日はまた昇る

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攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(理論編)

はじめに

少し前に書いた「河野談話検証で手詰まりとなった日韓両国」と、その補足説明をした「みなさん!現実主義って用語、誤解してませんか?」という記事を思いの外、たくさんの人に読んでもらえて感謝している。
いくつかそれに対する反論の投稿もあったのだが、それを読んでもやはり現実主義という考え方を理解してもらえていないなと感じる。
「攻撃的現実主義はネオコンと同じだ」とか、「現実主義にたつと紛争介入しか選択肢がない」とか、そういった誤解は勘弁してほしいよ。まったく。
そこで今日は、「慰安婦問題」のような一つの問題をクローズアップするのではなく、攻撃的現実主義とはどういう考え方なのか説明し、攻撃的現実主義に立つと国際関係がどのように見えるかというのを説明してみようと思う。つたない説明ではあるのだけど、国際関係論でいう現実主義というものの理解の一助となればうれしく思う。

ミアシャイマー教授の大国政治の理論:攻撃的現実主義

攻撃的現実主義の代表的な論者は、シカゴ大学政治学部のジョン・ミアシャイマー教授だ。ミアシャイマー教授が提唱する「大国政治の理論」は、攻撃的現実主義という考え方の根幹をなす理論といえる。
ところで、ミアシャイマー教授は、今年『台湾に「さようなら」を言おう』という論文を、ナショナル・インタレスト誌に発表した。
その論文に、「大国政治の理論」のエッセンスと、中国がとると予想される行動の分析が行われている部分がある。
私が説明するより、ずっと説得力があると思うので、その論文から説明を抜粋してみる。なお、論文は英語だが、「地政学を英国で学んだ」というサイトで奥山真司氏が日本語に訳してくださっていたので、それを利用させていただいた。*1

大国政治の理論と中国の将来の行動の分析

ミアシャイマー教授は、中国はアジアの地域覇権国を目指すようになり、自国と周辺国(とくにインド、日本、そしてロシア)とのパワーの差を最大化しようとすると予測している。

時間を経て強力になるにつれ、中国はアジアでどのような態度を見せるようになるのだろうか?(中略)


台頭する中国が周辺国やアメリカに対してどのような態度をとるのかを予測するための唯一の方法は、大国政治の理論を使うことだ。
われわれが理論に頼らなければならない主な理由は、われわれにはまだ起こっていない「未来」についての事実を持っていないからだ。(中略)
私の提唱する国際関係の現実主義の理論によれば、国際システムの構造によって、安全保障に懸念を持つ国々は互いにパワーをめぐって競争に駆り立てられる、ということになる。
そしてその中の主要国の究極のゴールは、世界権力の分配を最大化することにあり、最終的には国際システム全体を支配することにある
というものだ。


これが現実の世界に現れてくると、最も強力な国家が自分のいる地域で覇権を確立しようとする動きになり、ライバルとなる他の大国がその地域で圧倒的にならないように動く、ということになる。
さらに具体的にいえば、国際システムには大きくわけて3つの特徴があることになる。1つは、このアナーキー無政府状態)のシステムの中で活動している主役は国家であり、これは単純に「国家よりも上の権威を持つアクターが存在しない」ということを意味する。
2つ目は、「すべての大国が軍事的にある程度の攻撃力を持っている」ということであり、互いに傷つけあう能力を持っているという事実だ。
3つ目は、「どの国家も他国の意図を完全に知ることはできない」ということであり、これはとくに未来の意図の場合は不可能になるということだ。


他国が悪意を持つ可能性があり、しかもそれなりの攻撃力を持つ世界では、国家は互いを恐れる傾向を持つことになる。そしてこの恐怖は、アナーキーな国際システムの中に何かトラブルがあっても大丈夫なように国家を一晩中見張ってくれる、夜の警備員のような存在がいないという事実によっても増幅する。
したがって国家というものは「国際システムの中で生き残るための最良の方法は、潜在的なライバルたちと比べてより強力になることにある」と認識しているものだ。ある国家の力が強ければ強いほど、他国は攻撃をしかけようとは思わなくなるからだ。(中略)


ところが大国というのは、単に大国の中で最強になろうとするだけではない。
彼らの究極の狙いは「唯一の覇権国」になることであり、これは国際システムにおける唯一の大国になるということを意味する。
(中略)
いかなる国にとっても、世界覇権国になることはほぼ不可能である。なぜなら、世界中でパワーを維持しつつ、遠くに位置している大国の領土にたいして戦力投射することはあまりにも困難だからだ。
そうなると、せいぜいできるのは、自分のいる地域で圧倒的な存在になり、地域覇権国になることくらいなのだ。(中略)
彼らは他の地域をいくつかの大国が林立する状態にしておきたいと思うものであり、これによってこの地域にある国同士は互いに競争し、自分の方に向けられるエネルギーの集中を不可能にしてしまえるのだ。


まとめて言えば、すべての大国にとって理想的な状態は「世界の中で唯一の地域覇権国になること」であり、現在のアメリカはこの高いポジションを享受できていることになる。
この理論に従えば、将来台頭してくる中国は、一体どのような行動を行ってくるのだろうか?
この答えをシンプルに言えば、「中国はアメリカが西半球を支配したような形で、アジアを支配しようとする」ということになる。


中国は地域覇権を目指すようになる。とくに中国は自国と周辺国(とくにインド、日本、そしてロシア)とのパワーの差を最大化しようとするはずだ。とにかく最も強力になって、アジアの他の国々が自分のことを脅せるような手段を持てないようにすることを目指すはずなのだ。
ミアシャイマーの「台湾さようなら」論文:その2 : 地政学を英国で学んだ

中国は地域覇権国を目指す

攻撃的現実主義にたてば、「中国は地域覇権国を目指すようになるというのは共通認識」だと言っていいと思う。
中国は、東シナ海防空識別圏を設定し日本の自衛隊機に戦闘機を異常接近させてみたり、昨年は中国の軍艦が海上自衛隊護衛艦に射撃レーダーをロックオンさせてみたり、尖閣諸島では頻繁に領海侵犯を繰り返したりしている。
南シナ海では、2012年にフィリピンとスカボロー環礁で争い事実上施政権を奪取したし、今年になってベトナム近海のパラセル(西沙)諸島近くで石油掘削装置を設置しベトナムとの緊張関係を高めている。
これらの動きは、中国が地域覇権国を目指す動きのほんの端緒にすぎないだろう。中国は周辺国への強要を続け、海洋権益を奪取し、最終的には「中国の夢(Wikipedia)」という思想の実現、すなわち周辺国に中国の覇権を認めさせることを目標にしている。まさに「大国政治の理論」そのものといっていい動きである。


攻撃的現実主義による国際関係のモデル化

誤解を恐れず大胆に言えば、攻撃的現実主義とは、地球規模のまさに巨大な複雑系である「国際関係」を、「大国の行動原則」「国際システムの3つの特徴」「大国の4つの主な目標」「8つの生き残り戦略」によって、大胆にモデル化しそのモデルを思考の中で動かし、将来おこる可能性がある状況を明らかにしたうえで、自国がとるべき方策を導く理論だと思う。
そこで、(既に説明したものも含むが)ここでは、それらを整理してみたい。更に、8つの生き残り戦略については、項を改めて詳細を説明する。*2

大国の行動原則

  • 最も強力な国家が自分のいる地域で覇権を確立しようとする動きをとる。そしてライバルとなる他の大国は、最も強力な国家がその地域で圧倒的にならないように動く。

国際システムの3つの特徴

  • 国際社会はアナーキーであり、国家より上位の権威を持つアクターは存在しない。
  • すべての大国が軍事的にある程度の攻撃力を持っている。
  • どの国家も他国の意図を完全に知ることはできない。

大国の4つの主な目標

  • 地域覇権を得ることを目指す。
  • 世界の富の中で自国がコントロールできる量を最大化するのを目指す。
  • 陸上兵力のバランスにおいて圧倒的な立場を目指す。
  • ライバルをはるかに超える核武装優越状態を獲得しようとする。

8つの生き残り戦略

パワー獲得のための戦略(4つ)

  • 戦争
  • ブラックメール(脅迫)
  • ベイト・アンド・ブリード(誘導出血)
  • ブラッドレティング(瀉血=しゃけつ)

侵略国を抑止するための戦略(2つ)

  • バランシング(直接均衡)
  • バック・パッシング(責任転嫁)

避けるべき戦略(2つ)

  • バンドワゴニング(追従政策)
  • アピーズメント(宥和政策)

 

8つの生き残り戦略の説明

前項であげた、大国の行動原則、国際システムの3つの特徴、大国の4つの主な目標は完結でわかりやすいのだが、8つの生き残り戦略は名称だけで理解するのは難しい。
そこで、それぞれを簡単に説明したいと思う。

1.パワー獲得のための戦略(4つ)

1-1.戦争

文字通り「戦争」することだ。2つの大戦を経験した後、この「戦争」という選択肢は、最も批判を浴びやすい戦略となった。しかし確かに戦争の頻度は減ってはきているものの、戦争はなくなってもいない。他国を征服することは以前に比べ高い代償が必要となっており、その見返りとして受け取る利益は払った代償よりも小さいという状況になる場面はあるだろうが、戦争は常に侵略国の経済を破綻させ実質的な利益を何ももたらさないかというと、必ずしもそうではない。
軍事学者であるヘブライ大学のクレフェルト教授が「戦争の変遷」*3という書籍で指摘している通り、昨今の戦争は「通常戦争」から「低強度戦争」というものに移行しつつあるといえる。その観点で今、中国が南シナ海で行っている行為を見てみると、漁船や軍艦でない政府の艦船を使い海域を封鎖しつつ、掘削装置で海底資源の掘削を開始し、徐々にその海域と島嶼の施政権を奪うという行為は、国家が実施する政治的・組織的で大規模な「低強度戦争」の事例と見ることができる。*4
確かに大国同士が正面から軍隊をぶつけあう従来型の戦争(通常戦争)は少なくなっていくだろうが、より選択しやすい戦争として民間や軍隊以外の組織を使う「低強度戦争」や「サイバー戦争」などは今後の戦争のスタンダードになりうると私は考えている。

1-2.ブラックメール(脅迫)

国家は軍事力の行使をちらつかせ、戦争を行わずにライバルからパワーを奪うこともできる。ブラックメール(脅迫)は、実際の軍事力の行使ではなく、強制的な脅しと威嚇によって、自分たちの望む結果を得ようとする戦略だ。これが本当に効果を出せば、戦争より遥かに好ましい方法となる。脅迫は人を殺すことなく目標を達成できるからである。
しかしブラックメールバランス・オブ・パワーに劇的な変化をもたらすとはいえない。大国がライバル大国に対し大きな譲歩を強要しようとする時は、たいていの場合は脅しだけでは足りないからである。大国は互いに強力な軍隊を保持しており、戦わずして脅しに屈服することなどはあり得ない。ブラックメールはむしろ、大国の後ろ盾がない小国に対して効果があると考えるべきである。

1-3.ベイト・アンド・ブリード(誘導出血)

この戦略は、「誘導する側」が紛争に直接関与せず軍事力を温存している間に、他のライバル国二カ国に長期間の戦争を戦わせ、国力をとことんまで浪費させるよう仕向ける戦略である。
ところが、この近代においてこの戦略が実際に用いられた例は少ない。それはこの戦略には、ライバル国を騙して戦争を始めさせるのが非常に困難だという根本的な問題点があるからだ。自国は他国と長期戦争に入るというのに、誘導した側が脇で傍観しながらタダでパワーを相対的に向上させているという図式は、誘導される側の国家に察知されやすい。

1-4.ブラッドレティング(瀉血=しゃけつ)

ブラッドレティングは、ベイト・アンド・ブリードをより効果的に改良した戦略である。ブラッドレティングを仕掛ける側は、ベイト・アンド・ブリード戦略の時とは異なり、相手国に誘導(ベイト)は行わない。
ブラッドレティングをしかける側は、ライバル国たちが戦争をはじめた際、それに乗じて彼らが力尽きるまで徹底的に戦うように仕向ける戦略だ。そしてライバル国たちが戦っている間、自国はその戦いの外に逃げていればいい。

2.侵略国を抑止するための戦略(2つ)

2-1.バランシング(直接均衡)

バランシング(直接均衡)によって、大国は自ら直接責任を持って、侵略的なライバルがバランス・オブ・パワーを覆そうとするのを防ぎに行く。この戦略の問題点は、この戦略を実施する大国の目的は侵略者を抑止することだが、失敗した場合には戦争を行うはめになることだ。
バランシングを効果的に行うには、三つの方法がある。(ここが重要!)
一つ目の方法は、対立のメッセージを送る方策。外交のチャンネルを通じて「我々はバランス・オブ・パワーを本気で維持しようとしているのであり、これが理解できないなら戦争も辞さない。」というはっきりとしたシグナルを送る方法である。このメッセージで強調されるのは“対立”であり、“和解”ではない。つまり抑止しようとする側は、線を引きその線を越えてこないように警告するわけだ。
二つ目の方法は、外的バランシング。脅威を受けた側の国がまとまって防御的な同盟を結成し危険な敵を封じ込めるというものだ。このような外交的な操作はよく「外的バランシング」と呼ばれる。この同盟ができると、侵略してこようとする国を抑止するコストを同盟国で分担でき、さらに侵略者に対抗する兵力の量を増加させ、抑止が機能する確率が増えることになる。一方、弱点もある。これらの同盟は、同盟国の調整に手間取ることが多く、スムースな運営がとても難しいということだ。
三つ目の方法は、内的バランシング。脅威を受けた側の国家が侵略的な国家に対して、自らの国力を使って抑止するものだ。防衛費を増やし兵力を増強したり、徴兵制度を実施することがこれに当たる。「内的バランシング」と呼ばれるこの戦略は、まさに「自助」そのものといえる。しかし、脅威が受けた側が侵略者に対して使える国力の量は、明らかに限界がある。

2-2.バック・パッシング(責任転嫁)

バック・パッシングは、大国にとってはバランシングに代わる主な戦略である。バック・パッシングを「する側」、つまり「バック・パッサー」は、自国が脇で傍観している間に他国に侵略的な国家を抑止する重荷を背負わせ、特には他国と直接対決させるよう仕向ける。
バック・パッサーは、四つの方法でバック・パッシングを行う。(ここが重要)
一つ目の方法は、侵略的な国と良好な外交関係を築く方策。侵略的な国の関心が常にバック・パッシングを「される側」、つまり「バック・パッサー」の国の方を向いておくようにするため、侵略的な国と良い外交関係を結ぶ。もしくは最低でも刺激するようなことはしない。
二つ目の方法は、バック・キャッチャーとの関係を疎遠にする方策。バック・パッサーが、普段からバック・キャッチャーの国との関係をあまり親密にしておかないという方法である。こうしておけば、侵略的な国とバック・パッサーの国との間が戦争などの危険な状況になってもそれに巻き込まれることもない。
三つ目の方法は、相対的な難攻さの確保。大国が自らの力をつぎ込んでバック・パッシングを行うやり方だ。バック・パッサーの国は、自国の防衛を固め、対外的には自らを難攻不落の状態に見せかけて、侵略的な国の目を(より弱いと目される)バック・キャッチャーの方を向けさせようとする。
四つ目の方法は、バック・キャッチャーへの支援。バック・パッサーが、バック・キャッチャーの国力が上がるのを許すだけでなく、それをサポートまでしてしまう方法である。これによりバック・キャッチャーが侵略的な国家を封じ込めてくれれば、バック・パッサーにとっては傍観者のままでいられる可能性が強いからだ。

3.避けるべき戦略(2つ)

3-1.バンドワゴニング(追従政策)

バンドワゴニングとは、自国より強力な侵略的な国が現れた場合、逆にその陣営に入り、この恐ろしい仲間と共同戦線を張って利益を得ようとする戦略だ。
これは弱小国向きの戦略といえる。
但し、バンドワゴニングには、それをやればやるほど、自国より強力な侵略的な国は自国より更に強力になり、どんどんその強力な国からの要求が大きくなることを防げないという大きな問題がある。バンドワゴニングの方策をとった国は、侵略的な強国の慈悲を願うしかなくなっていく。

3-2.アピーズメント(宥和政策)

アピーズメントとは、バランス・オブ・パワーが自国に有利になるよう、侵略的な国に対して譲歩を行う戦略のことである。譲歩というのは、具体的には、第三国の領土や、争点となっている領土や資源などの権益、あるいは(名目はなんでもいいが)賠償金などを相手国に引き渡すことに合意するのだが、そもそもの目的は、侵略的な国にその国が満足する十分な利益を与えることによって、その国を平和的な方向に向けさせ、できれば現状維持の戦略を採らせるという、いわば慰撫的な行為により侵略的な国を懐柔することにある。
侵略的な国を封じ込めるための努力を何もしないバンドワゴニングとは違って、アピーズメントをする国は、脅威を抑止しようという努力だけは続ける。
しかし、このアピーズメントは、非現実的で危険な戦略となる。
侵略的な国を優しく柔和的な国に変えることなどは(少なくとも外国が)できるなんてことはない。宥和政策は侵略的な国の征服意欲を減少させるより、むしろ増加させることが多い。
アピーズメントした国は、他国に一方的に譲歩したことにより、周辺国から「弱い国だ」と思われがちになる。そうした国は、バランス・オブ・パワーを維持する意思がないことを周囲に示してしまうことになる。そのため、アピーズメントを受けた国(侵略的な強国)がさらにアピーズメントをした国に譲歩を要求してくるのは当然だ。


実践編の案内

さて、これで「攻撃的現実主義」の基本となる理論は、概ね説明が終わった。
しかし、これだけでも十分に投稿が長くなったので、全体を2つに分割したいと思う。
後編となる実践編では、この理論を使って、どのように国際関係をモデル化し、そのモデルをどう動かすのかという点を説明することにしたい。
実践編は、こちらのリンクをたどってほしい。
thesunalsorises.hatenablog.com


(参考図書)

大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!

大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!

戦争の変遷

戦争の変遷

*1:それほど長い論文ではないので、もしご興味がある方がいれば、通して読んでみるとよいのではないかと思う。攻撃的現実主義者がどう考えるのか、よいお手本になる。論文は次のリンクをたどってほしい。(その1その2その3その4その5その6その7

*2:ここであげたものの他、パワーと富との関係、ランドパワーの優位についても分析と法則が導かれているが、説明が多くなるためこの文章では省略した。ご興味があれば原著を読んでほしい。

*3:戦争の変遷 マーチン・ファン・クレフェルト著 原書房

*4:中国のこの行動の軍事思想的背景としては、1999年に喬良氏、王湘穂氏という2人の中国軍大佐が発表した「超限戦」があると思われる。その著書の中で、クラウゼビッツの説く「武力的な手段を用いて自分の意志を敵に強制的に受け入れさせる」という「戦争」の原理から「武力と非武力、軍事と非軍事、殺傷と非殺傷を含むすべての手段を用いて、自分の利益を敵に強制的に受け入れさせること」という「超限戦」の原理に代わったと述べている。中国の新兵学書「超限戦」、尖閣で見事に実践 日本は尖閣諸島での「敗北」を徹底的に研究すべし(2/7) | JBpress(Japan Business Press)

攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(実践編)

はじめに

この投稿の前編となる理論編では、攻撃的現実主義の基本的な理論の説明をした。
もし、まだ理論編を読んでいただけていないなら、ぜひ理論編から読んでほしい。この実践編では、説明の都合上、攻撃的現実主義の理論(大国政治の理論)で使われているいわゆる「専門用語」が頻出するのだが、その説明は、この投稿の前編である「攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(理論編)」に書いていて、それを読まないとわかりにくいだろうと思うからだ。

さて、前編となる理論編で私は『誤解を恐れず大胆に言えば、攻撃的現実主義とは、地球規模のまさに巨大な複雑系である「国際関係」を、「大国の行動原則」「国際システムの3つの特徴」「大国の4つの主な目標」「8つの生き残り戦略」によって、大胆にモデル化しそのモデルを思考の中で動かし、将来おこる可能性がある状況を明らかにしたうえで、自国がとるべき方策を導く理論だと思う。』と書いたが、後編となるこの実践編では、実際に国際関係をモデル化し、そのモデルを動かして現在の国際関係の分析を行ってみたい。
つたないモデル化だと思うが、理論をどのように現実分析に使うのか、具体的な方法についてイメージを持ってもらえればうれしく思う。
なお、今回は、台湾を除く東アジアについて考えてみた。

(練習問題)日本と韓国と北朝鮮しかない世界

最初に練習問題として、架空の簡単な国際関係についてモデル化したい。
日本と韓国と北朝鮮しか存在しない世界を考えてみる。国土の形は現実と同じだが、世界の他の国はすべて海になったという想定だ。なお、これは練習問題として簡単な問題にしたいので、北朝鮮核兵器は存在しないものとする。

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図1 日本と韓国と北朝鮮しかない世界

さてこの場合、3ヶ国はどう動くだろうか。
韓国と北朝鮮とは、陸続きで陸上兵力(ランドパワー)が対峙している。日本と韓国・北朝鮮との間には海が存在している。海は陸上兵力の投入の疎外要因になる。陸上兵力は他国を征服できる力を持ち、海空兵力よりも他国へ与える影響が大きい。
この結果、攻撃的現実主義にたつと、日本、韓国、北朝鮮しかない世界では、韓国と北朝鮮は強く対立するとまず結論付ける。両国ともまずはバランシング戦略のうち、内的バランシングを行い、相手国からの戦争を抑止しようとするだろう。そして海を隔てた日本に対し、自国の味方になるように働きかける。つまり外的バランシング同盟の結成を働きかけるのだ。
ところが日本は、韓国か北朝鮮かどちらかを選択し、同盟を結ぶよりも、韓国と北朝鮮とが互いに対立しあい、消耗してくれた方が自国の安全が図りやすくなる。そこで日本は、韓国と北朝鮮とが外的バランシングを狙ってアプローチしてくるのを利用して、ブラットレティング戦略をかける好機を狙うことになる。もし韓国と北朝鮮とが争うことになれば、より形勢が不利な側に援助を与え、決定的な決着がつかないようにふるまう。
一方、もし、韓国と北朝鮮が統一することになると、統一後の国が日本と対峙することになるのは確実であるため、両国が歩み寄り統一を図ろうとすると、日本は統一を妨害する動きを示す。

こんな感じだ。
この分析はあくまで架空の世界に基づいた分析なので、現実とは異なる分析となってしまうが、モデル化の方法を理解してもらえればいいなと思う。それだけの目的で記述した。

日本、韓国、北朝鮮のモデルに強い中国を追加する

日本、韓国、北朝鮮しかない世界をモデル化すると、突拍子もない分析結果を得てしまったが、これは分析に必要な国、つまりモデルから省略してはいけない国を省略してしまったため生じたことだ。
東アジアの分析を行う上でモデルから省略することができない国は、日本、韓国、北朝鮮と、アメリカと中国である。ロシアは微妙なところだが、昨今のロシアは東アジアよりも、ウクライナなどの欧州方面に関心が集中しているようなので、今はモデルから省略しても問題ないと思う。
なお、前項で分析した「日本、韓国、北朝鮮しかない世界」の分析が浮世離れした結果になったということは、ひとつの示唆を私たちに与えてくれている。つまり、例えば、日韓関係(日本と北朝鮮関係)だけ、あるいは日韓関係(日本と北朝鮮関係)のある問題だけをことさらに深く考察し結論を得たとして、それを国際関係、少なくとも東アジア全体の国際関係に当てはめて妥当性を検証しない限り、実現可能性のない机上の空論を導く可能性が高いということだ。部分最適の集合体は、決して全体最適ではないということを心する必要がある。

さて、次のモデルだが、現実の通り、3ヶ国に中国、アメリカ両国を加えたモデルを作って説明してもよいのだが、それを行うと、ややこしい各国の動きを全部説明しなければならなくなる。そこでわかりやすさを優先し、まずは日本、韓国、北朝鮮の3ヶ国に、強い中国を加えたモデルを作って説明したい。

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図2 日本、韓国、北朝鮮に強い中国を加えた国際関係のモデル

さて、上記の図が、日本、韓国、北朝鮮に強い中国を加えた図だ。強い中国とは、現在(それから将来にわたって)軍備の近代化を着々と行っている中国と考えてほしい。
このモデルでは、中国と北朝鮮との間は、張成沢氏処刑以来ぎくしゃくとしている両国関係を反映し、同盟関係を弱めている。
中国は着実に軍拡を行い、陸軍の近代化に成功し、更に空軍、海軍の装備を一新してきている。その結果、以前とは比べようもない軍事的な圧力が、日本、韓国双方にかかってくる。特に、中国からの距離が近いことに加え(戦闘機が空中給油なしに韓国の首都を攻撃できるぐらいの距離)、ぎくしゃくしているとはいえ、同盟国の北朝鮮を経由して陸軍を送ることもできるという関係にある韓国の方が、日本よりも強く中国からの圧迫をうけることになる。
この状況は、韓国にとって安全保障上望ましい状況ではない。

4ヶ国しかない世界では韓国はバック・パッシングを行う

図2のような、強い中国の存在がある4ヶ国しかない世界の場合、まず最初に韓国が安全保障上の問題を抱えることがわかった。そこで韓国は生き残りのための戦略を駆使して生き残り策を探ることになる。
攻撃的現実主義にたつと、この状況下で韓国が選択するであろう、実現可能性が高く効果的な方策は、「中国からの圧力を日本へバック・パッシング」することだ。
バック・パッシングには、4つの方策があるが、このうち「侵略的な国と良好な外交関係を築く方策」と、「バック・キャッチャーとの関係を疎遠にする方策」を併用するのが一番効果的だろう。中国との関係を改善し、日本への非難を強め関係を悪化させる。こうやって中国からの圧力を日本に向ける。

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図3 強い中国と、日本、韓国、北朝鮮の4ヶ国の世界では韓国は日本へバック・パッシングする

もし、中国と北朝鮮が強い同盟関係を維持していると、この戦略は失敗する可能性が大きくなるが、韓国にとって幸いなことに、中国と北朝鮮との関係はぎくしゃくしている。
さらに、この方策は、中国の戦略とも合致する。その2つの状況があるため、この韓国の戦略は実現する可能性が高いと考えられる。
中国は、潜在覇権国であり、地域覇権国となることを狙う。その時、この地域の2位のライバル国である日本の力(パワー)を削ぐことを最初の目標にすることだろう。但し、日本との間には、海が存在するため、相手国を征服する力がある陸上兵力(ランドパワー)を送る、すなわち戦争を行うことは難しい。
そこで、ブラックメール戦略を採り、日本へ軍事的な圧力(脅迫)をかける一方、残りの2ヶ国との関係を良好にし、日本を孤立させることを企図するだろう。
つまり、強い中国の存在がある4ヶ国しかない世界の場合、韓国は日本へ中国の圧力をバック・パッシングしようとする。そしてそれは中国の戦略とも合致するために成功する可能性が高い。かくして日本は孤立し、厳しい立場に陥っていく。
なお、このモデルは、アメリカが存在しないという点で、必要な要素を欠いたモデルではあるが、「もしアメリカがモンロー主義のような孤立主義になった場合」を考える思考実験のようなものだと思う。

アメリカを加えて分析:中国がまだ弱かった時代

さて、次は、日本、韓国、北朝鮮、中国に、アメリカを加えて、モデルを作ってみたい。
そこで、中国が強力になった影響を明確に理解するため、まず70~80年代の弱い中国、つまり陸上兵力の兵員は世界最大の規模を誇るものの、兵站にも移動能力にも戦車などの主要装備にも問題点を抱え、旧式な航空兵力しか持たず制空権を得る可能性がほとんどない中国を想定する。なお、70~80年代はソ連が健在であり冷戦の真っ最中であるので、実際の当時の東アジアの情勢はもっと複雑なのだが、ここで説明したいのは、中国が強力になることでいかに東アジアの国際関係が変化するかということなので、敢えてソ連は入れずモデルを作ってみたい。ある種の思考実験なのだが、こういったことが自在にできるのも攻撃的現実主義によるモデル化の利点だ。

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図4 中国が弱ければ、東アジアは安定した状態になる

韓国と北朝鮮は陸上兵力が向き合い対立している。
韓国にはアメリカが、北朝鮮には中国が同盟国として存在し、ともに相手国からの先制攻撃を抑止しようとしている。またアメリカは、日本とも同盟関係を持ち、日本が提供する海軍基地、空軍基地に展開した海上戦力、航空戦力によって周辺海域・空域の制海権、制空権を保持し揺るぎがない。
海上戦力、航空戦力に劣る北朝鮮、中国の同盟は、劣勢な戦力を兵員数、戦車等の装備数、戦闘機等の保有機数で埋めようとし、もしアメリカ、韓国側から先制攻撃をされれば、消耗戦に引きずり込み出血を強いる戦略で抑止しようとしている。
制海権、制空権はアメリカが完全に保持しているので、日本や韓国に対する中国からの軍事的な圧力はほとんどない。
こういった状況下では、韓国も北朝鮮も、更に有利な状況を得るために行えることは(少なくとも外交的な側面では)ほとんどない。
アメリカは中国を恐れてはいない。中国は固く身を守ろうとしている。
韓国は、日本との関係を大きな譲歩をしてまで良好な状態にする必要性もないが、一方、ことさらに日本との関係を悪化させる動機もない。日本との関係が悪化するのは、北朝鮮に対するバランシング戦略にとってマイナスと認識する。
日本は、東アジア情勢にあまり関心を持たなくても問題がない。
中国が弱い状況においては、韓国と北朝鮮の対立軸を中心にして、東アジア情勢は安定する。

日米韓同盟で強力な中国を抑止する場合、韓国の負担が大きい

前項では、中国がまだ弱い状態だったらという、半分思考実験的なモデルを作ってみたが、今度は今まさに私たちが直面している現実、そこにあるのは若干減員されたとはいえ、アジア地域で他国を圧倒する兵員数を誇り、旧式だった装備、戦闘機などを近代化し、更に空母などを保持し外洋海軍への道を着々と目指している中国を想定してモデルを作ろう。
それに対して、よく言えば、アメリカは、対話(アメ)とバランシング戦略(ムチ)とで、対応しようとしている。
アメリカは、アジアへのリバランスを大きな外交政策の柱にしているが、その一方で軍事費は削減しなくてはならないという相反した課題を有している。
そこで、アメリカは、アジアにおける同盟関係を強化して、アメリカのプレゼンスを維持、あるいはプレゼンスを増したうえで、軍事費を削減しようとしている。
このようなアメリカのご都合主義的なことが本当に期待できるのか?はとりあえず脇に置き、アメリカが求めていると思われる強力な日米韓同盟が成立したという仮定のもとにモデルを作ってみよう。

このケースは、日本にとってはとてもありがたい状況といえる。アメリカがいない4ヶ国だけのモデル(図3)では、日本は孤立し、中国からの軍事的圧力(ブラックメール)を1国のみで受ける状況となった。
それと比較して、今度は、日本、韓国、アメリカが協同して中国からの軍事的圧力に対抗できる。
アメリカも当然、アメリカ軍に加え、日本の自衛隊、韓国軍との協同により、中国の軍事的圧力に十分に対抗できる戦力を得ることができる。アメリカにも利益がある。
さて、韓国はどうかというと、またも地理的な条件と北朝鮮の存在という2つの課題が、韓国の安全保障上の問題として持ち上がってくる。つまり、日米韓3国同盟と中国との関係が悪化し緊張が高まると、韓国は、中国からの直接の軍事的な圧力と、北朝鮮からの陸上兵力の脅威という、2つの脅威を同時に受けることになる。
それがわかっているので、韓国は3ヶ国同盟と中国との間の緊張が高まらないように腐心することになる。
そして日本の動きに苛立ちを見せるようになるだろう。
日本はというと、中国との対峙の負担が軽減されるため、中国との関係において、3ヶ国同盟の力を背景に強気にでることができるようになる。それは、日本と韓国とを比較すると、力(パワー)は日本の方が有利なため、相対的な難攻さの確保によるバック・パッシング戦略が、日本の意図的、意図的でないに関わらず、自動的に発動するからだ。強力な3ヶ国同盟ができると、日本は韓国に中国からの脅威を肩代わりさせることができるようになる。
これは韓国の立場にたってみると、韓国の安全保障上、耐えることができない状況といえる。

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図5 強力な日米韓同盟を以って強力な中国と対峙しようとすると、韓国は日本のバック・パッシング戦略を受ける

韓国はやはり日本へのバック・パッシングを選択する

アメリカが望んでいると思われる日米韓同盟の強化は、韓国の負担が大きく、韓国が耐えられない状況になることがわかった。
そうすると韓国はどのように行動するだろうか。
やはり、大国政治の理論の生き残りの戦略を駆使して生き残り策を探すことになる。
ここで韓国にとって効果的と思われるのは、やはり日本に対してバック・パッシング戦略をとることだろう。

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図6 韓国が狙うべきバック・パッシング戦略

図3のケースと同じく、韓国は「侵略的な国と良好な外交関係を築く方策」と、「バック・キャッチャーとの関係を疎遠にする方策」を併用して「日本へのバック・パッシング」を図るのが効果的だろう。それは中国の戦略とも合致するために成功する可能性が高いのも図3のケースと同じだ。
図3のケースと異なる点は、日本とアメリカの同盟が存在し、その同盟は強力(アメリカ軍は世界ナンバー1の実力を持つ上に、日本の自衛隊も世界有数の実力を有する)なため、日本は孤立しないという点と、韓国の日本へのバック・パッシングは日米同盟を弱め、日米同盟と中国との間の緊張を高めることになるので、アメリカの不利益になる一方、韓国は韓国で北朝鮮とのバランシングのため米韓同盟を必要としているという矛盾をはらんでいるという点だ。
そこで韓国は、韓国の日本へのバック・パッシングは日本の責任であるとアメリカに抗弁し、米韓同盟を守る動きも同時に行う必要がでてくる。

現実には日本へのバック・パッシングは米韓同盟を揺るがす

ここまでは、純粋に攻撃的現実主義の「大国政治の理論」に基づき、東アジアの国際情勢をモデル化し分析してきたが、ここで一旦モデルでの考察は止めて、実際に起こったことを考慮してみることにしたい。
その理由だが次の通り。
韓国が狙った日本へのバック・パッシング戦略は相当うまくいった。現に中国の圧力は、東アジアでは主に日本に向かっている。
一方、米韓同盟を守るという点については、いささか韓国は重荷を背負うことになった。
確かにモデルの分析だと、日本のパワーは韓国のそれを上回るので、アメリカは米韓同盟より日米同盟の方を選択しがちという結論を得ることもできるが、それよりもアメリカにとっては日米同盟も米韓同盟も両方守ることの利益の方が大きいので、米韓同盟を毀損する動きにはでないとも考えられる。つまりこの件に関してはモデルだけで説明するのは少し無理があると思う。そこで、ここではモデルの話は一旦止めて、実際の動きを見ることにした。

なぜ韓国は韓国の行動は日本に責任があるとアメリカを説得できず、逆に韓米同盟に傷が残る形になってしまったのだろうか。私は、ここに韓国の朴槿惠大統領の3つの誤算があったのではないかと考えている。

  • 1つめの誤算:日本の行動

朴大統領の日本非難は、主にナショナリスト的性質を持つ安倍政権への警戒感を表明することで行われた。アメリカも当初警戒感をあらわにしていた。実際に2013年12月、安倍首相は靖国神社を参拝し*1、韓国の主張はアメリカに受け入れられるようにも見えた。
それに対して日本がとった行動は主に3つだと思う。
・日本の民主党政権時に棚上げになってしまった普天間基地辺野古移設」の進展
「TPP交渉」での日米合意を目指した交渉
集団的自衛権行使を容認」し、日米同盟の強化を図る
日本のこれら行動は、全てアメリカの国益に沿うことといえる。
一方、韓国はアメリカの国益を提供できなかった。韓国はアメリカのMDに参加しないと明言し、日韓秘密情報保護協定も拒んでいる。結局、国際政治は、理念ではなく国益で動いているという証左がひとつ増えただけになった。

図7のモデルにもまとめているが、北朝鮮は、韓国が中国に接近することで孤立感を深める。そこで「大国政治の理論」に沿って北朝鮮の戦略を考えると、①日本に接近する(バランシング戦略)中韓接近への牽制 という動きにでると考えられる。
理論上はそうなのだが、これまでの北朝鮮の行動をみていると、中韓接近への牽制は行っても、①日本に接近するという選択は行わないのではないかと私は考えていた。韓国も同じなのではないだろうか。日本と北朝鮮との会談の結果、日本が対北朝鮮制裁の一部を解除したことに対する韓国の反応*2などを見ていると、韓国も意表をつかれたのではないかと思える。
なお、北朝鮮が短距離ミサイルを発射したり、ロケット砲を発射したりしている行動は、中韓接近への牽制としての行動だ。つまり、北朝鮮軍の存在を誇示することで、韓国に米韓同盟の重要性を再確認させる=中国へ近づきすぎることへの牽制を目的にしていると評価している。

  • 3つめの誤算:中国の行動

韓国が中国と協同し、日本の侵略的性質を非難し、中国の圧力を日本へバック・パッシングする。韓国にとって、これ自体は、間違った戦略ではないと考える。
ところが、日本を「侵略的国家だ」と非難しているすぐ脇で、協同している中国が南シナ海で国際世論から「侵略的だ」と非難を浴びるような行動をとっている。これは韓国の誤算だったのではなかろうか。中国の攻撃的な行動のため、韓国の主張の正当性が相当損なわれたのは間違いなかろう。
中国にしてみれば、地域覇権国を目指す動きの中で、東シナ海でも南シナ海でも、海洋利権で争っている国(主に、日本、フィリピン、ベトナム)には、ブラックメール戦略(軍事的な脅し)と、サラミ・スライス作戦と揶揄されるが少しずつ海洋利権を奪取する「低強度戦争」の実施という戦略を等しく実施しているのであり、対日本だけ特別扱いしていないようなのだが、それでも韓国の主張にとってはダメージがあったと思う。

その結果、韓国は米韓同盟で重荷を背負った状態になった。
では、一旦止めていたモデルによる分析に戻ろう。そこで、韓国が米韓同盟で重荷を背負った状態と、北朝鮮の対応まで含んでモデル化してみる。これが、最新版の東アジア情勢のモデルになる。

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図7 韓国のバック・パッシングは成功した。しかし代償として米韓同盟が揺らぐ。

韓国が、日本へのバック・パッシング戦略を徹底して、中国との協同歩調を高めようとすると次のことが生じる。

  • 日米韓の同盟を強化して、中国へのバランシング戦略を実施しようとしているアメリカの戦略を阻害することになる。
  • 中国と完全な協同歩調をとるのは、採るべきでない戦略である「バンドワゴニング(追従政策)」と同じになる。それは長期的に韓国の国益を損ねる

一方、今度は韓国がアメリカの要求を受け入れて、アメリカの中国に対するバランシング戦略の一翼を担おうとすると次のことが生じる。

  • アメリカの要求を受け入れたことで、中国との関係が悪化し、日本へのバック・パッシング戦略が効かなくなる。その結果、中国からの直接の圧力を受け始める。
  • 中国の圧力に対抗するため、日本、アメリカの3ヶ国協同で外的バランシング同盟を作ると、日本から韓国へのバック・パッシング戦略が発動し、さらに中国からの圧力をうけることになる。(図5)

結局、韓国は、日本へのバック・パッシング戦略が毀損しない範囲で、アメリカからの要求を受け入れ、米韓同盟を維持するという、かなり狭い選択しかできなくなるだろう。いつまでそれが通用するかは、アメリカと中国の忍耐次第というところだろう。
ここまでが、モデルの分析によって導かれる結論だ。

プロセスの説明

国際関係論も社会科学の一つであり、それはなんらかの実証的なプロセスに沿って行われねばならないが、そういったプロセスをあまり意識せずにごっちゃに考えている人もいるようなので、私が用いているプロセスを説明したい。私は、次の3つのプロセスで思考している。

  • 観察
  • 分析
  • 評価

「観察」のプロセスは理論編でも実践編でも説明していない。これは日々の動きを見る中で行う。過去については文献にあたる。このプロセスは、攻撃的現実主義、すなわち大国政治の理論は関係がない。ただ情報を集め、何が起こったかをストックするだけだ。

この実践編でここまで書いたのは、「分析」のプロセスになる。この分析のプロセスこそ、攻撃的現実主義、すなわち大国政治の理論を使い、国際関係をモデル化することで行うものだ。その際基準となっているのは各国の国益になる。そしてこの分析のプロセスでは、モデルに登場する国の動きをそれぞれ考えないといけないので、善悪や価値観などは排除するよう努力する*3。というより、このようなモデル化を行い、各国の動きを考える中で、善悪の判断とか価値観とかを考えるととたんにモデルが動かなくなってしまう。
Wikipediaに書かれている「価値観を排除して国際関係を客観的に分析しようとする点に特徴」があるという説明は、こういった特徴を説明していると考えている。

こうやって得た分析を、ある国(複数の国である場合もあるが)の立場で、その国がどのような戦略を採るべきか考えるのが、「評価」のプロセスだ。当然、このプロセスでも大国政治の理論を使うのだが、この評価のプロセスは、特定のある国の立場で行うものであり、私の場合、その国というのは母国である「日本」以外にはない。
このプロセスには、母国であるがゆえに「日本」だけを特別に考え、他国を「日本」との関係のみで評価するという「価値観」は存在する。基準は、ここでも国益だ。
当然、採るべき戦略を考えるわけであるから、日本にとって国益が一番大きくなるよう考える。それを願望という表現であらわそうと一向に差し支えない。本質は実現可能性だけであって、呼び方ではない。

さて、東アジアの情勢の記述に戻ろう。
次からの文章は、上記の「評価」のプロセスになる。ここからは、「日本」だけを特別に考え、他国を「日本」との関係のみで評価するという「価値観」は存在する。重ねて指摘しておきたい。

東アジアのキャスティングボートは韓国が握る

モデルを使った分析の結果、今後の東アジアの情勢は、韓国が焦点になっているということがわかった。すなわち「韓国がキャスティングボートを握っている」といえる。
このキャスティングボートは、口の悪い人だと「踏み絵」と呼ぶかもしれない。韓国にとっては、その選択を行うことがあまりうれしくないからだ。
とはいえ、韓国がどの選択をするかによって、日本の採るべき戦略は大きく変わる。それまでは、アメリカと協同して、韓国に選択を迫る外交を行わざるをえないだろう。
日本にとっては、その外交は「韓国のバック・パッシング戦略への抵抗」と言っていいと思う。
それくらい日本は、バック・パッシング戦略を、韓国に華麗に決められてしまっている。*4


韓国のバック・パッシング戦略への抵抗

現状

日本の今の状況を端的に説明すると、次のようになるだろう。

  • 韓国のバック・パッシング戦略によって、日本は中国からの軍事的圧力を東アジアでは1国だけで受けている。それが大きな負担になっている。
  • 一方で、韓国は北朝鮮の軍事的圧力に対するバランシング戦略において、アメリカのパワーに依存している。
  • しかし、そのアメリカのパワーの投影は、後背地たる日本のアメリカ軍基地と日本が提供する兵站能力に依存している。
  • 日本は、韓国が中国の脅威をバック・パッシングするのなら、北朝鮮の脅威に対する韓国のバランシング戦略は、日本の負担にただ乗り(フリーライド)していると感じはじめている。そして徐々にその負担を重く感じつつある。

朝鮮半島有事での在日米軍に対する日本の許諾

日本にとっては残念なことに、韓国のバック・パッシング戦略に直接対抗する方法を日本は持っていない。
まずは、安倍首相が、朝鮮半島有事の際の在日アメリカ軍の出撃について「日本が了解しなければ韓国に救援に駆けつけることはできない」と発言して牽制球を投げたが、実際に朝鮮半島有事で在日アメリカ軍が本当に出撃しようとしている時に、日本が反対できるかというとそれは事実上不可能と思う。もし日本が反対し出撃を拒否するとその瞬間に日米同盟も危機に至ることになるだろう。
但し、韓国の日本を無視する行動に対する不満の表明は正当なものと思われるので、こういった牽制を行うのはそれはそれでよかったのだと思う。

アメリカとの同盟強化とアメリカの圧力の利用

結局、韓国への直接反撃は難しいので、日本はアメリカとの関係強化という方策で、韓国のバック・パッシング戦略へ抵抗するのが賢明だろう。

こういった努力が必要だろう。

残念ながら、最後は、アメリカの力に頼らざるをえない。情けないがアメリカ頼りという感じだ。
アメリカは、韓国の中国接近を好ましくは思っていない。当然圧力をかけている。その圧力によって韓国が心変わりするか、それを待つしかないだろう。

慰安婦問題などの個別問題との関係

さて、これらの対応を書いてみたが、そういえば先日書いた“河野談話検証で手詰まりとなった日韓両国 - 日はまた昇る”であげた日本の対応策と似ている。結局、「慰安婦問題」のような個別問題にしても、全体的な外交と齟齬をきたす対応はできないということだ。そして日本にとって大事なこと、すなわち韓国のバック・パッシング戦略を止めさせることに、日本は外交努力を集中すべきだと思う。
韓国にバック・パッシング戦略を諦めさせる、具体的には中国と協同した対日批判あるいは韓国単独の対日批判の終了(きちんと共同声明等文書が残る形で終了を宣言する必要があるがそれと)と引き換えに、韓国に対して慰安婦問題で謝罪をするのは、等価だと思うし、そんなことはやればいいと思う。
ただ、韓国もそうやすやすとバック・パッシング戦略を諦めるとは思えないので、日韓関係は手詰まりだと書いた。それは慰安婦問題のような個別問題というより、ここで書いたような日韓を含む東アジアの当事国同士の全体的な戦略の問題だと考えている。

北朝鮮

北朝鮮の反応は、中国と韓国が近づいたことによる反作用的な動きだと思う。
したがって、中国と韓国が少し疎遠になれば、日本への接近を行う意欲が減衰するだろう。
日本もアメリカも、中国と韓国が接近することは好ましくないと思っている。そうならないように外交的に働きかけ、外交的圧力もかけている。
それらが効果を発揮しないか(つまり外交の失敗)、効果を発揮するまでの短い期間、北朝鮮は日本に接近するだろう。
その間に、日本人拉致問題がひとまずの解決を見るといいのだが。ただ時間は限られる。楽観はできないと思う。

対中国

(注)この項は、この投稿で説明した方法にもとづき、他の地域(台湾、東南アジア、インド洋等)も分析した上で、評価している。これまでの文章と少々繋がりがない点はご容赦いただきたい。

中国は、地域覇権国を目指している。東シナ海南シナ海で行っていることは、その目標に至る道筋のほんの始まりにすぎない。
アメリカも徐々に中国に対して強硬なスタンスに移っていくだろう。アメリカは否応なく中国封じ込め政策を取らざるをえなくなっていく。
日本は、このアメリカの動きを見越して、中国に対する外的バランシング同盟の結成に寄与すべきだ。
まずは、オーストラリアとインド。次に、東南アジア各国。
中国の地域覇権国を目指す行動は、少なくともあと10年以上続くと考えるべきだろう。長丁場になる。特に台湾はかなり厳しい状況になるだろう。
戦争に至らないようにしながら、中国の領土的野心を挫く。達成困難な課題であり、日本も含めて周辺各国は厳しい時代が続く覚悟は必要だと思う。

最後に

この投稿は、id:scopedog氏の“とりあえずダメだししときます。 - 誰かの妄想・はてな版”の反論として書き始めたものだけど、この投稿の内容には個別に反論はしないので、興味がある人は読み比べていただきたい。
それよりも、国際関係論でいう現実主義とか、その現実主義の中のひとつである攻撃的現実主義とか、誤解が残っているのはよくないと思うので、その紹介記事を書いたつもりだ。

この投稿で私がいいたいことは次のことだ。

日本をめぐる国際環境は今後ますます厳しくなってくる。
国際関係を、個別の二国間関係、更にその二国間関係のひとつの問題だけに集約して議論をしても、それは全体最適、すなわち日本の国益、日本のすすむべき方向を議論することとはならない。
まずは、国際関係全体を鳥瞰した、さまざまな分析が必要だ。
そこで、私は、攻撃的現実主義に基づく国際関係全体の分析を書いてみた。
これに反論のある人は、ぜひ他の方法、理論を基に、東アジアに限らず、国際関係全体の分析を書いて投稿してみてほしい。それが本質的に日本の外交を論じるための第一歩だと思う。

*1:私自身は、靖国神社へ年数回参拝するし、首相が参拝することは率直にうれしいと感じる。但し昨年12月の安倍首相の参拝は、国際情勢を鑑みると時期がまずいと思った。これは当時の記事への私のブコメを見てもらえればそう書いているのでわかってもらえると思う。なお、靖国神社に関していえば、私はA級戦犯は当時の日本の指導層であり、日本の敗戦の責任をとるべき人物と思っている。それゆえ、靖国神社へ合祀してほしくない。つまり分祀してほしい。遺族や信奉者の心情を考えると祀ること自体は否定しないので別の社で祀ってほしいと思っている。さらに靖国神社は鎮魂社の御霊を合祀し、広く戦争で亡くなった方全員の鎮魂の社に変えるべきだと思っている。この投稿には全く関係のないことなのだけど、追記した。

*2:制裁一部解除に神経とがらせ、韓国高官が15日に訪日 - MSN産経ニュース

*3:国益は価値観ではないと思っているが、価値観が混ざるという主張も一理あると思う。それならば国益という価値観のみ排除しないと考えてほしい。

*4:私がブコメ外交問題で韓国を批判的に書いているのは、韓国のバック・パッシングが日本に対して負の要素がいかに大きいかということの裏返しでもある。日本と韓国の友好関係は、韓国がバック・パッシング戦略を止めるまでは訪れない。よく私は李明博前大統領が日韓関係を壊したというブコメを書いているが、あの事件以来、韓国は日本へのバック・パッシング戦略に舵を切ったと考えている。もっとも意図的にやりはじめたのは、朴槿惠大統領になってからであるけれども。