日はまた昇る

コメントを残したい方は「はてなブックマーク」を利用してください。

慰安婦問題:韓国のナショナリズムに寄り添うということ

はじめに

8月5日の朝日新聞による吉田証言報道の撤回から、慰安婦問題に関する記事、投稿が、はてなのホットエントリによくあがっていると思う。そんな中、朴裕河世宗大教授の投稿が9月10日のホットエントリにあがっていた。この投稿は慰安婦問題の本質をよく説明していると思うし、考えさせられる点が多い。
今日は、この朴裕河氏の投稿や著書の主張を引用しながら、慰安婦問題について考えてみたい。朴裕河氏のような専門家と自分の意見の比較というのはとても僭越とは思うが、意見の違いの分析によって慰安婦問題が解決困難な理由が明確になると思うので書くことにした。慰安婦問題が解決困難な理由を明確にするということは、逆に捉えると、慰安婦問題の解決のために乗り越えなくてはならない必要なことを明確にするということだと思っている。
 

基本的な考え、スタートライン

慰安婦問題が表面化して以降、20年以上が経つのに慰安婦問題は解決されていません。そして、断言できますが、慰安婦問題への理解と解決のための方法が変わらなければ、慰安婦問題は永遠に解決しないでしょう。そして日韓関係は、今以上に打撃を受けることになるでしょう。

それでも慰安婦問題を解決しなければいけない理由 | 朴 裕河

朴裕河氏の投稿の冒頭にあるこの短い文章の指摘点は次の3点だ。

  • 慰安婦問題は20年以上解決されていない。
  • 慰安婦問題への理解と解決のための方法が変わらなければ慰安婦問題は解決しない。
  • 慰安婦問題が解決しなければ日韓関係は今以上に悪くなる。

この3点の指摘については全く同感だ。このまま日韓双方の政府と日韓双方の国内の言論が変わらなければ慰安婦問題は解決せず日韓関係は一層悪くなる。その現実認識は同じ、すなわちスタートラインは一緒と思った。*1
 

日韓関係の対立を増大させるメカニズム(ループ構造)

日韓関係が壊れていく構造

慰安婦問題に限らず対立を深める日韓関係の構造は、ここ10年以上全く変化がない。
日本と韓国のナショナリズムの衝突と日本国内の政治的な対立構造がちょうど三角形のような関係となり、日韓関係の対立を増大させるメカニズム(ループ構造)ができあがってしまっている。

f:id:the_sun_also_rises:20140915214556p:plain
図1:日韓関係の対立を増大させるメカニズム(ループ構造)

構造はとてもシンプルだ。
例えば日本で河野談話の撤回を求める動きが起こると、その動きに韓国の政府、マスコミが反応、韓国のナショナリズムが高じる。そうして生じた韓国側の批判に、日本の「進歩的」と称されるマスコミなどが呼応し、日本のナショナリストを批判する。そして今度は日本のナショナリストが反応して・・・、こういったループ構造ができている。
インターネット時代になり、他国の情報が簡単に国境を超えるようになった現在、このループは簡単に一回りし、一回りする都度、日韓双方の国民感情は相手国に対して批判的になり、険悪になっていく。
このループは、「李明博前大統領の竹島訪問」と「朴槿恵大統領による一連のいわゆる反日侮日外交」によって更に簡単に回るようになった*2。ここ1年は「安倍首相の靖国訪問」、「河野談話の検証」などで日本側がループの推進力となり、直近では「産経新聞の前ソウル支局長の起訴」問題が起こり、今度は韓国主因で対立増大メカニズムが一回転したばかりだ。
 

日本における慰安婦問題に対する代表的な4つの態度

慰安婦問題の本質は、戦争における性暴力の問題であり、人道の問題であるのは間違いないだろう。
しかし、ここに日韓双方のナショナリズムが加わり、20年以上続く日韓の外交上の対立点となったため、慰安婦問題は政治問題としての性質を濃くしていった。これが純粋に人道問題だけであれば、54人と言われる存命の元慰安婦の救済を行うことが不可能だとは到底思えない*3。しかし慰安婦問題は既に政治問題と化しており、解決の糸口も見えない状況になっている。
そして政治問題であるがゆえ、その人の政治的立ち位置によって慰安婦問題に対する態度は大きく異なる。私は大きく4つに分類できると思っている。

1つめの分類軸:いわゆる左右の軸、政治目標の優先順位を表す軸

慰安婦問題に対する態度が、いわゆる左右といわれる政治的立ち位置によって異なるのは広く知られたところだと思う。
ところが、この左右の定義があいまいであるため、分類軸として有益でないことがある。そこでこの投稿では、いわゆる左右の軸とは政治目標の優先順位を表す軸と定義したい。
そして、慰安婦問題は外交問題であるので、片方(右側)の重視する政治目標を国益とし、反対側(左側)をそれの対立概念「国際協調」とする。また左派の重視する政治目標としてもう一つ「人権」もあげておく。「人権」に対する右派の対立概念は存在しない。あえて対立概念をあげるとやはり「国益」となると思う。

2つめの分類軸:考え方の軸

例えば、同じ右派であっても河野談話に対する態度などにおいて差があるのはよく知られたことだと思う。よくこういった差を極右と穏健保守とに分ける論もあるが、左右の程度の差という分析は実態をよく表していないと思う。
私は自分自身を、上記で定義した左右の軸、すなわち政治目標の優先順位の軸でプロットすれば限界に近い右側に位置すると思っている。それは国際問題を考える時「国益」を最優先に考え、「国際協調」や「人権」などを「国益」より優先することが全くないからだ。しかし、私自身はいわゆる極右と称される人たちとは考え方が異なる。例えば「慰安婦問題の存在を認め、河野談話は維持すべき」と私は考えている点などが異なる。
上記の理由で、新たな分類軸、すなわち政治的な左右双方が内包している考え方の差異という軸を導入し、2つの分類軸で分類する方法の方が、左右の1軸だけで分析するより有益だと思う。
そこでその軸の片方を、「原理的」「原則重視」の考えとする。反対側にはこれの対立概念「世俗的」「実利重視」がくるだろう。

なお、「原理」という用語は、次の意味で使っている。

事象やそれについての認識を成り立たせる,根本となるしくみ。
原理とは - Wiktionary日本語版(日本語カテゴリ) Weblio辞書

一方の「世俗的」という用語は、次の意味で使っている。

世間一般に見られるさま。世俗的とは - コトバンク

4つの象限

さて、上記にあげた2つの分類軸を図に表すと、次のように4つの象限*4ができる。
なお、左右の軸は、先に述べた通り政治的な左右に合わせた。上下の軸はどちらが上であってもいいのだが、私は「原理=根本=土台」というイメージがあり原理側を下にしたかったのでそうした。なお象限の数字は一般的なものを使った。*5

f:id:the_sun_also_rises:20141007060606p:plain
図2:政治目標と考え方の2つの軸で分けた4つの象限

慰安婦問題に対する態度は、この4つの象限のどこに位置するかによって分類できると思う。


右派の分析

まず最初に、国益優先の考え、いわゆる「右派」の分析をしてみたい。

右下:第Ⅳ象限『国益優先、原理的で原則を重視する人』

右派で最初に分析したいのは、図2の右下、第Ⅳ象限の右派。すなわち、『国益を優先し、原理的・原則重視で考える』人たちである。
下に引用したのは8月28日付の産経新聞の主張だ。これは自民党政務調査会が政府に対し河野談話の見直しを要請したことをうけて書かれた主張になる。
これがこの象限『国益重視、原理・原則を重視する人』の代表的な考え方と思う。

自民党政務調査会は政府に対し、慰安婦制度の強制性を認めた河野洋平官房長官談話に代わる新たな談話を出すよう要請した。
事実を無視してつくられた虚構の談話を継承することは国民への背信である。政府の検証結果を踏まえた新談話によって国際的に広がった誤解を正すべきだ。
【主張】慰安婦問題 新談話と河野氏の招致を(1/2ページ) - 産経ニュース

論旨はとても明確だ。
慰安婦制度の強制性が否定されるのならば、この主張は正しいと言える。もっともこの強制性の否定については左派から強い反論がでているのだけど、それは左派の分析の項でふれたい。またこの投稿全体の趣旨は「慰安婦制度の強制性の有無」を論じることでないので、その点了承いただければと思う。
この象限の考えは前述のとおり慰安婦制度の強制性と軍関与の否定』が論理立ての基礎になる。その根本には、『過去の日本の行動は正しかった。ただ武運なく敗れただけだ』という日本の正義を信奉する原理・原則があるように見える。
『強制性の否定』さえできれば、『①強制はなかった。軍も関与していない。強制を認めた河野談話は誤りだ。②河野談話は日本の尊厳を傷つけた。③だから河野談話を否定し新談話を出すべきだ』という演繹法*6、いわゆる三段論法の論理が成り立つ。この象限の人たちは、原理的、原則重視の考え方を持つため、こういった論理立てを必要としている。そのため、この論理の基礎となる『強制性の否定』に繋がるものを探していく。そして『強制性の否定』を以って慰安婦問題そのものを否定し、それで慰安婦問題の解決とするのが、この象限『国益重視、原理原則派』の考え方だと言える。
この象限にいる人の慰安婦問題に対する基本的な態度は『反発と否定』である。

右上:第Ⅰ象限『国益優先、世俗的で実利を重視する人』

次に分析したいのは、図2の右上、第Ⅰ象限の右派。すなわち、『国益を優先し、世俗的、実利重視で考える』人たちである。
私自身は、自分をこの象限の右上の端に位置すると思っている。*7
この象限にいる人の考えの代表的な事例として、菅官房長官の発言をあげておきたい。

菅義偉官房長官は26日午前の記者会見で、慰安婦問題をめぐり韓国側が日本政府の謝罪や名誉回復措置を求めていることについて、昭和40年の日韓請求権協定に基づき解決済みとの見解を重ねて示した。
慰安婦問題「解決済み」 菅長官が重ねて見解 - 産経ニュース

菅義偉官房長官は7日の記者会見で、当時の河野洋平官房長官が行った「従軍慰安婦に関する談話」について「政府として、総理も、私も繰り返し言っているように、河野談話は継承する立場。見直す考えはない。全く変わっていない」と河野談話を見直すことはしないとの考えを強調した。
河野談話は継承する 改めて強調 菅官房長官 | 国内政治 - エコノミックニュース

この象限の考え方を端的に言えば、慰安婦問題は日韓請求権協定に基づき解決済み。一方河野談話は継承する」ということになる。これは日韓の条約と過去の談話、声明等を基本に据える考え方だ。「日韓請求権協定」では明確に請求権は完全かつ最終的に解決されているとしている。これを重視する。

第二条
1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。
財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定

韓国政府は慰安婦問題の請求権はこの協定の対象外だと考えているようだが、それを日韓の二国間外交において正式な外交上の要求としていない。*8
そこで慰安婦問題を支援する団体がどのように「日韓請求権協定」のこの条文を解釈しているかを見て、韓国政府の主張を類推することにする。

日韓請求権協定では、日本の朝鮮植民地支配とアジア侵略戦争によって引き起こされた「慰安婦」の被害に対する歴史的責任の問題が解決されたと言うことはできません。
1-3 日韓請求権協定と「慰安婦」問題 | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

条約という国際法を扱っている文章なのに、法的責任ではなくて歴史的責任とぼやかしているのはいただけないが、この主張をまとめると次のようになると思う。

  • 国家は私人の代理人でないので、私人の権利を制限する条約を締結する権限はない。この条文をもって私人の請求権が消滅したとはいえない。
  • 交渉において慰安婦問題はほとんど話し合われていない。この条文で解決したとされる請求権には慰安婦の被害は含まれていない。

これに対する反論等を書くとこの投稿の本筋から離れてしまうので紹介にとどめるが、もしこの主張を認めると、日韓基本条約だけでなく、日本の独立の根拠になるサンフランシスコ平和条約も、日中友好条約も、その他の国との基本条約、平和条約等の全てで、その条約締結の議論の際、議論されなかった問題があれば、それらは半永久的に日本へ賠償請求できることになる。また国家間の賠償が決着しても個人への賠償は全く決着できないことになる。これは日本にとって独立の基盤すら失いかねない、つまり国の死刑宣告にもなりうる要求だと私は危惧する。*9
この象限の人が考える慰安婦問題で守らなければならない日本の最大の国益日韓基本条約」と「日韓請求権協定」などの付随協定を堅持することだろう。
この点で日本に妥協の余地はない*10。それでも韓国がこの主張を日本に認めさせたいのなら、韓国は国際司法裁判所規程*11第36条2項に基づく義務的管轄権の受諾を行い、国際司法裁判所に提訴すればよい。そうすれば日本は既に義務的管轄権の受諾を行っているので、強制的にその裁判に応ずることになる。
この象限の考えを持つ人は、それを強く意識している。
日本の「法的責任」は絶対に認められない。それは「慰安婦問題の最終解決」や「日韓の和解」より優先すべきものである。例え「日本の名誉」が傷つこうと「国際社会で孤立」しようと「法的責任」は認められない。それは国としての日本と日本人の生存を危うくする。しかしそれを逆に言うと、日本の「法的責任」さえ回避できれば、慰安婦問題解決に向けた一定の譲歩は許容する考え方でもある。
一方、現在の日本の左派には「日本の法的責任を追求する主張」と「法的責任より和解を優先する主張」が混在しており、混在を許したまま左派の主張に譲歩するのは「法的責任」追求への道を開きかねないことから拒むしかないと考える。つまり現状では「慰安婦問題」は解決不可能であり、ダメージをコントロールするしかないと割り切っている。
この象限にいる人の慰安婦問題に対する基本的な態度は『割り切りと拒否』である。*12

国益とは何か? その考え方の相違

右派の第Ⅳ象限『国益重視、原理・原則を重視する人』と、第Ⅰ象限『国益重視、世俗的で実利を重視する人』は、国益を重視するという点で共通項がある。
しかし、「河野談話」については、一方はそれを否定し見直しを主張する。一方は堅持を主張する。「河野談話」は見直す方が国益なのか、堅持する方が国益なのか。真っ向から食い違うが、それは片方の考え方が間違っているからなのか。
いろんな見方があると思う。私は、この差が生じるのは、「国益とは何か?」という考え方に相違があるからと見ている。
第Ⅳ象限『国益重視、原理・原則を重視する人』の考える国益は、ほとんど「日本の正義、日本人の名誉」と同義であるように思える。河野談話については、それは「日本人の名誉」を傷つけるものであるから見直しを主張する。
一方、第Ⅰ象限『国益重視、世俗的で実利を重視する人』の考える国益は、まさしく世俗的で実利的なものだ。河野談話については、河野談話によって世界に向けて慰安婦問題を謝罪したという事実が、各国との外交、特に韓国や中国以外の国との外交でよい効果をもたらしていることを重視して河野談話堅持を主張する。*13

日韓関係の対立を増大させるメカニズム(図1)の影響の相違

図1で示した「日韓関係の対立を増大させるメカニズム」の中の「日本のナショナリズム」は、主に第Ⅳ象限『国益重視、原理・原則を重視する人』が担っている。このループが一回りすると、日韓双方の国民感情は相手国に対して批判的になり、険悪になっていく。つまり日本側では「韓国はけしからん」と考える人が増えていく。この動きは政治的には無視しづらい。そこでそういった人を取り込む動きが生じる。
ところが第Ⅰ象限の考え方はわかりにくく「国益は国際協調に優先する」という考え方は、ややもするとマキャベリズムのように「冷たく謀略に満ちた」印象を与えることがある。だから単純に「韓国はけしからん」と考える人の取り込みに失敗している。
その一方、第Ⅳ象限の主張は「慰安婦に強制性はなかった」というこの一点さえ説得できれば、その後の論理はとてもわかりやすく「韓国はけしからん」と考え始めた人に「肯定感」を提供できる。*14
かくして図1で示した「日韓関係の対立を増大させるメカニズム」のループが回れば回るほど、第Ⅳ象限『国益重視、原理・原則を重視する』考え方を支持する人が増えていく。彼らは日韓対立の最大の受益者となっており、だからこそ彼らの日韓対立を煽る主張は止むことがない。
日中対立より日韓対立の方がこの動きが顕著なのは興味深い点だと思う。*15
一方、世俗的実利重視の第Ⅰ象限の側から見ると、第Ⅳ象限の考え方の人が増加するのは、一番重要な国益といえる『「法的責任」を認めろという要求を拒むこと』に資するので、正直最善な状況とは思えないが否定する状況でもない、すなわち致し方ない状況と考えている。
もっとも「韓国けしからん」が嵩じてしまい「韓国人排除」などの差別的言動、嫌悪表現が増加するという悪影響があり、それは問題が大きい。これについては、啓蒙活動を行う一方で、法的に対処して抑えこむしか方策がないと思う。

第Ⅰ象限と第Ⅳ象限を分けるもの

一番端的な事例は前述の通り河野談話だと思う。
第Ⅰ象限の考えを持つ人は河野談話の維持」を主張している。第Ⅳ象限の考えを持つ人は河野談話を否定し見直すこと」を主張している。
 

左派の分析

次に、国際協調・人権優先の考え、いわゆる「左派」の分析をしてみたい。

左下:第Ⅲ象限『国際協調・人権優先、原理的で原則を重視する人』

左派で最初に分析したいのは、図2の左下、第Ⅲ象限の左派。すなわち、『国際協調・人権を優先し、原理的・原則重視で考える』人たちである。
この象限の代表的な主張として、日本共産党の主張をあげようと思う。

旧日本軍の「慰安婦」問題は、当時の天皇制政府と日本軍が朝鮮半島などから多数の女性を動員し、「性奴隷」として「売春」を強制した、言語道断の戦争犯罪です。政府機関や植民地経営にあたった総督府、軍自身が組織的に女性を集め、「慰安所」の設置や管理にも関わるなど、国家機関と軍の関与は明らかです。
(中略)
韓国では元「慰安婦」の人たちのほとんどが「償い金」受け取りを拒否し、日本政府の公的な謝罪と賠償を求め、裁判にも訴えています。
日本軍「従軍慰安婦」問題 解決は世界への日本の責任

これも右派の第Ⅳ象限の主張と同じく、論旨はとても明確だ。
『①慰安婦は性奴隷として売春を強制した戦争犯罪だ。②慰安婦制度は総督府、軍自身が組織的に関与した。③だから日本は法的な責任を有し国家賠償が必要だ』という論理だ。
右派との争点は3点あって、『①慰安婦制度の強制性』『②旧軍の関与』『③韓国の請求権放棄の否定』である。特に第Ⅳ象限の『国益を優先し、原理的・原則重視で考える』右派と、①と②の争点、すなわち強制性と旧軍の関与の争点で強く争っている。
なおこの投稿の趣旨は慰安婦制度の強制性の認識について、どの考えが正しいかを論じることではないと改めて強調しておきたい。*16
朝日新聞による吉田証言を報じた記事と慰安婦と女子挺身隊を混同した記事の撤回をうけて出された日本共産党の主張を読むと、何が争点となっているかよくわかる。

河野談話」否定派は、「吉田証言が崩れたので河野談話の根拠は崩れた」などといっていますが、「河野談話」は、「吉田証言」なるものをまったく根拠にしていないということです。
(中略)
それでは、「河野談話」は、何をもって、「慰安婦」とされた過程に強制性があったと認定したのでしょうか。その点で、前出の石原元官房副長官が、同じテレビ番組で、元「慰安婦」の証言によって、「慰安婦」とされた過程での強制性を認定したとあらためて証言したことは重要です。
歴史を偽造するものは誰か――「河野談話」否定論と日本軍「慰安婦」問題の核心

この象限の考えは、前述の通り慰安婦制度は日本が国家として売春を強制した戦争犯罪であり法的責任と国家賠償が必要という認識が基本となる。*17
そしてこの認識は、韓国政府と韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)などの韓国の慰安婦支援団体の認識とほぼ一致している。*18
この象限にいる人の慰安婦問題に対する基本的な態度は『非難と要求』である。*19

左上:第Ⅱ象限『国際協調・人権優先、世俗的で実利を重視する人』

最後は、図2の左上、第Ⅱ象限の左派。すなわち、『国際協調・人権を優先し、世俗的、実利重視で考える』人たちを分析する。*20
ここでようやく朴裕河氏の投稿を引用することができる。これはこの象限の代表的な考えだと思う。*21

この場面は朝鮮人慰安婦問題の本質を明確に示しています。つまり、まず日本軍が直接、強制連行や人身売買を指示したことはないという事実、にもかかわらず、彼女をそこに連れてきた主体は他ならぬ「日本帝国主義」だったという事実です。
それでも慰安婦問題を解決しなければいけない理由 | 朴 裕河

これは1965年に制作された鄭昌和監督『哈爾浜江の夕焼け』という映画の場面を引用しながら、戦争が終わって間がない時の慰安婦に対する見方と強制性について書いている部分だ。
私が投稿の一部を切り取ったので、誤った認識を持たれるのではという懸念がある。朴裕河氏の主張を正しく解釈すべき点の第一は、朴裕河氏は「慰安婦制度の強制性」を明確に認定しているということだ。そしてその暴力性を強く非難している。慰安婦制度に対する非難の強さという点では、第Ⅲ象限の人たち、あるいは韓国の挺対協の非難の強さと何ら変わらない。
第Ⅲ象限の人、あるいは韓国の挺対協の考えと異なるのは、「強制性の責任が誰にあるか」という点だ。ここでは「強制性の責任」があるのは日本帝国主義だとしているが、その概念はわかりにくい。
上記に取り上げた投稿と朴裕河氏の著書「和解のために」に書かれている内容とを総合して朴裕河氏の考えを説明すると次のようになると思う。

  • 慰安婦問題を戦争時における性暴力の問題と広く捉えている。
  • 被害者は「韓国人」慰安婦だけでなく「日本人」慰安婦も他の国の慰安婦も同じであり、全員が被害者だと捉えている。
  • 戦後、日本と韓国両方の国で設置された米軍向けの「日本人」「韓国人」慰安婦も被害者と捉えている。
  • 更に慰安婦問題だけでなく「引揚時の日本人女性に対するレイプ」も含め、全ての戦争時の性暴力について同じように扱っている。
  • 慰安婦の強制性と暴力の責任は、日本政府、軍のみならず女性を売った親、慰安婦を募集した朝鮮人業者なども含めて加害責任があると捉えている。植民地であった韓国を含めて当時の帝国としての日本社会全体の責任と捉えている。
  • 一方、元慰安婦の経験、考えも一様ではなく、その元慰安婦への加害責任は一様ではないとし、挺対協の主張する一つの解釈を正義とする考えを批判している。
  • 従って、元慰安婦の意見をきちんとヒアリングし、それを世に伝え、それぞれの受けた暴力に対する責任を問うべきとしている。
  • 責任は複合的なものであり日本だけへ法的責任を問うのは「困難」としている。

和解のために?教科書・慰安婦・靖国・独島 (平凡社ライブラリー740)

和解のために?教科書・慰安婦・靖国・独島 (平凡社ライブラリー740)

上記は、日本が免責であるとか、日本の責任を薄く考えるという主張でないことを強調しておきたい。特に慰安婦制度を「発案」し「命令」した者に対する非難と責任追及の思いは極めて強い。
私が朴裕河氏の主張で一番注目するのは次の点だ。

今、韓国の支援団体と政府はこの問題について、「法的責任」を認め、そのための措置を取るよう日本に要求していますが、50数人が存命の元慰安婦の中には、実は異なる意見を持った方々がいます。しかしその方々の声はこれまで聞こえてきませんでした。違う声があったとすれば、これまで私たちはなぜその声を聞くことができなかったのでしょうか。
これまで聞こえてこなかった声を、違う声を聞いてみようという問いかけは、実は、元慰安婦の方々だけでなく、支援団体、さらには学者にも当てはまる問いだと分かりました。韓国はもちろん、日本の支援団体や学者など関係者にとっても、慰安婦問題の主流となっている理解、常識と違う声をあげることは、思うほど自由ではありませんでした。
それでも慰安婦問題を解決しなければいけない理由 | 朴 裕河

私は、この考えの根底に多様性を前提とする考え」が存在していると思ったので注目した。世俗的なアプローチ、つまり現実をできるだけありのままに見るためには、多様性の認識と許容はその根幹をなすといってよいと思う。*22
そして、元慰安婦のそれぞれの問題の多様性とともに、異なる意見を持つグループ同士の政治的な力の相互作用を考慮していることも注目したい。例えば以下の文章などである。

日本の右傾化は自然発生的なものではなく、韓国の対日姿勢がそうさせた側面があります。最近目に見えて増えた嫌韓現象も同様です。個人の関係だけでなく、国家の関係も相対的なものだからです。彼らの中には深刻な差別主義者が存在しますが、運動が必ずしも正確ではない情報を流布する限り、彼らに対する批判の効力は弱まるしかありません。
それでも慰安婦問題を解決しなければいけない理由 | 朴 裕河

この考え方は、原理的で原則を重視する「第Ⅲ象限の左派」には受け入れづらいだろう。一方、私はこの分析に同感する。実は「第Ⅰ象限の右派」も、「第Ⅱ象限の左派」と同様に、異なる意見を持つグループ同士の政治的な力の相互作用を重視する。*23
つまり「第Ⅰ象限の右派」と「第Ⅱ象限の左派」は、導き出す結論は全く異なるが、現象を見る目という点では共通点があるということを表していると思う。
この象限の人たちは、法的責任を日本に認めさせることではなく、慰安婦問題の倫理的な解決を目指す。それは元慰安婦の個人の救済を目標としているからのようにみえる。
この象限にいる人の慰安婦問題に対する基本的な態度は『和解と救済』である。

国際協調に関する考え方の相違

左派の第Ⅲ象限『国際協調・人権優先、原理的で原則を重視する人』と第Ⅱ象限『国際協調・人権優先、世俗的で実利を重視する人』は、国際協調と人権を政治目標として優先するという共通項がある。
慰安婦問題は人権問題であるという点において、第Ⅲ象限の左派と第Ⅱ象限の左派に認識の差はない。
一方、日本に対する「法的責任」という点では、第Ⅲ象限の左派は日本が法的責任を認めることを強く要求し、それなしでは慰安婦問題の解決はないとしている。
第Ⅱ象限の左派は、日本政府が法的責任を認めることに必ずしもこだわらず、あるいはそれを日本政府が認めることは絶対にないことを許容し、その上で倫理的解決を図ろうとする。
その差は、どこから来るのであろうか? 
これもまたいろんな意見があると思う。私には、第Ⅲ象限の左派と第Ⅱ象限の左派にとっての「国際協調」の有り様という点で、認識の差異があるように見える。
第Ⅲ象限の左派、すなわち『原理的で原則を重視する』左派は、「国際協調」の対象として、歴史的、特に日本の侵略戦争と関わりが深い国家との関係を重視する傾向が強いと思う。慰安婦問題については、韓国を中心に据え、韓国との関係性において事象を評価する。
それに対し、第Ⅱ象限の左派、すなわち『国際協調・人権優先、世俗的で実利を重視する』左派は、日韓関係は、重要な二国間関係ではあるものの、日本にとっても韓国にとっても数ある二国間関係の一つであるという意識を持っている。そのため、慰安婦問題についても、韓国人の慰安婦だけでなく、日本人や他の日本の占領地出身の慰安婦にも同じ視線を投げかける。
その差が、日本に対する「法的責任」の要求という点での差異につながってくる。
第Ⅲ象限『原理的で原則を重視する』左派は、慰安婦問題では韓国を中心に据えた国際協調を目指すため、韓国の要求を日本が全面的に認めることが目指すべき国際協調だと考えている。一方、第Ⅱ象限『国際協調・人権優先、世俗的で実利を重視する』左派は、日韓関係を重要ではあるものの数ある二国間関係の一つと認識するため、他の二国間関係と同様に日韓関係も宥和的な関係であるべきとする。それが日本政府が絶対に反発するであろう「法的責任」に対する態度の差になって現れていると思える。
右派も「国益」に対する解釈が「第Ⅳ象限」と「第Ⅰ象限」の人で違うように、左派も「国際協調」に対する考えが「第Ⅲ象限」と「第Ⅱ象限」の人で違うようにみえる。

第Ⅱ象限と第Ⅲ象限を分けるもの

一番端的な事例は前述の通り「日本の法的責任」に対する考え方だと思う。
第Ⅲ象限の考えを持つ人は「日本の法的責任」の追求を絶対のものとしている。第Ⅳ象限の考えを持つ人は「日本の法的責任」に拘らず倫理的解決を優先するよう主張している。
 

日本における慰安婦問題に対する代表的な4つの態度のまとめ

ここで、一旦、上記の分析をまとめみたい。

慰安婦問題に対する基本的態度

各象限の人たちの慰安婦問題に対する基本的態度を表すと次の通りになる。
左側、第Ⅱ象限と第Ⅲ象限の考え方を分けるものは『日本の法定責任』に対する考え方の差異である。
右側、第Ⅰ象限と第Ⅳ象限の考え方を分けるものは『河野談話』に対する考え方の差異である。

f:id:the_sun_also_rises:20141021224615p:plain
図3:日本における慰安婦問題に対する4つの基本的態度

左上、第Ⅱ象限『世俗的・実利重視』の左派以外は、ネガティブな態度であることに注目してほしい。これについては後述する。

河野談話と日本の法的責任に対する考えの違い

河野談話と日本の法的責任に対する考えの違いが、右派、左派内での考え方の違いを生んでいる。それを整理してみると次のようになる。

f:id:the_sun_also_rises:20141021223931p:plain
図4:河野談話に対する考えの差異     図5:日本の法的責任に対する考えの差異

河野談話に対する考え方では、右下、第Ⅳ象限『原理的・原則重視』の右派だけが、河野談話を否定し見直しを主張している。
日本の法的責任に対する考え方では、左下、第Ⅲ象限『原理的・原則重視』の左派だけが、日本の法的責任を強く要求している。
この整理によって、どの考えの人たちがどんな対立点を抱えているか、より明確になると思う。
 

日韓の和解に向けて

私は、今後数年の日韓関係について、悲観的にみている。
攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(実践編)」という投稿で分析を書いたが、中国の台頭により安全保障分野で日韓の国益に齟齬が生じるようになったということが、この慰安婦問題にも影を落としている。
ただ同じ分析を何度も書いても新鮮味がないと思う。
そこで今回は、日韓関係の悲観論者の立場から見た「慰安婦問題の日韓の和解」に対する分析を行ってみようと思う。

日韓の和解の原動力となる人たちとは?

当たり前だが、和解の原動力となるのは、和解を本当に心から願う人だ。図3「日本における慰安婦問題に対する4つの基本的態度」を見ると、それは第Ⅱ象限『国際協調・人権優先、世俗的・実利重視』の左派だということがわかる。
日韓が和解するためには、この人たちがもっと大きな声を上げる必要がある。ただ、この人たちは、これまでの日韓双方の葛藤によってもう十分すぎるほど傷ついている。そして沈黙していったようにみえる。それでもこの人たちが声を上げるのをやめれば、慰安婦問題は永久に解決しない問題となるだろう。

日韓の和解を阻害する人たちとは?

第Ⅳ象限『原理的・原則重視』の右派、よくナショナリストと呼ばれる人たちは、明らかに和解を阻害する。理由は言わずもがなと思う。
私が属する第Ⅰ象限『世俗的・実利重視』の右派も、それを必ずしもよしとはしないが今は意図的に日本のナショナリズムに寄り添っており、和解を阻害する。
議論があるのは、第Ⅲ象限の『原理的・原則重視』の左派が日韓の和解を推進するのか、阻害するのかだと思う。

第Ⅲ象限『原理的・原則重視』の左派も和解を阻害する

私は、第Ⅲ象限『原理的・原則重視』の左派は、第Ⅱ象限の左派の活動を批判、妨害し、その結果、日韓の和解を阻害すると見ている。理由は3つだ。

(1)連携すれば対立増大のループが回る

第Ⅱ象限『世俗的・実利重視』の左派が、第Ⅲ象限『原理的・原則重視』の左派と連携して日本の対応と日本の右派全体を批判した場合は、今の状況と全く変化がない。
朴裕河氏も「断言できますが、慰安婦問題への理解と解決のための方法が変わらなければ、慰安婦問題は永遠に解決しないでしょう」と書いている通り、それは慰安婦問題の解決を遠ざける。図1に示した「日韓関係の対立を増大させるメカニズム」のループが回り、日韓関係は壊れていく。慰安婦問題の解決からは遠ざかることになる。

(2)韓国の言論との関係

慰安婦問題は、日本と韓国、双方の問題だ。第Ⅲ象限の左派の主張は韓国政府や挺対協などと意見が一致しており、その活動を支援する構造になっている。一方、韓国の朴裕河氏などの活動は韓国の挺対協などと強く対立しており、日本で第Ⅱ象限の左派が第Ⅲ象限の左派と連携することは、韓国での朴裕河氏などの活動の足を引っ張ることになる。例えば、韓国のナヌムの家の所長が実質的に中心となっている朴裕河氏の著書の出版差し止め訴訟などを間接的に支援してしまうことになる。慰安婦問題の解決のためには、日韓双方で自由な言論が必須であり、このような韓国国内の自由な言論を抑制させるための活動を間接的であろうと支援してしまうのは、問題の解決の阻害要因だといえるだろう。

さる6月16日、ナヌムの家(注:元日本軍慰安婦の共同生活施設)に居住している元日本軍慰安婦の方々から、昨年の夏に韓国で出版した『帝国の慰安婦――植民地支配と記憶の闘い』を名誉毀損とみなされ、販売禁止を求めて訴えられるようなことがあった。(名誉毀損の刑事裁判、2億7千万ウォンの損害賠償を求める民事裁判、そして本の販売差し止め、三つの訴状が裁判所に出され、わたしにはこのうち差し止めと民事裁判の訴状だけが届いている。)刊行直後は多数のメディアがわりあい好意的に取り上げてくれたのに、10ヶ月も経った時点でこのようなことが起こってしまったのである。
慰安婦支援者に訴えられて | 朴 裕河

(3)マキャベリズムは似合わない

もし第Ⅱ象限の左派が、日本での右派との論争を優先し、それまでの期間、第Ⅲ象限の左派と連携する方法はある。(私もそうだが)第Ⅰ象限の右派が第Ⅳ象限の右派、すなわち日本のナショナリズムと寄り添っているようにだ。ただ第Ⅱ象限の左派は、私には理想主義的な人が多いように思える。こういった「敵の敵は味方」のような考え方をこの象限の人は嫌うだろうし、そのやり方は得意ではないだろう。

三者が三様に阻害する

第Ⅳ象限の右派は、慰安婦問題の存在と和解の必要性を否定するので、和解を阻害する。
第Ⅰ象限の右派は、現状のまま譲歩するのは国益を損ねるとみるので、和解を阻害する。
第Ⅲ象限の左派は、現状のままの和解は彼らの主張原則と異なるので、和解を阻害する。
 

日本の言論を日韓和解の方向へ変化させるには

上記のように、第Ⅱ象限『世俗的・実利重視』の左派以外の意見は、日韓和解の阻害要因になる。ということは、日本の言論を日韓和解の方向へ変化させるためには、第Ⅱ象限『世俗的・実利重視』の左派を増やすか、少なくともその意見に共感する人を「日本国民」の多数とする必要があろう。*24
そのためには、他の考えを持つ人たち、その中でも中庸な考えに近い人たちに積極的なアプローチをして、共感を広げる必要がある。闇雲にアプローチしても成果は上がりにくいだろう。どの順番でどの層にどんなアプローチをするか、戦略性がとても重要だ。
アプローチは、「非難や批判」「共感を示す」「説得」「妥協」などを組み合わせたものになるはずだ。この中で、「非難や批判」という手段は、実行するのはとても簡単だが他者の心を和解の方向へ動かすという点では成果を上げるのは難しい方策だと思う。「非難や批判」という手段は、その効用をよく理解して効果的に使う必要があるだろう。

非難や批判の効用

「非難や批判」がもたらす効用として、私は2つあると思う。*25

(1)非難や批判に共感する人を取り込む効用

「非難・批判」する対象(人、事象)をきちんと限定して「非難・批判」することで、その対象に対し同じように「非難・批判」的に感じていた人の共感を得ることができる。そしてその人たちを自分たちの主張を支持するグループに取り込むことができる。「非難・批判」にはこんな効果がある。
この効果を狙った時によくする失敗は、「非難・批判」する対象(人、事象)を広くしすぎて、かえって多数の反感をかうという失敗と、「非難・批判」する内容が内輪受けしかしない内容で、いわゆる内輪以外の人を遠ざけるという失敗だ。*26
具体的に言うと、日本の国内言論を動かそうとしているのに、日本社会全体を「非難、批判」するのは効果が薄いか、その「非難、批判」に反感を持つ人を増やすことが多いということだ。第Ⅲ象限の左派がよく犯す過ちだと思っている。人は自分がその「非難・批判」の対象ではないと考える時、その「非難・批判」に同調する傾向が強い。それを忘れるべきではないだろう。
一番効果的にこの方法を使っているのは、第Ⅳ象限の右派、いわゆるナショナリストだろう*27。「非難・批判」の対象を対立する外国に設定する。その外国が「領土問題」のようなセンシティブな反応を生む問題で挑発的な行動をとった場合、それに対して誰よりも激しく「非難・批判」する。そうすることで同じようにその外国の挑発的な行動に怒っている人の共感を一挙に集めることになる。図1のループがなぜ回り、誰が一番得しているかを冷静に分析すべきだと思う。*28

(2)非難や批判により緊張関係を作り相手の譲歩を引き出す効用

国と国の関係でよく見られるのだが、一方の国がある国を非難しはじめた時、他方の国もその国に対抗して非難を行い、非難合戦とする方法だ。言論での非難に留まらず、報復処置が伴う場合もある。
非難合戦によって、その二国間関係は緊張関係が高まる。そして両方の国に損害がでる。両方の国ともその損害を厭い始めた時、ひとまず緊張を緩和するため譲歩を行う。この効果を狙う方法である。
奇しくも、日韓関係は今対立が深まり、上記の状況に近くなった。

  • 日韓関係の認識

よい 日本:7%、韓国:11%|悪い 日本:87%、韓国:86% *29

  • 日韓関係の改善

すべき 日本:83%、韓国:90%|必要なし 日本:13%、韓国:9%
「日韓共同世論調査」 : 特集 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

上記の調査によれば、依然として日韓両国とも日韓関係の悪化の原因は相手国にあると考えているが、関係を改善すべきという意識は持っている。日韓の和解をめざすならば、この両国民の意識を次のステップに広げていく必要があろう。但し、日韓双方とも相手国が受け入れ難い要求をしている限り関係の改善を急ぐ必要はないと考えている点は十分考慮すべきだろう。まだ、双方が譲歩を望む状況にはなっていない。*30

日韓双方のナショナリズムから距離をとる

和解を目標にすると「非難・批判」の使い方はとても難しいものになる。特に今の日韓関係のように冷え込んだ状況の中で、更に「非難・批判」すれば、それは和解ではなく関係を壊す方向に働く。図1に表した通りだ。
もっとも、全く「非難・批判」なしに慰安婦問題の解決に向けた取り組みが行えるとは考えられない。したがって、その相反する命題の折衷点を探る必要がある。
結論を言えば、慰安婦問題の解決を阻害する最も重要な対象(人、事象)に「非難・批判」を絞るべきだろう。つまり「非難・批判」は河野談話否定に象徴される慰安婦制度の強制性否定の動き」(日本のナショナリズム慰安婦問題に対する日本の法的責任追求に固執する態度」(韓国のナショナリズムに限定すべきであり、加えてその両方に向けられるべきだ。前者だけ「非難・批判」すれば、図1に示した日韓関係を破壊するメカニズムは動き続ける。日韓双方のナショナリズムから距離をとり、両方に批判を行うことで図1で示したメカニズムは崩れる。それを図に表すと次の図のようになる。*31

f:id:the_sun_also_rises:20141104211429p:plain
図6:日韓関係の対立増大メカニズムを動かなくした状態

今後も日韓の対立に繋がる出来事には事欠かないと思う。だが図6のように、双方のナショナリズムと距離を起き、等分に批判的な人たち、すなわち第Ⅱ象限『世俗的・実利重視』の左派の発言力が大きくなれば、日韓関係が一方的に悪化する状況は生じにくくなる。
慰安婦問題とは異なる日韓対立の事例であるが、例えば、産経新聞の前ソウル支局長の起訴の件をあげてみよう。韓国が刑事事件として起訴したことに、日本のマスコミも政党も、左右の差なく韓国を批判した。この状況では日本のナショナリストの声は目立たない。日韓の国民感情がこの事件によって大きく悪化したようには思えない。日韓双方に是々非々の態度で対することは、実は日韓関係を安定させる効用があると思う。*32

よいニュース

「日韓の和解と慰安婦問題の解決」を願う第Ⅱ象限の左派にとって、断言はできないのだが、よいニュースが2つあるように思う。

(1)第Ⅱ象限の左派はサイレントマジョリティだと思われる

私は、「日韓の和解と慰安婦問題の解決」を願う第Ⅱ象限の左派が、日本国民のサイレントマジョリティ(多数派)だと思っている。
残念ながら、物証はない。
確かにネットには嫌韓の書き込みが溢れ、書店には嫌韓本が並んでいる。一方、日本を一方的に非難するネット言論も多い。
でも考えてほしい。原理原則を重視し理論を組み立て社会はその通りであるべき、すなわちその他の考え方を認めないとする人と、少々の矛盾を許容しながら折り合いをつける、いわゆる世俗的な人は、一般的にどちらが多いだろうか。そしてその世俗的な人の中で、(私のように)国益が優先とマキャベリズム的にうそぶく人と、国際協調が大事だと考える人はどちらが多いだろうか。
しかしまだ第Ⅱ象限の左派の声は小さい。多数派である優位を活かすためには、まず声を上げることが必要だろう。

(2)朝日新聞の動き

80~90年代の朝日新聞の論調は、明らかに「原理的・原則重視」の第Ⅲ象限の左派の意見を代表していたと思う。
だが現在、朝日新聞慰安婦問題について第三者委員会を設置し、吉田証言の報道について検証を行っている。
その過程で、朝日新聞がきちんと「サイレントマジョリティ」の意見と向きあえば、これまでの論調を変えて、第Ⅱ象限の左派の意見を代弁するようになるかもしれない。
声を上げろと書いたが、個人の発言力なんて限られているのも事実だ。現状の左派の衰退は、左派系マスコミの責任も大きい。マスコミが変化しなければ、現状は変わらないだろう。その観点で、朝日新聞第三者委員会の調査結果は注目される。調査結果が第Ⅲ象限の左派の主張と第Ⅳ象限の右派の主張の両方から距離を置いたものになれば、それは朝日新聞が第Ⅱ象限の世俗的、実利重視の左派の意見を代表しようと考え始めている表われかもしれない。もしそうなれば、潮目が大きく変わるかもしれない。
 

慰安婦問題の最終解決のために乗り越えねばならないこと

慰安婦問題の解決を阻害する最大の原因は、日韓双方のナショナリズムと書いた。
しかし、日韓双方とも、ナショナリズムがなくなることはない。そもそもナショナリズムは全ての国家とその国民が持つものであり、それがない国などない。さらに言えば健全なナショナリズムはその国にとって有益でもある。
日韓双方のナショナリズムをなくそうとして活動すれば、その動きに反発してまた図1の日韓関係を壊すメカニズムが復活する。そして慰安婦問題の最終解決の道のりも壊れてしまう。

日韓双方のナショナリズムの変化を促す

「①現在の日韓双方のナショナリズムは、日韓の和解の最大の阻害原因となっている」「②日韓双方ともナショナリズムはなくならない」
この2つの命題から導き出される答えは、日韓の和解のためには「③日韓双方のナショナリズムを日韓の和解を妨げないように変化させる」しかないだろう。*33
日韓の和解への道のりでは、これが最大の難所だ。
残念ながら、私にはこの変化の道筋が見えない。だからこそ日韓関係を悲観的に見ているといえる。
道筋を示すことはできないが、日韓の和解が成り立つ状態は示すことができる。それは次の図のようになると思う。

f:id:the_sun_also_rises:20141028111432p:plain
図7:日韓両国のナショナリズムの対立を乗り越えた状態

慰安婦問題の解決を願う人」は日韓協力して日韓のナショナリズムがお互いに尊重しあうように、説得する必要があると思う。少なくとも日韓双方のナショナリズムが互いに不干渉とならなければ、慰安婦問題の解決はないだろう。

日本のナショナリズムに変化を促すのは誰か

図7の日本側の部分を考えてみよう。
日本のナショナリズムの変化を促すのは誰ができるのだろうか。
まず第Ⅲ象限の左派にそれができるかだが、第Ⅲ象限の左派は、第Ⅳ象限の右派と深刻に対立していて説得できる状況にないし、なによりも第Ⅲ象限の左派が第Ⅳ象限の右派を説得しようと考えるとは思えない。それは全く期待できない。第Ⅲ象限の左派にはこの役目は行えない。
次に第Ⅱ象限の左派にそれができるかを考えてみたい。
一般に4つの象限の斜めの象限の関係は、政治目標も考え方も異なる一番遠い立場となる。この関係の両者は、議論すら成り立たないことが多い。いくら第Ⅱ象限の左派が説得しようとしても、そもそも慰安婦問題の存在すら認めない第Ⅳ象限の右派がそれに乗ってくるとは思えない。やはり第Ⅱ象限の左派にはこの役目は行えない。*34
消去法によって、第Ⅳ象限の右派を説得する、すなわち日本のナショナリズムの変化を促す役割は、第Ⅰ象限の右派の役割なのだろうと思う。第Ⅰ象限の右派は、ずっと第Ⅳ象限の右派、すなわち日本のナショナリズムに寄り添っている。国益を重視する政治目標も同じだ。その関係性を利用して説得していくしかないだろう。右派同士で説得する状況が生じるか、そしてそれが成功するかという点は、韓国の状況次第だと思われる。朴裕河氏も書いているが『国家の関係も相対的なもの』だからだ。
その状況を作るために「慰安婦問題の解決を願う人」の主体となる第Ⅱ象限の人は、戦略的にどう行動すべきか考える必要があるだろう。

韓国のナショナリズムの変化を促すことはできるのか

それを分析するには、韓国の現状分析が必要だろう。次項で記述したい。
 

韓国の分析

韓国のナショナリズムとは

ここで朴裕河氏の投稿から引用したい。

韓国社会の「語れない構造」は、一種類の意見と認識だけが受け入れられる、極めて硬直した社会構造が生み出したものです。(中略)
「違う」考えを持ちながらも言わなかったり、言えなかったりする構造は、今日まで韓国社会全体に強力に生きています。(中略)
その理由はもちろん恐怖ですが、それは彼らの誤りというより、むしろ一つの声以外は容認しない私たち自身が作ったものです。
それでも慰安婦問題を解決しなければいけない理由 | 朴 裕河

この状況の最大の被害者は、韓国人自身だと思う。こういった状況を生んだ理由の全てがナショナリズムだとは言わないが、この事象は、韓民族とは「抵抗・自主・忠節・純潔」が備わりそれを誇りとする民族主義と、その民族観をもとに韓国は「純潔で善良な国」と定義する独特のナショナリズムに深く結びついている。
だからそれから逸脱する発言は圧迫され、社会的に抹殺されていく。
前述の朴裕河氏に対する訴訟などは、その典型的な事例に思える。*35

各象限を代表する団体、個人とは

日本の分析で用いた「4つの象限」に基づく分析は、韓国の分析でも使うことができる。もっとも韓国の左右対立には、親アメリカか親北朝鮮かという大きな対立軸があり、一般にはその対立軸を使って分析するほうがより現実に近い分析ができることが多いのだが、今回は日本の言論との対比という側面を重視して同じ軸を使って分析してみたい。*36
そこで、慰安婦問題に対する韓国の代表的な団体や個人の主張を、私の考えで4つの象限にプロットしたのが、次の図になる。

f:id:the_sun_also_rises:20141029160911p:plain
図8:韓国の代表的ステークホルダーのポジション

韓国のナショナリズム慰安婦問題に与える影響

日本では、政治的な左右の軸によって慰安婦問題に対する態度が大きく異なる。ところが、韓国の場合、第Ⅲ象限の左派と第Ⅳ象限の右派の慰安婦問題に対する態度はほぼ同一である。共に日本に対する法的責任を求める。
この分類法だと、ナショナリズムは第Ⅳ象限の右派に多く見られる考えなのであるが、韓国のナショナリズムは「日本の断罪」という性向があり、慰安婦問題の場合、第Ⅳ象限の右派と第Ⅲ象限の左派が一体となって日本を非難する状況になっている。挺対協などの活動がナショナリズムを土台にしているとは思わない。ただその活動は、結果的に韓国のナショナリズムを強化する方向に働いている。

日本は左右の対立構造、韓国は上下の対立構造

韓国の第Ⅰ象限の右派は、ニューライトと呼ばれる右派だが、ニューライトも慰安婦問題の実態を正しく知ることが大事としており朴裕河氏の考え方と比較的近いと評価できる。挺対協とは慰安婦問題の捉え方が異なっている。
慰安婦問題に対する国内意見の対立は、日本では左右の対立であるが、韓国では上下の対立、つまり「原理・原則」対「世俗・実利」の対立だと思う。
国内の対立構造が日韓で異なるということは、韓国のナショナリズムの変化を促す処方箋は日本のナショナリズムの変化を促す処方箋とは異なるということを示すと思う。

韓国のナショナリズムの変化を促すことは可能か

正直に言って、私にはわからない。ただ現状のままでは難しいのではないかと感じる。
ここで前述した朴裕河氏の著書「和解のために」から引用したい。これは慰安婦問題ではなく教科書問題の一節である。

すでに明らかのように、教科書問題は彼ら日本人だけのものではなく、韓国もまたともに抱える問題でもある。(中略)
韓国は開放以後もなお国語と国史に土台をおいた、愛国心を育てる戦前戦中の日本的教育、民族主義教育を受けていた。
和解のために?教科書・慰安婦・靖国・独島 (平凡社ライブラリー740) (p71)

韓国は、日本の「つくる会」が願うような愛国心を養う教育を(日本の敗戦による)開放の時から続けてきた。日本の「進歩的」と称される左派や韓国が強く批判する「つくる会」に対する批判と同じように、朴裕河氏は韓国の教育に対しても同じ批判を向けている。
私は、韓国ではそういった教育が長く続いてきたために、韓国のナショナリズムは日本以上に韓国社会に根づいたものになっていると思う。しかし日韓の和解を願うならば、韓国のナショナリズムの変化も促さねばならない。その現実は直視しないといけないだろう。

まとめ

ここまで現実性を度外視して最大限楽観的に分析をしてみた。
私の結論は、やはり慰安婦問題の解決に対しては悲観的なものになる。それは、日韓双方の国内対立と日韓の対立が構造的に複雑に絡み合っているからだ。こういう状況では、どれかの考え方を持つ人たちが一方的に勝利し決着することはあり得ないだろう。
つまり慰安婦問題の解決のためには、日韓両国の国内言論も、日韓の国と国としての関係も、複数の全く異なる考え方を許容し、建設的、友好的に話し合い、折り合いをつけていくということが必要不可欠だ。しかし、今の日韓両国は真逆の方向へ進んでいるように見える。
一方で、これは別の投稿に詳しく書こうと思うが、もう少し時間が経つと東アジアの国際情勢、特に安全保障上の状況が変化し、それが日韓の歩み寄りを促すかもしれないと思う。それにはアメリカの動向が大きく関わってくるのだが、もしかするとそういった動きが始まるかもしれない。
慰安婦問題の解決のためには、日韓の努力とは別に、そういった外部の力が必要なのかもしれない。
 

謝辞

この投稿の基礎となっている「4つの象限」で分析する方法は、もう1年以上前から考えていたのだが、残念ながらこの分析の主役だと思った第Ⅱ象限『世俗的・実利重視』の左派の主張が見つからず頓挫していた。*37
ずっとその主張を探していたのだが、「日韓関係について」という8月18日の野田元首相の投稿に対するid:hitouban氏のブコメを見つけて、手がかりを掴めたと思った。*38

hitouban (追記)↑申や★あげてる御一党を眺めてて思うのは、彼らは自分たちがずっと寄り添ってきたモノが韓国のナショナリズムだって事を認めたくないんだろうなぁ、と。
はてなブックマーク - 日韓関係について

(参考)

そこでhitouban氏の慰安婦問題に対する過去のブックマークコメントを読み直し、氏が推している朴裕河氏の著書や彼女のフェイスブック、ハフィントン・ポストなどの投稿を読み、ようやくこの投稿を書くことができた。この投稿を書こうと思ったのは8月21日なのだが、遅筆ゆえ3ヶ月近くかかってしまった。それでもとりあえず考えをまとめることができたのは、氏の慰安婦問題に対する一連のブックマークコメントがあったからだ。心より感謝申し上げたい。
この投稿のタイトルは、氏の上記のコメントから頂戴している。
もっとも、hitouban氏は本人もそういうように左派、私は第Ⅱ象限の左派だと思っているのだが、第Ⅰ象限の右上限界に近い私とは慰安婦問題に対する考え方、態度が明らかに違う。この投稿の内容は氏の考えとは全く異なる点、明記しておきたい。
 

 

(脚注と補足)

*1:細かなことであるが、慰安婦問題は解決していないという朴裕河氏の認識に同感しているという意味は、私は慰安婦問題について日韓基本条約があるからと言って道義的な責任は依然として日本にはあることを認めるという立場だということである。一方、私は慰安婦問題に対する韓国の請求権は日韓基本条約とその付随条約により既に消滅していると考えており、それが意味しているのは慰安婦問題は既に国際法的には解決済みということである。道義的な解決と国際法的な解決を私は分けて考えている。私は過去にはてなブックマークコメントなどで慰安婦問題は解決済みと断言したものを残しているが、それらは全て国際法的な解決という意味である。道義的な解決は国と国という二国間関係では必須ではない。

*2:時系列から考えて、今回の日韓関係悪化の引き金を引いたのは韓国側にあると考えるのが自然だと思う。

*3:慰安婦被害女性が死去…生存者54人に | Joongang Ilbo | 中央日報 なおこの投稿で54人と断言していないのは、永遠に口をつぐみたいという元慰安婦も存命している可能性を否定できないから。

*4:象限とは『平面を直交する二直線で仕切ってできる四つの部分の一つ一つ。』の意味なので4つの象限という表現は厳密にはおかしいのだが数を強調するためあえてこのように表現した。ご了解いただければと思う。 しょうげん【象限】の意味 - 国語辞書 - goo辞書

*5:上下は優劣を示すものではないという点を強調しておきたい。

*6:2つの情報を関連づけて、そこから結論を必然的に導き出す思考法のこと。証明はできないので単なる気づきにすぎないが、原理的、原則重視の人は論理的思考法のうち、この演繹法を多用する傾向があると思う。

*7:私は自分自身を限界に近いバリバリの右派だと任じている。時々左派と思しき人から「似非中立」と批判されることがあるが、中立を信条としたことはない。この投稿の内容も、典型的な「現実主義的な右派」の投稿だと思っている。

*8:廬武鉉政権時代に慰安婦問題は日韓請求権協定の対象外とするという方針を出したようだが、正式な外交要求となっていないと認識している。また韓国の憲法裁判所が慰安婦問題の解決に対する韓国政府の姿勢が憲法違反だとした判決後、李明博政権が慰安婦問題を正式に外交問題化したが、その際も慰安婦問題は日韓請求権協定の対象外だと正式な外交要求は行っていないと認識している。もしその認識に誤りがあり、韓国政府が既に公式に慰安婦問題は日韓請求権協定の対象外だと外交要求しているのであればこの文をすぐに修正するので、それを示す資料を教授してほしい。

*9:これに対しては、一部で韓国政府は今まで賠償を求めていないという反論もあるようだが、国の法的責任を認めれば当然次には国家賠償という流れになるのは必然だ。少なくとも日本の法的責任を求める人たちが国家賠償を求めている以上、韓国政府が賠償は必要ないと明言しない限り、国の法的責任=国家賠償と日本側が考えるのは当然だろう。

*10:日韓請求権協定の第三条の仲裁は日本は受け入れないという意味。つまり請求権の有無は日韓請求権協定第二条に明確に規定されており、第三条1項で定義される「両締約国の紛争」ではないとする考え。

*11:国際司法裁判所規程 - Wikipedia

*12:この象限の考え方は「慰安婦制度の強制性の有無」に関わりがないため、いわゆる強制性の問題にはあまり関心を持たない。もっとも強制性を明確に認めると、日本の法的責任を認める動きを誘発することに繋がりかねないので、強制性については認めたり認めなかったり、あるいはあいまいな態度を示したり、一貫性はないように見える。そしてできるだけその論争から外に出ようとする。

*13:残念ながら肝心の韓国との外交関係では、河野談話が良好な効果をもったとは思えない。それは韓国の「謝罪が不十分だ」という批判を招き、日本国内の「謝罪は屈辱だ」という非難を招いただけに終わっている。

*14:人は「お前は間違っている」と非難する人より、「お前は正しい」と肯定してくれる人を好む傾向がある。この指摘を当たり前だと言わないでほしい。現状はこの当たり前の人の心の動きを「右傾化」と呼んで非難する人がいる。そしてその非難は更に「韓国はけしからん」という人を増やす。このループはずっと回っている。図1のループが回る心理的要素だ。

*15:簡単に分析すると次のような理由でないかと思う。①日中対立は領土や安全保障などの「実利的」な対立であるため日本国内の意見がまとまりやすい。②それに対して日韓関係の対立は「実利」よりも日韓双方の自尊心であったり名誉であったり「心の問題」のウェートが大きい。そのため日本国内に過去の贖罪とそれへの反発という深刻な意見対立が生じる。③その意見対立が恒常的に存在し日韓関係を対立に向かわせる方向に作用するので、日韓関係の方が日中関係のそれより顕著なのだと思う。

*16:強制性の有無によって、この投稿全体の論旨は変わらないということ。正しい認識であろうと正しくない認識であろうと、そう考えている人がいるという事実は揺るがないし、例え片方が正しくない主張をしているからといって、反論を行い争っている事実は揺るがない。「争点」という言葉尻をつかまえて批判する人がいるかもしれないので明記した。

*17:慰安婦制度が国際法でいう戦争犯罪であるかについても政府見解および右派との相違点であるが、その点は日本国内では大きな論争にはなっていない。

*18:韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)の主張。なおタイトルは韓国語だが主張は日本語訳されているページをリンクしている。リンクはこちら→(한국정신대문제대책협의회

*19:日本政府の対応や慰安婦制度の強制性を認めない人などに対する非難を行い、日本政府に法的責任を認め国家賠償するよう要求しているという意。

*20:語弊がありそうなので「実利重視」という語について少し補足しておきたい。ここでの「実利」とは「実際の利益や効用」という意味であり、元慰安婦の実際の利益、あるいは元慰安婦の救済に向けた効用を重視して考えているということを表している。じつり【実利】の意味 - 国語辞書 - goo辞書

*21:朴裕河氏は韓国人で韓国在住であるから日本国内の考え方の代表例として彼女の投稿をあげるのは適切かどうか検討したが、この投稿は日本国内向けに日本語で書かれていること、すなわち読者と想定しているのは主に日本人であること、日本国内の少なくない人が朴裕河氏の活動を支援していること、朴裕河氏はこれまでも日韓双方に向けた言論を表してきたことを重視し、この象限の代表的な言説として問題がないと考えた。

*22:私はこの考えが正しいとも正しくないとも評価をしていない。更にこの投稿全体でどんな考えが正しいとすべきかという考察を全くしていないことをつけ加えておきたい。正しいか正しくないかを判断するのは、この投稿の趣旨ではない

*23:この投稿の趣旨は正に政治的な力の相互作用の分析なのだが、これは第Ⅰ象限の右派の典型的な考え方だと思っている。

*24:慰安婦問題は国と国と問題であり、日本の言論は日本国の主権者たる「日本国民」の多数意見が重要だと示すためにあえて「日本国民」と強調して書いた。在日韓国人などステークホルダーたる外国人の意見は、重要な参考意見ではあるのだが、日本側のこの問題の主体たりえない。その2つを区別すべきではないという意見を左派は抱くかもしれないが、右派はそれはありえないと否定するだろう。左派がそういった右派の考えを非難したい気持ちはわかるのだが、非難は和解につながるのか?と問いなおしてほしい。

*25:ある種の人たちは「非難や批判」をいわゆる「論破」するため、あるいはそれを期待して行っているのかもしれない。相手がよっぽど議論慣れしていない素人議論ならともかく、国際関係を扱う議論で「論破」は通常ありえない。外交の場ではときおり「常識を疑う」主張を行う国もありはするが、だからと言って「論破」され沈黙させられることはほとんどない。

*26:自分の意見と異なる人全てに攻撃的な非難・批判を加える人、グループが時々あるが、そういうやり方が何か効果をあげることは極めて稀である。そのやり方は、最終的に深刻な内部対立を生み分裂と対立を繰り返すことになる。そしてそれは時として暴力的になりうる。

*27:例えば安倍首相など。一部の左派はこういったナショナリスト在特会のような排外団体と同一視したがるのだが、それは評価を誤っている。ナショナリズムは日本に対する愛国心を正義とする原理原則を重視する立場であって必ずしも排外主義とは限らない。確かに排外主義的傾向を持つ人も多いし、安倍首相のとりまきには排外団体に近い人もいるが、安倍首相自身はそういった団体から適度に距離をとっている。

*28:効果をあげるためには、「非難・批判」する対象(人、事象)を戦略的に設定することが重要だ。少々「非難・批判」する内容に問題があっても効果はそんなに変わらないようにみえる。極論すれば、「非難・批判」する対象(人、事象)が戦略的に設定できさえすれば、「非難・批判」する内容が例え正しくなく間違っていたとしても効果はあげられる。一方、その逆、「非難・批判」する内容が正しかろうと「非難・批判」する対象(人、事象)が戦略的に誤っていればほとんど効果はないか、あるいはその批判者にとってマイナスの影響がある。

*29:「よい」は「非常に良い」と「どちらかといえばよい」の合計、「悪い」は「非常に悪い」と「どちらかといえば悪い」の合計

*30:私は第Ⅰ象限の右派なので、基本的に二国間関係を性悪説で見る。その場合、対立する二国の双方ともまだ譲歩を望んでいない場合には、対立をそのまま維持するしかないと考える。この項はあくまで日韓の和解を目指すならばという前提付きである点、お断りしておきたい。

*31:日本のナショナリズムに意図的に寄り添っている私から言われたくないという反発があると思う。それはその通りと思うしその批判は甘んじて受けたい。ただそれでも1つだけ言いたいのは、意図的であるかないかに関わらず韓国のナショナリズムに寄り添うのも同じことだということだ。

*32:但し日韓関係を改善する効用はない。安定させる効用だけだと思う。

*33:2つの命題の答えは、「日韓は和解できない」も成り立つ。既に書いているが私はこの立場だ。だがこの項は和解のための分析を書いているので、この答えを採用していない。

*34:同じように第Ⅰ象限の右派と第Ⅲ象限の左派も議論はかみ合わない。第Ⅲ象限の左派は、第Ⅰ象限の右派も第Ⅳ象限の右派と根底は同じだとみなすことが多い。そして慰安婦問題では同じように強制性の認識について議論し批判する傾向が強い。一方、第Ⅰ象限の右派は、そもそも慰安婦制度の強制性の有無も含めてその内容について関心が薄い。慰安婦問題に対する譲歩は国益を損なわないか、ただその1点のみ興味がある。そのため議論はかみ合わない。

*35:従軍慰安婦問題を巡る常識と言論空間 | 木村幹

*36:なお、韓国の右派は、この政治的な左右の対立軸を「自由主義」と「共産主義」の対立軸と考えたがるが、イデオロギー的対立は冷戦の終了により世界的には後退しており、韓国だけその対立が重要だと見るのは適切ではないと思う。

*37:第Ⅱ象限の左派はこのような主張をしている「はず」と考えていた特徴は、①日本の法的責任について否定的である、②韓国の挺対協やそれに同調する人に対して批判的である、の2点だった。それを明確に書いている主張がなかなか見つからず苦労した。努力不足との誹りは甘んじて受けたいが、私は慰安婦問題の専門家ではないし、本当に興味を持っている分野とは違っていたこともあって、努力が足りなかったのだと思う。

*38:このコメントが「②韓国の挺対協やそれに同調する人に対して批判的である」に該当すると思ったから。

朝日新聞、吉田調書と吉田証言の誤報を認め謝罪する

9月11日、朝日新聞がようやく謝罪

http://www.bengo4.com/topics/img/2077_2_1.jpg
朝日新聞・木村社長が「吉田調書」報道で謝罪 「読者の信頼を大きく傷つけた」|弁護士ドットコムニュースより

昨夕(2014年9月11日19時30分)から朝日新聞の木村伊量社長が記者会見し、原発事故の吉田調書の記事の取り消しと謝罪を行った。
あわせていわゆる慰安婦問題の吉田証言に関する誤報について、誤報そのものと訂正が遅れたことを謝罪し、第三者委員会を設置し調査すると表明した。

朝日新聞社の木村伊量社長と編集担当の杉浦信之取締役らは、11日夜7時半から記者会見しました。
朝日新聞社は、ことし5月20日の朝刊で、福島第一原発吉田昌郎元所長が政府の事故調査・検証委員会の聴き取りに答えた証言記録、いわゆる「吉田調書」を入手したとして掲載した記事の中で、福島第一原発の2号機が危機的な状況に陥っていた3月15日の朝、「第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた」と報じていました。
これについて、木村社長は、記者会見の中で「『吉田調書』の評価を誤り、多くの所員がその場から逃げ出したような印象を与える間違った記事だと判断した」などと述べ、「取材が不十分で所長の発言への評価が誤っていたことが判明した」として、記事を取り消しました。
また木村社長は、「読者および東京電力の皆様に深くおわび申し上げます」と謝罪したうえで、みずからの進退について「経営トップとしての私の責任も逃れられない」として「抜本改革のおおよその道筋をつけたうえで、速やかに決断したい」と述べました。
杉浦取締役については、編集担当取締役の職を解くとしています。
さらに木村社長は、いわゆる従軍慰安婦」の問題を巡る自社の報道のうち、「慰安婦を強制連行した」とする男性の証言に基づく記事を先月、取り消したことについて、「誤った記事を掲載したこと、そして、その訂正が遅きに失したことについて、読者の皆様におわび申しあげます」と謝罪しました。
そのうえで、過去の記事の作成や訂正に至る経緯、それに日韓関係をはじめ国際社会に与えた影響などについて、第三者委員会を設置して検証することを明らかにしました。
また、この問題を巡って、ジャーナリストの池上彰氏が、朝日新聞に連載しているコラムで検証が不十分だと批判する内容を執筆したところ、朝日新聞側が当初、掲載できないと伝えたことについて、木村社長は「途中のやり取りが流れ、言論の自由の封殺であるという思いもよらぬ批判をいただいた。結果的に読者の皆様の信頼を損なう結果になったことについては社長として責任を痛感している」と述べました。

朝日新聞 「吉田調書」記事取り消し NHKニュース

 

ここに至る経緯を振り返ってみる

8月5日、朝日新聞慰安婦問題の吉田証言の誤報を認める

朝日新聞は、たぶんその報道の初期から、少なくとも1990年代前半には、吉田証言は怪しいとわかっていたと思うのだが、その撤回ができず最初の報道から実に30年余の歳月を経て、ようやく2014年8月5日に吉田証言の撤回を行った。
朝日新聞にしてみれば、それは長年のどの奥に刺さったトゲを抜く英断と考えたのだろうが、単に記事を撤回しただけで、謝罪の言葉もなく、なぜ撤回に時間がかかったのかという説明すらなかった。明らかに不十分な内容だった。

■読者のみなさまへ
 吉田氏が済州島慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました。

「済州島で連行」証言 裏付け得られず虚偽と判断:朝日新聞デジタル

 

安倍政権はほくそ笑んだと思う。そして8月18日産経が特ダネを得る。

権力闘争に身をおき、その権力闘争に勝ち抜いたからこそ今の地位がある政治家がこのチャンスを見逃すわけはないよね。
朝日新聞自らが長年放置していた薪に火を付け、煙はくすぶっているのに火を消したつもりになっている状況を見たら、朝日新聞を叩きたい人は何を考えるだろうか?
その火の延焼を促す?
それはあまりに直線的だと思わないか? それより他の薪に火を付けて、火消しに忙しくさせた方がいいよね。
ということで選ばれたのが「原発事故に対する吉田調書の5月の誤報」だったと思う。
今となってみれば、朝日新聞の記事はなぜこんなあからさまな誤報を書いたのか甚だ疑問に思う内容だ。吉田調書を読める立場にいる人だったら明らかに朝日新聞の飛ばしってわかるわけだからね。特ダネと世論を動かせるという欲望に冷静な判断を失ってしまったとしか思いようがない。当然その立場にいる人は「これはいつか朝日新聞に対するトガメとして使える」と考えるに決まっている。そして2ヶ月ちょっと寝かせた。そうしたら、朝日新聞自らが、「私をぶん殴って」と言わんばかりの記事を書いたというわけだ。
ぶん殴り方は、同じ新聞による徹底的な反論記事であるのが自然だからどこかの新聞社にそれを書かせたいところだ。そこで選ばれたのが産経新聞なのだろう。8月18日には、下の記事が掲載された。

朝日新聞は、吉田調書を基に5月20日付朝刊で「所長命令に違反 原発撤退」「福島第1 所員の9割」と書き、23年3月15日朝に第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していたと指摘している。
ところが実際に調書を読むと、吉田氏は「伝言ゲーム」による指示の混乱について語ってはいるが、所員らが自身の命令に反して撤退したとの認識は示していない。

【吉田調書】吉田所長、「全面撤退」明確に否定 福島第1原発事故+(1/2ページ) - MSN産経ニュース

産経は同時に菅元首相に対する批判も記事にした。菅元首相はブログなどで反論を行った。そして安倍政権は菅元首相に菅元首相の調書も公開すべきと持ちかけたのだろう。9月11日の公開は、当時の民主党政権の調書も同時に公開されることになった。これは当人の同意を得たとされている。事前に交渉があったのは間違いない。
民主党はこれによって当時の行動について反論ができる。だから同意したのだろうと思う。
こうしてお膳立ては整った。
 

8月22日、安倍政権は効果を見極めてタイムリミットを設定した

朝日新聞は混乱しただろう。2つの火の手があがっている。1つは既に過ちを認めたがそれが不十分として批判する動き。もう1つは更に誤報を認めざるを得ない状況に追い込まれる動き。この両方にどう対応したら被害が少ないか。その議論に紛糾しただろうことは容易に想像できる。そして時間が経つ。
政権は、その朝日新聞の窮状を冷静に見ていたと思われる。
そして、世論に押されるという形で、「吉田調書の公開」を決定した。
これは朝日新聞へタイムリミットを設定し、決断を促すという効果を持つ。


「吉田調書」公開へ 政府、9月中旬にも - 47NEWS(よんななニュース)

 

8月24日、次の手、NHKへのリーク

そしてマスコミや国民の目を惹きつけたところで次の手を出す。
NHKへのリークだ。

東京電力福島第一原子力発電所の事故当時、現場で指揮をとっていた吉田昌郎元所長は、過酷な状況のなかで、次々と緊急事態への対応を迫られました。
吉田元所長は、何を考え、どう判断していたのか。
政府の事故調査・検証委員会が聴取した、延べ28時間、400ページに及ぶ証言記録が明らかになりました。
吉田元所長の証言記録が明らかに (既に記事は削除されているので魚拓のリンク)

NHKが報道するなら真実だろうと思う人は多い(それにそれは真実だったしね)。NHKの記事は朝日新聞を直接批判するものではなかった。しかし、朝日新聞を批判し続けた産経新聞の記事を裏付ける内容だった。
ここに来て世論の流れは決定づけられた。これによって朝日新聞の判断の余地はますます少なくなったと思う。
調書のリークは続き、8月30日には読売新聞と共同通信も同様の報道を行うようになった。
 

最後のとどめは慰安婦問題の池上氏の掲載を断ったこと。9月2日、文春がすっぱ抜く

朝日新聞は確かに追い詰められただろうが、ただここまでの動きは、安倍政権の動きが垣間見られる動きでもあった。だから私はまだ朝日新聞の危機脱出手段はあるかもしれないと思っていた。
そのわずかな可能性を完全に打ち砕いたのは、慰安婦問題に関する池上氏の記事の掲載を断ったことだ。それは安倍政権の動きでもなく、同じジャーナリストがジャーナリストとしての良心に基づき書いた記事を、朝日新聞自ら否定したという点で決定的だった。
9月2日の週刊文春のこの記事だ。


池上彰氏が原稿掲載拒否で朝日新聞の連載中止を申し入れ (週刊文春) - Yahoo!ニュース

実は朝日新聞が池上氏のコラム掲載を断ったことを週刊文春が報道した時、私はそれは文春の飛ばしだと思った。
というのは、私は朝日新聞には問題が多いとはわかっていたが、さすがにそこまで愚かとは認識していなかったからだ。報道機関として論外の判断をすることは、この窮状を更に窮状に追い込むことがわかっていたからだ。
しかし、それは本当だった。
それはもう朝日新聞は組織を守ることに汲々とした既に報道機関ではない何かしょうもないモノになってしまったことを意味していた。
この時点で朝日新聞は詰んでいた。
 

9月4日、結局、朝日新聞は池上氏のコラムを掲載した

しかも、結局後日掲載した池上氏のコラムは、今となっては穏当としか思えないものだった。そのときの朝日新聞がもう正常な判断ができない状態であった傍証になるだろう。
9月4日に掲載された池上氏のコラムもリンクをはっておこうと思う。


(池上彰の新聞ななめ読み)慰安婦報道検証:朝日新聞デジタル

 

詰んでしまった企業は謝罪と第三者委員会の設置に追い込まれる

その流れを作ったのは、他でもない朝日新聞を含む日本のマスコミだよと指摘しておきたい。
だから、池上氏の掲載を断ったという文春の記事が出た9月2日には、朝日新聞は謝罪と第三者委員会の設置を行なうことになるのは確実だと私は予測した。次のコメはその証拠ということであげておこうと思う。*1

朝日はダメージコントロールに失敗したね。マスコミは一般企業の不正を批判する以上自社に非がある場合謝罪は必須。一般企業の不正と同様に他紙もこぞって批判するだろうし朝日はいずれ謝罪に追い込まれると予想する - the_sun_also_rises のコメント / はてなブックマーク

実際、その後、朝日新聞は他の新聞社や週刊誌、ネットなどで完全な袋叩き状態になっていった。
袋叩きも朝日新聞を含むマスコミがこれまで作り上げた日本の慣習だ。そして何の紛れ*2もなく、詰将棋のように朝日新聞を謝罪へと追い詰めていった。
そして、今日(9月11日)の謝罪会見に至ったのだとみている。
また同じ日に、政府は吉田調書など原発事故の聞き取り調査を公開した。

政府事故調査委員会ヒアリング記録 - 内閣官房

 

私の見方

私は現実主義者だ。現実主義を信奉する以上、自分の意見とは異なる様々な意見がある状態を受け入れる。それが現実だからだ。現実主義者にとって意見の多様性は好ましい状態だと強く言いたい。
だから、政府を批判的に見て報道するジャーナリズムを否定するどころか必要な存在だと思っている。
否定するのは、ジャーナリズムの名を借りた、誤報さえ目的のためには許されると考える似非報道機関だ。
朝日新聞はどちらだったのだろうか?
たぶんほとんどの記者は、ジャーナリストの挟持を持つよき記者であろうと思う。もう若くして亡くなってしまったのだが、私の中学時代の先輩はそういう真のジャーナリストとしての朝日新聞の記者だった。*3
ごく一部の、しかし朝日新聞の内部の自由な意見表明を圧迫する政治的な人物と、それを評価し昇進させてしまう社内風土を切り捨ててほしいと思う。それが本当にできるのかは、社長が作ると約束した第三者委員会の勧告の内容と、それを受けてどう社内を改革しようとしているのかという朝日新聞の経営陣の決断にかかっている。私はこれまでの朝日新聞を好ましくない存在だと思っていた。そういった批判者として、それがきちんとできるのか辛辣に見届けたいと思う。
その観点で今回の木村伊量社長の謝罪は評価するし、一方それを貫徹できるかは相当懐疑的に見ている。
 

今日ぐらいは祝杯を。でもほどほどに。

思い出

私は、物心がついてから父親がずっととっていた朝日新聞を読み育ってきた。社会に出ても朝日新聞をとり続けた。読み続けたのは30年余にわたる。だが96年だったと思うが北朝鮮による日本人拉致がほぼ確からしいとわかった時、朝日新聞は社説でそれでも日本に問題があると主張した。私はそれを読んで憤慨し(だってそれは今そこにある人権侵害だったからだ!)、朝日新聞をとるのを即座に止め、1週間後読売新聞をとることにした。そして今に至っている。北朝鮮による拉致という生存権(私は人権の中でも生存権を最重視している。だって私は人に殺されたり命の脅迫をされたりしたくないからだ)を脅かす行為に一番批判的なのは保守勢力だった。だから私はその時点でリベラルを止め保守の仲間入りをした。
2008年には60年以上朝日新聞を読み続けた父親が朝日新聞の社説をよんでムカムカすると言ってきたので、読売、産経、朝日、毎日で意見のわかれる問題の社説をコピーし読ませた。結局、父親は朝日新聞を止め、読売新聞に変えた。
朝日新聞は政治的過ぎる。
さすがに最近は北朝鮮を擁護する論調はなくなってきたが、韓国のナショナリズムに寄り添う記事は依然として多いと思う。
人権や人道を重視するリベラルと、韓国のナショナリズムに寄り添うことは、全く異なることだ。その差をわからない限り、私は朝日新聞を批判し続ける。
 

祝杯も飲み過ぎると二日酔いする

ついにあの高慢ちきな朝日新聞が陥落し、社長が謝罪会見を行った。実に気分がいい。ビールがうまい。
でも、いくら気分がいいからといって、祝杯を何杯も飲めば二日酔いにもなる。

右派のみんな!
今日は気分いいものな。乾杯しようぜ!
でもそれは今日限りにしよう。気分がいいからといって、なんでもできると思ったら必ずしっぺ返しがある。朝日新聞は屈辱に耐えようとしている。調子にのって叩き続ければ、今度は反撃にくるだろう。
それよりも本当に朝日新聞が変わるのか、見極めるのが重要だ。だから第三者委員会の報告を待とう。
第三者委員会の報告内容が不十分ならば、今度は国会での証人喚問という手がうてる。

私たち右派にもいろんな考えの人がいるが、共通の部分は、国益を守ることを重視する姿勢だと思う。
でもリベラルな人々は私たちとは違う考えを持っている。
これからの論争は、相手も強くなり骨が折れることになる。がんばらないといけない。浮かれすぎてはいけない。
 


追記

朝日新聞の謝罪が足りないという考えの人も多いと思うが、誤報の追及を行いすぎるとそれは他紙の報道にも影響する。それは報道の抑制を生む結果となって、結局左右の別を問わず私たち国民が不利益を被ると思う。
だから私は朝日新聞がやると言ったことが本当にできるのか、少し時間を与えるべきだと思っている。第三者委員会の人選等で問題があれば、それがわかった時点で批判をするというスタンスだ。(9/12 12:34追記)
 

*1:厳密には文春の記事を読んだ9/3の朝書いたコメント

*2:将棋用語 https://www.shogitown.com/tume/guide/dic-ma.html

*3:彼は医療機関の不正の報道に人生を賭けた

攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(実践編)

はじめに

この投稿の前編となる理論編では、攻撃的現実主義の基本的な理論の説明をした。
もし、まだ理論編を読んでいただけていないなら、ぜひ理論編から読んでほしい。この実践編では、説明の都合上、攻撃的現実主義の理論(大国政治の理論)で使われているいわゆる「専門用語」が頻出するのだが、その説明は、この投稿の前編である「攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(理論編)」に書いていて、それを読まないとわかりにくいだろうと思うからだ。

さて、前編となる理論編で私は『誤解を恐れず大胆に言えば、攻撃的現実主義とは、地球規模のまさに巨大な複雑系である「国際関係」を、「大国の行動原則」「国際システムの3つの特徴」「大国の4つの主な目標」「8つの生き残り戦略」によって、大胆にモデル化しそのモデルを思考の中で動かし、将来おこる可能性がある状況を明らかにしたうえで、自国がとるべき方策を導く理論だと思う。』と書いたが、後編となるこの実践編では、実際に国際関係をモデル化し、そのモデルを動かして現在の国際関係の分析を行ってみたい。
つたないモデル化だと思うが、理論をどのように現実分析に使うのか、具体的な方法についてイメージを持ってもらえればうれしく思う。
なお、今回は、台湾を除く東アジアについて考えてみた。

(練習問題)日本と韓国と北朝鮮しかない世界

最初に練習問題として、架空の簡単な国際関係についてモデル化したい。
日本と韓国と北朝鮮しか存在しない世界を考えてみる。国土の形は現実と同じだが、世界の他の国はすべて海になったという想定だ。なお、これは練習問題として簡単な問題にしたいので、北朝鮮核兵器は存在しないものとする。

f:id:the_sun_also_rises:20140716211053p:plain
図1 日本と韓国と北朝鮮しかない世界

さてこの場合、3ヶ国はどう動くだろうか。
韓国と北朝鮮とは、陸続きで陸上兵力(ランドパワー)が対峙している。日本と韓国・北朝鮮との間には海が存在している。海は陸上兵力の投入の疎外要因になる。陸上兵力は他国を征服できる力を持ち、海空兵力よりも他国へ与える影響が大きい。
この結果、攻撃的現実主義にたつと、日本、韓国、北朝鮮しかない世界では、韓国と北朝鮮は強く対立するとまず結論付ける。両国ともまずはバランシング戦略のうち、内的バランシングを行い、相手国からの戦争を抑止しようとするだろう。そして海を隔てた日本に対し、自国の味方になるように働きかける。つまり外的バランシング同盟の結成を働きかけるのだ。
ところが日本は、韓国か北朝鮮かどちらかを選択し、同盟を結ぶよりも、韓国と北朝鮮とが互いに対立しあい、消耗してくれた方が自国の安全が図りやすくなる。そこで日本は、韓国と北朝鮮とが外的バランシングを狙ってアプローチしてくるのを利用して、ブラットレティング戦略をかける好機を狙うことになる。もし韓国と北朝鮮とが争うことになれば、より形勢が不利な側に援助を与え、決定的な決着がつかないようにふるまう。
一方、もし、韓国と北朝鮮が統一することになると、統一後の国が日本と対峙することになるのは確実であるため、両国が歩み寄り統一を図ろうとすると、日本は統一を妨害する動きを示す。

こんな感じだ。
この分析はあくまで架空の世界に基づいた分析なので、現実とは異なる分析となってしまうが、モデル化の方法を理解してもらえればいいなと思う。それだけの目的で記述した。

日本、韓国、北朝鮮のモデルに強い中国を追加する

日本、韓国、北朝鮮しかない世界をモデル化すると、突拍子もない分析結果を得てしまったが、これは分析に必要な国、つまりモデルから省略してはいけない国を省略してしまったため生じたことだ。
東アジアの分析を行う上でモデルから省略することができない国は、日本、韓国、北朝鮮と、アメリカと中国である。ロシアは微妙なところだが、昨今のロシアは東アジアよりも、ウクライナなどの欧州方面に関心が集中しているようなので、今はモデルから省略しても問題ないと思う。
なお、前項で分析した「日本、韓国、北朝鮮しかない世界」の分析が浮世離れした結果になったということは、ひとつの示唆を私たちに与えてくれている。つまり、例えば、日韓関係(日本と北朝鮮関係)だけ、あるいは日韓関係(日本と北朝鮮関係)のある問題だけをことさらに深く考察し結論を得たとして、それを国際関係、少なくとも東アジア全体の国際関係に当てはめて妥当性を検証しない限り、実現可能性のない机上の空論を導く可能性が高いということだ。部分最適の集合体は、決して全体最適ではないということを心する必要がある。

さて、次のモデルだが、現実の通り、3ヶ国に中国、アメリカ両国を加えたモデルを作って説明してもよいのだが、それを行うと、ややこしい各国の動きを全部説明しなければならなくなる。そこでわかりやすさを優先し、まずは日本、韓国、北朝鮮の3ヶ国に、強い中国を加えたモデルを作って説明したい。

f:id:the_sun_also_rises:20140716211100p:plain
図2 日本、韓国、北朝鮮に強い中国を加えた国際関係のモデル

さて、上記の図が、日本、韓国、北朝鮮に強い中国を加えた図だ。強い中国とは、現在(それから将来にわたって)軍備の近代化を着々と行っている中国と考えてほしい。
このモデルでは、中国と北朝鮮との間は、張成沢氏処刑以来ぎくしゃくとしている両国関係を反映し、同盟関係を弱めている。
中国は着実に軍拡を行い、陸軍の近代化に成功し、更に空軍、海軍の装備を一新してきている。その結果、以前とは比べようもない軍事的な圧力が、日本、韓国双方にかかってくる。特に、中国からの距離が近いことに加え(戦闘機が空中給油なしに韓国の首都を攻撃できるぐらいの距離)、ぎくしゃくしているとはいえ、同盟国の北朝鮮を経由して陸軍を送ることもできるという関係にある韓国の方が、日本よりも強く中国からの圧迫をうけることになる。
この状況は、韓国にとって安全保障上望ましい状況ではない。

4ヶ国しかない世界では韓国はバック・パッシングを行う

図2のような、強い中国の存在がある4ヶ国しかない世界の場合、まず最初に韓国が安全保障上の問題を抱えることがわかった。そこで韓国は生き残りのための戦略を駆使して生き残り策を探ることになる。
攻撃的現実主義にたつと、この状況下で韓国が選択するであろう、実現可能性が高く効果的な方策は、「中国からの圧力を日本へバック・パッシング」することだ。
バック・パッシングには、4つの方策があるが、このうち「侵略的な国と良好な外交関係を築く方策」と、「バック・キャッチャーとの関係を疎遠にする方策」を併用するのが一番効果的だろう。中国との関係を改善し、日本への非難を強め関係を悪化させる。こうやって中国からの圧力を日本に向ける。

f:id:the_sun_also_rises:20140716211105p:plain
図3 強い中国と、日本、韓国、北朝鮮の4ヶ国の世界では韓国は日本へバック・パッシングする

もし、中国と北朝鮮が強い同盟関係を維持していると、この戦略は失敗する可能性が大きくなるが、韓国にとって幸いなことに、中国と北朝鮮との関係はぎくしゃくしている。
さらに、この方策は、中国の戦略とも合致する。その2つの状況があるため、この韓国の戦略は実現する可能性が高いと考えられる。
中国は、潜在覇権国であり、地域覇権国となることを狙う。その時、この地域の2位のライバル国である日本の力(パワー)を削ぐことを最初の目標にすることだろう。但し、日本との間には、海が存在するため、相手国を征服する力がある陸上兵力(ランドパワー)を送る、すなわち戦争を行うことは難しい。
そこで、ブラックメール戦略を採り、日本へ軍事的な圧力(脅迫)をかける一方、残りの2ヶ国との関係を良好にし、日本を孤立させることを企図するだろう。
つまり、強い中国の存在がある4ヶ国しかない世界の場合、韓国は日本へ中国の圧力をバック・パッシングしようとする。そしてそれは中国の戦略とも合致するために成功する可能性が高い。かくして日本は孤立し、厳しい立場に陥っていく。
なお、このモデルは、アメリカが存在しないという点で、必要な要素を欠いたモデルではあるが、「もしアメリカがモンロー主義のような孤立主義になった場合」を考える思考実験のようなものだと思う。

アメリカを加えて分析:中国がまだ弱かった時代

さて、次は、日本、韓国、北朝鮮、中国に、アメリカを加えて、モデルを作ってみたい。
そこで、中国が強力になった影響を明確に理解するため、まず70~80年代の弱い中国、つまり陸上兵力の兵員は世界最大の規模を誇るものの、兵站にも移動能力にも戦車などの主要装備にも問題点を抱え、旧式な航空兵力しか持たず制空権を得る可能性がほとんどない中国を想定する。なお、70~80年代はソ連が健在であり冷戦の真っ最中であるので、実際の当時の東アジアの情勢はもっと複雑なのだが、ここで説明したいのは、中国が強力になることでいかに東アジアの国際関係が変化するかということなので、敢えてソ連は入れずモデルを作ってみたい。ある種の思考実験なのだが、こういったことが自在にできるのも攻撃的現実主義によるモデル化の利点だ。

f:id:the_sun_also_rises:20140716211109p:plain
図4 中国が弱ければ、東アジアは安定した状態になる

韓国と北朝鮮は陸上兵力が向き合い対立している。
韓国にはアメリカが、北朝鮮には中国が同盟国として存在し、ともに相手国からの先制攻撃を抑止しようとしている。またアメリカは、日本とも同盟関係を持ち、日本が提供する海軍基地、空軍基地に展開した海上戦力、航空戦力によって周辺海域・空域の制海権、制空権を保持し揺るぎがない。
海上戦力、航空戦力に劣る北朝鮮、中国の同盟は、劣勢な戦力を兵員数、戦車等の装備数、戦闘機等の保有機数で埋めようとし、もしアメリカ、韓国側から先制攻撃をされれば、消耗戦に引きずり込み出血を強いる戦略で抑止しようとしている。
制海権、制空権はアメリカが完全に保持しているので、日本や韓国に対する中国からの軍事的な圧力はほとんどない。
こういった状況下では、韓国も北朝鮮も、更に有利な状況を得るために行えることは(少なくとも外交的な側面では)ほとんどない。
アメリカは中国を恐れてはいない。中国は固く身を守ろうとしている。
韓国は、日本との関係を大きな譲歩をしてまで良好な状態にする必要性もないが、一方、ことさらに日本との関係を悪化させる動機もない。日本との関係が悪化するのは、北朝鮮に対するバランシング戦略にとってマイナスと認識する。
日本は、東アジア情勢にあまり関心を持たなくても問題がない。
中国が弱い状況においては、韓国と北朝鮮の対立軸を中心にして、東アジア情勢は安定する。

日米韓同盟で強力な中国を抑止する場合、韓国の負担が大きい

前項では、中国がまだ弱い状態だったらという、半分思考実験的なモデルを作ってみたが、今度は今まさに私たちが直面している現実、そこにあるのは若干減員されたとはいえ、アジア地域で他国を圧倒する兵員数を誇り、旧式だった装備、戦闘機などを近代化し、更に空母などを保持し外洋海軍への道を着々と目指している中国を想定してモデルを作ろう。
それに対して、よく言えば、アメリカは、対話(アメ)とバランシング戦略(ムチ)とで、対応しようとしている。
アメリカは、アジアへのリバランスを大きな外交政策の柱にしているが、その一方で軍事費は削減しなくてはならないという相反した課題を有している。
そこで、アメリカは、アジアにおける同盟関係を強化して、アメリカのプレゼンスを維持、あるいはプレゼンスを増したうえで、軍事費を削減しようとしている。
このようなアメリカのご都合主義的なことが本当に期待できるのか?はとりあえず脇に置き、アメリカが求めていると思われる強力な日米韓同盟が成立したという仮定のもとにモデルを作ってみよう。

このケースは、日本にとってはとてもありがたい状況といえる。アメリカがいない4ヶ国だけのモデル(図3)では、日本は孤立し、中国からの軍事的圧力(ブラックメール)を1国のみで受ける状況となった。
それと比較して、今度は、日本、韓国、アメリカが協同して中国からの軍事的圧力に対抗できる。
アメリカも当然、アメリカ軍に加え、日本の自衛隊、韓国軍との協同により、中国の軍事的圧力に十分に対抗できる戦力を得ることができる。アメリカにも利益がある。
さて、韓国はどうかというと、またも地理的な条件と北朝鮮の存在という2つの課題が、韓国の安全保障上の問題として持ち上がってくる。つまり、日米韓3国同盟と中国との関係が悪化し緊張が高まると、韓国は、中国からの直接の軍事的な圧力と、北朝鮮からの陸上兵力の脅威という、2つの脅威を同時に受けることになる。
それがわかっているので、韓国は3ヶ国同盟と中国との間の緊張が高まらないように腐心することになる。
そして日本の動きに苛立ちを見せるようになるだろう。
日本はというと、中国との対峙の負担が軽減されるため、中国との関係において、3ヶ国同盟の力を背景に強気にでることができるようになる。それは、日本と韓国とを比較すると、力(パワー)は日本の方が有利なため、相対的な難攻さの確保によるバック・パッシング戦略が、日本の意図的、意図的でないに関わらず、自動的に発動するからだ。強力な3ヶ国同盟ができると、日本は韓国に中国からの脅威を肩代わりさせることができるようになる。
これは韓国の立場にたってみると、韓国の安全保障上、耐えることができない状況といえる。

f:id:the_sun_also_rises:20140716211113p:plain
図5 強力な日米韓同盟を以って強力な中国と対峙しようとすると、韓国は日本のバック・パッシング戦略を受ける

韓国はやはり日本へのバック・パッシングを選択する

アメリカが望んでいると思われる日米韓同盟の強化は、韓国の負担が大きく、韓国が耐えられない状況になることがわかった。
そうすると韓国はどのように行動するだろうか。
やはり、大国政治の理論の生き残りの戦略を駆使して生き残り策を探すことになる。
ここで韓国にとって効果的と思われるのは、やはり日本に対してバック・パッシング戦略をとることだろう。

f:id:the_sun_also_rises:20140718202407p:plain
図6 韓国が狙うべきバック・パッシング戦略

図3のケースと同じく、韓国は「侵略的な国と良好な外交関係を築く方策」と、「バック・キャッチャーとの関係を疎遠にする方策」を併用して「日本へのバック・パッシング」を図るのが効果的だろう。それは中国の戦略とも合致するために成功する可能性が高いのも図3のケースと同じだ。
図3のケースと異なる点は、日本とアメリカの同盟が存在し、その同盟は強力(アメリカ軍は世界ナンバー1の実力を持つ上に、日本の自衛隊も世界有数の実力を有する)なため、日本は孤立しないという点と、韓国の日本へのバック・パッシングは日米同盟を弱め、日米同盟と中国との間の緊張を高めることになるので、アメリカの不利益になる一方、韓国は韓国で北朝鮮とのバランシングのため米韓同盟を必要としているという矛盾をはらんでいるという点だ。
そこで韓国は、韓国の日本へのバック・パッシングは日本の責任であるとアメリカに抗弁し、米韓同盟を守る動きも同時に行う必要がでてくる。

現実には日本へのバック・パッシングは米韓同盟を揺るがす

ここまでは、純粋に攻撃的現実主義の「大国政治の理論」に基づき、東アジアの国際情勢をモデル化し分析してきたが、ここで一旦モデルでの考察は止めて、実際に起こったことを考慮してみることにしたい。
その理由だが次の通り。
韓国が狙った日本へのバック・パッシング戦略は相当うまくいった。現に中国の圧力は、東アジアでは主に日本に向かっている。
一方、米韓同盟を守るという点については、いささか韓国は重荷を背負うことになった。
確かにモデルの分析だと、日本のパワーは韓国のそれを上回るので、アメリカは米韓同盟より日米同盟の方を選択しがちという結論を得ることもできるが、それよりもアメリカにとっては日米同盟も米韓同盟も両方守ることの利益の方が大きいので、米韓同盟を毀損する動きにはでないとも考えられる。つまりこの件に関してはモデルだけで説明するのは少し無理があると思う。そこで、ここではモデルの話は一旦止めて、実際の動きを見ることにした。

なぜ韓国は韓国の行動は日本に責任があるとアメリカを説得できず、逆に韓米同盟に傷が残る形になってしまったのだろうか。私は、ここに韓国の朴槿惠大統領の3つの誤算があったのではないかと考えている。

  • 1つめの誤算:日本の行動

朴大統領の日本非難は、主にナショナリスト的性質を持つ安倍政権への警戒感を表明することで行われた。アメリカも当初警戒感をあらわにしていた。実際に2013年12月、安倍首相は靖国神社を参拝し*1、韓国の主張はアメリカに受け入れられるようにも見えた。
それに対して日本がとった行動は主に3つだと思う。
・日本の民主党政権時に棚上げになってしまった普天間基地辺野古移設」の進展
「TPP交渉」での日米合意を目指した交渉
集団的自衛権行使を容認」し、日米同盟の強化を図る
日本のこれら行動は、全てアメリカの国益に沿うことといえる。
一方、韓国はアメリカの国益を提供できなかった。韓国はアメリカのMDに参加しないと明言し、日韓秘密情報保護協定も拒んでいる。結局、国際政治は、理念ではなく国益で動いているという証左がひとつ増えただけになった。

図7のモデルにもまとめているが、北朝鮮は、韓国が中国に接近することで孤立感を深める。そこで「大国政治の理論」に沿って北朝鮮の戦略を考えると、①日本に接近する(バランシング戦略)中韓接近への牽制 という動きにでると考えられる。
理論上はそうなのだが、これまでの北朝鮮の行動をみていると、中韓接近への牽制は行っても、①日本に接近するという選択は行わないのではないかと私は考えていた。韓国も同じなのではないだろうか。日本と北朝鮮との会談の結果、日本が対北朝鮮制裁の一部を解除したことに対する韓国の反応*2などを見ていると、韓国も意表をつかれたのではないかと思える。
なお、北朝鮮が短距離ミサイルを発射したり、ロケット砲を発射したりしている行動は、中韓接近への牽制としての行動だ。つまり、北朝鮮軍の存在を誇示することで、韓国に米韓同盟の重要性を再確認させる=中国へ近づきすぎることへの牽制を目的にしていると評価している。

  • 3つめの誤算:中国の行動

韓国が中国と協同し、日本の侵略的性質を非難し、中国の圧力を日本へバック・パッシングする。韓国にとって、これ自体は、間違った戦略ではないと考える。
ところが、日本を「侵略的国家だ」と非難しているすぐ脇で、協同している中国が南シナ海で国際世論から「侵略的だ」と非難を浴びるような行動をとっている。これは韓国の誤算だったのではなかろうか。中国の攻撃的な行動のため、韓国の主張の正当性が相当損なわれたのは間違いなかろう。
中国にしてみれば、地域覇権国を目指す動きの中で、東シナ海でも南シナ海でも、海洋利権で争っている国(主に、日本、フィリピン、ベトナム)には、ブラックメール戦略(軍事的な脅し)と、サラミ・スライス作戦と揶揄されるが少しずつ海洋利権を奪取する「低強度戦争」の実施という戦略を等しく実施しているのであり、対日本だけ特別扱いしていないようなのだが、それでも韓国の主張にとってはダメージがあったと思う。

その結果、韓国は米韓同盟で重荷を背負った状態になった。
では、一旦止めていたモデルによる分析に戻ろう。そこで、韓国が米韓同盟で重荷を背負った状態と、北朝鮮の対応まで含んでモデル化してみる。これが、最新版の東アジア情勢のモデルになる。

f:id:the_sun_also_rises:20140716211122p:plain
図7 韓国のバック・パッシングは成功した。しかし代償として米韓同盟が揺らぐ。

韓国が、日本へのバック・パッシング戦略を徹底して、中国との協同歩調を高めようとすると次のことが生じる。

  • 日米韓の同盟を強化して、中国へのバランシング戦略を実施しようとしているアメリカの戦略を阻害することになる。
  • 中国と完全な協同歩調をとるのは、採るべきでない戦略である「バンドワゴニング(追従政策)」と同じになる。それは長期的に韓国の国益を損ねる

一方、今度は韓国がアメリカの要求を受け入れて、アメリカの中国に対するバランシング戦略の一翼を担おうとすると次のことが生じる。

  • アメリカの要求を受け入れたことで、中国との関係が悪化し、日本へのバック・パッシング戦略が効かなくなる。その結果、中国からの直接の圧力を受け始める。
  • 中国の圧力に対抗するため、日本、アメリカの3ヶ国協同で外的バランシング同盟を作ると、日本から韓国へのバック・パッシング戦略が発動し、さらに中国からの圧力をうけることになる。(図5)

結局、韓国は、日本へのバック・パッシング戦略が毀損しない範囲で、アメリカからの要求を受け入れ、米韓同盟を維持するという、かなり狭い選択しかできなくなるだろう。いつまでそれが通用するかは、アメリカと中国の忍耐次第というところだろう。
ここまでが、モデルの分析によって導かれる結論だ。

プロセスの説明

国際関係論も社会科学の一つであり、それはなんらかの実証的なプロセスに沿って行われねばならないが、そういったプロセスをあまり意識せずにごっちゃに考えている人もいるようなので、私が用いているプロセスを説明したい。私は、次の3つのプロセスで思考している。

  • 観察
  • 分析
  • 評価

「観察」のプロセスは理論編でも実践編でも説明していない。これは日々の動きを見る中で行う。過去については文献にあたる。このプロセスは、攻撃的現実主義、すなわち大国政治の理論は関係がない。ただ情報を集め、何が起こったかをストックするだけだ。

この実践編でここまで書いたのは、「分析」のプロセスになる。この分析のプロセスこそ、攻撃的現実主義、すなわち大国政治の理論を使い、国際関係をモデル化することで行うものだ。その際基準となっているのは各国の国益になる。そしてこの分析のプロセスでは、モデルに登場する国の動きをそれぞれ考えないといけないので、善悪や価値観などは排除するよう努力する*3。というより、このようなモデル化を行い、各国の動きを考える中で、善悪の判断とか価値観とかを考えるととたんにモデルが動かなくなってしまう。
Wikipediaに書かれている「価値観を排除して国際関係を客観的に分析しようとする点に特徴」があるという説明は、こういった特徴を説明していると考えている。

こうやって得た分析を、ある国(複数の国である場合もあるが)の立場で、その国がどのような戦略を採るべきか考えるのが、「評価」のプロセスだ。当然、このプロセスでも大国政治の理論を使うのだが、この評価のプロセスは、特定のある国の立場で行うものであり、私の場合、その国というのは母国である「日本」以外にはない。
このプロセスには、母国であるがゆえに「日本」だけを特別に考え、他国を「日本」との関係のみで評価するという「価値観」は存在する。基準は、ここでも国益だ。
当然、採るべき戦略を考えるわけであるから、日本にとって国益が一番大きくなるよう考える。それを願望という表現であらわそうと一向に差し支えない。本質は実現可能性だけであって、呼び方ではない。

さて、東アジアの情勢の記述に戻ろう。
次からの文章は、上記の「評価」のプロセスになる。ここからは、「日本」だけを特別に考え、他国を「日本」との関係のみで評価するという「価値観」は存在する。重ねて指摘しておきたい。

東アジアのキャスティングボートは韓国が握る

モデルを使った分析の結果、今後の東アジアの情勢は、韓国が焦点になっているということがわかった。すなわち「韓国がキャスティングボートを握っている」といえる。
このキャスティングボートは、口の悪い人だと「踏み絵」と呼ぶかもしれない。韓国にとっては、その選択を行うことがあまりうれしくないからだ。
とはいえ、韓国がどの選択をするかによって、日本の採るべき戦略は大きく変わる。それまでは、アメリカと協同して、韓国に選択を迫る外交を行わざるをえないだろう。
日本にとっては、その外交は「韓国のバック・パッシング戦略への抵抗」と言っていいと思う。
それくらい日本は、バック・パッシング戦略を、韓国に華麗に決められてしまっている。*4


韓国のバック・パッシング戦略への抵抗

現状

日本の今の状況を端的に説明すると、次のようになるだろう。

  • 韓国のバック・パッシング戦略によって、日本は中国からの軍事的圧力を東アジアでは1国だけで受けている。それが大きな負担になっている。
  • 一方で、韓国は北朝鮮の軍事的圧力に対するバランシング戦略において、アメリカのパワーに依存している。
  • しかし、そのアメリカのパワーの投影は、後背地たる日本のアメリカ軍基地と日本が提供する兵站能力に依存している。
  • 日本は、韓国が中国の脅威をバック・パッシングするのなら、北朝鮮の脅威に対する韓国のバランシング戦略は、日本の負担にただ乗り(フリーライド)していると感じはじめている。そして徐々にその負担を重く感じつつある。

朝鮮半島有事での在日米軍に対する日本の許諾

日本にとっては残念なことに、韓国のバック・パッシング戦略に直接対抗する方法を日本は持っていない。
まずは、安倍首相が、朝鮮半島有事の際の在日アメリカ軍の出撃について「日本が了解しなければ韓国に救援に駆けつけることはできない」と発言して牽制球を投げたが、実際に朝鮮半島有事で在日アメリカ軍が本当に出撃しようとしている時に、日本が反対できるかというとそれは事実上不可能と思う。もし日本が反対し出撃を拒否するとその瞬間に日米同盟も危機に至ることになるだろう。
但し、韓国の日本を無視する行動に対する不満の表明は正当なものと思われるので、こういった牽制を行うのはそれはそれでよかったのだと思う。

アメリカとの同盟強化とアメリカの圧力の利用

結局、韓国への直接反撃は難しいので、日本はアメリカとの関係強化という方策で、韓国のバック・パッシング戦略へ抵抗するのが賢明だろう。

こういった努力が必要だろう。

残念ながら、最後は、アメリカの力に頼らざるをえない。情けないがアメリカ頼りという感じだ。
アメリカは、韓国の中国接近を好ましくは思っていない。当然圧力をかけている。その圧力によって韓国が心変わりするか、それを待つしかないだろう。

慰安婦問題などの個別問題との関係

さて、これらの対応を書いてみたが、そういえば先日書いた“河野談話検証で手詰まりとなった日韓両国 - 日はまた昇る”であげた日本の対応策と似ている。結局、「慰安婦問題」のような個別問題にしても、全体的な外交と齟齬をきたす対応はできないということだ。そして日本にとって大事なこと、すなわち韓国のバック・パッシング戦略を止めさせることに、日本は外交努力を集中すべきだと思う。
韓国にバック・パッシング戦略を諦めさせる、具体的には中国と協同した対日批判あるいは韓国単独の対日批判の終了(きちんと共同声明等文書が残る形で終了を宣言する必要があるがそれと)と引き換えに、韓国に対して慰安婦問題で謝罪をするのは、等価だと思うし、そんなことはやればいいと思う。
ただ、韓国もそうやすやすとバック・パッシング戦略を諦めるとは思えないので、日韓関係は手詰まりだと書いた。それは慰安婦問題のような個別問題というより、ここで書いたような日韓を含む東アジアの当事国同士の全体的な戦略の問題だと考えている。

北朝鮮

北朝鮮の反応は、中国と韓国が近づいたことによる反作用的な動きだと思う。
したがって、中国と韓国が少し疎遠になれば、日本への接近を行う意欲が減衰するだろう。
日本もアメリカも、中国と韓国が接近することは好ましくないと思っている。そうならないように外交的に働きかけ、外交的圧力もかけている。
それらが効果を発揮しないか(つまり外交の失敗)、効果を発揮するまでの短い期間、北朝鮮は日本に接近するだろう。
その間に、日本人拉致問題がひとまずの解決を見るといいのだが。ただ時間は限られる。楽観はできないと思う。

対中国

(注)この項は、この投稿で説明した方法にもとづき、他の地域(台湾、東南アジア、インド洋等)も分析した上で、評価している。これまでの文章と少々繋がりがない点はご容赦いただきたい。

中国は、地域覇権国を目指している。東シナ海南シナ海で行っていることは、その目標に至る道筋のほんの始まりにすぎない。
アメリカも徐々に中国に対して強硬なスタンスに移っていくだろう。アメリカは否応なく中国封じ込め政策を取らざるをえなくなっていく。
日本は、このアメリカの動きを見越して、中国に対する外的バランシング同盟の結成に寄与すべきだ。
まずは、オーストラリアとインド。次に、東南アジア各国。
中国の地域覇権国を目指す行動は、少なくともあと10年以上続くと考えるべきだろう。長丁場になる。特に台湾はかなり厳しい状況になるだろう。
戦争に至らないようにしながら、中国の領土的野心を挫く。達成困難な課題であり、日本も含めて周辺各国は厳しい時代が続く覚悟は必要だと思う。

最後に

この投稿は、id:scopedog氏の“とりあえずダメだししときます。 - 誰かの妄想・はてな版”の反論として書き始めたものだけど、この投稿の内容には個別に反論はしないので、興味がある人は読み比べていただきたい。
それよりも、国際関係論でいう現実主義とか、その現実主義の中のひとつである攻撃的現実主義とか、誤解が残っているのはよくないと思うので、その紹介記事を書いたつもりだ。

この投稿で私がいいたいことは次のことだ。

日本をめぐる国際環境は今後ますます厳しくなってくる。
国際関係を、個別の二国間関係、更にその二国間関係のひとつの問題だけに集約して議論をしても、それは全体最適、すなわち日本の国益、日本のすすむべき方向を議論することとはならない。
まずは、国際関係全体を鳥瞰した、さまざまな分析が必要だ。
そこで、私は、攻撃的現実主義に基づく国際関係全体の分析を書いてみた。
これに反論のある人は、ぜひ他の方法、理論を基に、東アジアに限らず、国際関係全体の分析を書いて投稿してみてほしい。それが本質的に日本の外交を論じるための第一歩だと思う。

*1:私自身は、靖国神社へ年数回参拝するし、首相が参拝することは率直にうれしいと感じる。但し昨年12月の安倍首相の参拝は、国際情勢を鑑みると時期がまずいと思った。これは当時の記事への私のブコメを見てもらえればそう書いているのでわかってもらえると思う。なお、靖国神社に関していえば、私はA級戦犯は当時の日本の指導層であり、日本の敗戦の責任をとるべき人物と思っている。それゆえ、靖国神社へ合祀してほしくない。つまり分祀してほしい。遺族や信奉者の心情を考えると祀ること自体は否定しないので別の社で祀ってほしいと思っている。さらに靖国神社は鎮魂社の御霊を合祀し、広く戦争で亡くなった方全員の鎮魂の社に変えるべきだと思っている。この投稿には全く関係のないことなのだけど、追記した。

*2:制裁一部解除に神経とがらせ、韓国高官が15日に訪日 - MSN産経ニュース

*3:国益は価値観ではないと思っているが、価値観が混ざるという主張も一理あると思う。それならば国益という価値観のみ排除しないと考えてほしい。

*4:私がブコメ外交問題で韓国を批判的に書いているのは、韓国のバック・パッシングが日本に対して負の要素がいかに大きいかということの裏返しでもある。日本と韓国の友好関係は、韓国がバック・パッシング戦略を止めるまでは訪れない。よく私は李明博前大統領が日韓関係を壊したというブコメを書いているが、あの事件以来、韓国は日本へのバック・パッシング戦略に舵を切ったと考えている。もっとも意図的にやりはじめたのは、朴槿惠大統領になってからであるけれども。

攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(理論編)

はじめに

少し前に書いた「河野談話検証で手詰まりとなった日韓両国」と、その補足説明をした「みなさん!現実主義って用語、誤解してませんか?」という記事を思いの外、たくさんの人に読んでもらえて感謝している。
いくつかそれに対する反論の投稿もあったのだが、それを読んでもやはり現実主義という考え方を理解してもらえていないなと感じる。
「攻撃的現実主義はネオコンと同じだ」とか、「現実主義にたつと紛争介入しか選択肢がない」とか、そういった誤解は勘弁してほしいよ。まったく。
そこで今日は、「慰安婦問題」のような一つの問題をクローズアップするのではなく、攻撃的現実主義とはどういう考え方なのか説明し、攻撃的現実主義に立つと国際関係がどのように見えるかというのを説明してみようと思う。つたない説明ではあるのだけど、国際関係論でいう現実主義というものの理解の一助となればうれしく思う。

ミアシャイマー教授の大国政治の理論:攻撃的現実主義

攻撃的現実主義の代表的な論者は、シカゴ大学政治学部のジョン・ミアシャイマー教授だ。ミアシャイマー教授が提唱する「大国政治の理論」は、攻撃的現実主義という考え方の根幹をなす理論といえる。
ところで、ミアシャイマー教授は、今年『台湾に「さようなら」を言おう』という論文を、ナショナル・インタレスト誌に発表した。
その論文に、「大国政治の理論」のエッセンスと、中国がとると予想される行動の分析が行われている部分がある。
私が説明するより、ずっと説得力があると思うので、その論文から説明を抜粋してみる。なお、論文は英語だが、「地政学を英国で学んだ」というサイトで奥山真司氏が日本語に訳してくださっていたので、それを利用させていただいた。*1

大国政治の理論と中国の将来の行動の分析

ミアシャイマー教授は、中国はアジアの地域覇権国を目指すようになり、自国と周辺国(とくにインド、日本、そしてロシア)とのパワーの差を最大化しようとすると予測している。

時間を経て強力になるにつれ、中国はアジアでどのような態度を見せるようになるのだろうか?(中略)


台頭する中国が周辺国やアメリカに対してどのような態度をとるのかを予測するための唯一の方法は、大国政治の理論を使うことだ。
われわれが理論に頼らなければならない主な理由は、われわれにはまだ起こっていない「未来」についての事実を持っていないからだ。(中略)
私の提唱する国際関係の現実主義の理論によれば、国際システムの構造によって、安全保障に懸念を持つ国々は互いにパワーをめぐって競争に駆り立てられる、ということになる。
そしてその中の主要国の究極のゴールは、世界権力の分配を最大化することにあり、最終的には国際システム全体を支配することにある
というものだ。


これが現実の世界に現れてくると、最も強力な国家が自分のいる地域で覇権を確立しようとする動きになり、ライバルとなる他の大国がその地域で圧倒的にならないように動く、ということになる。
さらに具体的にいえば、国際システムには大きくわけて3つの特徴があることになる。1つは、このアナーキー無政府状態)のシステムの中で活動している主役は国家であり、これは単純に「国家よりも上の権威を持つアクターが存在しない」ということを意味する。
2つ目は、「すべての大国が軍事的にある程度の攻撃力を持っている」ということであり、互いに傷つけあう能力を持っているという事実だ。
3つ目は、「どの国家も他国の意図を完全に知ることはできない」ということであり、これはとくに未来の意図の場合は不可能になるということだ。


他国が悪意を持つ可能性があり、しかもそれなりの攻撃力を持つ世界では、国家は互いを恐れる傾向を持つことになる。そしてこの恐怖は、アナーキーな国際システムの中に何かトラブルがあっても大丈夫なように国家を一晩中見張ってくれる、夜の警備員のような存在がいないという事実によっても増幅する。
したがって国家というものは「国際システムの中で生き残るための最良の方法は、潜在的なライバルたちと比べてより強力になることにある」と認識しているものだ。ある国家の力が強ければ強いほど、他国は攻撃をしかけようとは思わなくなるからだ。(中略)


ところが大国というのは、単に大国の中で最強になろうとするだけではない。
彼らの究極の狙いは「唯一の覇権国」になることであり、これは国際システムにおける唯一の大国になるということを意味する。
(中略)
いかなる国にとっても、世界覇権国になることはほぼ不可能である。なぜなら、世界中でパワーを維持しつつ、遠くに位置している大国の領土にたいして戦力投射することはあまりにも困難だからだ。
そうなると、せいぜいできるのは、自分のいる地域で圧倒的な存在になり、地域覇権国になることくらいなのだ。(中略)
彼らは他の地域をいくつかの大国が林立する状態にしておきたいと思うものであり、これによってこの地域にある国同士は互いに競争し、自分の方に向けられるエネルギーの集中を不可能にしてしまえるのだ。


まとめて言えば、すべての大国にとって理想的な状態は「世界の中で唯一の地域覇権国になること」であり、現在のアメリカはこの高いポジションを享受できていることになる。
この理論に従えば、将来台頭してくる中国は、一体どのような行動を行ってくるのだろうか?
この答えをシンプルに言えば、「中国はアメリカが西半球を支配したような形で、アジアを支配しようとする」ということになる。


中国は地域覇権を目指すようになる。とくに中国は自国と周辺国(とくにインド、日本、そしてロシア)とのパワーの差を最大化しようとするはずだ。とにかく最も強力になって、アジアの他の国々が自分のことを脅せるような手段を持てないようにすることを目指すはずなのだ。
ミアシャイマーの「台湾さようなら」論文:その2 : 地政学を英国で学んだ

中国は地域覇権国を目指す

攻撃的現実主義にたてば、「中国は地域覇権国を目指すようになるというのは共通認識」だと言っていいと思う。
中国は、東シナ海防空識別圏を設定し日本の自衛隊機に戦闘機を異常接近させてみたり、昨年は中国の軍艦が海上自衛隊護衛艦に射撃レーダーをロックオンさせてみたり、尖閣諸島では頻繁に領海侵犯を繰り返したりしている。
南シナ海では、2012年にフィリピンとスカボロー環礁で争い事実上施政権を奪取したし、今年になってベトナム近海のパラセル(西沙)諸島近くで石油掘削装置を設置しベトナムとの緊張関係を高めている。
これらの動きは、中国が地域覇権国を目指す動きのほんの端緒にすぎないだろう。中国は周辺国への強要を続け、海洋権益を奪取し、最終的には「中国の夢(Wikipedia)」という思想の実現、すなわち周辺国に中国の覇権を認めさせることを目標にしている。まさに「大国政治の理論」そのものといっていい動きである。


攻撃的現実主義による国際関係のモデル化

誤解を恐れず大胆に言えば、攻撃的現実主義とは、地球規模のまさに巨大な複雑系である「国際関係」を、「大国の行動原則」「国際システムの3つの特徴」「大国の4つの主な目標」「8つの生き残り戦略」によって、大胆にモデル化しそのモデルを思考の中で動かし、将来おこる可能性がある状況を明らかにしたうえで、自国がとるべき方策を導く理論だと思う。
そこで、(既に説明したものも含むが)ここでは、それらを整理してみたい。更に、8つの生き残り戦略については、項を改めて詳細を説明する。*2

大国の行動原則

  • 最も強力な国家が自分のいる地域で覇権を確立しようとする動きをとる。そしてライバルとなる他の大国は、最も強力な国家がその地域で圧倒的にならないように動く。

国際システムの3つの特徴

  • 国際社会はアナーキーであり、国家より上位の権威を持つアクターは存在しない。
  • すべての大国が軍事的にある程度の攻撃力を持っている。
  • どの国家も他国の意図を完全に知ることはできない。

大国の4つの主な目標

  • 地域覇権を得ることを目指す。
  • 世界の富の中で自国がコントロールできる量を最大化するのを目指す。
  • 陸上兵力のバランスにおいて圧倒的な立場を目指す。
  • ライバルをはるかに超える核武装優越状態を獲得しようとする。

8つの生き残り戦略

パワー獲得のための戦略(4つ)

  • 戦争
  • ブラックメール(脅迫)
  • ベイト・アンド・ブリード(誘導出血)
  • ブラッドレティング(瀉血=しゃけつ)

侵略国を抑止するための戦略(2つ)

  • バランシング(直接均衡)
  • バック・パッシング(責任転嫁)

避けるべき戦略(2つ)

  • バンドワゴニング(追従政策)
  • アピーズメント(宥和政策)

 

8つの生き残り戦略の説明

前項であげた、大国の行動原則、国際システムの3つの特徴、大国の4つの主な目標は完結でわかりやすいのだが、8つの生き残り戦略は名称だけで理解するのは難しい。
そこで、それぞれを簡単に説明したいと思う。

1.パワー獲得のための戦略(4つ)

1-1.戦争

文字通り「戦争」することだ。2つの大戦を経験した後、この「戦争」という選択肢は、最も批判を浴びやすい戦略となった。しかし確かに戦争の頻度は減ってはきているものの、戦争はなくなってもいない。他国を征服することは以前に比べ高い代償が必要となっており、その見返りとして受け取る利益は払った代償よりも小さいという状況になる場面はあるだろうが、戦争は常に侵略国の経済を破綻させ実質的な利益を何ももたらさないかというと、必ずしもそうではない。
軍事学者であるヘブライ大学のクレフェルト教授が「戦争の変遷」*3という書籍で指摘している通り、昨今の戦争は「通常戦争」から「低強度戦争」というものに移行しつつあるといえる。その観点で今、中国が南シナ海で行っている行為を見てみると、漁船や軍艦でない政府の艦船を使い海域を封鎖しつつ、掘削装置で海底資源の掘削を開始し、徐々にその海域と島嶼の施政権を奪うという行為は、国家が実施する政治的・組織的で大規模な「低強度戦争」の事例と見ることができる。*4
確かに大国同士が正面から軍隊をぶつけあう従来型の戦争(通常戦争)は少なくなっていくだろうが、より選択しやすい戦争として民間や軍隊以外の組織を使う「低強度戦争」や「サイバー戦争」などは今後の戦争のスタンダードになりうると私は考えている。

1-2.ブラックメール(脅迫)

国家は軍事力の行使をちらつかせ、戦争を行わずにライバルからパワーを奪うこともできる。ブラックメール(脅迫)は、実際の軍事力の行使ではなく、強制的な脅しと威嚇によって、自分たちの望む結果を得ようとする戦略だ。これが本当に効果を出せば、戦争より遥かに好ましい方法となる。脅迫は人を殺すことなく目標を達成できるからである。
しかしブラックメールバランス・オブ・パワーに劇的な変化をもたらすとはいえない。大国がライバル大国に対し大きな譲歩を強要しようとする時は、たいていの場合は脅しだけでは足りないからである。大国は互いに強力な軍隊を保持しており、戦わずして脅しに屈服することなどはあり得ない。ブラックメールはむしろ、大国の後ろ盾がない小国に対して効果があると考えるべきである。

1-3.ベイト・アンド・ブリード(誘導出血)

この戦略は、「誘導する側」が紛争に直接関与せず軍事力を温存している間に、他のライバル国二カ国に長期間の戦争を戦わせ、国力をとことんまで浪費させるよう仕向ける戦略である。
ところが、この近代においてこの戦略が実際に用いられた例は少ない。それはこの戦略には、ライバル国を騙して戦争を始めさせるのが非常に困難だという根本的な問題点があるからだ。自国は他国と長期戦争に入るというのに、誘導した側が脇で傍観しながらタダでパワーを相対的に向上させているという図式は、誘導される側の国家に察知されやすい。

1-4.ブラッドレティング(瀉血=しゃけつ)

ブラッドレティングは、ベイト・アンド・ブリードをより効果的に改良した戦略である。ブラッドレティングを仕掛ける側は、ベイト・アンド・ブリード戦略の時とは異なり、相手国に誘導(ベイト)は行わない。
ブラッドレティングをしかける側は、ライバル国たちが戦争をはじめた際、それに乗じて彼らが力尽きるまで徹底的に戦うように仕向ける戦略だ。そしてライバル国たちが戦っている間、自国はその戦いの外に逃げていればいい。

2.侵略国を抑止するための戦略(2つ)

2-1.バランシング(直接均衡)

バランシング(直接均衡)によって、大国は自ら直接責任を持って、侵略的なライバルがバランス・オブ・パワーを覆そうとするのを防ぎに行く。この戦略の問題点は、この戦略を実施する大国の目的は侵略者を抑止することだが、失敗した場合には戦争を行うはめになることだ。
バランシングを効果的に行うには、三つの方法がある。(ここが重要!)
一つ目の方法は、対立のメッセージを送る方策。外交のチャンネルを通じて「我々はバランス・オブ・パワーを本気で維持しようとしているのであり、これが理解できないなら戦争も辞さない。」というはっきりとしたシグナルを送る方法である。このメッセージで強調されるのは“対立”であり、“和解”ではない。つまり抑止しようとする側は、線を引きその線を越えてこないように警告するわけだ。
二つ目の方法は、外的バランシング。脅威を受けた側の国がまとまって防御的な同盟を結成し危険な敵を封じ込めるというものだ。このような外交的な操作はよく「外的バランシング」と呼ばれる。この同盟ができると、侵略してこようとする国を抑止するコストを同盟国で分担でき、さらに侵略者に対抗する兵力の量を増加させ、抑止が機能する確率が増えることになる。一方、弱点もある。これらの同盟は、同盟国の調整に手間取ることが多く、スムースな運営がとても難しいということだ。
三つ目の方法は、内的バランシング。脅威を受けた側の国家が侵略的な国家に対して、自らの国力を使って抑止するものだ。防衛費を増やし兵力を増強したり、徴兵制度を実施することがこれに当たる。「内的バランシング」と呼ばれるこの戦略は、まさに「自助」そのものといえる。しかし、脅威が受けた側が侵略者に対して使える国力の量は、明らかに限界がある。

2-2.バック・パッシング(責任転嫁)

バック・パッシングは、大国にとってはバランシングに代わる主な戦略である。バック・パッシングを「する側」、つまり「バック・パッサー」は、自国が脇で傍観している間に他国に侵略的な国家を抑止する重荷を背負わせ、特には他国と直接対決させるよう仕向ける。
バック・パッサーは、四つの方法でバック・パッシングを行う。(ここが重要)
一つ目の方法は、侵略的な国と良好な外交関係を築く方策。侵略的な国の関心が常にバック・パッシングを「される側」、つまり「バック・パッサー」の国の方を向いておくようにするため、侵略的な国と良い外交関係を結ぶ。もしくは最低でも刺激するようなことはしない。
二つ目の方法は、バック・キャッチャーとの関係を疎遠にする方策。バック・パッサーが、普段からバック・キャッチャーの国との関係をあまり親密にしておかないという方法である。こうしておけば、侵略的な国とバック・パッサーの国との間が戦争などの危険な状況になってもそれに巻き込まれることもない。
三つ目の方法は、相対的な難攻さの確保。大国が自らの力をつぎ込んでバック・パッシングを行うやり方だ。バック・パッサーの国は、自国の防衛を固め、対外的には自らを難攻不落の状態に見せかけて、侵略的な国の目を(より弱いと目される)バック・キャッチャーの方を向けさせようとする。
四つ目の方法は、バック・キャッチャーへの支援。バック・パッサーが、バック・キャッチャーの国力が上がるのを許すだけでなく、それをサポートまでしてしまう方法である。これによりバック・キャッチャーが侵略的な国家を封じ込めてくれれば、バック・パッサーにとっては傍観者のままでいられる可能性が強いからだ。

3.避けるべき戦略(2つ)

3-1.バンドワゴニング(追従政策)

バンドワゴニングとは、自国より強力な侵略的な国が現れた場合、逆にその陣営に入り、この恐ろしい仲間と共同戦線を張って利益を得ようとする戦略だ。
これは弱小国向きの戦略といえる。
但し、バンドワゴニングには、それをやればやるほど、自国より強力な侵略的な国は自国より更に強力になり、どんどんその強力な国からの要求が大きくなることを防げないという大きな問題がある。バンドワゴニングの方策をとった国は、侵略的な強国の慈悲を願うしかなくなっていく。

3-2.アピーズメント(宥和政策)

アピーズメントとは、バランス・オブ・パワーが自国に有利になるよう、侵略的な国に対して譲歩を行う戦略のことである。譲歩というのは、具体的には、第三国の領土や、争点となっている領土や資源などの権益、あるいは(名目はなんでもいいが)賠償金などを相手国に引き渡すことに合意するのだが、そもそもの目的は、侵略的な国にその国が満足する十分な利益を与えることによって、その国を平和的な方向に向けさせ、できれば現状維持の戦略を採らせるという、いわば慰撫的な行為により侵略的な国を懐柔することにある。
侵略的な国を封じ込めるための努力を何もしないバンドワゴニングとは違って、アピーズメントをする国は、脅威を抑止しようという努力だけは続ける。
しかし、このアピーズメントは、非現実的で危険な戦略となる。
侵略的な国を優しく柔和的な国に変えることなどは(少なくとも外国が)できるなんてことはない。宥和政策は侵略的な国の征服意欲を減少させるより、むしろ増加させることが多い。
アピーズメントした国は、他国に一方的に譲歩したことにより、周辺国から「弱い国だ」と思われがちになる。そうした国は、バランス・オブ・パワーを維持する意思がないことを周囲に示してしまうことになる。そのため、アピーズメントを受けた国(侵略的な強国)がさらにアピーズメントをした国に譲歩を要求してくるのは当然だ。


実践編の案内

さて、これで「攻撃的現実主義」の基本となる理論は、概ね説明が終わった。
しかし、これだけでも十分に投稿が長くなったので、全体を2つに分割したいと思う。
後編となる実践編では、この理論を使って、どのように国際関係をモデル化し、そのモデルをどう動かすのかという点を説明することにしたい。
実践編は、こちらのリンクをたどってほしい。
thesunalsorises.hatenablog.com


(参考図書)

大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!

大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!

戦争の変遷

戦争の変遷

*1:それほど長い論文ではないので、もしご興味がある方がいれば、通して読んでみるとよいのではないかと思う。攻撃的現実主義者がどう考えるのか、よいお手本になる。論文は次のリンクをたどってほしい。(その1その2その3その4その5その6その7

*2:ここであげたものの他、パワーと富との関係、ランドパワーの優位についても分析と法則が導かれているが、説明が多くなるためこの文章では省略した。ご興味があれば原著を読んでほしい。

*3:戦争の変遷 マーチン・ファン・クレフェルト著 原書房

*4:中国のこの行動の軍事思想的背景としては、1999年に喬良氏、王湘穂氏という2人の中国軍大佐が発表した「超限戦」があると思われる。その著書の中で、クラウゼビッツの説く「武力的な手段を用いて自分の意志を敵に強制的に受け入れさせる」という「戦争」の原理から「武力と非武力、軍事と非軍事、殺傷と非殺傷を含むすべての手段を用いて、自分の利益を敵に強制的に受け入れさせること」という「超限戦」の原理に代わったと述べている。中国の新兵学書「超限戦」、尖閣で見事に実践 日本は尖閣諸島での「敗北」を徹底的に研究すべし(2/7) | JBpress(Japan Business Press)

安全保障問題で軍事力を考慮しないのは片手落ち

現実主義について言及されたこともあるし、7月8日にid:scopedog氏が投稿した『中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性』という記事について考えてみることにしたい。
総論としてはこういう国際関係についていろんな視点で考えることはよいことと思うが、この投稿に関して言えば、内容は控えめに評価しても重要な要素を(意図的になのか、不注意でなのかはわからないが)考慮できていない不完全な論だと思う。ここでは、その投稿の不完全さを4つ指摘することにする。*1

(1)あれ? アメリカの反応は考えなくていいの?

国際政治の状況分析

指摘に先立って、まずはこの投稿で評価できるポイントとして、「中国の視点で考える」という姿勢をあげておきたい。
昨今の国際関係は、純粋な二カ国関係だけみればよいのではなく、関係各国の思惑、行動などを考え、総合的に考える必要がある。その観点で、関係する各国それぞれの視点で分析する姿勢は評価できる。そこはよい。今後もぜひ続けてほしい。

ところが・・・
この投稿は、中比紛争を想定し、関係国の行動をそれぞれの立場で想定するのだが、そこに出てくるのは、想定する中比紛争の当事国である「中国」と「フィリピン」、そして「日本」だけである。
あれ? とりわけ重要な国を忘れてないかい?
地球上のどの地域の国際関係でも、必ず考えないといけない国、そう、アメリカだ。

4月オバマ大統領はフィリピンを訪問した

アメリカが関心のない国、地域だったらまだしも、つい2ヶ月半前、オバマ大統領がフィリピンを訪問したばかりだ。
この事実を忘れてしまったのだろうか?
オバマ大統領は、フィリピン訪問で、フィリピンでの米軍の存在を高める「新軍事協定」に調印し、領有権問題を武力で解決しようとしていると中国を非難し、フィリピンに対しては『軍事支援を「固く」約束する』と演説を行った。
f:id:the_sun_also_rises:20140709174404j:plain
オバマ米大統領、フィリピンに軍事支援を約束 中国をけん制 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
(注)アメリカは海軍をスービック地区(かつての米スービック基地)に駐留させ、パラワン島海兵隊をローテーション展開しようとしている。
緊迫南シナ海 フィリピン米軍との連携強化 | 国際報道2014 [特集] | NHK BS1

アメリカ軍の駐留と日本の集団的自衛権行使容認、どちらが重要か?

オバマ大統領は、フィリピンへのアメリカ軍の駐留を約定した軍事協定を結び、中国を非難しフィリピンへの軍事支援を約束した。
日本の安倍政権は、憲法解釈を変更し、これまで容認してなかった集団的自衛権を容認することを閣議決定した。
さて、上記の2つの事例で、フィリピンの安全保障上、より重要な出来事はどちらだろうか?
日本の憲法解釈変更の方が、アメリカの正式な軍事協定とオバマ大統領の全世界に向けた約束よりも、フィリピンの安全保障上重要だと信じる人がもしいたとすれば、ここでこの文章を読むのをやめるといいと思う。たぶん、議論はかみあわない。でも、くどいように説明するが、日本の憲法解釈変更の方が、フィリピンの安全保障上重要だと考える人は、フィリピンにも中国にも日本にも、いや世界中を見渡してもほとんどいないだろう。*2

フィリピンのこの2ヶ月半の行動

さて、そのように重要な約束をフィリピンは4月に得たわけだが、アメリカの後ろ盾を得たフィリピンはどう行動しただろうか?

中国が南シナ海で石油掘削作業を活発化させていることについて、2002年の「南シナ海行動宣言」に違反していると非難した。
フィリピン大統領が中国を非難、「南シナ海行動宣言に違反」 | Reuters

フィリピンは、1月に国際海洋裁判所に「九段線」の違法性を提訴したのだが、その後アメリカの後ろ盾を得ても、このように非難はすれど挑発ではない落ち着いた態度を見せ続けている。そもそも国際海洋裁判所への提訴は、国際法にのっとった極めて穏当な紛争の解決手段だ。
※フィリピンの国際海洋裁判所への提訴を知らない人はこれを読んでね。
(1/2) フィリピン、領有権問題で中国に立ち向かう すご腕の米法律家雇い国際機関に提訴 : J-CASTニュース

逆に中国といえば、大きくニュースでも取り上げられたから、みなさんよく知っていると思うけどこんな感じ。
f:id:the_sun_also_rises:20140709220359j:plain
中国の沿岸警備隊の船舶を撮影するベトナム沿岸警備隊員 WSJ

中国が南シナ海に設置した石油掘削施設(オイルリグ)をめぐる中国とベトナムの反目は、26日にベトナムの漁船が中国漁船と衝突して沈没したことから、さらに緊張が高まっている。ベトナム当局によると、沈没した漁船には10人の乗組員が乗船していた。
中国漁船「体当たり」でベトナム漁船沈没=ベトナム当局 - WSJ

そして、それに対する当事国であるベトナムとフィリピンとの共同声明。

フィリピンのデルロサリオ外相ベトナムのミン副首相兼外相は2日、ハノイで会談し、それぞれが中国と対立している南シナ海の島々の領有権問題について意見を交わしました。
ベトナム外務省によりますと、会談の中で両外相は中国が西沙諸島、英語名パラセル諸島近くに石油の掘削装置を設置したことについて重大な国際法違反だとして非難しました。
そのうえで中国に平和的解決を求めるためにASEAN東南アジア諸国連合として結束していくことの重要性を確認しました。
比越外相 中国非難し結束確認 NHKニュース

いやあ、僕には、挑発しているのは中国の方で、フィリピンは(ベトナムも)とても抑制の効いた対応をしていると思うけどね。
同じニュースに接しても、scopedog氏には違う見え方がするのかもしれない。
少なくとも、scopedog氏が主張する次のことがら……

この宣言*3は一方でフィリピン政府から外交的慎重さを失わせる可能性があります。もし紛争が生じても日本が支援してくれるという安心感は対中外交において強気に出る動機付けとなり、結果として中比間の緊張を高めることになるでしょう。
中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性 - 誰かの妄想・はてな版

アメリカのオバマ大統領が訪問して軍事協定を結び、力強い演説を行っても、冷静な対応を崩さないフィリピンが、日本の集団的自衛権行使でトチ狂って中国を挑発するような行動にでることって想像できるだろうか。いくらフィリピンが発展途上国で国内にさまざまな問題を抱えているからといって、小国が大国を挑発する愚を理解しないほど、フィリピン政府のエリート層は愚かだという前提をおくのは、論理性に欠けている。
この部分が否定されると、scopedog氏の論の中で、中比開戦に至る理由がなくなるのでこの論全体が成り立たなくなる。scopedog氏は、アメリカの存在まで考慮した上で、日本の集団的自衛権行使容認が中比開戦を引き起こす理由を説明すべきだ。

(2)日本は中比紛争に武力介入することが可能か?

憲法論:憲法第9条統治行為論

さて、(1)で指摘した「日本の集団的自衛権行使容認が中比開戦を引き起こす理由」で説得力のある説明が仮に得られたとして、次に問題になるのは憲法論だ。
さて、問題になっている憲法9条のおさらいだ。

第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
日本国憲法

解釈で問題になっているのは、個別的自衛権とか集団的自衛権とかなのだが、憲法の条文にはでてこない。*4
それよりも一般人からすれば、第2項で持たないと書いている戦力について、「自衛隊は陸海空軍その他の戦力でないのか?」という方がずっと気にかかるのではないだろうか。でも自衛隊は現に存在している。そこで自衛隊が合憲かを裁判で争っても、裁判所は統治行為論を盾に一切判断をしない。そんな状況だ。

統治行為論とは、“国家統治の基本に関する高度な政治性”を有する国家の行為については、法律上の争訟として裁判所による法律判断が可能であっても、これゆえに司法審査の対象から除外すべきとする理論
統治行為論 - Wikipedia

もし今回の憲法解釈変更に違憲訴訟しても、裁判所は統治行為論によって判断を避けると考えられる。
というのは、もし今回の憲法解釈変更を違憲とする判決を出すには、過去に統治行為論によって判断を避けていた自衛隊の合憲性について合憲と判断した上で、第9条の規定は自衛権を否定していないという法理を導き、憲法が認めた自衛権は個別的自衛権のみであるという結論をえなければならない。
まともな法学者だったら、最初の「自衛隊は合憲だ」という結論を得るだけで四苦八苦するのではないか。*5
つまり、憲法第9条については、実質的に国会答弁や今回の閣議決定などを通じて表された政府解釈と、それを基に立法された「自衛隊法」他関連法以外に内容を規定するものはないという状況になっているということだ。裁判所は判断を行わない。
そうであれば、きちんと今回変更した解釈と、変更されていない部分の解釈を理解する必要があるだろう。

集団的自衛権の解釈

実は、今回の解釈変更においても、集団的自衛権とはなにかという解釈については、変更されていない。
この集団的自衛権の解釈には、主に3つの解釈がある。

詳しくは説明しないが、日本政府はこのうち2番めの個別的自衛権合理的拡大説を採っている。その説の説明は次のようになる。

集団的自衛権は、自国と密接な関係にある他国に対する攻撃を、自国に対する攻撃とみなし、自国の実体的権利が侵されたとして、他国を守るために防衛行動をとる権利である
「憲法第9条と集団的自衛権」国立国会図書館調査及び立法考査局 p33-34

「自国と密接な関係にある他国」の解釈

今回、集団的自衛権行使を容認する解釈変更を行ったが、それは全ての戦争に対して道を開いたわけではない。
自国と密接な関係にある他国に対する攻撃に対する反撃と、明確に制限を課している。
さて、scopedog氏の論に戻って、中比紛争を考えると、日本がフィリピンの要請をうけて中比紛争に軍事介入できるかどうかは、フィリピンが日本と密接な関係にあるかどうかが問われる。
例えば、アメリカが日本の周辺で他国から攻撃を受けた場合、日本は今回の解釈変更で集団的自衛権行使が行えるかという点については、明確に行えると考える。これは日本とアメリカの間には、日米安全保障条約があり、日本の安全保障について密接に関係しているからである。
一方、もし韓国が他国から攻撃を受けた場合については、例え韓国から軍事介入の要請があろうと、集団的自衛権行使の対象にならないと考える。日本と韓国の間には、相互安全保障条約はおろか、軍事協約は存在しない。すなわち韓国は自国と密接な関係にある他国とは認めがたい。現に政府が説明した8つのケースにおいて、韓国で戦争が起こった場合、陸上兵力、航空兵力を派遣するようなケースはない。この韓国の有事の場合は、現状では仮に韓国から要請があろうと、憲法上の理由によって軍事介入は断ることになると考えている。
台湾有事であっても同様だ。
さて、フィリピンだ。フィリピンとの間にも、相互安全保障条約はないし、軍事協約もない。だから日本は憲法上の理由によって軍事介入できないと解するのが適当だ。また、政府が想定した8ケースの中に、島嶼の奪回などはない。
それなのに、scopedog氏は……

今後は中比紛争に日本軍が武力介入することが可能になります。
中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性 - 誰かの妄想・はてな版

と日本軍(?)が武力介入できると断言している。しかし、その結論を至る説明の中で、解釈変更の前からずっと変わらない「集団的自衛権」の解釈の中で制約となっている「自国と密接な関係にある他国」にフィリピンが該当する理由を書いていない。
日本の自衛隊はフィリピンに武力介入できるという部分が否定されると、やはりscopedog氏の論全体が成り立たなくなる。scopedog氏は、集団的自衛権の現在の解釈において、なぜフィリピンが「自国と密接な関係にある他国」と考えられるのか、その法理を説明すべきだ。なおその際、政府が説明している集団的自衛権行使の8類型のどれに当てはまるのか一緒に説明してほしい。
8類型については、左派もすんなりと読めるだろうから、赤旗の記事をはっておくよ。
PKO任務で武器使用/集団的自衛権など3分野・15事例判明
政府の説明は信用ならんとかいい始めると、その段階で憲法論どころか論理すらない主観論になるので、その辺はよろしく。

(3)自衛隊はフィリピンの小島を奪回できるか?

軍事学的見方

さて、scopedog氏が、(1)で指摘した国際政治的状況分析の不備と、(2)で指摘した憲法論としての法理の不備とをきちんと説明したとして、次に残る問題は、軍事論としての妥当性だ。つまり、中国がフィリピンの小島を強襲上陸し、フィリピンがそれを奪回するために、なぜかアメリカではなく日本に軍事介入を要請し、日本も憲法上の解釈をなんとかしてフィリピンの求めに応じることを決断した場合、どういう方法でフィリピンの小島を自衛隊は奪回するのかという軍事論である。
軍事論は、とてもテクニカルなものだ。ここではこんな作戦を考えられるという例示を行いたい。

どんな小島なのか

南沙諸島の中で現在中国が実効支配しているミスチーフ礁は、干潮時にしか海面上にでてこない環礁なので、軍事拠点足り得ない。
そこで、南沙諸島のうち、フィリピンが実効支配している島で最大の島である「パグアサ島」の写真をみてみよう。この島を中国が奪取したという前提で、奪還作戦を考えてみたい。
f:id:the_sun_also_rises:20140710032228j:plain
この写真は、フィリピン頑張れ - ☆★あぁ・・・早くリタイアしたいなぁ・・・★☆ - Yahoo!ブログから拝借した。

アメリカ軍だったら?

自衛隊の場合を考えるより、まずは世界最強のアメリカ軍だったらどうするだろうか?という点を考えたい。

  • 補給戦を仕掛ける

近代戦は、華々しい戦いよりも補給(ロジスティックス)の勝負となる。中国が奪取後、戦闘機などを配備しなければ、この島の軍事的価値はそんなにない。戦闘機を配備し、対空ミサイルなど防空体制を整えて、初めて軍事的な価値を持つ。その場合、軍兵、捕虜などの食料、水からはじまり、航空機燃料、対空ミサイルや爆弾などの武器弾薬を補給できなければ、配備した部隊は能力を失ってしまう。
そこで、この島の基地に向かう補給船を攻撃し沈没させる、いわゆる補給戦を実施するだろう。

  • 爆撃し無力化する

軍事衛星や偵察機などで精密な情報を得た後、潜水艦やミサイル駆逐艦に積んでいるトマホーク対地巡航ミサイルを使って、ピンポイント爆撃をかけていく。中国軍が対空防衛能力を失ったら、あるいは対レーダーミサイルを使って対空防衛能力を無力化した後で、空母艦載機による精密爆撃で施設や戦闘機を破壊し、滑走路破壊用特殊爆弾を使って滑走路を使えなくする。

要は敵戦力を無力化すればいいのであって、華々しく敵が待ち構えているところに「敵前上陸作戦」とか損害が大きそうな作戦を実施する必要はない。scopedog氏は歴史に詳しそうなので、太平洋戦争(大東亜戦争)時、日本軍(旧軍)の南洋の一大拠点だったトラック島をアメリカ軍がどう扱ったかを知っていると思う。戦力を無力化した後は、上陸作戦を実施せず、飛び石作戦で日本本土を目指した。南沙諸島でも同じである。

自衛隊だったら?

うーん、絶望的に奪還作戦で使えそうな兵力がない。
補給戦だけは、数隻潜水艦を南シナ海に派遣して実施できなくはないが、航空機を使って敵補給船を攻撃する場合に比べて、効果は落ちると思われる。
トマホーク対地巡航ミサイルは持っていない。
対レーダーミサイルも持っていない。
つまり効果的に敵対空防衛能力を破壊する方策がない。
虎の子のF-2戦闘機を、フィリピンに進出させて(フィリピンの航空基地を間借りさせてもらって)中国軍が対空防衛能力を保持している状況の中、果敢にピンポイント爆撃を実施し対空防衛能力を削いたとして、その後どうやって小島を奪取する?
西部方面普通科連隊という水陸両用部隊をおおすみ輸送艦に積んで「強襲上陸作戦」遂行!?
損害が大きそうだ。

日本(沖縄、本土)への攻撃はないの?

scopedog氏が設定したケースの前提は、日本単独でフィリピンに軍事介入するということなので、アメリカ軍はこの戦争に介入してこない前提だよね?
日米安保条約にしても、日本かアメリカかどちらかが攻撃をうけ、自国の平和及び安全を危うくする場合、発動するのであって、このケースの場合、日本から攻撃を仕掛けたとみなしてアメリカは日本防衛に乗り出してこないことは十分にありえる。
でだ。そんな状況になれば、中国軍、特に南京軍区は対日強硬派と聞こえているので、日本への攻撃に乗り出してくるだろうよ。いけると思えば、済南軍区、北京軍区も参加するかもしれないし、瀋陽軍区だって北朝鮮越しに日本の日本海側に攻撃を行ってくるかもしれない。
自衛隊の役目ってなんだろう?
この事例の場合、フィリピンの小島の奪回にうつつを抜かしている場合か?
沖縄や本土が危急の時じゃないか。
そんなリスクを背負ってまでフィリピンに軍事介入する? そうでなければ……

南シナ海の離島など中国にくれてやればいい”というメッセージを日本からフィリピンに伝えるのと同義です。
中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性 - 誰かの妄想・はてな版

軍事能力上できないことを要請されてできないと返答する。それが“南シナ海の離島など中国にくれてやればいい”というメッセージをフィリピンに伝えるとか、そんなナイーブ(純粋だが世間知らずの意味)な反応をフィリピンは示さないよ。彼らは十分にしたたかだ。侮らない方がいい。
もしフィリピンが中国から軍事攻撃されたら、フィリピンは日本にではなくアメリカに軍事介入を要請するよ。オバマ大統領も約束している。
その上でどうアメリカが判断するのかは、この反論の範囲を超える。
それは全く別のシチュエーション、ケース想定だ。
一言で批判すると、軍事紛争を扱った論で、軍事力のことを考えない論って初めて見たよ(笑)ってこと。*6
いや、僕が知らないだけで、どこかの界隈ではよくある論なのかもしれないが、それは世界では通用しない。ガラパゴス化した日本の特殊な論だ。
scopedog氏には、南沙諸島において日本の自衛隊が単独でどのような小島奪回作戦を遂行できるのか、説明してもらいたいものだ。
できないことをあたかも出来るように書くのは、強硬なナショナリストと同じ論法だ。
できないことをできないと率直にフィリピンに伝えることが、「“南シナ海の離島など中国にくれてやればいい”というメッセージを日本からフィリピンに伝えるのと同義」なのか論理的に説明してほしい。

(4)「現実主義」についてウソを説明しないで

なぜかいきなり断言が!?

というより、国際関係論における「現実主義」で考えれば、日本には中比紛争に介入する以外の選択肢はありません。
中国から見た日本の集団的自衛権容認、中比紛争への日本軍介入の可能性 - 誰かの妄想・はてな版

こういう嘘っぱちを平気で書けるってどういうことなのだろうね。
どんな本のどんな理論を使うと、そんな結論がでるのか、きちんと論理的に説明してほしいね。でもこの投稿には、いきなり断言して、それについての説明は一切ないよな(笑)。
左翼の中には「短いセンテンスでレッテル貼りして、理論ではなく感情的な反発を狙う」という方策をとる人がいるけど、scopedog氏はどうなのかな? そうでないことを証明するために、論理的な説明を頼むよ。勉強した書籍も明記してね。
この一文さえなかったら、僕は別にこんな反論投稿しなかったと断言できる。
そこは重ねて言っておきたい。

攻撃的現実主義の良書

大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!

大国政治の悲劇 米中は必ず衝突する!

攻撃的現実主義は、ミヤシャイマー教授の理論が代表的なものだ。
僕はこれを使って、攻撃的現実主義ではどのような選択を行うのかを説明したい。

現実主義の限界(逆説的な説明)

どんな理論でも、その理論の適用限界というのがある。
現実主義の場合、戦争という選択肢を選ぶと、その後、現実主義の理論は役立たなくなる。また役立ち始めるのは、戦争が終わってからだ。戦争が行われている間は、軍事論しか通用しない。逆説的な説明だが、現実主義者は、戦争をコントロール不能な状況になることが多いため、その選択肢を嫌う。

ところが今回アメリカの保守派の内部闘争に加わった「リアリスト」たちは、そういった政府の「実務派」たちとは、ちょっと毛並みちがう。どうちがうのかというと、彼らは「国際関係論」(International Relations)という学問の中の「リアリズム」という理論を信じる学者たちなのである。
しかもそんじょそこらの学者ではなく、その理論では第一線級の人物たちばかりであった。彼らが総結集したということがまず重大であり、しかも彼らがそろいにそろってブッシュ政権のイラク侵攻に異議を唱えたということにものすごく大きな意味がある。
リアリストとは?いかなる人達なのか。いかなる学問・学派なのか。|地政学とリアリズムの視点から日本の情報・戦略を考える|アメリカ通信

国際関係論でいう現実主義の学者(リアリスト)は、ブッシュ政権のイラク侵攻に異議を唱えたのだという事実ぐらいは知ってほしいものだ。
リアリストが戦争に反対するのは、(当たり前だが)それが平和でないからだ。ただそれはリベラリストのように「戦争とは悪だから」という理由で反対するわけではない。「戦争は制御できないものだから」反対する。「結末がより混乱に満ちたものになるから」反対する。
そのあたりは、上記にあげた記事が現実主義者(リアリスト)をよく説明している。
僕たちがどんな考え方をするのかは、よくわかると思う。
戦争を選びたがるのは、ネオコンだよ。日本ではナショナリストだ。で、現実主義者(リアリスト)は、ネオコンから目の敵にされている(笑) 日本ではどうだろう? 僕たち現実主義者(リアリスト)がもっと増えて、ナショナリストを批判するようになると目の敵にされるかもしれない。

アメリカはフィリピンにどう対処しているか?

では話をもどそう。
アメリカは今回のオバマ大統領の訪問によって、攻撃的現実主義ではどのような対応をしたと考えるのかだ。
攻撃的現実主義では、国家がとりうる戦略を、大きく(1)パワー獲得のための戦略(4類型)、(2)侵略国を抑止するための戦略(2類型)、(3)避けるべき戦略(2類型)の3種類8類型に分類する。
今回、アメリカがとった行動は、この中の(2)侵略国を抑止するための戦略のうち、「バランシング」という類型の方策と考えられる。
バランシングの説明は以下の通り。

バランシング(直接均衡)によって、大国は自ら直接責任を持って、侵略的なライバルがバランス・オブ・パワーを覆そうとするのを防ぎに行く。(中略)
脅威を受けた側の国には、バランシングを効果的に行う三つの方法がある。一つ目は、外交のチャンネルを通じて「我々はバランス・オブ・パワーを本気で維持しているのであり、これが理解できないようなら戦争も辞さない」というはっきりとしたシグナルを送る方法である。このメッセージで強調されるのは、“対立”であり、“和解”ではない。
「大国政治の悲劇」 ジョン・J・ミヤシャイマー (p209) 

今回、アメリカが実施した方法は、正にこれだ。戦争を辞さない態度を見せるのが大事なのだが、バランシングに失敗すると戦争することになる。つまり、アメリカはより戦争に近い方法を選択した。
なお、上記で説明していないバランシングを効果的に行う残り2つの方法は、防御的な同盟と自らの国力を使って抑止する方策の2つで、今回のアメリカの行動はこれには当たらない。

日本はフィリピンにどう対処している?

日本がフィリピンにとっている戦略は、(2)侵略国を抑止するための戦略のうち、「バック・パッシング」という類型の方策だ。
バック・パッシングの説明は以下の通り。

バック・パッシング(責任転嫁)は、大国にとってはバランシングに代わる主な戦略である。バック・パッシングを「する側」、つまり「バック・パッサー」は、自国が脇で傍観している間に他国に侵略的な国家を抑止する重荷を背負わせ、時には他国と侵略者を直接対決させるように仕向ける。
「大国政治の悲劇」 ジョン・J・ミヤシャイマー (p211) 

日本は、南シナ海での中国とフィリピンの対立で(中国とベトナムの対立でも)、アメリカとフィリピンに中国を抑止する重荷を背負わせている。
この方法はあくどく思われるかもしれないが、国際政治では好まれて実施される方策であり、なによりもバック・パッサー(この場合日本)は戦争から遠ざかれる。
日本は、アメリカよりも戦争に至らない戦略をとっているのがわかる。
なお、フィリピンについては、バック・キャッチャーとしての重荷に耐えうるほど国力がない。
そこで、日本はバランシング的なこんな動きを行っている。

フィリピン訪問中の安倍晋三首相は27日、同国大統領府でアキノ大統領と会談した。首相は巡視艇10隻の供与を表明した。政府開発援助(ODA)の円借款を活用し、海上警備能力の向上を促す。同国と南シナ海スカボロー礁の領有権を争う中国をけん制する狙い。
海上警備強化で巡視艇10隻を供与 日比首脳会談

そして、フィリピンの国軍の戦力を削ぎ、フィリピンの大きな問題になっている、ミンダナオ紛争解決に向けて支援を行っている。

4 我が国は,安倍総理が昨年7月のフィリピン訪問の際に表明したとおり,ミンダナオのコミュニティ開発,移行プロセスにおける人材育成,持続的発展のための経済開発支援等を通じ,和平プロセスへの支援を強化していきます。
ミンダナオ和平に関する交渉の終結について(外務大臣談話) | 外務省

これは人道目的ではあるのだが、その一方でフィリピンの国力UPに寄与するものだ。こういった地道な努力が、中国にも対抗できる力を少しずつ地道に育てると思う。

日本は賢明に戦争に至らない道を選択している

これはアメリカという強力なバック・キャッチャーがいるからこそできる方策なのだが、緊張が高まるアジア情勢において、少しでも日本から戦争を遠ざける方策でもある。
今回の集団的自衛権容認は、強力なバック・キャッチャーであるアメリカに、戦争を遠ざけるという日本の方策をできるだけ維持しつつ、アメリカの力を増させるバランスを持った方策であると考える。

最後に

scopedog氏が問うてる質問に答えよう。

南シナ海の離島の領有権を巡って中比紛争が生じる可能性はないと思ってます?

アメリカのバランシングが失敗した場合、アメリカを巻き込む形で中比紛争が生じる可能性は否定できない。
ただし、中国もアメリカと直接対決する愚はよく理解しており、その可能性はかなり低いと考えられる。

それとも、中比紛争が起きてもフィリピンは日本に支援を求めないと思ってます?

フィリピンは日本に支援は求めない。アメリカに支援を求める。
アメリカがもし中比紛争に巻き込まれたら、日本はアメリカに支援を要請され巻き込まれる可能性はある。フィリピンに巻き込まれるのではなく、アメリカに巻き込まれる。
でもそれは米中直接対決という構図であり、それは集団的自衛権を容認しようと容認すまいと、そんな事態になれば日本は戦争に巻き込まれる。今回の解釈変更の影響ではない。
ただしそれは、前述の通り、可能性はかなり低いと考えられる。

それとも、フィリピンが支援を求めても日本は応じないと思ってます?

仮に万が一フィリピンがアメリカではなく日本に直接支援を求めた場合、日本は憲法上も軍事能力的にもその要請に応じられない。
カギを握るのは、アメリカである。

ちょっと言い訳

本当に仕事が忙しくて、この投稿もかなり無理して書いた。
scopedog氏からは、「とりあえずダメだししときます。 - 誰かの妄想・はてな版」という批判投稿ももらっているのだが、それに対しての反論は、攻撃的現実主義の本質を説明しないと説得力がないと思っている。それで、少しずつ準備しているところだが、仕事との兼ね合いで2~3週間かかりそうだ。
そんな時には、議論も忘れられてしまっていると思うけど、とりあえず書こうとは思っている。
それまでの期間は、ちょっとブログ記事は沈黙に入ろうと思う。逃げたのじゃないので、そこはよろしく。

*1:実はscopedog氏は先日直接私の投稿に対する批判記事を書いていて、僕はその反論投稿を行うべく準備していたところだった。ただその投稿はとても長くなる予定で時間がかかっている。そういった状況でこの記事をscopedog氏が投稿したので、反論記事を簡単に書ける方を優先して書いた。批判から逃げたくせにというブコメを書きたがる人向けにとりあえず説明しておく。

*2:さらにくどいように説明するが、日本の自衛隊とアメリカ軍と、どちらの方が軍事的に強力なのか?って問うたら、普通の感覚をしていたらわかりそうなものだ。そして憲法にしても、アメリカに戦争権限を定める憲法規定はあっても、戦争を禁じる憲法規定はない。

*3:日本の集団的自衛権行使容認のことを指すと思われる。

*4:その他、第2項で規定する交戦権の解釈についても、解釈問題があるのだが、それは今回の投稿の主題からはずれるので省略する。

*5:僕は自衛隊憲法の条文には反する存在(あえて違憲と言っていない)だが、そもそも憲法第9条については自衛隊が設立された際に法の規範としての効力は失われたという、政府見解でもなく、護憲派の主張とも違い、憲法学の主流とも違う憲法論を持論としている。念のため追記する。ただし、その憲法論の法理を説明するととても長くなるので、今回は省略する。

*6:政治を考えない軍事だけの論はよく見るけど、これはこれで問題は大きいね。学生時代指導教授に、軍事は政治の延長であって軍事だけを考えるとありもしない論を考えることになる、それは意味のないことだと言われた言葉を思い出す。