安全保障問題で軍事力を考慮しないのは片手落ち
現実主義について言及されたこともあるし、7月8日にid:scopedog氏が投稿した『中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性』という記事について考えてみることにしたい。
総論としてはこういう国際関係についていろんな視点で考えることはよいことと思うが、この投稿に関して言えば、内容は控えめに評価しても重要な要素を(意図的になのか、不注意でなのかはわからないが)考慮できていない不完全な論だと思う。ここでは、その投稿の不完全さを4つ指摘することにする。*1
(1)あれ? アメリカの反応は考えなくていいの?
国際政治の状況分析
指摘に先立って、まずはこの投稿で評価できるポイントとして、「中国の視点で考える」という姿勢をあげておきたい。
昨今の国際関係は、純粋な二カ国関係だけみればよいのではなく、関係各国の思惑、行動などを考え、総合的に考える必要がある。その観点で、関係する各国それぞれの視点で分析する姿勢は評価できる。そこはよい。今後もぜひ続けてほしい。
ところが・・・
この投稿は、中比紛争を想定し、関係国の行動をそれぞれの立場で想定するのだが、そこに出てくるのは、想定する中比紛争の当事国である「中国」と「フィリピン」、そして「日本」だけである。
あれ? とりわけ重要な国を忘れてないかい?
地球上のどの地域の国際関係でも、必ず考えないといけない国、そう、アメリカだ。
4月オバマ大統領はフィリピンを訪問した
アメリカが関心のない国、地域だったらまだしも、つい2ヶ月半前、オバマ大統領がフィリピンを訪問したばかりだ。
この事実を忘れてしまったのだろうか?
オバマ大統領は、フィリピン訪問で、フィリピンでの米軍の存在を高める「新軍事協定」に調印し、領有権問題を武力で解決しようとしていると中国を非難し、フィリピンに対しては『軍事支援を「固く」約束する』と演説を行った。
オバマ米大統領、フィリピンに軍事支援を約束 中国をけん制 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
(注)アメリカは海軍をスービック地区(かつての米スービック基地)に駐留させ、パラワン島に海兵隊をローテーション展開しようとしている。
緊迫南シナ海 フィリピン米軍との連携強化 | 国際報道2014 [特集] | NHK BS1
アメリカ軍の駐留と日本の集団的自衛権行使容認、どちらが重要か?
オバマ大統領は、フィリピンへのアメリカ軍の駐留を約定した軍事協定を結び、中国を非難しフィリピンへの軍事支援を約束した。
日本の安倍政権は、憲法解釈を変更し、これまで容認してなかった集団的自衛権を容認することを閣議決定した。
さて、上記の2つの事例で、フィリピンの安全保障上、より重要な出来事はどちらだろうか?
日本の憲法解釈変更の方が、アメリカの正式な軍事協定とオバマ大統領の全世界に向けた約束よりも、フィリピンの安全保障上重要だと信じる人がもしいたとすれば、ここでこの文章を読むのをやめるといいと思う。たぶん、議論はかみあわない。でも、くどいように説明するが、日本の憲法解釈変更の方が、フィリピンの安全保障上重要だと考える人は、フィリピンにも中国にも日本にも、いや世界中を見渡してもほとんどいないだろう。*2
フィリピンのこの2ヶ月半の行動
さて、そのように重要な約束をフィリピンは4月に得たわけだが、アメリカの後ろ盾を得たフィリピンはどう行動しただろうか?
中国が南シナ海で石油掘削作業を活発化させていることについて、2002年の「南シナ海行動宣言」に違反していると非難した。
フィリピン大統領が中国を非難、「南シナ海行動宣言に違反」 | Reuters
フィリピンは、1月に国際海洋裁判所に「九段線」の違法性を提訴したのだが、その後アメリカの後ろ盾を得ても、このように非難はすれど挑発ではない落ち着いた態度を見せ続けている。そもそも国際海洋裁判所への提訴は、国際法にのっとった極めて穏当な紛争の解決手段だ。
※フィリピンの国際海洋裁判所への提訴を知らない人はこれを読んでね。
(1/2) フィリピン、領有権問題で中国に立ち向かう すご腕の米法律家雇い国際機関に提訴 : J-CASTニュース
逆に中国といえば、大きくニュースでも取り上げられたから、みなさんよく知っていると思うけどこんな感じ。
中国の沿岸警備隊の船舶を撮影するベトナムの沿岸警備隊員 WSJ
中国が南シナ海に設置した石油掘削施設(オイルリグ)をめぐる中国とベトナムの反目は、26日にベトナムの漁船が中国漁船と衝突して沈没したことから、さらに緊張が高まっている。ベトナム当局によると、沈没した漁船には10人の乗組員が乗船していた。
中国漁船「体当たり」でベトナム漁船沈没=ベトナム当局 - WSJ
そして、それに対する当事国であるベトナムとフィリピンとの共同声明。
フィリピンのデルロサリオ外相とベトナムのミン副首相兼外相は2日、ハノイで会談し、それぞれが中国と対立している南シナ海の島々の領有権問題について意見を交わしました。
ベトナム外務省によりますと、会談の中で両外相は中国が西沙諸島、英語名パラセル諸島近くに石油の掘削装置を設置したことについて重大な国際法違反だとして非難しました。
そのうえで中国に平和的解決を求めるためにASEAN=東南アジア諸国連合として結束していくことの重要性を確認しました。
比越外相 中国非難し結束確認 NHKニュース
いやあ、僕には、挑発しているのは中国の方で、フィリピンは(ベトナムも)とても抑制の効いた対応をしていると思うけどね。
同じニュースに接しても、scopedog氏には違う見え方がするのかもしれない。
少なくとも、scopedog氏が主張する次のことがら……
この宣言*3は一方でフィリピン政府から外交的慎重さを失わせる可能性があります。もし紛争が生じても日本が支援してくれるという安心感は対中外交において強気に出る動機付けとなり、結果として中比間の緊張を高めることになるでしょう。
中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性 - 誰かの妄想・はてな版
アメリカのオバマ大統領が訪問して軍事協定を結び、力強い演説を行っても、冷静な対応を崩さないフィリピンが、日本の集団的自衛権行使でトチ狂って中国を挑発するような行動にでることって想像できるだろうか。いくらフィリピンが発展途上国で国内にさまざまな問題を抱えているからといって、小国が大国を挑発する愚を理解しないほど、フィリピン政府のエリート層は愚かだという前提をおくのは、論理性に欠けている。
この部分が否定されると、scopedog氏の論の中で、中比開戦に至る理由がなくなるのでこの論全体が成り立たなくなる。scopedog氏は、アメリカの存在まで考慮した上で、日本の集団的自衛権行使容認が中比開戦を引き起こす理由を説明すべきだ。
(2)日本は中比紛争に武力介入することが可能か?
憲法論:憲法第9条と統治行為論
さて、(1)で指摘した「日本の集団的自衛権行使容認が中比開戦を引き起こす理由」で説得力のある説明が仮に得られたとして、次に問題になるのは憲法論だ。
さて、問題になっている憲法9条のおさらいだ。
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
日本国憲法
解釈で問題になっているのは、個別的自衛権とか集団的自衛権とかなのだが、憲法の条文にはでてこない。*4
それよりも一般人からすれば、第2項で持たないと書いている戦力について、「自衛隊は陸海空軍その他の戦力でないのか?」という方がずっと気にかかるのではないだろうか。でも自衛隊は現に存在している。そこで自衛隊が合憲かを裁判で争っても、裁判所は統治行為論を盾に一切判断をしない。そんな状況だ。
統治行為論とは、“国家統治の基本に関する高度な政治性”を有する国家の行為については、法律上の争訟として裁判所による法律判断が可能であっても、これゆえに司法審査の対象から除外すべきとする理論
統治行為論 - Wikipedia
もし今回の憲法解釈変更に違憲訴訟しても、裁判所は統治行為論によって判断を避けると考えられる。
というのは、もし今回の憲法解釈変更を違憲とする判決を出すには、過去に統治行為論によって判断を避けていた自衛隊の合憲性について合憲と判断した上で、第9条の規定は自衛権を否定していないという法理を導き、憲法が認めた自衛権は個別的自衛権のみであるという結論をえなければならない。
まともな法学者だったら、最初の「自衛隊は合憲だ」という結論を得るだけで四苦八苦するのではないか。*5
つまり、憲法第9条については、実質的に国会答弁や今回の閣議決定などを通じて表された政府解釈と、それを基に立法された「自衛隊法」他関連法以外に内容を規定するものはないという状況になっているということだ。裁判所は判断を行わない。
そうであれば、きちんと今回変更した解釈と、変更されていない部分の解釈を理解する必要があるだろう。
集団的自衛権の解釈
実は、今回の解釈変更においても、集団的自衛権とはなにかという解釈については、変更されていない。
この集団的自衛権の解釈には、主に3つの解釈がある。
詳しくは説明しないが、日本政府はこのうち2番めの個別的自衛権合理的拡大説を採っている。その説の説明は次のようになる。
集団的自衛権は、自国と密接な関係にある他国に対する攻撃を、自国に対する攻撃とみなし、自国の実体的権利が侵されたとして、他国を守るために防衛行動をとる権利である
「憲法第9条と集団的自衛権」国立国会図書館調査及び立法考査局 p33-34
「自国と密接な関係にある他国」の解釈
今回、集団的自衛権行使を容認する解釈変更を行ったが、それは全ての戦争に対して道を開いたわけではない。
自国と密接な関係にある他国に対する攻撃に対する反撃と、明確に制限を課している。
さて、scopedog氏の論に戻って、中比紛争を考えると、日本がフィリピンの要請をうけて中比紛争に軍事介入できるかどうかは、フィリピンが日本と密接な関係にあるかどうかが問われる。
例えば、アメリカが日本の周辺で他国から攻撃を受けた場合、日本は今回の解釈変更で集団的自衛権行使が行えるかという点については、明確に行えると考える。これは日本とアメリカの間には、日米安全保障条約があり、日本の安全保障について密接に関係しているからである。
一方、もし韓国が他国から攻撃を受けた場合については、例え韓国から軍事介入の要請があろうと、集団的自衛権行使の対象にならないと考える。日本と韓国の間には、相互安全保障条約はおろか、軍事協約は存在しない。すなわち韓国は自国と密接な関係にある他国とは認めがたい。現に政府が説明した8つのケースにおいて、韓国で戦争が起こった場合、陸上兵力、航空兵力を派遣するようなケースはない。この韓国の有事の場合は、現状では仮に韓国から要請があろうと、憲法上の理由によって軍事介入は断ることになると考えている。
台湾有事であっても同様だ。
さて、フィリピンだ。フィリピンとの間にも、相互安全保障条約はないし、軍事協約もない。だから日本は憲法上の理由によって軍事介入できないと解するのが適当だ。また、政府が想定した8ケースの中に、島嶼の奪回などはない。
それなのに、scopedog氏は……
今後は中比紛争に日本軍が武力介入することが可能になります。
中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性 - 誰かの妄想・はてな版
と日本軍(?)が武力介入できると断言している。しかし、その結論を至る説明の中で、解釈変更の前からずっと変わらない「集団的自衛権」の解釈の中で制約となっている「自国と密接な関係にある他国」にフィリピンが該当する理由を書いていない。
日本の自衛隊はフィリピンに武力介入できるという部分が否定されると、やはりscopedog氏の論全体が成り立たなくなる。scopedog氏は、集団的自衛権の現在の解釈において、なぜフィリピンが「自国と密接な関係にある他国」と考えられるのか、その法理を説明すべきだ。なおその際、政府が説明している集団的自衛権行使の8類型のどれに当てはまるのか一緒に説明してほしい。
8類型については、左派もすんなりと読めるだろうから、赤旗の記事をはっておくよ。
PKO任務で武器使用/集団的自衛権など3分野・15事例判明
政府の説明は信用ならんとかいい始めると、その段階で憲法論どころか論理すらない主観論になるので、その辺はよろしく。
(3)自衛隊はフィリピンの小島を奪回できるか?
軍事学的見方
さて、scopedog氏が、(1)で指摘した国際政治的状況分析の不備と、(2)で指摘した憲法論としての法理の不備とをきちんと説明したとして、次に残る問題は、軍事論としての妥当性だ。つまり、中国がフィリピンの小島を強襲上陸し、フィリピンがそれを奪回するために、なぜかアメリカではなく日本に軍事介入を要請し、日本も憲法上の解釈をなんとかしてフィリピンの求めに応じることを決断した場合、どういう方法でフィリピンの小島を自衛隊は奪回するのかという軍事論である。
軍事論は、とてもテクニカルなものだ。ここではこんな作戦を考えられるという例示を行いたい。
どんな小島なのか
南沙諸島の中で現在中国が実効支配しているミスチーフ礁は、干潮時にしか海面上にでてこない環礁なので、軍事拠点足り得ない。
そこで、南沙諸島のうち、フィリピンが実効支配している島で最大の島である「パグアサ島」の写真をみてみよう。この島を中国が奪取したという前提で、奪還作戦を考えてみたい。
この写真は、フィリピン頑張れ - ☆★あぁ・・・早くリタイアしたいなぁ・・・★☆ - Yahoo!ブログから拝借した。
アメリカ軍だったら?
自衛隊の場合を考えるより、まずは世界最強のアメリカ軍だったらどうするだろうか?という点を考えたい。
- 補給戦を仕掛ける
近代戦は、華々しい戦いよりも補給(ロジスティックス)の勝負となる。中国が奪取後、戦闘機などを配備しなければ、この島の軍事的価値はそんなにない。戦闘機を配備し、対空ミサイルなど防空体制を整えて、初めて軍事的な価値を持つ。その場合、軍兵、捕虜などの食料、水からはじまり、航空機燃料、対空ミサイルや爆弾などの武器弾薬を補給できなければ、配備した部隊は能力を失ってしまう。
そこで、この島の基地に向かう補給船を攻撃し沈没させる、いわゆる補給戦を実施するだろう。
- 爆撃し無力化する
軍事衛星や偵察機などで精密な情報を得た後、潜水艦やミサイル駆逐艦に積んでいるトマホーク対地巡航ミサイルを使って、ピンポイント爆撃をかけていく。中国軍が対空防衛能力を失ったら、あるいは対レーダーミサイルを使って対空防衛能力を無力化した後で、空母艦載機による精密爆撃で施設や戦闘機を破壊し、滑走路破壊用特殊爆弾を使って滑走路を使えなくする。
要は敵戦力を無力化すればいいのであって、華々しく敵が待ち構えているところに「敵前上陸作戦」とか損害が大きそうな作戦を実施する必要はない。scopedog氏は歴史に詳しそうなので、太平洋戦争(大東亜戦争)時、日本軍(旧軍)の南洋の一大拠点だったトラック島をアメリカ軍がどう扱ったかを知っていると思う。戦力を無力化した後は、上陸作戦を実施せず、飛び石作戦で日本本土を目指した。南沙諸島でも同じである。
自衛隊だったら?
うーん、絶望的に奪還作戦で使えそうな兵力がない。
補給戦だけは、数隻潜水艦を南シナ海に派遣して実施できなくはないが、航空機を使って敵補給船を攻撃する場合に比べて、効果は落ちると思われる。
トマホーク対地巡航ミサイルは持っていない。
対レーダーミサイルも持っていない。
つまり効果的に敵対空防衛能力を破壊する方策がない。
虎の子のF-2戦闘機を、フィリピンに進出させて(フィリピンの航空基地を間借りさせてもらって)中国軍が対空防衛能力を保持している状況の中、果敢にピンポイント爆撃を実施し対空防衛能力を削いたとして、その後どうやって小島を奪取する?
西部方面普通科連隊という水陸両用部隊をおおすみ級輸送艦に積んで「強襲上陸作戦」遂行!?
損害が大きそうだ。
日本(沖縄、本土)への攻撃はないの?
scopedog氏が設定したケースの前提は、日本単独でフィリピンに軍事介入するということなので、アメリカ軍はこの戦争に介入してこない前提だよね?
日米安保条約にしても、日本かアメリカかどちらかが攻撃をうけ、自国の平和及び安全を危うくする場合、発動するのであって、このケースの場合、日本から攻撃を仕掛けたとみなしてアメリカは日本防衛に乗り出してこないことは十分にありえる。
でだ。そんな状況になれば、中国軍、特に南京軍区は対日強硬派と聞こえているので、日本への攻撃に乗り出してくるだろうよ。いけると思えば、済南軍区、北京軍区も参加するかもしれないし、瀋陽軍区だって北朝鮮越しに日本の日本海側に攻撃を行ってくるかもしれない。
自衛隊の役目ってなんだろう?
この事例の場合、フィリピンの小島の奪回にうつつを抜かしている場合か?
沖縄や本土が危急の時じゃないか。
そんなリスクを背負ってまでフィリピンに軍事介入する? そうでなければ……
“南シナ海の離島など中国にくれてやればいい”というメッセージを日本からフィリピンに伝えるのと同義です。
中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性 - 誰かの妄想・はてな版
軍事能力上できないことを要請されてできないと返答する。それが“南シナ海の離島など中国にくれてやればいい”というメッセージをフィリピンに伝えるとか、そんなナイーブ(純粋だが世間知らずの意味)な反応をフィリピンは示さないよ。彼らは十分にしたたかだ。侮らない方がいい。
もしフィリピンが中国から軍事攻撃されたら、フィリピンは日本にではなくアメリカに軍事介入を要請するよ。オバマ大統領も約束している。
その上でどうアメリカが判断するのかは、この反論の範囲を超える。
それは全く別のシチュエーション、ケース想定だ。
一言で批判すると、軍事紛争を扱った論で、軍事力のことを考えない論って初めて見たよ(笑)ってこと。*6
いや、僕が知らないだけで、どこかの界隈ではよくある論なのかもしれないが、それは世界では通用しない。ガラパゴス化した日本の特殊な論だ。
scopedog氏には、南沙諸島において日本の自衛隊が単独でどのような小島奪回作戦を遂行できるのか、説明してもらいたいものだ。
できないことをあたかも出来るように書くのは、強硬なナショナリストと同じ論法だ。
できないことをできないと率直にフィリピンに伝えることが、「“南シナ海の離島など中国にくれてやればいい”というメッセージを日本からフィリピンに伝えるのと同義」なのか論理的に説明してほしい。
(4)「現実主義」についてウソを説明しないで
なぜかいきなり断言が!?
というより、国際関係論における「現実主義」で考えれば、日本には中比紛争に介入する以外の選択肢はありません。
中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性 - 誰かの妄想・はてな版
こういう嘘っぱちを平気で書けるってどういうことなのだろうね。
どんな本のどんな理論を使うと、そんな結論がでるのか、きちんと論理的に説明してほしいね。でもこの投稿には、いきなり断言して、それについての説明は一切ないよな(笑)。
左翼の中には「短いセンテンスでレッテル貼りして、理論ではなく感情的な反発を狙う」という方策をとる人がいるけど、scopedog氏はどうなのかな? そうでないことを証明するために、論理的な説明を頼むよ。勉強した書籍も明記してね。
この一文さえなかったら、僕は別にこんな反論投稿しなかったと断言できる。
そこは重ねて言っておきたい。
攻撃的現実主義の良書
- 作者: ジョン・J.ミアシャイマー,John J. Mearsheimer,奥山真司
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僕はこれを使って、攻撃的現実主義ではどのような選択を行うのかを説明したい。
現実主義の限界(逆説的な説明)
どんな理論でも、その理論の適用限界というのがある。
現実主義の場合、戦争という選択肢を選ぶと、その後、現実主義の理論は役立たなくなる。また役立ち始めるのは、戦争が終わってからだ。戦争が行われている間は、軍事論しか通用しない。逆説的な説明だが、現実主義者は、戦争をコントロール不能な状況になることが多いため、その選択肢を嫌う。
ところが今回アメリカの保守派の内部闘争に加わった「リアリスト」たちは、そういった政府の「実務派」たちとは、ちょっと毛並みちがう。どうちがうのかというと、彼らは「国際関係論」(International Relations)という学問の中の「リアリズム」という理論を信じる学者たちなのである。
しかもそんじょそこらの学者ではなく、その理論では第一線級の人物たちばかりであった。彼らが総結集したということがまず重大であり、しかも彼らがそろいにそろってブッシュ政権のイラク侵攻に異議を唱えたということにものすごく大きな意味がある。
リアリストとは?いかなる人達なのか。いかなる学問・学派なのか。|地政学とリアリズムの視点から日本の情報・戦略を考える|アメリカ通信
国際関係論でいう現実主義の学者(リアリスト)は、ブッシュ政権のイラク侵攻に異議を唱えたのだという事実ぐらいは知ってほしいものだ。
リアリストが戦争に反対するのは、(当たり前だが)それが平和でないからだ。ただそれはリベラリストのように「戦争とは悪だから」という理由で反対するわけではない。「戦争は制御できないものだから」反対する。「結末がより混乱に満ちたものになるから」反対する。
そのあたりは、上記にあげた記事が現実主義者(リアリスト)をよく説明している。
僕たちがどんな考え方をするのかは、よくわかると思う。
戦争を選びたがるのは、ネオコンだよ。日本ではナショナリストだ。で、現実主義者(リアリスト)は、ネオコンから目の敵にされている(笑) 日本ではどうだろう? 僕たち現実主義者(リアリスト)がもっと増えて、ナショナリストを批判するようになると目の敵にされるかもしれない。
アメリカはフィリピンにどう対処しているか?
では話をもどそう。
アメリカは今回のオバマ大統領の訪問によって、攻撃的現実主義ではどのような対応をしたと考えるのかだ。
攻撃的現実主義では、国家がとりうる戦略を、大きく(1)パワー獲得のための戦略(4類型)、(2)侵略国を抑止するための戦略(2類型)、(3)避けるべき戦略(2類型)の3種類8類型に分類する。
今回、アメリカがとった行動は、この中の(2)侵略国を抑止するための戦略のうち、「バランシング」という類型の方策と考えられる。
バランシングの説明は以下の通り。
バランシング(直接均衡)によって、大国は自ら直接責任を持って、侵略的なライバルがバランス・オブ・パワーを覆そうとするのを防ぎに行く。(中略)
脅威を受けた側の国には、バランシングを効果的に行う三つの方法がある。一つ目は、外交のチャンネルを通じて「我々はバランス・オブ・パワーを本気で維持しているのであり、これが理解できないようなら戦争も辞さない」というはっきりとしたシグナルを送る方法である。このメッセージで強調されるのは、“対立”であり、“和解”ではない。
「大国政治の悲劇」 ジョン・J・ミヤシャイマー (p209)
今回、アメリカが実施した方法は、正にこれだ。戦争を辞さない態度を見せるのが大事なのだが、バランシングに失敗すると戦争することになる。つまり、アメリカはより戦争に近い方法を選択した。
なお、上記で説明していないバランシングを効果的に行う残り2つの方法は、防御的な同盟と自らの国力を使って抑止する方策の2つで、今回のアメリカの行動はこれには当たらない。
日本はフィリピンにどう対処している?
日本がフィリピンにとっている戦略は、(2)侵略国を抑止するための戦略のうち、「バック・パッシング」という類型の方策だ。
バック・パッシングの説明は以下の通り。
バック・パッシング(責任転嫁)は、大国にとってはバランシングに代わる主な戦略である。バック・パッシングを「する側」、つまり「バック・パッサー」は、自国が脇で傍観している間に他国に侵略的な国家を抑止する重荷を背負わせ、時には他国と侵略者を直接対決させるように仕向ける。
「大国政治の悲劇」 ジョン・J・ミヤシャイマー (p211)
日本は、南シナ海での中国とフィリピンの対立で(中国とベトナムの対立でも)、アメリカとフィリピンに中国を抑止する重荷を背負わせている。
この方法はあくどく思われるかもしれないが、国際政治では好まれて実施される方策であり、なによりもバック・パッサー(この場合日本)は戦争から遠ざかれる。
日本は、アメリカよりも戦争に至らない戦略をとっているのがわかる。
なお、フィリピンについては、バック・キャッチャーとしての重荷に耐えうるほど国力がない。
そこで、日本はバランシング的なこんな動きを行っている。
フィリピン訪問中の安倍晋三首相は27日、同国大統領府でアキノ大統領と会談した。首相は巡視艇10隻の供与を表明した。政府開発援助(ODA)の円借款を活用し、海上警備能力の向上を促す。同国と南シナ海のスカボロー礁の領有権を争う中国をけん制する狙い。
海上警備強化で巡視艇10隻を供与 日比首脳会談
そして、フィリピンの国軍の戦力を削ぎ、フィリピンの大きな問題になっている、ミンダナオ紛争解決に向けて支援を行っている。
4 我が国は,安倍総理が昨年7月のフィリピン訪問の際に表明したとおり,ミンダナオのコミュニティ開発,移行プロセスにおける人材育成,持続的発展のための経済開発支援等を通じ,和平プロセスへの支援を強化していきます。
ミンダナオ和平に関する交渉の終結について(外務大臣談話) | 外務省
これは人道目的ではあるのだが、その一方でフィリピンの国力UPに寄与するものだ。こういった地道な努力が、中国にも対抗できる力を少しずつ地道に育てると思う。
日本は賢明に戦争に至らない道を選択している
これはアメリカという強力なバック・キャッチャーがいるからこそできる方策なのだが、緊張が高まるアジア情勢において、少しでも日本から戦争を遠ざける方策でもある。
今回の集団的自衛権容認は、強力なバック・キャッチャーであるアメリカに、戦争を遠ざけるという日本の方策をできるだけ維持しつつ、アメリカの力を増させるバランスを持った方策であると考える。
最後に
scopedog氏が問うてる質問に答えよう。
南シナ海の離島の領有権を巡って中比紛争が生じる可能性はないと思ってます?
アメリカのバランシングが失敗した場合、アメリカを巻き込む形で中比紛争が生じる可能性は否定できない。
ただし、中国もアメリカと直接対決する愚はよく理解しており、その可能性はかなり低いと考えられる。
それとも、中比紛争が起きてもフィリピンは日本に支援を求めないと思ってます?
フィリピンは日本に支援は求めない。アメリカに支援を求める。
アメリカがもし中比紛争に巻き込まれたら、日本はアメリカに支援を要請され巻き込まれる可能性はある。フィリピンに巻き込まれるのではなく、アメリカに巻き込まれる。
でもそれは米中直接対決という構図であり、それは集団的自衛権を容認しようと容認すまいと、そんな事態になれば日本は戦争に巻き込まれる。今回の解釈変更の影響ではない。
ただしそれは、前述の通り、可能性はかなり低いと考えられる。
それとも、フィリピンが支援を求めても日本は応じないと思ってます?
仮に万が一フィリピンがアメリカではなく日本に直接支援を求めた場合、日本は憲法上も軍事能力的にもその要請に応じられない。
カギを握るのは、アメリカである。
ちょっと言い訳
本当に仕事が忙しくて、この投稿もかなり無理して書いた。
scopedog氏からは、「とりあえずダメだししときます。 - 誰かの妄想・はてな版」という批判投稿ももらっているのだが、それに対しての反論は、攻撃的現実主義の本質を説明しないと説得力がないと思っている。それで、少しずつ準備しているところだが、仕事との兼ね合いで2~3週間かかりそうだ。
そんな時には、議論も忘れられてしまっていると思うけど、とりあえず書こうとは思っている。
それまでの期間は、ちょっとブログ記事は沈黙に入ろうと思う。逃げたのじゃないので、そこはよろしく。
*1:実はscopedog氏は先日直接私の投稿に対する批判記事を書いていて、僕はその反論投稿を行うべく準備していたところだった。ただその投稿はとても長くなる予定で時間がかかっている。そういった状況でこの記事をscopedog氏が投稿したので、反論記事を簡単に書ける方を優先して書いた。批判から逃げたくせにというブコメを書きたがる人向けにとりあえず説明しておく。
*2:さらにくどいように説明するが、日本の自衛隊とアメリカ軍と、どちらの方が軍事的に強力なのか?って問うたら、普通の感覚をしていたらわかりそうなものだ。そして憲法にしても、アメリカに戦争権限を定める憲法規定はあっても、戦争を禁じる憲法規定はない。
*4:その他、第2項で規定する交戦権の解釈についても、解釈問題があるのだが、それは今回の投稿の主題からはずれるので省略する。
*5:僕は自衛隊は憲法の条文には反する存在(あえて違憲と言っていない)だが、そもそも憲法第9条については自衛隊が設立された際に法の規範としての効力は失われたという、政府見解でもなく、護憲派の主張とも違い、憲法学の主流とも違う憲法論を持論としている。念のため追記する。ただし、その憲法論の法理を説明するととても長くなるので、今回は省略する。
*6:政治を考えない軍事だけの論はよく見るけど、これはこれで問題は大きいね。学生時代指導教授に、軍事は政治の延長であって軍事だけを考えるとありもしない論を考えることになる、それは意味のないことだと言われた言葉を思い出す。