日はまた昇る

コメントを残したい方は「はてなブックマーク」を利用してください。

アルジェリア人質事件についての所感

犠牲者の方々への心からのご冥福を祈りたい

アルジェリア人質事件は、日本人人質を含む多数の人質の死亡という最悪の結果で終わった。昨日の報道によると、安否が判らなかった日本人の最後の一人の死亡が確認された。これで日本人の犠牲は10名になった。*1
無辜の人々の犠牲であり、なんともやるせないやり場のない怒りと無力感でいっぱいだ。特に犠牲になった方々の無念とご遺族のお気持ちを考えると言葉がない。
犠牲になった方々のご冥福を心から祈りたいと思う。*2


この事件は防げたか?

この事件の背景として、6つ知っておくべきことがある。

  1. 首謀者ベルモフタールはアフガンで訓練を受けた「アフガン」帰りである。
  2. 90年代のアルジェリアの凄惨な内戦に関わり、敗れマリ北部へ逃げた。
  3. マリ北部に逃げて以来、外国人誘拐、タバコの密輸などの非合法活動を続け資金を集めた。
  4. アラブの春」、特にリビアの崩壊に乗じ、組織の人員と武器を増やした。
  5. 組織が強力となったことでマリ北部を制圧しつつあった。
  6. マリの情勢に危機感を持ったフランスがマリ北部に軍事介入を開始した。

国境超えて広がるテロの脅威|NHK NEWS WEB

確かに、この事件が起こった後になって振り返ってみると、事件の兆候はあった。*3
予測できなかったのは、テロのターゲットと規模だ。プラント建設現場のようなソフトターゲットを対象としたテロは、これまで外国人誘拐など小規模なものが中心だった。このプラントにはアルジェリア軍が警備していた*4と聞くが、そのような小規模な襲撃に備えた警備体制だったのではないだろうか。
予測を超える40名という大規模な武装組織の部隊*5による襲撃を防ごうとすれば、防衛対象がプラント建設現場と居住区と2つに分かれていることもあり、少なくとも常時100名以上の部隊で守らなければならないだろう。それを24時間続ける体制はなかったと想定される。
内通者の存在も指摘されており*6、襲撃側は十分に計画を練ってこの行動に出た。
この用意周到さから考えられるのは、この事件を防ぐのは、相当困難だったということだ。


犯人の狙いはなんだったか?

アルジェリアのセレル首相は、事件の狙いの一つは人質をマリに連れ去ることにあったと指摘した*7。しかし、人質を連れ去るのが第一の目的ならば、人質を確保した後、速やかに撤収するはずだ。しかし武装組織は、占拠時一部の人質を殺害したし*8、施設に爆薬を仕掛けた後立てこもった。人質をマリに連れ去るのが事件の主目的と考えるには、武装部隊は不自然な動きをとっている。
立てこもった武装組織は、イスラム過激派服役囚の釈放を要求していた*9
これが主目的と考えるのも可能だが、これを達成するには交渉時間を確保する必要があり、そのためには人質の国籍がアルジェリア人であろうとイスラム教徒であろうと、できる限り多く確保し人間の盾とするのがテロとしては普通の動きのように思える。しかし、武装組織は明らかにイスラム教徒やアルジェリア人はターゲットにしていなかった。
ここにきて、ターゲットは外国人だったという見方が広がっているが、私も武装組織は最初から外国人の殺害を目的にしていたと考えるのが自然だと思う。*10
上記を総合して、私は犯人の狙いは次のようなものだったのではないかと考えている。

  • 第一の目的は、アルジェリアに混乱を生じさせること。
    • アルジェリアの主力輸出産業である石油、天然ガスプラントに被害を与えることで混乱が生じる。
    • 外国人を殺害することで、外国の経済協力を止めさせれば、更にアルジェリア政府に打撃を与える。
    • 武装組織の犯行声明でも、今後のさらなる攻撃(テロ)を示唆している。
  • 次に砂漠地域の支配を弱め、自勢力の根拠地にすること。
    • マリに対するフランス軍の軍事介入で武装組織がマリに確保している根拠地を失う可能性が高くなっているので、代替地の必要性も高い。
  • アルジェリアの反政府勢力*11を急進化させ、自勢力に取り込むこと。

2013/1/25 11:00追記
人質5人(たぶんBPの副社長や日揮の元副社長を含む要人)を人質にとりリビアに脱出するという指示があったという報道があり、人質確保を主体にしたチームと破壊を目的にしたチームと2つの目的があったように思える。*12
上記の見解を若干修正しておきたい。


アルジェリア軍の動きは性急すぎたか?

包囲後、わずか1日で突入、強硬策に出たアルジェリア軍の行動は性急すぎるとの批判が起こった。安倍首相も、人命優先をアルジェリア政府に申し入れていたのにかかわらず、アルジェリア軍が軍事攻撃を行ったことに不快感を表したという報道もあった。*13
武装組織も声明の中で、『武装組織はアルジェリア政府軍に交渉を申し入れ、「人質の安全」のため現場を離れるよう要求したが、政府軍はヘリコプターで攻撃した。攻撃を受けて、人質は施設内に集められたが、再び政府軍による爆撃に遭った』と人質の被害の責任をアルジェリア軍に求めている。*14
しかし一方で、武装組織の目的が、アルジェリアの混乱醸成にあったという見方に立つと、アルジェリア軍は、(1)早期に(2)自力で、このテロを制圧する必要性を強く認識していたと考えられる。
そこでアルジェリア軍の行動で特に問題視されるのは、武装組織が人質を載せて移動しようとした車列をヘリコプターで攻撃した行為だ。
当初、武装組織が逃走を図ったとされたため、私も「根拠地まで遠いはずなのに、なぜ途中で足止めする作戦を取れなかったのか?」と怒りの感情とともに強い疑問を持った。しかしその後、ノルウェー外相が「施設内で分散していた犯行グループが合流するためだった」*15と発言している。私も武装組織の目的とそれまでの行動から鑑みて、一部の部隊だけが逃走を企てるのは不自然であり、この見方のほうが妥当だと考える。
そうすると、アルジェリア軍は「武装組織部隊の合流を妨げるためヘリで攻撃した」のであり、攻撃の理由は理解できる。もっとも、攻撃の理由は理解できても、その苛烈さに対し全面的な同意はできないのだけども。
とはいえ、アルジェリア軍の行動を一方的に非難できるものでもないと感じざるをえない。
やはり、このやり場のない怒りは、アルジェリア軍ではなく、武装組織(テロリスト)に向けるべきものだろう。


日本政府の動きは十分だったか?

日本人の犠牲者が10名にものぼる現状からみて、十分だったとはとても言えない。
しかし、どうすべきだったかというと、日本側の人的制約、法的制約も多く、またアルジェリア政府の立場、方針から考えると、代替策を指摘できない。
少なくとも、この事件の主体は、アルジェリア政府とそれを支援したフランス政府だった。日本は、ワンオブゼムの立場から出なかった。
いまさら後出しジャンケンで、こうすべきだったと言っても、失われた人命は帰ってこないし、今は将来このような事件が起こった時に、日本がもっとうまく対応できるよう、反省をこめて対策をとる必要があると主張したい。
私の指摘点は次の3点。

  • テロの危険の洗い出し
    • 日本の企業、日本人もイスラム過激派のターゲットになりうるという認識に立ち、官民をあげてテロの脅威の洗い出しを行なってほしい。
    • その結果、警備体制が不十分と思われる施設では警備体制の増強を、日本は当該国に正式に外交ルートで要請すべきだ。
    • 特にアルジェリアについては、その他日本企業が関わるプラントに対するアルジェリア軍の警備体制の強化を強く求めるべきだ。
  • 危険国の大使館への武官配置
    • 日揮はよく現地の情勢を把握していたと思う。しかし一企業だけでは、その企業が関わっていない国の情勢の把握は非常に困難だ。例えばマリの情勢をどこまで把握していたかというと心もとないと思う。
    • 現在のテロリズムが国境をまたいだ活動をしている以上、それらの情報を集め総合するのは国の役割だ。通常の国であれば、その活動は軍が行う。そして大使館に武官を駐在させ、その任務に従事させる。
    • 日本も自衛隊にインテリジェンス専門の要員を育成すべきだ。そして武官として赴任させるべきだ。
  • 自衛隊の支援体制
    • アルジェリア軍のように、まがいなりにも自力でテロリストに対処できる国ばかりではない。マリのように自力だけでは武装組織に対抗できない国もある。
    • そういった国で日本人を中心に人質事件が発生し、政情からその国が軍事攻撃を取らざるをえなくなったら日本はただ手をこまねくだけなのか? それよりも日本自らが情勢をコントロールできる力を持つべきでないか?
    • 上記のようにさまざまな状況で類似事件が起こった場合をシミュレーションし、自衛隊の支援体制を整えるべきだ。テロに対して軍事的な対応策を全く持たない状況は問題が大きい。日本の選択肢は広くあるべきだ。

テロを許してはいけない。日本はアルジェリアや米仏英などこの事件の関係各国と連携・協力し、テロ対策を行なってほしい。
 

(脚注)

*1:http://mainichi.jp/select/news/20130125k0000m040046000c.html

*2:月並みな言葉で申し訳なく思う。しかし、私の語彙力ではこの気持ちを言い表せる表現を思いつかないんだ。ただひたすら辛く悲しい。

*3:去年12月、インターネットに掲載されたビデオ声明が、各国の治安当局者の注目を集めました。声明を出したのは「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」に所属していたモフタール・ベルモフタール。「血判部隊」という新たな組織を結成してその幹部におさまり、欧米への聖戦=ジハードを宣言したのです。(「国境超えて広がるテロの脅威|NHK NEWS WEB」より http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/0123.html)

*4:http://www.news24.jp/articles/2013/01/17/07221405.html

*5:http://sankei.jp.msn.com/world/news/130121/mds13012110240004-n1.htm

*6:http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013012401047

*7:http://sankei.jp.msn.com/world/news/130122/mds13012201350003-n1.htm

*8:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130121-00000008-jij-m_est

*9:http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2922437/10146636

*10:http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130122/crm13012221320023-n1.htm http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20130123-OHT1T00224.htm

*11:http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-19519720110214

*12:http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130125/crm13012507400006-n1.htm

*13:http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130122-OYT1T01698.htm

*14:http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324439704578254291048942884.html

*15:http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130121/crm13012109510006-n1.htm