重さが求められる。

情報収集分析能力の向上は必須だ

今回の政府の対応については、上記の通り、情報収集能力の向上なくしては、次もまた同じ誤謬を犯すことになる。

イスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)による日本人人質事件に関連し、「各国の情報機関から情報の提供を受けるためには、(交換する情報が必要で)我々自身の情報収集能力を高めていかなければならない」と述べ、テロ対策のために政府の情報機能を強化することに意欲を示した。
安倍首相:情報収集能力強化の方針 外国機関との連携視野 - 毎日新聞

安倍首相もよく理解しているようだが、これがもっとも喫緊に対策しなければならない日本政府の問題だと思う。


6つめの動き:頑迷にイスラム国という表記を続けるマスコミ

日本に住むイスラム教徒の団体、あるいはトルコ大使館から次の主張が行われている。

日本のメディアにおいて「イスラム国」と称されている過激派組織の行いは、イスラームの教えとはまったく異なるものです。イスラームにおいて、テロ行為や不当な殺人、迫害は禁じられており、また女性や子どもの権利は尊重されなければなりません。
イスラム国」という名称にイスラムという語が入っているために、本来の平和なイスラームが誤解され、日本に暮らす大勢のムスリムイスラーム教徒)への偏見は大変深刻です。
「イスラム国」という名称の変更を希望します | お知らせ | 宗教法人 名古屋モスク

今回の事件でもイスラム諸国とその国民が様々な形でこの卑劣な蛮行を強く非難しました。しかし、日本のマスメディアが最近の報道のなかで、この蛮行に及んだテロ集団を「イスラム国」と表現していることが非常に残念であり、誤解を招きかねない表現であると強く認識しています。テロ集団の名称として使われるこの表現によって、イスラム教イスラム教徒そして世界のイスラム諸国について偏見が生じ、日本滞在のイスラム教徒がそれに悩まされています。いわば、これも一種の風評被害ではないかと思われます。
Büyükelçilik Duyurusu

この投稿では、引用文とこの項などやむを得ない個所を除いて、「イスラム国」を自称するテロリスト集団を、ISILと表記している。
これは次の理由からだ。

  • 日本政府がISIL(アイシル)と呼称している
  • 日本のイスラム教徒がISILかダーイッシュの表記を望んでいる
  • スンニ派最高権威のアズハルが「イスラム国」という表記は不当と声明を出した
  • それをうけて諸外国において「イスラム国」という表記を取りやめた

日本政府の公式な呼び方ではなく、日本のイスラム教徒がその表記を止めるように望み、イスラムの権威が不当だと世界に呼びかけ、世界中でその表記を止めているのに関わらず、なぜマスコミはその表記を続けるのか。理由が全くわからない。
さらに、リテラというネットメディアは、「イスラム国」という表記を続けるべきだと強弁すらしている。残念でならない。
テロリストはテロによって、相手国の内部に軋轢を生じさせ、イスラム教徒への偏見を育てようとしている。それを不満に思ったイスラム教徒からの支持をとりつけることが目的だと思われる。
なぜ日本のマスコミは、テロリストに加担するのか?


7つめの動き:イスラム教徒への脅迫

こんな報道があった。

「日本の敵だ」「出ていけ」。後藤さんの動画がインターネットで流れた一日、名古屋モスク(名古屋市中村区)に脅迫電話がかかった。ネット上には「火を放つ」と書き込みもあった。「日本に来て三十年以上たつけど、こんなことは一度もなかった」。代表役員のクレシ・アブドルワハブさん(57)が肩を落とす。
愛知県一宮市岐阜市のモスクでも片言の英語などで同様の電話があった。東京都内のマスジド大塚(豊島区)、東京ジャーミイ(渋谷区)には今のところ嫌がらせはないというが、首都圏でも緊張は高まる。
東京新聞:イスラム教徒「偏見やめて」 モスクに脅迫電話:社会(TOKYO Web)

無知ゆえの偏見。とても残念だ。
上にも書いたが、テロリストはテロによって、相手国の内部に軋轢を生じさせ、イスラム教徒への偏見を育てようとしている。それを不満に思ったイスラム教徒からの支持をとりつけることが目的だと思われる。
こういう反応こそ、テロリストが望んだ反応だ。
こんな反応を行う人間こそ、「日本の敵だ」。


8つめの動き:在日イスラム教徒の反応

1月7日、フランスで、シャルリー・エブド襲撃事件が起こった直後、トルコ大使館直属のモスクを運営する東京ジャーミーは次の文章をHPに掲載した。

イスラームの観点から、テロはどのようなものであれ認められるものではありません。なぜならイスラームでは人の生命、尊厳、信仰、財産は不可侵のものであると教えているからです。テロはその中でも最も価値ある人の命を標的としています。クルアーンでは、「人を殺した者、地上で悪を働いたという理由もなく人を殺す者は、全人類を殺したのと同じである」(食卓章第 32 節)と述べられています。
イスラムはテロを認めていません。 | 東京ジャーミー・トルコ文化センター

そして、1月20日、ISILによる日本人人質殺害予告の映像が流れると、名古屋モスクなど多くのイスラム教徒やその団体が意見を表明した。

イスラーム教の聖典クルアーンコーラン)にはこうあります。
【人を殺した者、地上で悪を働いたという理由もなく人を殺す者は、全人類を殺したのと同じである。人の生命を救う者は、全人類の生命を救ったのと同じである。】(食卓章5:32)
日本人お二人の方が拘束された事件に、深い悲しみを感じています。
このような卑劣な行為は、イスラームにおいて明らかな犯罪であり、世界中のイスラーム学者やイスラーム団体がテロ組織ISIL(アイシル)に対して厳しく非難してきたものです。
日本人殺害警告に関するコメント | お知らせ | 宗教法人 名古屋モスク

こういった反応を、日本でのイスラム教徒への偏見の増大を恐れたためのいわば踏絵とみる見方もある。こういった文章を公開する目的に、偏見を持たないでほしいというイスラム教徒の願いは確かにある。そう書いている。その一方で、これらの内容は、イスラムの休日である金曜礼拝におけるホトバ(説教)の内容そのままでもある。つまりこれは日本に住むイスラム教徒に対しても、大事なことであり伝えなければならないこととイマーム(指導者)が考えているのだと思う。それはそれだけイスラム教徒にとって、真の穏健なイスラムの教えを学ぶ上で、切実で重要なことと考えられているのだろうと思う。
私たちは、この2つの視点の両方を持っておくべきだろうと思う。

私たちは、日本にねづき、平和に共存している穏健なイスラム教徒の存在をきちんと認識し、そういった人たちとISILなどのテロリストと区別しないといけない。
そして次のような動きを歓迎したい。少なくとも心の中では穏健なイスラム教徒への応援と共感を持ちたいと思う。
http://www.tokyocamii.org/wp/wp-content/uploads/JapanFlower-400x266.jpg
(出典:ありがとう日本! | 東京ジャーミー・トルコ文化センター

イスラムの問題点

一方で、日本にはイスラムへの疑義を感じている人は多数いる。
それはイスラム教徒の側もよく認識していると思う。例えば、上記にあげた文章の中に、次の一節がある。

ただしユダヤ教キリスト教、あるいはイスラームの歴史において、宗教がテロや暴力行為を正当化するために利用されてきたことは、しばしば見受けられることです。特に 20 世紀の最後の4 半世紀では、世界中で宗教的な熱狂が高まる風潮が見られ、宗教的行為が社会状況に直面する中で、宗教的な意味づけを持ったテロや暴力が急増していることがわかります。
イスラムはテロを認めていません。 | 東京ジャーミー・トルコ文化センター

本当に残念なことに、宗教がテロや暴力行為を正当化するために利用されることが多くなってきている。
それはイスラムだけでなく、ユダヤ教キリスト教もそうだ。仏教もミャンマーイスラム教徒への攻撃を正当化する過激な僧侶がいる。他の宗教にもいる。
大事なことは、テロや暴力行為を正当化するために利用される解釈、考え方は、どんな宗教であろうと「悪」なのだということだ。
イスラムにも、テロや暴力行為を正当化するために利用される解釈、考え方が存在する。

12月28日に、敬虔なイスラム教徒として知られるエジプトのシシ大統領が、スンニ派の最高権威とされるアズハル大学で、アズハル大学総長をはじめとする権威ある多くのイスラム学者を前にして、次のような演説を行った。*4

「私たちの信仰に問題があるわけではありません。問題は考え方(al-fikr)にあるのです」
「私たちは、私たちが直面していることをよく立ち止まって考える必要があります。実際、私は、すでに数度にわたってこの話題について話をしています。私たちが最も神聖なものを有していると考えること自体が、ウンマイスラム世界)全体を、ほかの世界の全てにとって、懸念や危険、殺人、そして破壊の原因としてしまっているのです。あり得ないことです」
「私はここで宗教(al-din)のことを言っているのではなく、考え方のことなのです。私たちが過去何世紀にわたって神聖と考えてきた聖典や観念からほとんど逸脱できないと考えることが、世界の全てを混迷に陥れているのです。文字通り世界中をです」
「16億人の人々(イスラム教徒)が、そのほかの全ての人類、すなわち70億人を殺して、自らだけが生きていけるとでも思っているのでしょうか。あり得ないことです」
(中略)
「私は繰り返します。私たちには、宗教革命(al-thaura al-diniyya)が必要です。あなた方、宗教指導者は神の前に責任があります。世界中、繰り返しましょう、世界中が、あなた方が次に動くことを、あなたがたの言葉を待っています。なぜなら、この世界(ウンマイスラム世界)は引き裂かれ、破壊され、失われているからです。それも私たち自らの手によって」

(5、6ページ)


Egyptian President Al-Sisi at Al-Azhar: We Must Revolutionize Our Religion - YouTube

私もシシ大統領の演説に同意する。イスラムは宗教上の改革が必要だと思う。どんな問題があるかという指摘は長くなるので、改めて投稿したいと思う。
私はイスラム世界と全世界のイスラム教徒へ努力を求める。
イスラムの宗教指導者をはじめ、イスラム教徒一人ひとりの努力がなければ、宗教上の改革はできないからだ。


9つめの動き:有益な情報を発信する専門家

この混迷した状況の中、まるで灯台の光のように、自分の考えをまとめる上でとても有益な情報をタイムリーに伝えてくれる専門家がいた。

池内恵

池内氏は、イスラム研究者、東京大学先端科学技術研究センター准教授。専門は、イスラム政治思想。

そもそも「イスラーム国」がなぜ台頭したのか、何を目的に、どのような理念に基づいているのかは、『イスラーム国の衝撃』の全体で取り上げています。
下記に今回の人質殺害予告映像と、それに対する日本の反応の問題に、直接関係する部分を幾つか挙げておきます。
(1)「イスラーム国」の人質殺害予告映像の構成と特徴  
 今回明らかになった日本人人質殺害予告のビデオは、これまでの殺害予告・殺害映像と様式と内容が一致しており、これまでの例を参照することで今後の展開がほぼ予想されます。これまでの人質殺害予告・殺害映像については、政治的経緯と手法を下記の部分で分析しています。
第1章「イスラーム国の衝撃」の《斬首による処刑と奴隷制》の節(23−28頁)
第7章「思想とシンボル−–メディア戦略」《電脳空間のグローバル・ジハード》《オレンジ色の囚人服を着せて》《斬首映像の巧みな演出》(173−183頁)
「イスラーム国」による日本人人質殺害予告について:メディアの皆様へ - 中東・イスラーム学の風姿花伝

イスラーム国の衝撃 (文春新書)

イスラーム国の衝撃 (文春新書)

この投稿は、ISILが人質の殺害予告映像をネットに出された日に投稿されたものだ。
この投稿の指摘と『イスラーム国の衝撃』という本とを併せて読めば、この人質事件の動きを(ある程度)予想できた。それは私にとってとても有益な情報だった。
池内氏のブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」

松本太氏

松本氏は、世界平和研究所 主任研究員。東京大学教養学部アジア科 昭和63年卒。外務省入省。OECD代表部書記官、在エジプト大使館参事官、内閣情報調査室国際部主幹、外務省情報統括官組織国際情報官等を経て、平成25年より現職。

そもそも、ムスリム同胞団であれ、過激なアル・カーイダイスラム国であれ、「イスラム主義」とは、共産主義のような政治イデオロギーと同様に、現代社会の政治・経済社会の様々な課題に応えることを目的として、イスラムを手段として活用する政治的なイデオロギーなのである。
イスラム主義者の目的は、「真なるイスラム」を高らかに主張することでイスラムを自らのものとして独占し、その政治イデオロギーイスラムを従属させることにある。他のムスリムに異端宣言を下し、イスラムが宗教と政治に分割できるようなものではないと断言することで、政治と宗教の権力の源泉の全てを独占しようとするのである。
本当に撃退すべきなのはイスラム国の暴力ではなくイデオロギーだ イスラム国という疫病への処方箋:JBpress(日本ビジネスプレス)

ここで書かれている「イスラム主義」とは、「政治的イスラム」「イスラム復興主義」「イスラム急進主義」とか言われることもあるが、一番よく使われるのは「イスラム原理主義」という言葉だと思う。
つまりここで書いているのは、「(宗教としての)イスラム」と「イスラム原理主義」を混同してはいけないということ。詳しくは引用元の記事を読んでほしい。
松本氏の記事は、不定期掲載と思われるので、タイムリーとはいえないのだが、混沌とした状況を見つめる考え方を提示してくれた。
イスラム以外の記事も多いのだが、この2か月はイスラムの記事が多く、どの記事も興味深い視点を提示してくれている。
松本太氏の記事一覧

野口雅昭氏

野口氏は、日本の元外交官。京都文教大学人間学部長、現代社会学科教授。

これらの議論には基本的に二つあり、一つは最近の安倍政権の積極的平和政策が中東諸国の対日不信感を深めていたところに、今回の安倍総理の中東歴訪が、この不信感を呼び覚ましたというものであろう。
そもそも中東諸国などと一派ひとからげにできるほど中東は単純ではないが、外国の対日観という場合には基本的には政府のそれと国民感情のそれとがある。
特に中東諸国のように政府の力が強いところでは、当然政府の対日観がまず重要となるが、何時頃からか知らないが、中東諸国政府の対日観が最近悪化しているなどと言う話は聞いたこともない。
国連での議論やら、我が政府や外交官に対して、中東諸国の政府が最近公式でも、非公式でも非難めいたことを発言することが増えたなどあったであろうか?
中東の窓 : 邦人人質事件に関する「識者」の論調

今回の事件では、日本の識者といわれる人の発言に変だと思うものが少なくなかったのだが、それが本当に変なものなのか判断するために、中東の現状を知る必要があるなと感じた。野口氏のこのブログは、中東情勢のニュースをずっと投稿してくれていて、それを判断する上でとても役立った。
日本語で読める中東のニュースはとても少ないため、このブログの情報は貴重だ。ほぼ毎日、何本もの情報をアップしてくれている。原典も指し示してくれているのだが、アラビア語のものが多く、私には全く読めないのだけれども、それでも必要であれば機械翻訳はでき確認できるのもよいと思う。
野口雅昭氏のブログ「中東の窓」

岩永尚子氏

岩永氏は、中東研究家。津田塾大学博士課程 単位取得退学。在学中に在ヨルダン日本大使館にて勤務。2012年まで母校にて非常勤講師として「中東の政治と経済」を担当。
ISILに関する記事は2つだけなのだが、その他中東情勢全般についてあまり中東情勢に詳しくない人向けにわかりやすく書いている点、好感を持った。

そもそもアラウィー派イスラム教キリスト教が融合したような特殊な教義を持つため(断食・巡礼・モスクでの礼拝なし、クリスマスを祝うなど)、スンニ派からみても、シーア派からみても異端でしかありません。彼らはオスマン帝国時代にはイスラム教徒ではなく、「異教徒」として分類されていたほどです。ですから、この内戦をシーア派対スンニ派の「宗派対立」として理解するのには無理があります。ヒズボッラーはアサド政権がシーア派の一派であったから参戦したのではなく、参戦によって利益が得られると考えたために参戦したのです。
教えて! 尚子先生シリアの内戦はなぜ解決しないのですか? | 海外レポート世界の街角お金通信 | 橘玲×ZAi ONLINE海外投資の歩き方 | ザイオンライン

上記は、シリアの内戦を理解するために必要な基本的な知識だと思う。
一応、シーア派の主流派はアラウィー派をしぶしぶシーア派のひとつと認めてはいるようなのだけど、異教徒だとする考え方は根強く残っている。ISILは完全にアラウィー派を異教徒と見做している。岩永氏の記事は、ある程度知識のある人も、おさらいとしてよい記事だと思う。
岩永尚子氏の記事一覧


懺悔

人質になった湯川氏、後藤氏の殺害された後の画像を、見たくなかったがこらえて見た。同じ日本人として、同胞として、目に焼き付けるべきだと思ったからだ。そして、想像していたよりはるかに大きな衝撃をうけた。
あまりに残酷だったからだ。
最初に感じたのは、爆発するような怒りだった。そして悲しみ。それが通り過ぎるともう一度ふつふつとした怒りがわいてきた。こうやって感情をゆさぶることこそ、テロリストの目的だ。頭ではわかっていたが、冷静に見ることは全くできなかった。
それでも時間が経ち、激しい感情は収まったが、どうにも気分は優れない。鬱々とした日々が続いている。
その感情は、言葉にすると、罪悪感と無力感のように思える。

なぜ罪悪感を感じるのか?

頭ではこういう最期を迎えることをわかっていたはずなんだ。だから最初にあの人質殺害予告映像を見た時、「ぼんやりと」断首されるのだなと思ったのだろう。
ぼんやりと? ひどい話だ。
それは画像の向こうの、ネットの向こうの、遠く離れた自分には関係のない世界の話だと思ったから「ぼんやりと」思ったのだ。だけど、殺害された画像を見た時、初めて自分の身にも振りかかるかもしれないという実感を持った。そしてその実感がわいたから、罪悪感らしきものを感じているようなのだ。それもひどい話だ。
考えてみれば、1月7日に、パリでシャルリー・エブドの襲撃事件があったが、そのちょうど1ヶ月前、私はパリに旅行していて、シャルリー・エブドのある辺りを歩いていた。もし運が悪くその日テロを決行されたら、テロに巻き込まれていたかもしれない。では日本にいたら安全かというと、過去には北朝鮮が日本にいる日本人を拉致した事件もある。それは未だに解決していない。日本でだって、単独行動テロは起こるかもしれない。
他人ごとではいけないのだなとつくづく思う。

なぜ無力感を感じるのか?

では何ができるかと自身に問えば、当たり前なのだが、何もない。
『過激なイスラム主義者が確信的に惹起しようとしている不安や恐れをものともせず、英国人がいつも言うように”keep calm and carry on”(静けさを保って、日々の生活を続ける)』*5ことこそ、一般の市民ができるテロとの闘いなのは頭ではわかっている。
でも私は自分がそんなに強くないことを今回思い知った。
似非平和主義者や過剰な自己責任論者のように、自分ではない誰かに全ての責任を負わせるように考えられたら楽なのだろうなと思う。
もう中二病なんて遥か彼方な歳ではあるが、ダークフレイムマスター*6になって圧倒的な力で戦えればいいのにと思う。

最後に

気を取り直して、もう一度、自分の考えをまとめてみることにした。そして書いたのがこの投稿だ。読む人のことをあまり考えなかったので、結局かなり長文になってしまった。
それでも自分の考えは、ある程度整理できたかと思う。
ただその一方で、自分がテロに巻き込まれた時の心構えは、永遠にできそうにないなと感じた。

テロは、日本全体にも、私自身にも、所期の成果をあげたように思う。


*1:NHKスペシャル|追跡 「イスラム国」 の内容から

*2:この文章では、イスラム国を自称するテロリスト集団をISILと呼称しているが、この部分は引用であるので原文のままイスラム国という呼称を記述した。以下引用部分については同じ。

*3:海上自衛隊の特別警備隊の可能性もあるが、防衛機密だらけで情報がないのは、特殊作戦群と同じだ。特別警備隊 (海上自衛隊) - Wikipedia

*4:引用した文中には、1月1日の演説と書いているが、演説の動画には12月28日となっているのでその日付を記載した。

*5:過激なイスラム主義とどう対峙すべきか?パリ、ロンドン、カイロで示された処方箋 静かだが強い意志を示したパリの大規模デモ行進:JBpress(日本ビジネスプレス) p.8

*6:中二病で検索したら出てきたのだが、中二病の人のヒーローらしい。

後藤さん 湯川さんの殺害を強く非難する。私たちは屈しない。

安全保障 中東問題 テロ

後藤健二さん、湯川遥菜さんに謹んで心からの哀悼の意を表します。
どうぞ安らかに。
ご遺族の方、ご関係者のご心痛を思うと、言葉がありません。
この哀しみと怒りを、同じ日本人として共有いたします。

私はこの蛮行を許せませんし、テロには屈しません。
過去も未来もイスラム世界とその人々は日本の友人です。それは変わりません。
イスラム世界はテロを強く非難し、テロと戦っていることを知っています。
この蛮行は、日本とイスラム世界との関係を変えることはないでしょう。
日本政府はイスラム世界に対する援助をこれまで通り続けるでしょうし、私はそれを支持します。
日本はこの悲劇を乗り越え、今までどおり平和で安定した社会を維持し続けるでしょう。私もそれを守る努力をします。

この野蛮な行為によって、日本は変わることはありません。
私はそう信じています。

そして、後藤さん、湯川さんへの哀悼の意の表明と、この蛮行とテロリズム全体に対する非難の表明の輪が、日本全体に広がっていくことを願っています。
それが私たちができるテロとの闘いだと思います。

慰安婦問題:韓国のナショナリズムに寄り添うということ

外交 韓国 歴史問題

はじめに

8月5日の朝日新聞による吉田証言報道の撤回から、慰安婦問題に関する記事、投稿が、はてなのホットエントリによくあがっていると思う。そんな中、朴裕河世宗大教授の投稿が9月10日のホットエントリにあがっていた。この投稿は慰安婦問題の本質をよく説明していると思うし、考えさせられる点が多い。
今日は、この朴裕河氏の投稿や著書の主張を引用しながら、慰安婦問題について考えてみたい。朴裕河氏のような専門家と自分の意見の比較というのはとても僭越とは思うが、意見の違いの分析によって慰安婦問題が解決困難な理由が明確になると思うので書くことにした。慰安婦問題が解決困難な理由を明確にするということは、逆に捉えると、慰安婦問題の解決のために乗り越えなくてはならない必要なことを明確にするということだと思っている。
 

基本的な考え、スタートライン

慰安婦問題が表面化して以降、20年以上が経つのに慰安婦問題は解決されていません。そして、断言できますが、慰安婦問題への理解と解決のための方法が変わらなければ、慰安婦問題は永遠に解決しないでしょう。そして日韓関係は、今以上に打撃を受けることになるでしょう。

それでも慰安婦問題を解決しなければいけない理由 | 朴 裕河

朴裕河氏の投稿の冒頭にあるこの短い文章の指摘点は次の3点だ。

  • 慰安婦問題は20年以上解決されていない。
  • 慰安婦問題への理解と解決のための方法が変わらなければ慰安婦問題は解決しない。
  • 慰安婦問題が解決しなければ日韓関係は今以上に悪くなる。

この3点の指摘については全く同感だ。このまま日韓双方の政府と日韓双方の国内の言論が変わらなければ慰安婦問題は解決せず日韓関係は一層悪くなる。その現実認識は同じ、すなわちスタートラインは一緒と思った。*1
 

日韓関係の対立を増大させるメカニズム(ループ構造)

日韓関係が壊れていく構造

慰安婦問題に限らず対立を深める日韓関係の構造は、ここ10年以上全く変化がない。
日本と韓国のナショナリズムの衝突と日本国内の政治的な対立構造がちょうど三角形のような関係となり、日韓関係の対立を増大させるメカニズム(ループ構造)ができあがってしまっている。

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図1:日韓関係の対立を増大させるメカニズム(ループ構造)

構造はとてもシンプルだ。
例えば日本で河野談話の撤回を求める動きが起こると、その動きに韓国の政府、マスコミが反応、韓国のナショナリズムが高じる。そうして生じた韓国側の批判に、日本の「進歩的」と称されるマスコミなどが呼応し、日本のナショナリストを批判する。そして今度は日本のナショナリストが反応して・・・、こういったループ構造ができている。
インターネット時代になり、他国の情報が簡単に国境を超えるようになった現在、このループは簡単に一回りし、一回りする都度、日韓双方の国民感情は相手国に対して批判的になり、険悪になっていく。
このループは、「李明博前大統領の竹島訪問」と「朴槿恵大統領による一連のいわゆる反日侮日外交」によって更に簡単に回るようになった*2。ここ1年は「安倍首相の靖国訪問」、「河野談話の検証」などで日本側がループの推進力となり、直近では「産経新聞の前ソウル支局長の起訴」問題が起こり、今度は韓国主因で対立増大メカニズムが一回転したばかりだ。
 

日本における慰安婦問題に対する代表的な4つの態度

慰安婦問題の本質は、戦争における性暴力の問題であり、人道の問題であるのは間違いないだろう。
しかし、ここに日韓双方のナショナリズムが加わり、20年以上続く日韓の外交上の対立点となったため、慰安婦問題は政治問題としての性質を濃くしていった。これが純粋に人道問題だけであれば、54人と言われる存命の元慰安婦の救済を行うことが不可能だとは到底思えない*3。しかし慰安婦問題は既に政治問題と化しており、解決の糸口も見えない状況になっている。
そして政治問題であるがゆえ、その人の政治的立ち位置によって慰安婦問題に対する態度は大きく異なる。私は大きく4つに分類できると思っている。

1つめの分類軸:いわゆる左右の軸、政治目標の優先順位を表す軸

慰安婦問題に対する態度が、いわゆる左右といわれる政治的立ち位置によって異なるのは広く知られたところだと思う。
ところが、この左右の定義があいまいであるため、分類軸として有益でないことがある。そこでこの投稿では、いわゆる左右の軸とは政治目標の優先順位を表す軸と定義したい。
そして、慰安婦問題は外交問題であるので、片方(右側)の重視する政治目標を国益とし、反対側(左側)をそれの対立概念「国際協調」とする。また左派の重視する政治目標としてもう一つ「人権」もあげておく。「人権」に対する右派の対立概念は存在しない。あえて対立概念をあげるとやはり「国益」となると思う。

2つめの分類軸:考え方の軸

例えば、同じ右派であっても河野談話に対する態度などにおいて差があるのはよく知られたことだと思う。よくこういった差を極右と穏健保守とに分ける論もあるが、左右の程度の差という分析は実態をよく表していないと思う。
私は自分自身を、上記で定義した左右の軸、すなわち政治目標の優先順位の軸でプロットすれば限界に近い右側に位置すると思っている。それは国際問題を考える時「国益」を最優先に考え、「国際協調」や「人権」などを「国益」より優先することが全くないからだ。しかし、私自身はいわゆる極右と称される人たちとは考え方が異なる。例えば「慰安婦問題の存在を認め、河野談話は維持すべき」と私は考えている点などが異なる。
上記の理由で、新たな分類軸、すなわち政治的な左右双方が内包している考え方の差異という軸を導入し、2つの分類軸で分類する方法の方が、左右の1軸だけで分析するより有益だと思う。
そこでその軸の片方を、「原理的」「原則重視」の考えとする。反対側にはこれの対立概念「世俗的」「実利重視」がくるだろう。

なお、「原理」という用語は、次の意味で使っている。

事象やそれについての認識を成り立たせる,根本となるしくみ。
原理とは - Wiktionary日本語版(日本語カテゴリ) Weblio辞書

一方の「世俗的」という用語は、次の意味で使っている。

世間一般に見られるさま。世俗的とは - コトバンク

4つの象限

さて、上記にあげた2つの分類軸を図に表すと、次のように4つの象限*4ができる。
なお、左右の軸は、先に述べた通り政治的な左右に合わせた。上下の軸はどちらが上であってもいいのだが、私は「原理=根本=土台」というイメージがあり原理側を下にしたかったのでそうした。なお象限の数字は一般的なものを使った。*5

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図2:政治目標と考え方の2つの軸で分けた4つの象限

慰安婦問題に対する態度は、この4つの象限のどこに位置するかによって分類できると思う。


右派の分析

まず最初に、国益優先の考え、いわゆる「右派」の分析をしてみたい。

右下:第Ⅳ象限『国益優先、原理的で原則を重視する人』

右派で最初に分析したいのは、図2の右下、第Ⅳ象限の右派。すなわち、『国益を優先し、原理的・原則重視で考える』人たちである。
下に引用したのは8月28日付の産経新聞の主張だ。これは自民党政務調査会が政府に対し河野談話の見直しを要請したことをうけて書かれた主張になる。
これがこの象限『国益重視、原理・原則を重視する人』の代表的な考え方と思う。

自民党政務調査会は政府に対し、慰安婦制度の強制性を認めた河野洋平官房長官談話に代わる新たな談話を出すよう要請した。
事実を無視してつくられた虚構の談話を継承することは国民への背信である。政府の検証結果を踏まえた新談話によって国際的に広がった誤解を正すべきだ。
【主張】慰安婦問題 新談話と河野氏の招致を(1/2ページ) - 産経ニュース

論旨はとても明確だ。
慰安婦制度の強制性が否定されるのならば、この主張は正しいと言える。もっともこの強制性の否定については左派から強い反論がでているのだけど、それは左派の分析の項でふれたい。またこの投稿全体の趣旨は「慰安婦制度の強制性の有無」を論じることでないので、その点了承いただければと思う。
この象限の考えは前述のとおり慰安婦制度の強制性と軍関与の否定』が論理立ての基礎になる。その根本には、『過去の日本の行動は正しかった。ただ武運なく敗れただけだ』という日本の正義を信奉する原理・原則があるように見える。
『強制性の否定』さえできれば、『①強制はなかった。軍も関与していない。強制を認めた河野談話は誤りだ。②河野談話は日本の尊厳を傷つけた。③だから河野談話を否定し新談話を出すべきだ』という演繹法*6、いわゆる三段論法の論理が成り立つ。この象限の人たちは、原理的、原則重視の考え方を持つため、こういった論理立てを必要としている。そのため、この論理の基礎となる『強制性の否定』に繋がるものを探していく。そして『強制性の否定』を以って慰安婦問題そのものを否定し、それで慰安婦問題の解決とするのが、この象限『国益重視、原理原則派』の考え方だと言える。
この象限にいる人の慰安婦問題に対する基本的な態度は『反発と否定』である。

右上:第Ⅰ象限『国益優先、世俗的で実利を重視する人』

次に分析したいのは、図2の右上、第Ⅰ象限の右派。すなわち、『国益を優先し、世俗的、実利重視で考える』人たちである。
私自身は、自分をこの象限の右上の端に位置すると思っている。*7
この象限にいる人の考えの代表的な事例として、菅官房長官の発言をあげておきたい。

菅義偉官房長官は26日午前の記者会見で、慰安婦問題をめぐり韓国側が日本政府の謝罪や名誉回復措置を求めていることについて、昭和40年の日韓請求権協定に基づき解決済みとの見解を重ねて示した。
慰安婦問題「解決済み」 菅長官が重ねて見解 - 産経ニュース

菅義偉官房長官は7日の記者会見で、当時の河野洋平官房長官が行った「従軍慰安婦に関する談話」について「政府として、総理も、私も繰り返し言っているように、河野談話は継承する立場。見直す考えはない。全く変わっていない」と河野談話を見直すことはしないとの考えを強調した。
河野談話は継承する 改めて強調 菅官房長官 | 国内政治 - エコノミックニュース

この象限の考え方を端的に言えば、慰安婦問題は日韓請求権協定に基づき解決済み。一方河野談話は継承する」ということになる。これは日韓の条約と過去の談話、声明等を基本に据える考え方だ。「日韓請求権協定」では明確に請求権は完全かつ最終的に解決されているとしている。これを重視する。

第二条
1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。
財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定

韓国政府は慰安婦問題の請求権はこの協定の対象外だと考えているようだが、それを日韓の二国間外交において正式な外交上の要求としていない。*8
そこで慰安婦問題を支援する団体がどのように「日韓請求権協定」のこの条文を解釈しているかを見て、韓国政府の主張を類推することにする。

日韓請求権協定では、日本の朝鮮植民地支配とアジア侵略戦争によって引き起こされた「慰安婦」の被害に対する歴史的責任の問題が解決されたと言うことはできません。
1-3 日韓請求権協定と「慰安婦」問題 | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

条約という国際法を扱っている文章なのに、法的責任ではなくて歴史的責任とぼやかしているのはいただけないが、この主張をまとめると次のようになると思う。

  • 国家は私人の代理人でないので、私人の権利を制限する条約を締結する権限はない。この条文をもって私人の請求権が消滅したとはいえない。
  • 交渉において慰安婦問題はほとんど話し合われていない。この条文で解決したとされる請求権には慰安婦の被害は含まれていない。

これに対する反論等を書くとこの投稿の本筋から離れてしまうので紹介にとどめるが、もしこの主張を認めると、日韓基本条約だけでなく、日本の独立の根拠になるサンフランシスコ平和条約も、日中友好条約も、その他の国との基本条約、平和条約等の全てで、その条約締結の議論の際、議論されなかった問題があれば、それらは半永久的に日本へ賠償請求できることになる。また国家間の賠償が決着しても個人への賠償は全く決着できないことになる。これは日本にとって独立の基盤すら失いかねない、つまり国の死刑宣告にもなりうる要求だと私は危惧する。*9
この象限の人が考える慰安婦問題で守らなければならない日本の最大の国益日韓基本条約」と「日韓請求権協定」などの付随協定を堅持することだろう。
この点で日本に妥協の余地はない*10。それでも韓国がこの主張を日本に認めさせたいのなら、韓国は国際司法裁判所規程*11第36条2項に基づく義務的管轄権の受諾を行い、国際司法裁判所に提訴すればよい。そうすれば日本は既に義務的管轄権の受諾を行っているので、強制的にその裁判に応ずることになる。
この象限の考えを持つ人は、それを強く意識している。
日本の「法的責任」は絶対に認められない。それは「慰安婦問題の最終解決」や「日韓の和解」より優先すべきものである。例え「日本の名誉」が傷つこうと「国際社会で孤立」しようと「法的責任」は認められない。それは国としての日本と日本人の生存を危うくする。しかしそれを逆に言うと、日本の「法的責任」さえ回避できれば、慰安婦問題解決に向けた一定の譲歩は許容する考え方でもある。
一方、現在の日本の左派には「日本の法的責任を追求する主張」と「法的責任より和解を優先する主張」が混在しており、混在を許したまま左派の主張に譲歩するのは「法的責任」追求への道を開きかねないことから拒むしかないと考える。つまり現状では「慰安婦問題」は解決不可能であり、ダメージをコントロールするしかないと割り切っている。
この象限にいる人の慰安婦問題に対する基本的な態度は『割り切りと拒否』である。*12

国益とは何か? その考え方の相違

右派の第Ⅳ象限『国益重視、原理・原則を重視する人』と、第Ⅰ象限『国益重視、世俗的で実利を重視する人』は、国益を重視するという点で共通項がある。
しかし、「河野談話」については、一方はそれを否定し見直しを主張する。一方は堅持を主張する。「河野談話」は見直す方が国益なのか、堅持する方が国益なのか。真っ向から食い違うが、それは片方の考え方が間違っているからなのか。
いろんな見方があると思う。私は、この差が生じるのは、「国益とは何か?」という考え方に相違があるからと見ている。
第Ⅳ象限『国益重視、原理・原則を重視する人』の考える国益は、ほとんど「日本の正義、日本人の名誉」と同義であるように思える。河野談話については、それは「日本人の名誉」を傷つけるものであるから見直しを主張する。
一方、第Ⅰ象限『国益重視、世俗的で実利を重視する人』の考える国益は、まさしく世俗的で実利的なものだ。河野談話については、河野談話によって世界に向けて慰安婦問題を謝罪したという事実が、各国との外交、特に韓国や中国以外の国との外交でよい効果をもたらしていることを重視して河野談話堅持を主張する。*13

日韓関係の対立を増大させるメカニズム(図1)の影響の相違

図1で示した「日韓関係の対立を増大させるメカニズム」の中の「日本のナショナリズム」は、主に第Ⅳ象限『国益重視、原理・原則を重視する人』が担っている。このループが一回りすると、日韓双方の国民感情は相手国に対して批判的になり、険悪になっていく。つまり日本側では「韓国はけしからん」と考える人が増えていく。この動きは政治的には無視しづらい。そこでそういった人を取り込む動きが生じる。
ところが第Ⅰ象限の考え方はわかりにくく「国益は国際協調に優先する」という考え方は、ややもするとマキャベリズムのように「冷たく謀略に満ちた」印象を与えることがある。だから単純に「韓国はけしからん」と考える人の取り込みに失敗している。
その一方、第Ⅳ象限の主張は「慰安婦に強制性はなかった」というこの一点さえ説得できれば、その後の論理はとてもわかりやすく「韓国はけしからん」と考え始めた人に「肯定感」を提供できる。*14
かくして図1で示した「日韓関係の対立を増大させるメカニズム」のループが回れば回るほど、第Ⅳ象限『国益重視、原理・原則を重視する』考え方を支持する人が増えていく。彼らは日韓対立の最大の受益者となっており、だからこそ彼らの日韓対立を煽る主張は止むことがない。
日中対立より日韓対立の方がこの動きが顕著なのは興味深い点だと思う。*15
一方、世俗的実利重視の第Ⅰ象限の側から見ると、第Ⅳ象限の考え方の人が増加するのは、一番重要な国益といえる『「法的責任」を認めろという要求を拒むこと』に資するので、正直最善な状況とは思えないが否定する状況でもない、すなわち致し方ない状況と考えている。
もっとも「韓国けしからん」が嵩じてしまい「韓国人排除」などの差別的言動、嫌悪表現が増加するという悪影響があり、それは問題が大きい。これについては、啓蒙活動を行う一方で、法的に対処して抑えこむしか方策がないと思う。

第Ⅰ象限と第Ⅳ象限を分けるもの

一番端的な事例は前述の通り河野談話だと思う。
第Ⅰ象限の考えを持つ人は河野談話の維持」を主張している。第Ⅳ象限の考えを持つ人は河野談話を否定し見直すこと」を主張している。
 

左派の分析

次に、国際協調・人権優先の考え、いわゆる「左派」の分析をしてみたい。

左下:第Ⅲ象限『国際協調・人権優先、原理的で原則を重視する人』

左派で最初に分析したいのは、図2の左下、第Ⅲ象限の左派。すなわち、『国際協調・人権を優先し、原理的・原則重視で考える』人たちである。
この象限の代表的な主張として、日本共産党の主張をあげようと思う。

旧日本軍の「慰安婦」問題は、当時の天皇制政府と日本軍が朝鮮半島などから多数の女性を動員し、「性奴隷」として「売春」を強制した、言語道断の戦争犯罪です。政府機関や植民地経営にあたった総督府、軍自身が組織的に女性を集め、「慰安所」の設置や管理にも関わるなど、国家機関と軍の関与は明らかです。
(中略)
韓国では元「慰安婦」の人たちのほとんどが「償い金」受け取りを拒否し、日本政府の公的な謝罪と賠償を求め、裁判にも訴えています。
日本軍「従軍慰安婦」問題 解決は世界への日本の責任

これも右派の第Ⅳ象限の主張と同じく、論旨はとても明確だ。
『①慰安婦は性奴隷として売春を強制した戦争犯罪だ。②慰安婦制度は総督府、軍自身が組織的に関与した。③だから日本は法的な責任を有し国家賠償が必要だ』という論理だ。
右派との争点は3点あって、『①慰安婦制度の強制性』『②旧軍の関与』『③韓国の請求権放棄の否定』である。特に第Ⅳ象限の『国益を優先し、原理的・原則重視で考える』右派と、①と②の争点、すなわち強制性と旧軍の関与の争点で強く争っている。
なおこの投稿の趣旨は慰安婦制度の強制性の認識について、どの考えが正しいかを論じることではないと改めて強調しておきたい。*16
朝日新聞による吉田証言を報じた記事と慰安婦と女子挺身隊を混同した記事の撤回をうけて出された日本共産党の主張を読むと、何が争点となっているかよくわかる。

河野談話」否定派は、「吉田証言が崩れたので河野談話の根拠は崩れた」などといっていますが、「河野談話」は、「吉田証言」なるものをまったく根拠にしていないということです。
(中略)
それでは、「河野談話」は、何をもって、「慰安婦」とされた過程に強制性があったと認定したのでしょうか。その点で、前出の石原元官房副長官が、同じテレビ番組で、元「慰安婦」の証言によって、「慰安婦」とされた過程での強制性を認定したとあらためて証言したことは重要です。
歴史を偽造するものは誰か――「河野談話」否定論と日本軍「慰安婦」問題の核心

この象限の考えは、前述の通り慰安婦制度は日本が国家として売春を強制した戦争犯罪であり法的責任と国家賠償が必要という認識が基本となる。*17
そしてこの認識は、韓国政府と韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)などの韓国の慰安婦支援団体の認識とほぼ一致している。*18
この象限にいる人の慰安婦問題に対する基本的な態度は『非難と要求』である。*19

左上:第Ⅱ象限『国際協調・人権優先、世俗的で実利を重視する人』

最後は、図2の左上、第Ⅱ象限の左派。すなわち、『国際協調・人権を優先し、世俗的、実利重視で考える』人たちを分析する。*20
ここでようやく朴裕河氏の投稿を引用することができる。これはこの象限の代表的な考えだと思う。*21

この場面は朝鮮人慰安婦問題の本質を明確に示しています。つまり、まず日本軍が直接、強制連行や人身売買を指示したことはないという事実、にもかかわらず、彼女をそこに連れてきた主体は他ならぬ「日本帝国主義」だったという事実です。
それでも慰安婦問題を解決しなければいけない理由 | 朴 裕河

これは1965年に制作された鄭昌和監督『哈爾浜江の夕焼け』という映画の場面を引用しながら、戦争が終わって間がない時の慰安婦に対する見方と強制性について書いている部分だ。
私が投稿の一部を切り取ったので、誤った認識を持たれるのではという懸念がある。朴裕河氏の主張を正しく解釈すべき点の第一は、朴裕河氏は「慰安婦制度の強制性」を明確に認定しているということだ。そしてその暴力性を強く非難している。慰安婦制度に対する非難の強さという点では、第Ⅲ象限の人たち、あるいは韓国の挺対協の非難の強さと何ら変わらない。
第Ⅲ象限の人、あるいは韓国の挺対協の考えと異なるのは、「強制性の責任が誰にあるか」という点だ。ここでは「強制性の責任」があるのは日本帝国主義だとしているが、その概念はわかりにくい。
上記に取り上げた投稿と朴裕河氏の著書「和解のために」に書かれている内容とを総合して朴裕河氏の考えを説明すると次のようになると思う。

  • 慰安婦問題を戦争時における性暴力の問題と広く捉えている。
  • 被害者は「韓国人」慰安婦だけでなく「日本人」慰安婦も他の国の慰安婦も同じであり、全員が被害者だと捉えている。
  • 戦後、日本と韓国両方の国で設置された米軍向けの「日本人」「韓国人」慰安婦も被害者と捉えている。
  • 更に慰安婦問題だけでなく「引揚時の日本人女性に対するレイプ」も含め、全ての戦争時の性暴力について同じように扱っている。
  • 慰安婦の強制性と暴力の責任は、日本政府、軍のみならず女性を売った親、慰安婦を募集した朝鮮人業者なども含めて加害責任があると捉えている。植民地であった韓国を含めて当時の帝国としての日本社会全体の責任と捉えている。
  • 一方、元慰安婦の経験、考えも一様ではなく、その元慰安婦への加害責任は一様ではないとし、挺対協の主張する一つの解釈を正義とする考えを批判している。
  • 従って、元慰安婦の意見をきちんとヒアリングし、それを世に伝え、それぞれの受けた暴力に対する責任を問うべきとしている。
  • 責任は複合的なものであり日本だけへ法的責任を問うのは「困難」としている。

和解のために?教科書・慰安婦・靖国・独島 (平凡社ライブラリー740)

和解のために?教科書・慰安婦・靖国・独島 (平凡社ライブラリー740)

上記は、日本が免責であるとか、日本の責任を薄く考えるという主張でないことを強調しておきたい。特に慰安婦制度を「発案」し「命令」した者に対する非難と責任追及の思いは極めて強い。
私が朴裕河氏の主張で一番注目するのは次の点だ。

今、韓国の支援団体と政府はこの問題について、「法的責任」を認め、そのための措置を取るよう日本に要求していますが、50数人が存命の元慰安婦の中には、実は異なる意見を持った方々がいます。しかしその方々の声はこれまで聞こえてきませんでした。違う声があったとすれば、これまで私たちはなぜその声を聞くことができなかったのでしょうか。
これまで聞こえてこなかった声を、違う声を聞いてみようという問いかけは、実は、元慰安婦の方々だけでなく、支援団体、さらには学者にも当てはまる問いだと分かりました。韓国はもちろん、日本の支援団体や学者など関係者にとっても、慰安婦問題の主流となっている理解、常識と違う声をあげることは、思うほど自由ではありませんでした。
それでも慰安婦問題を解決しなければいけない理由 | 朴 裕河

私は、この考えの根底に多様性を前提とする考え」が存在していると思ったので注目した。世俗的なアプローチ、つまり現実をできるだけありのままに見るためには、多様性の認識と許容はその根幹をなすといってよいと思う。*22
そして、元慰安婦のそれぞれの問題の多様性とともに、異なる意見を持つグループ同士の政治的な力の相互作用を考慮していることも注目したい。例えば以下の文章などである。

日本の右傾化は自然発生的なものではなく、韓国の対日姿勢がそうさせた側面があります。最近目に見えて増えた嫌韓現象も同様です。個人の関係だけでなく、国家の関係も相対的なものだからです。彼らの中には深刻な差別主義者が存在しますが、運動が必ずしも正確ではない情報を流布する限り、彼らに対する批判の効力は弱まるしかありません。
それでも慰安婦問題を解決しなければいけない理由 | 朴 裕河

この考え方は、原理的で原則を重視する「第Ⅲ象限の左派」には受け入れづらいだろう。一方、私はこの分析に同感する。実は「第Ⅰ象限の右派」も、「第Ⅱ象限の左派」と同様に、異なる意見を持つグループ同士の政治的な力の相互作用を重視する。*23
つまり「第Ⅰ象限の右派」と「第Ⅱ象限の左派」は、導き出す結論は全く異なるが、現象を見る目という点では共通点があるということを表していると思う。
この象限の人たちは、法的責任を日本に認めさせることではなく、慰安婦問題の倫理的な解決を目指す。それは元慰安婦の個人の救済を目標としているからのようにみえる。
この象限にいる人の慰安婦問題に対する基本的な態度は『和解と救済』である。

国際協調に関する考え方の相違

左派の第Ⅲ象限『国際協調・人権優先、原理的で原則を重視する人』と第Ⅱ象限『国際協調・人権優先、世俗的で実利を重視する人』は、国際協調と人権を政治目標として優先するという共通項がある。
慰安婦問題は人権問題であるという点において、第Ⅲ象限の左派と第Ⅱ象限の左派に認識の差はない。
一方、日本に対する「法的責任」という点では、第Ⅲ象限の左派は日本が法的責任を認めることを強く要求し、それなしでは慰安婦問題の解決はないとしている。
第Ⅱ象限の左派は、日本政府が法的責任を認めることに必ずしもこだわらず、あるいはそれを日本政府が認めることは絶対にないことを許容し、その上で倫理的解決を図ろうとする。
その差は、どこから来るのであろうか? 
これもまたいろんな意見があると思う。私には、第Ⅲ象限の左派と第Ⅱ象限の左派にとっての「国際協調」の有り様という点で、認識の差異があるように見える。
第Ⅲ象限の左派、すなわち『原理的で原則を重視する』左派は、「国際協調」の対象として、歴史的、特に日本の侵略戦争と関わりが深い国家との関係を重視する傾向が強いと思う。慰安婦問題については、韓国を中心に据え、韓国との関係性において事象を評価する。
それに対し、第Ⅱ象限の左派、すなわち『国際協調・人権優先、世俗的で実利を重視する』左派は、日韓関係は、重要な二国間関係ではあるものの、日本にとっても韓国にとっても数ある二国間関係の一つであるという意識を持っている。そのため、慰安婦問題についても、韓国人の慰安婦だけでなく、日本人や他の日本の占領地出身の慰安婦にも同じ視線を投げかける。
その差が、日本に対する「法的責任」の要求という点での差異につながってくる。
第Ⅲ象限『原理的で原則を重視する』左派は、慰安婦問題では韓国を中心に据えた国際協調を目指すため、韓国の要求を日本が全面的に認めることが目指すべき国際協調だと考えている。一方、第Ⅱ象限『国際協調・人権優先、世俗的で実利を重視する』左派は、日韓関係を重要ではあるものの数ある二国間関係の一つと認識するため、他の二国間関係と同様に日韓関係も宥和的な関係であるべきとする。それが日本政府が絶対に反発するであろう「法的責任」に対する態度の差になって現れていると思える。
右派も「国益」に対する解釈が「第Ⅳ象限」と「第Ⅰ象限」の人で違うように、左派も「国際協調」に対する考えが「第Ⅲ象限」と「第Ⅱ象限」の人で違うようにみえる。

第Ⅱ象限と第Ⅲ象限を分けるもの

一番端的な事例は前述の通り「日本の法的責任」に対する考え方だと思う。
第Ⅲ象限の考えを持つ人は「日本の法的責任」の追求を絶対のものとしている。第Ⅳ象限の考えを持つ人は「日本の法的責任」に拘らず倫理的解決を優先するよう主張している。
 

日本における慰安婦問題に対する代表的な4つの態度のまとめ

ここで、一旦、上記の分析をまとめみたい。

慰安婦問題に対する基本的態度

各象限の人たちの慰安婦問題に対する基本的態度を表すと次の通りになる。
左側、第Ⅱ象限と第Ⅲ象限の考え方を分けるものは『日本の法定責任』に対する考え方の差異である。
右側、第Ⅰ象限と第Ⅳ象限の考え方を分けるものは『河野談話』に対する考え方の差異である。

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図3:日本における慰安婦問題に対する4つの基本的態度

左上、第Ⅱ象限『世俗的・実利重視』の左派以外は、ネガティブな態度であることに注目してほしい。これについては後述する。

河野談話と日本の法的責任に対する考えの違い

河野談話と日本の法的責任に対する考えの違いが、右派、左派内での考え方の違いを生んでいる。それを整理してみると次のようになる。

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図4:河野談話に対する考えの差異     図5:日本の法的責任に対する考えの差異

河野談話に対する考え方では、右下、第Ⅳ象限『原理的・原則重視』の右派だけが、河野談話を否定し見直しを主張している。
日本の法的責任に対する考え方では、左下、第Ⅲ象限『原理的・原則重視』の左派だけが、日本の法的責任を強く要求している。
この整理によって、どの考えの人たちがどんな対立点を抱えているか、より明確になると思う。
 

日韓の和解に向けて

私は、今後数年の日韓関係について、悲観的にみている。
攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(実践編)」という投稿で分析を書いたが、中国の台頭により安全保障分野で日韓の国益に齟齬が生じるようになったということが、この慰安婦問題にも影を落としている。
ただ同じ分析を何度も書いても新鮮味がないと思う。
そこで今回は、日韓関係の悲観論者の立場から見た「慰安婦問題の日韓の和解」に対する分析を行ってみようと思う。

日韓の和解の原動力となる人たちとは?

当たり前だが、和解の原動力となるのは、和解を本当に心から願う人だ。図3「日本における慰安婦問題に対する4つの基本的態度」を見ると、それは第Ⅱ象限『国際協調・人権優先、世俗的・実利重視』の左派だということがわかる。
日韓が和解するためには、この人たちがもっと大きな声を上げる必要がある。ただ、この人たちは、これまでの日韓双方の葛藤によってもう十分すぎるほど傷ついている。そして沈黙していったようにみえる。それでもこの人たちが声を上げるのをやめれば、慰安婦問題は永久に解決しない問題となるだろう。

日韓の和解を阻害する人たちとは?

第Ⅳ象限『原理的・原則重視』の右派、よくナショナリストと呼ばれる人たちは、明らかに和解を阻害する。理由は言わずもがなと思う。
私が属する第Ⅰ象限『世俗的・実利重視』の右派も、それを必ずしもよしとはしないが今は意図的に日本のナショナリズムに寄り添っており、和解を阻害する。
議論があるのは、第Ⅲ象限の『原理的・原則重視』の左派が日韓の和解を推進するのか、阻害するのかだと思う。

第Ⅲ象限『原理的・原則重視』の左派も和解を阻害する

私は、第Ⅲ象限『原理的・原則重視』の左派は、第Ⅱ象限の左派の活動を批判、妨害し、その結果、日韓の和解を阻害すると見ている。理由は3つだ。

(1)連携すれば対立増大のループが回る

第Ⅱ象限『世俗的・実利重視』の左派が、第Ⅲ象限『原理的・原則重視』の左派と連携して日本の対応と日本の右派全体を批判した場合は、今の状況と全く変化がない。
朴裕河氏も「断言できますが、慰安婦問題への理解と解決のための方法が変わらなければ、慰安婦問題は永遠に解決しないでしょう」と書いている通り、それは慰安婦問題の解決を遠ざける。図1に示した「日韓関係の対立を増大させるメカニズム」のループが回り、日韓関係は壊れていく。慰安婦問題の解決からは遠ざかることになる。

(2)韓国の言論との関係

慰安婦問題は、日本と韓国、双方の問題だ。第Ⅲ象限の左派の主張は韓国政府や挺対協などと意見が一致しており、その活動を支援する構造になっている。一方、韓国の朴裕河氏などの活動は韓国の挺対協などと強く対立しており、日本で第Ⅱ象限の左派が第Ⅲ象限の左派と連携することは、韓国での朴裕河氏などの活動の足を引っ張ることになる。例えば、韓国のナヌムの家の所長が実質的に中心となっている朴裕河氏の著書の出版差し止め訴訟などを間接的に支援してしまうことになる。慰安婦問題の解決のためには、日韓双方で自由な言論が必須であり、このような韓国国内の自由な言論を抑制させるための活動を間接的であろうと支援してしまうのは、問題の解決の阻害要因だといえるだろう。

さる6月16日、ナヌムの家(注:元日本軍慰安婦の共同生活施設)に居住している元日本軍慰安婦の方々から、昨年の夏に韓国で出版した『帝国の慰安婦――植民地支配と記憶の闘い』を名誉毀損とみなされ、販売禁止を求めて訴えられるようなことがあった。(名誉毀損の刑事裁判、2億7千万ウォンの損害賠償を求める民事裁判、そして本の販売差し止め、三つの訴状が裁判所に出され、わたしにはこのうち差し止めと民事裁判の訴状だけが届いている。)刊行直後は多数のメディアがわりあい好意的に取り上げてくれたのに、10ヶ月も経った時点でこのようなことが起こってしまったのである。
慰安婦支援者に訴えられて | 朴 裕河

(3)マキャベリズムは似合わない

もし第Ⅱ象限の左派が、日本での右派との論争を優先し、それまでの期間、第Ⅲ象限の左派と連携する方法はある。(私もそうだが)第Ⅰ象限の右派が第Ⅳ象限の右派、すなわち日本のナショナリズムと寄り添っているようにだ。ただ第Ⅱ象限の左派は、私には理想主義的な人が多いように思える。こういった「敵の敵は味方」のような考え方をこの象限の人は嫌うだろうし、そのやり方は得意ではないだろう。

三者が三様に阻害する

第Ⅳ象限の右派は、慰安婦問題の存在と和解の必要性を否定するので、和解を阻害する。
第Ⅰ象限の右派は、現状のまま譲歩するのは国益を損ねるとみるので、和解を阻害する。
第Ⅲ象限の左派は、現状のままの和解は彼らの主張原則と異なるので、和解を阻害する。
 

日本の言論を日韓和解の方向へ変化させるには

上記のように、第Ⅱ象限『世俗的・実利重視』の左派以外の意見は、日韓和解の阻害要因になる。ということは、日本の言論を日韓和解の方向へ変化させるためには、第Ⅱ象限『世俗的・実利重視』の左派を増やすか、少なくともその意見に共感する人を「日本国民」の多数とする必要があろう。*24
そのためには、他の考えを持つ人たち、その中でも中庸な考えに近い人たちに積極的なアプローチをして、共感を広げる必要がある。闇雲にアプローチしても成果は上がりにくいだろう。どの順番でどの層にどんなアプローチをするか、戦略性がとても重要だ。
アプローチは、「非難や批判」「共感を示す」「説得」「妥協」などを組み合わせたものになるはずだ。この中で、「非難や批判」という手段は、実行するのはとても簡単だが他者の心を和解の方向へ動かすという点では成果を上げるのは難しい方策だと思う。「非難や批判」という手段は、その効用をよく理解して効果的に使う必要があるだろう。

非難や批判の効用

「非難や批判」がもたらす効用として、私は2つあると思う。*25

(1)非難や批判に共感する人を取り込む効用

「非難・批判」する対象(人、事象)をきちんと限定して「非難・批判」することで、その対象に対し同じように「非難・批判」的に感じていた人の共感を得ることができる。そしてその人たちを自分たちの主張を支持するグループに取り込むことができる。「非難・批判」にはこんな効果がある。
この効果を狙った時によくする失敗は、「非難・批判」する対象(人、事象)を広くしすぎて、かえって多数の反感をかうという失敗と、「非難・批判」する内容が内輪受けしかしない内容で、いわゆる内輪以外の人を遠ざけるという失敗だ。*26
具体的に言うと、日本の国内言論を動かそうとしているのに、日本社会全体を「非難、批判」するのは効果が薄いか、その「非難、批判」に反感を持つ人を増やすことが多いということだ。第Ⅲ象限の左派がよく犯す過ちだと思っている。人は自分がその「非難・批判」の対象ではないと考える時、その「非難・批判」に同調する傾向が強い。それを忘れるべきではないだろう。
一番効果的にこの方法を使っているのは、第Ⅳ象限の右派、いわゆるナショナリストだろう*27。「非難・批判」の対象を対立する外国に設定する。その外国が「領土問題」のようなセンシティブな反応を生む問題で挑発的な行動をとった場合、それに対して誰よりも激しく「非難・批判」する。そうすることで同じようにその外国の挑発的な行動に怒っている人の共感を一挙に集めることになる。図1のループがなぜ回り、誰が一番得しているかを冷静に分析すべきだと思う。*28

(2)非難や批判により緊張関係を作り相手の譲歩を引き出す効用

国と国の関係でよく見られるのだが、一方の国がある国を非難しはじめた時、他方の国もその国に対抗して非難を行い、非難合戦とする方法だ。言論での非難に留まらず、報復処置が伴う場合もある。
非難合戦によって、その二国間関係は緊張関係が高まる。そして両方の国に損害がでる。両方の国ともその損害を厭い始めた時、ひとまず緊張を緩和するため譲歩を行う。この効果を狙う方法である。
奇しくも、日韓関係は今対立が深まり、上記の状況に近くなった。

  • 日韓関係の認識

よい 日本:7%、韓国:11%|悪い 日本:87%、韓国:86% *29

  • 日韓関係の改善

すべき 日本:83%、韓国:90%|必要なし 日本:13%、韓国:9%
「日韓共同世論調査」 : 特集 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

上記の調査によれば、依然として日韓両国とも日韓関係の悪化の原因は相手国にあると考えているが、関係を改善すべきという意識は持っている。日韓の和解をめざすならば、この両国民の意識を次のステップに広げていく必要があろう。但し、日韓双方とも相手国が受け入れ難い要求をしている限り関係の改善を急ぐ必要はないと考えている点は十分考慮すべきだろう。まだ、双方が譲歩を望む状況にはなっていない。*30

日韓双方のナショナリズムから距離をとる

和解を目標にすると「非難・批判」の使い方はとても難しいものになる。特に今の日韓関係のように冷え込んだ状況の中で、更に「非難・批判」すれば、それは和解ではなく関係を壊す方向に働く。図1に表した通りだ。
もっとも、全く「非難・批判」なしに慰安婦問題の解決に向けた取り組みが行えるとは考えられない。したがって、その相反する命題の折衷点を探る必要がある。
結論を言えば、慰安婦問題の解決を阻害する最も重要な対象(人、事象)に「非難・批判」を絞るべきだろう。つまり「非難・批判」は河野談話否定に象徴される慰安婦制度の強制性否定の動き」(日本のナショナリズム慰安婦問題に対する日本の法的責任追求に固執する態度」(韓国のナショナリズムに限定すべきであり、加えてその両方に向けられるべきだ。前者だけ「非難・批判」すれば、図1に示した日韓関係を破壊するメカニズムは動き続ける。日韓双方のナショナリズムから距離をとり、両方に批判を行うことで図1で示したメカニズムは崩れる。それを図に表すと次の図のようになる。*31

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図6:日韓関係の対立増大メカニズムを動かなくした状態

今後も日韓の対立に繋がる出来事には事欠かないと思う。だが図6のように、双方のナショナリズムと距離を起き、等分に批判的な人たち、すなわち第Ⅱ象限『世俗的・実利重視』の左派の発言力が大きくなれば、日韓関係が一方的に悪化する状況は生じにくくなる。
慰安婦問題とは異なる日韓対立の事例であるが、例えば、産経新聞の前ソウル支局長の起訴の件をあげてみよう。韓国が刑事事件として起訴したことに、日本のマスコミも政党も、左右の差なく韓国を批判した。この状況では日本のナショナリストの声は目立たない。日韓の国民感情がこの事件によって大きく悪化したようには思えない。日韓双方に是々非々の態度で対することは、実は日韓関係を安定させる効用があると思う。*32

よいニュース

「日韓の和解と慰安婦問題の解決」を願う第Ⅱ象限の左派にとって、断言はできないのだが、よいニュースが2つあるように思う。

(1)第Ⅱ象限の左派はサイレントマジョリティだと思われる

私は、「日韓の和解と慰安婦問題の解決」を願う第Ⅱ象限の左派が、日本国民のサイレントマジョリティ(多数派)だと思っている。
残念ながら、物証はない。
確かにネットには嫌韓の書き込みが溢れ、書店には嫌韓本が並んでいる。一方、日本を一方的に非難するネット言論も多い。
でも考えてほしい。原理原則を重視し理論を組み立て社会はその通りであるべき、すなわちその他の考え方を認めないとする人と、少々の矛盾を許容しながら折り合いをつける、いわゆる世俗的な人は、一般的にどちらが多いだろうか。そしてその世俗的な人の中で、(私のように)国益が優先とマキャベリズム的にうそぶく人と、国際協調が大事だと考える人はどちらが多いだろうか。
しかしまだ第Ⅱ象限の左派の声は小さい。多数派である優位を活かすためには、まず声を上げることが必要だろう。

(2)朝日新聞の動き

80~90年代の朝日新聞の論調は、明らかに「原理的・原則重視」の第Ⅲ象限の左派の意見を代表していたと思う。
だが現在、朝日新聞慰安婦問題について第三者委員会を設置し、吉田証言の報道について検証を行っている。
その過程で、朝日新聞がきちんと「サイレントマジョリティ」の意見と向きあえば、これまでの論調を変えて、第Ⅱ象限の左派の意見を代弁するようになるかもしれない。
声を上げろと書いたが、個人の発言力なんて限られているのも事実だ。現状の左派の衰退は、左派系マスコミの責任も大きい。マスコミが変化しなければ、現状は変わらないだろう。その観点で、朝日新聞第三者委員会の調査結果は注目される。調査結果が第Ⅲ象限の左派の主張と第Ⅳ象限の右派の主張の両方から距離を置いたものになれば、それは朝日新聞が第Ⅱ象限の世俗的、実利重視の左派の意見を代表しようと考え始めている表われかもしれない。もしそうなれば、潮目が大きく変わるかもしれない。
 

慰安婦問題の最終解決のために乗り越えねばならないこと

慰安婦問題の解決を阻害する最大の原因は、日韓双方のナショナリズムと書いた。
しかし、日韓双方とも、ナショナリズムがなくなることはない。そもそもナショナリズムは全ての国家とその国民が持つものであり、それがない国などない。さらに言えば健全なナショナリズムはその国にとって有益でもある。
日韓双方のナショナリズムをなくそうとして活動すれば、その動きに反発してまた図1の日韓関係を壊すメカニズムが復活する。そして慰安婦問題の最終解決の道のりも壊れてしまう。

日韓双方のナショナリズムの変化を促す

「①現在の日韓双方のナショナリズムは、日韓の和解の最大の阻害原因となっている」「②日韓双方ともナショナリズムはなくならない」
この2つの命題から導き出される答えは、日韓の和解のためには「③日韓双方のナショナリズムを日韓の和解を妨げないように変化させる」しかないだろう。*33
日韓の和解への道のりでは、これが最大の難所だ。
残念ながら、私にはこの変化の道筋が見えない。だからこそ日韓関係を悲観的に見ているといえる。
道筋を示すことはできないが、日韓の和解が成り立つ状態は示すことができる。それは次の図のようになると思う。

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図7:日韓両国のナショナリズムの対立を乗り越えた状態

慰安婦問題の解決を願う人」は日韓協力して日韓のナショナリズムがお互いに尊重しあうように、説得する必要があると思う。少なくとも日韓双方のナショナリズムが互いに不干渉とならなければ、慰安婦問題の解決はないだろう。

日本のナショナリズムに変化を促すのは誰か

図7の日本側の部分を考えてみよう。
日本のナショナリズムの変化を促すのは誰ができるのだろうか。
まず第Ⅲ象限の左派にそれができるかだが、第Ⅲ象限の左派は、第Ⅳ象限の右派と深刻に対立していて説得できる状況にないし、なによりも第Ⅲ象限の左派が第Ⅳ象限の右派を説得しようと考えるとは思えない。それは全く期待できない。第Ⅲ象限の左派にはこの役目は行えない。
次に第Ⅱ象限の左派にそれができるかを考えてみたい。
一般に4つの象限の斜めの象限の関係は、政治目標も考え方も異なる一番遠い立場となる。この関係の両者は、議論すら成り立たないことが多い。いくら第Ⅱ象限の左派が説得しようとしても、そもそも慰安婦問題の存在すら認めない第Ⅳ象限の右派がそれに乗ってくるとは思えない。やはり第Ⅱ象限の左派にはこの役目は行えない。*34
消去法によって、第Ⅳ象限の右派を説得する、すなわち日本のナショナリズムの変化を促す役割は、第Ⅰ象限の右派の役割なのだろうと思う。第Ⅰ象限の右派は、ずっと第Ⅳ象限の右派、すなわち日本のナショナリズムに寄り添っている。国益を重視する政治目標も同じだ。その関係性を利用して説得していくしかないだろう。右派同士で説得する状況が生じるか、そしてそれが成功するかという点は、韓国の状況次第だと思われる。朴裕河氏も書いているが『国家の関係も相対的なもの』だからだ。
その状況を作るために「慰安婦問題の解決を願う人」の主体となる第Ⅱ象限の人は、戦略的にどう行動すべきか考える必要があるだろう。

韓国のナショナリズムの変化を促すことはできるのか

それを分析するには、韓国の現状分析が必要だろう。次項で記述したい。
 

韓国の分析

韓国のナショナリズムとは

ここで朴裕河氏の投稿から引用したい。

韓国社会の「語れない構造」は、一種類の意見と認識だけが受け入れられる、極めて硬直した社会構造が生み出したものです。(中略)
「違う」考えを持ちながらも言わなかったり、言えなかったりする構造は、今日まで韓国社会全体に強力に生きています。(中略)
その理由はもちろん恐怖ですが、それは彼らの誤りというより、むしろ一つの声以外は容認しない私たち自身が作ったものです。
それでも慰安婦問題を解決しなければいけない理由 | 朴 裕河

この状況の最大の被害者は、韓国人自身だと思う。こういった状況を生んだ理由の全てがナショナリズムだとは言わないが、この事象は、韓民族とは「抵抗・自主・忠節・純潔」が備わりそれを誇りとする民族主義と、その民族観をもとに韓国は「純潔で善良な国」と定義する独特のナショナリズムに深く結びついている。
だからそれから逸脱する発言は圧迫され、社会的に抹殺されていく。
前述の朴裕河氏に対する訴訟などは、その典型的な事例に思える。*35

各象限を代表する団体、個人とは

日本の分析で用いた「4つの象限」に基づく分析は、韓国の分析でも使うことができる。もっとも韓国の左右対立には、親アメリカか親北朝鮮かという大きな対立軸があり、一般にはその対立軸を使って分析するほうがより現実に近い分析ができることが多いのだが、今回は日本の言論との対比という側面を重視して同じ軸を使って分析してみたい。*36
そこで、慰安婦問題に対する韓国の代表的な団体や個人の主張を、私の考えで4つの象限にプロットしたのが、次の図になる。

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図8:韓国の代表的ステークホルダーのポジション

韓国のナショナリズム慰安婦問題に与える影響

日本では、政治的な左右の軸によって慰安婦問題に対する態度が大きく異なる。ところが、韓国の場合、第Ⅲ象限の左派と第Ⅳ象限の右派の慰安婦問題に対する態度はほぼ同一である。共に日本に対する法的責任を求める。
この分類法だと、ナショナリズムは第Ⅳ象限の右派に多く見られる考えなのであるが、韓国のナショナリズムは「日本の断罪」という性向があり、慰安婦問題の場合、第Ⅳ象限の右派と第Ⅲ象限の左派が一体となって日本を非難する状況になっている。挺対協などの活動がナショナリズムを土台にしているとは思わない。ただその活動は、結果的に韓国のナショナリズムを強化する方向に働いている。

日本は左右の対立構造、韓国は上下の対立構造

韓国の第Ⅰ象限の右派は、ニューライトと呼ばれる右派だが、ニューライトも慰安婦問題の実態を正しく知ることが大事としており朴裕河氏の考え方と比較的近いと評価できる。挺対協とは慰安婦問題の捉え方が異なっている。
慰安婦問題に対する国内意見の対立は、日本では左右の対立であるが、韓国では上下の対立、つまり「原理・原則」対「世俗・実利」の対立だと思う。
国内の対立構造が日韓で異なるということは、韓国のナショナリズムの変化を促す処方箋は日本のナショナリズムの変化を促す処方箋とは異なるということを示すと思う。

韓国のナショナリズムの変化を促すことは可能か

正直に言って、私にはわからない。ただ現状のままでは難しいのではないかと感じる。
ここで前述した朴裕河氏の著書「和解のために」から引用したい。これは慰安婦問題ではなく教科書問題の一節である。

すでに明らかのように、教科書問題は彼ら日本人だけのものではなく、韓国もまたともに抱える問題でもある。(中略)
韓国は開放以後もなお国語と国史に土台をおいた、愛国心を育てる戦前戦中の日本的教育、民族主義教育を受けていた。
和解のために?教科書・慰安婦・靖国・独島 (平凡社ライブラリー740) (p71)

韓国は、日本の「つくる会」が願うような愛国心を養う教育を(日本の敗戦による)開放の時から続けてきた。日本の「進歩的」と称される左派や韓国が強く批判する「つくる会」に対する批判と同じように、朴裕河氏は韓国の教育に対しても同じ批判を向けている。
私は、韓国ではそういった教育が長く続いてきたために、韓国のナショナリズムは日本以上に韓国社会に根づいたものになっていると思う。しかし日韓の和解を願うならば、韓国のナショナリズムの変化も促さねばならない。その現実は直視しないといけないだろう。

まとめ

ここまで現実性を度外視して最大限楽観的に分析をしてみた。
私の結論は、やはり慰安婦問題の解決に対しては悲観的なものになる。それは、日韓双方の国内対立と日韓の対立が構造的に複雑に絡み合っているからだ。こういう状況では、どれかの考え方を持つ人たちが一方的に勝利し決着することはあり得ないだろう。
つまり慰安婦問題の解決のためには、日韓両国の国内言論も、日韓の国と国としての関係も、複数の全く異なる考え方を許容し、建設的、友好的に話し合い、折り合いをつけていくということが必要不可欠だ。しかし、今の日韓両国は真逆の方向へ進んでいるように見える。
一方で、これは別の投稿に詳しく書こうと思うが、もう少し時間が経つと東アジアの国際情勢、特に安全保障上の状況が変化し、それが日韓の歩み寄りを促すかもしれないと思う。それにはアメリカの動向が大きく関わってくるのだが、もしかするとそういった動きが始まるかもしれない。
慰安婦問題の解決のためには、日韓の努力とは別に、そういった外部の力が必要なのかもしれない。
 

謝辞

この投稿の基礎となっている「4つの象限」で分析する方法は、もう1年以上前から考えていたのだが、残念ながらこの分析の主役だと思った第Ⅱ象限『世俗的・実利重視』の左派の主張が見つからず頓挫していた。*37
ずっとその主張を探していたのだが、「日韓関係について」という8月18日の野田元首相の投稿に対するid:hitouban氏のブコメを見つけて、手がかりを掴めたと思った。*38

hitouban (追記)↑申や★あげてる御一党を眺めてて思うのは、彼らは自分たちがずっと寄り添ってきたモノが韓国のナショナリズムだって事を認めたくないんだろうなぁ、と。
はてなブックマーク - 日韓関係について

(参考)

そこでhitouban氏の慰安婦問題に対する過去のブックマークコメントを読み直し、氏が推している朴裕河氏の著書や彼女のフェイスブック、ハフィントン・ポストなどの投稿を読み、ようやくこの投稿を書くことができた。この投稿を書こうと思ったのは8月21日なのだが、遅筆ゆえ3ヶ月近くかかってしまった。それでもとりあえず考えをまとめることができたのは、氏の慰安婦問題に対する一連のブックマークコメントがあったからだ。心より感謝申し上げたい。
この投稿のタイトルは、氏の上記のコメントから頂戴している。
もっとも、hitouban氏は本人もそういうように左派、私は第Ⅱ象限の左派だと思っているのだが、第Ⅰ象限の右上限界に近い私とは慰安婦問題に対する考え方、態度が明らかに違う。この投稿の内容は氏の考えとは全く異なる点、明記しておきたい。
 

 

(脚注と補足)

*1:細かなことであるが、慰安婦問題は解決していないという朴裕河氏の認識に同感しているという意味は、私は慰安婦問題について日韓基本条約があるからと言って道義的な責任は依然として日本にはあることを認めるという立場だということである。一方、私は慰安婦問題に対する韓国の請求権は日韓基本条約とその付随条約により既に消滅していると考えており、それが意味しているのは慰安婦問題は既に国際法的には解決済みということである。道義的な解決と国際法的な解決を私は分けて考えている。私は過去にはてなブックマークコメントなどで慰安婦問題は解決済みと断言したものを残しているが、それらは全て国際法的な解決という意味である。道義的な解決は国と国という二国間関係では必須ではない。

*2:時系列から考えて、今回の日韓関係悪化の引き金を引いたのは韓国側にあると考えるのが自然だと思う。

*3:慰安婦被害女性が死去…生存者54人に | Joongang Ilbo | 中央日報 なおこの投稿で54人と断言していないのは、永遠に口をつぐみたいという元慰安婦も存命している可能性を否定できないから。

*4:象限とは『平面を直交する二直線で仕切ってできる四つの部分の一つ一つ。』の意味なので4つの象限という表現は厳密にはおかしいのだが数を強調するためあえてこのように表現した。ご了解いただければと思う。 しょうげん【象限】の意味 - 国語辞書 - goo辞書

*5:上下は優劣を示すものではないという点を強調しておきたい。

*6:2つの情報を関連づけて、そこから結論を必然的に導き出す思考法のこと。証明はできないので単なる気づきにすぎないが、原理的、原則重視の人は論理的思考法のうち、この演繹法を多用する傾向があると思う。

*7:私は自分自身を限界に近いバリバリの右派だと任じている。時々左派と思しき人から「似非中立」と批判されることがあるが、中立を信条としたことはない。この投稿の内容も、典型的な「現実主義的な右派」の投稿だと思っている。

*8:廬武鉉政権時代に慰安婦問題は日韓請求権協定の対象外とするという方針を出したようだが、正式な外交要求となっていないと認識している。また韓国の憲法裁判所が慰安婦問題の解決に対する韓国政府の姿勢が憲法違反だとした判決後、李明博政権が慰安婦問題を正式に外交問題化したが、その際も慰安婦問題は日韓請求権協定の対象外だと正式な外交要求は行っていないと認識している。もしその認識に誤りがあり、韓国政府が既に公式に慰安婦問題は日韓請求権協定の対象外だと外交要求しているのであればこの文をすぐに修正するので、それを示す資料を教授してほしい。

*9:これに対しては、一部で韓国政府は今まで賠償を求めていないという反論もあるようだが、国の法的責任を認めれば当然次には国家賠償という流れになるのは必然だ。少なくとも日本の法的責任を求める人たちが国家賠償を求めている以上、韓国政府が賠償は必要ないと明言しない限り、国の法的責任=国家賠償と日本側が考えるのは当然だろう。

*10:日韓請求権協定の第三条の仲裁は日本は受け入れないという意味。つまり請求権の有無は日韓請求権協定第二条に明確に規定されており、第三条1項で定義される「両締約国の紛争」ではないとする考え。

*11:国際司法裁判所規程 - Wikipedia

*12:この象限の考え方は「慰安婦制度の強制性の有無」に関わりがないため、いわゆる強制性の問題にはあまり関心を持たない。もっとも強制性を明確に認めると、日本の法的責任を認める動きを誘発することに繋がりかねないので、強制性については認めたり認めなかったり、あるいはあいまいな態度を示したり、一貫性はないように見える。そしてできるだけその論争から外に出ようとする。

*13:残念ながら肝心の韓国との外交関係では、河野談話が良好な効果をもったとは思えない。それは韓国の「謝罪が不十分だ」という批判を招き、日本国内の「謝罪は屈辱だ」という非難を招いただけに終わっている。

*14:人は「お前は間違っている」と非難する人より、「お前は正しい」と肯定してくれる人を好む傾向がある。この指摘を当たり前だと言わないでほしい。現状はこの当たり前の人の心の動きを「右傾化」と呼んで非難する人がいる。そしてその非難は更に「韓国はけしからん」という人を増やす。このループはずっと回っている。図1のループが回る心理的要素だ。

*15:簡単に分析すると次のような理由でないかと思う。①日中対立は領土や安全保障などの「実利的」な対立であるため日本国内の意見がまとまりやすい。②それに対して日韓関係の対立は「実利」よりも日韓双方の自尊心であったり名誉であったり「心の問題」のウェートが大きい。そのため日本国内に過去の贖罪とそれへの反発という深刻な意見対立が生じる。③その意見対立が恒常的に存在し日韓関係を対立に向かわせる方向に作用するので、日韓関係の方が日中関係のそれより顕著なのだと思う。

*16:強制性の有無によって、この投稿全体の論旨は変わらないということ。正しい認識であろうと正しくない認識であろうと、そう考えている人がいるという事実は揺るがないし、例え片方が正しくない主張をしているからといって、反論を行い争っている事実は揺るがない。「争点」という言葉尻をつかまえて批判する人がいるかもしれないので明記した。

*17:慰安婦制度が国際法でいう戦争犯罪であるかについても政府見解および右派との相違点であるが、その点は日本国内では大きな論争にはなっていない。

*18:韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)の主張。なおタイトルは韓国語だが主張は日本語訳されているページをリンクしている。リンクはこちら→(한국정신대문제대책협의회

*19:日本政府の対応や慰安婦制度の強制性を認めない人などに対する非難を行い、日本政府に法的責任を認め国家賠償するよう要求しているという意。

*20:語弊がありそうなので「実利重視」という語について少し補足しておきたい。ここでの「実利」とは「実際の利益や効用」という意味であり、元慰安婦の実際の利益、あるいは元慰安婦の救済に向けた効用を重視して考えているということを表している。じつり【実利】の意味 - 国語辞書 - goo辞書

*21:朴裕河氏は韓国人で韓国在住であるから日本国内の考え方の代表例として彼女の投稿をあげるのは適切かどうか検討したが、この投稿は日本国内向けに日本語で書かれていること、すなわち読者と想定しているのは主に日本人であること、日本国内の少なくない人が朴裕河氏の活動を支援していること、朴裕河氏はこれまでも日韓双方に向けた言論を表してきたことを重視し、この象限の代表的な言説として問題がないと考えた。

*22:私はこの考えが正しいとも正しくないとも評価をしていない。更にこの投稿全体でどんな考えが正しいとすべきかという考察を全くしていないことをつけ加えておきたい。正しいか正しくないかを判断するのは、この投稿の趣旨ではない

*23:この投稿の趣旨は正に政治的な力の相互作用の分析なのだが、これは第Ⅰ象限の右派の典型的な考え方だと思っている。

*24:慰安婦問題は国と国と問題であり、日本の言論は日本国の主権者たる「日本国民」の多数意見が重要だと示すためにあえて「日本国民」と強調して書いた。在日韓国人などステークホルダーたる外国人の意見は、重要な参考意見ではあるのだが、日本側のこの問題の主体たりえない。その2つを区別すべきではないという意見を左派は抱くかもしれないが、右派はそれはありえないと否定するだろう。左派がそういった右派の考えを非難したい気持ちはわかるのだが、非難は和解につながるのか?と問いなおしてほしい。

*25:ある種の人たちは「非難や批判」をいわゆる「論破」するため、あるいはそれを期待して行っているのかもしれない。相手がよっぽど議論慣れしていない素人議論ならともかく、国際関係を扱う議論で「論破」は通常ありえない。外交の場ではときおり「常識を疑う」主張を行う国もありはするが、だからと言って「論破」され沈黙させられることはほとんどない。

*26:自分の意見と異なる人全てに攻撃的な非難・批判を加える人、グループが時々あるが、そういうやり方が何か効果をあげることは極めて稀である。そのやり方は、最終的に深刻な内部対立を生み分裂と対立を繰り返すことになる。そしてそれは時として暴力的になりうる。

*27:例えば安倍首相など。一部の左派はこういったナショナリスト在特会のような排外団体と同一視したがるのだが、それは評価を誤っている。ナショナリズムは日本に対する愛国心を正義とする原理原則を重視する立場であって必ずしも排外主義とは限らない。確かに排外主義的傾向を持つ人も多いし、安倍首相のとりまきには排外団体に近い人もいるが、安倍首相自身はそういった団体から適度に距離をとっている。

*28:効果をあげるためには、「非難・批判」する対象(人、事象)を戦略的に設定することが重要だ。少々「非難・批判」する内容に問題があっても効果はそんなに変わらないようにみえる。極論すれば、「非難・批判」する対象(人、事象)が戦略的に設定できさえすれば、「非難・批判」する内容が例え正しくなく間違っていたとしても効果はあげられる。一方、その逆、「非難・批判」する内容が正しかろうと「非難・批判」する対象(人、事象)が戦略的に誤っていればほとんど効果はないか、あるいはその批判者にとってマイナスの影響がある。

*29:「よい」は「非常に良い」と「どちらかといえばよい」の合計、「悪い」は「非常に悪い」と「どちらかといえば悪い」の合計

*30:私は第Ⅰ象限の右派なので、基本的に二国間関係を性悪説で見る。その場合、対立する二国の双方ともまだ譲歩を望んでいない場合には、対立をそのまま維持するしかないと考える。この項はあくまで日韓の和解を目指すならばという前提付きである点、お断りしておきたい。

*31:日本のナショナリズムに意図的に寄り添っている私から言われたくないという反発があると思う。それはその通りと思うしその批判は甘んじて受けたい。ただそれでも1つだけ言いたいのは、意図的であるかないかに関わらず韓国のナショナリズムに寄り添うのも同じことだということだ。

*32:但し日韓関係を改善する効用はない。安定させる効用だけだと思う。

*33:2つの命題の答えは、「日韓は和解できない」も成り立つ。既に書いているが私はこの立場だ。だがこの項は和解のための分析を書いているので、この答えを採用していない。

*34:同じように第Ⅰ象限の右派と第Ⅲ象限の左派も議論はかみ合わない。第Ⅲ象限の左派は、第Ⅰ象限の右派も第Ⅳ象限の右派と根底は同じだとみなすことが多い。そして慰安婦問題では同じように強制性の認識について議論し批判する傾向が強い。一方、第Ⅰ象限の右派は、そもそも慰安婦制度の強制性の有無も含めてその内容について関心が薄い。慰安婦問題に対する譲歩は国益を損なわないか、ただその1点のみ興味がある。そのため議論はかみ合わない。

*35:従軍慰安婦問題を巡る常識と言論空間 | 木村幹

*36:なお、韓国の右派は、この政治的な左右の対立軸を「自由主義」と「共産主義」の対立軸と考えたがるが、イデオロギー的対立は冷戦の終了により世界的には後退しており、韓国だけその対立が重要だと見るのは適切ではないと思う。

*37:第Ⅱ象限の左派はこのような主張をしている「はず」と考えていた特徴は、①日本の法的責任について否定的である、②韓国の挺対協やそれに同調する人に対して批判的である、の2点だった。それを明確に書いている主張がなかなか見つからず苦労した。努力不足との誹りは甘んじて受けたいが、私は慰安婦問題の専門家ではないし、本当に興味を持っている分野とは違っていたこともあって、努力が足りなかったのだと思う。

*38:このコメントが「②韓国の挺対協やそれに同調する人に対して批判的である」に該当すると思ったから。