日はまた昇る

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限定的な集団的自衛権は何をもたらすか

2014.7.1 安倍内閣は、これまで憲法上権利は保有するが行使はできないとされていた「集団的自衛権」について、限定的ながら権利行使の容認を含んだ閣議決定を行った。
今回は、この集団的自衛権行使容認によって、何が変わっていくのか考えてみたい。
なお、この投稿では解釈変更による実質的な改憲に対する憲法論は、省略するつもりだ。なぜなら、それはこの投稿の主題となるものの前段となる論になるが、説明しなくてはならない項目が多すぎて、憲法論だけで力尽きると思われる。憲法論を書くかどうかは迷っているけど、書くとしても別投稿にしようと思う。

何が変わるのか? 政府の説明した8事例について

「正直、よくわからん」というのが率直な感想だ。まさかの出落ち!? 申し訳ない。ブコメに罵倒が並ぶ姿が思い浮かぶよ。
でもまあ、気を取り直して、とりあえず、政府が説明した8事例を見てみようか。

(1)邦人輸送中の米艦防護

有事(戦争のことだね)がどこか外国で発生した時に、その外国に在住、訪問している日本人を(アメリカ人とともにになると思われるが)アメリカの軍艦が輸送するとき、アメリカの軍艦を日本の自衛隊が防御するという事例だ。
具体的には、どんなケースが考えられるのだろう? それではこのケースに該当するシナリオを想定してみて、考えてみようと思う。
徐々に緊張が高まるケースだと、事前に現地の邦人は民間航空などを使って脱出するだろうし、民間航空が止まっていても、政府専用機などを使えばいい。
ということは、突然戦争が始まり、民間航空が止まり、政府専用機などを現地へ派遣できない状況を考える必要があるね。次のようなシナリオだろうか。

20XX年、突如として北朝鮮軍が韓国へ侵攻した。
ソウルに猛砲撃が加えられ、38度線を北朝鮮陸軍が突破して侵攻してきた。上空では戦闘機による空中戦が行われ、民間の航空機は安全のため完全にストップした。
アメリカ軍は、佐世保に配備しているドック型揚陸艦デンバー」を釜山に派遣し、韓国にいる在留米国人(軍人の家族を含む)を佐世保に避難させることにした。
佐世保には、「デンバー」を護衛できる米軍の艦船が少ないため、日本人の同時救出を約束*1し、佐世保配備の海上自衛隊自衛艦に護衛を依頼した。海上自衛隊は、佐世保の第2護衛隊群隷下の「あしがら」「あまぎり」に護衛を命じた。

まあ、絶対にないとは言わないのだけど、このシナリオだと可能性は少ないだろうなあ。第二次朝鮮戦争の可能性も低いと思われるし、仮に万が一勃発したとしても、米軍は在留米国人の避難を自力で護衛すると思う。
なので、この事例は、集団的自衛権行使容認したこの機会に、必要となる可能性が少しでもあればそれに備えるという意図で想定された事例のように思える。
もしこの事例で、同時に海上自衛隊の艦船で在留邦人を救出する場合、個別的自衛権行使でもできると思われる。もし何らかの形で攻撃されれば完全に個別的自衛権だしね。これは、緊急時、個別的自衛権行使か集団的自衛権行使か議論する(救出第一と考えるならば)無駄な時間をかけないという効果ぐらいしか期待できないかな。

(2)周辺有事での弾道ミサイル発射警戒中の米艦防護

この事例は想定しやすいね。こんなシナリオかな。

20XX年、中国は台湾に侵攻した。アメリカは直ちに台湾防衛のため中国との戦争状態に突入した。
当初の中国からの攻撃を耐え、反撃体制を整えたアメリカは、主導権を奪い返し最終的に台湾の奪回を企図した作戦を開始した。まずは台湾上空の制空権を奪還すべく、横須賀から空母ジョージ・ワシントン」を中心とする空母打撃群を台湾近海へ派遣することにした。
しかし、中国はDF-21D対艦弾道ミサイルを保有*2しているため、この対艦弾道ミサイル防衛のため、ミサイル駆逐艦(イージス)「ジョン・S・マケイン」*3空母打撃群より1日先行して台湾に送ることになった。
日本に対しては、アメリカから「ジョン・S・マケイン」の護衛要請が出され、日本は横須賀のイージス護衛艦「こんごう」以下、第5護衛隊に「ジョン・S・マケイン」の護衛任務が与えられた。

中国による台湾侵攻なんか起こるはずがないという声が聞こえてきそうだが、このシナリオは、将来起こる可能性を考えて作ったのではなくて、中国の軍事戦略である「接近阻止・領域拒否戦略」と、それに対抗するアメリカの「統合エア・シーバトル構想」が想定している内容から、この事例に当てはまる内容のシナリオを考えたものだ。

接近阻止・領域拒否戦略

中国の「接近阻止・領域拒否戦略」は、略してA2/ADと言われるのだが、簡単に言うと、中国が行う軍事作戦の戦域にアメリカ軍(主に陸軍)の介入を阻止し、第2列島線(中国が設定した伊豆諸島を起点に、小笠原諸島、グアム・サイパンパプアニューギニアに至るライン)の内側でアメリカ軍(主に海軍)の自由な展開を阻害するものである。

A2AD教義は、基本的に海・空作戦を主軸としており、接近阻止(A2)戦略と領域拒否(AD)作戦によって構成される。これらはいずれも、戦略目標として、アメリカ軍が当該地域に侵入することを忌避するレベルまでリスクを高めることで、軍事バランスを中国側に傾けるためのものである。
接近阻止(A2)
アジア・西太平洋戦域で行なわれている軍事作戦に対するアメリカ軍の介入を阻止するための戦略。主として地上基地を基盤とする兵力を対象とする。
領域拒否(AD)
第2列島線以内の海域において、アメリカ軍が自由に作戦を展開することを阻害するための作戦。主として海軍力を基盤とする兵力を対象とする。
接近阻止・領域拒否 - Wikipedia

統合エア・シーバトル構想

統合エア・シーバトル構想は、中国の「接近阻止・領域拒否戦略」*4に対抗するために考えられたアメリカの軍事戦略構想である。

(注意)以下は、自衛隊海上自衛隊幹部学校職員・学生による研究の一部であり、アメリカが明確にこのような戦闘を行うと表明しているわけではない。またこれが自衛隊の公式見解でもない。統合エア・シーバトル構想は、まだアメリカの統合作戦の構想だ。その点、十分留意してお読みいただければと思う。

米側の狙いは、中国軍による初期の攻撃による被害を局限し、米軍にとって有利と見積もる長期戦に持ち込むことにある。作戦にあたっては、日本とオーストラリアが同盟国として行動するとともに海・空兵力が一体となって任務を遂行する。この際、海、空、宇宙及びサイバースペースとのあらゆる次元において圧倒的な優位を保つことが前提となる。作戦は次の2つの段階に区分され、陸軍や海兵隊の投入は、空・海の優勢が確立し、陸上戦闘の態勢が整った後に実施される。
(ア) 第1段作戦
a. 米軍及び同盟国軍は先制攻撃に耐え、基地及び兵力の被害を局限する。(中略)
b. 中国軍の戦闘情報ネットワーク(Battle Network)を盲目化する。(中略)
c. 中国軍の遠距離情報偵察(ISR)・攻撃システムを制圧する。(中略)
d. 空、海、宇宙及びサイバー空間を制圧し、維持する。(中略)
(イ) 第2段作戦
a. あらゆる領域において主導権を奪回し、維持する作戦を実行する。(中略)
b. 「遠距離封鎖(distant blockade)作戦」を遂行する。(中略)
c. 作戦レベルにおける後方支援態勢(兵站)を維持する。(中略)
d. 工業生産量(特に精密誘導兵器)を向上させる。
統合エア・シー・バトル構想の背景と目的 p147-p149

想定したシナリオは、第2段作戦のa.のフェーズでの作戦を想定したものだ。

日米防衛協力のための指針(ガイドライン)と集団安全保障

この事例は、秋から始まる日本とアメリカとの日米防衛協力のための指針(ガイドライン)修正の協議において、日米両軍(自衛隊)の共同運用として一つの重要な取り決めになるのではないかと思う。
アメリカが中国と交戦状態になった場合、日本はまだ(中国から)攻撃を受けていない段階で、アメリカ軍艦の護衛が可能になる。これがこの事例で想定する集団的自衛権だ。
なお、このシナリオで、中国から日本の第5護衛隊が「ジョン・S・マケイン」を護衛中に攻撃を受けた場合は、艦隊全体に対する攻撃とみなされると思うので、日本は個別的自衛権で反撃することになる。集団的自衛権が必要なのは、日本がまだ交戦状態でない状態で交戦状態となっているアメリカ軍の護衛を命じる時だね。
それから、このシナリオで、対艦弾道ミサイル防衛をもし日本の海上自衛隊に任務を与えると、その時点では日本と中国とは交戦状態になっていないので、日本から中国に宣戦布告するような状態となる。
やはりそれは「専守防衛」上まずいと考えたように思える。
今回、集団的自衛権は限定的に容認されたが、「専守防衛」の精神はまだ生きているように見える。

(3)周辺有事で武力攻撃を受けている米艦の防護

前項で説明した統合エア・シーバトル構想に着目してシナリオを作ると次のようなものになった。

20XX年、中国は台湾に侵攻した。侵攻と同時に、中国は弾道ミサイルでグアムなどのアメリカ軍の軍事拠点を攻撃し、持てる空軍力全力で、台湾や日本近海で行動しているアメリカ海軍の軍艦へ攻撃を始めた。
アメリカは、日本に対しアメリカ軍の防衛を要請した。日本は所定の手続きを得て、米軍の防衛任務につくことになった。
そして沖縄の那覇基地所属のF-15が中国の攻撃から退避している米海軍の護衛任務を命じられ嘉手納基地の米空軍機と共同作戦を開始する。

これはエア・シーバトル構想の第1段作戦、a.米軍及び同盟国軍は先制攻撃に耐え、基地及び兵力の被害を局限するフェーズのシナリオだ。
日米持てる兵力の限りを尽くして被害を抑える。そんな図になる。
もし、中国が日米両軍(自衛隊)を攻撃すれば、その防衛は日本にとって「個別的自衛権」となるのだと思う。このシナリオだと開戦当初の防衛が日本にとって「個別的自衛権」になるのか「集団的自衛権」になるのかは中国次第だと思われる。これは相手の出方次第で自衛隊の出動ができないという事態をなくすためのものだと思う。

(4)周辺有事の際の強制的な停船検査

この事例も周辺有事なので統合エア・シーバトル構想に着目してシナリオを作ってみたい。

統合エア・シーバトル構想に基づき態勢を整えたアメリカと日本は、第2段作戦b.「遠距離封鎖(distant blockade)作戦」を遂行することとなった。
中国の戦略物資である石油の輸送を止めるため、日本はマラッカ海峡護衛艦を派遣し、既に先行して通商破壊作戦についていたシンガポール駐留のアメリカ海軍およびオーストラリア海軍と合流して、中国へ向かうタンカーを強制的に停戦検査する作戦を開始した。

通商破壊作戦は、チョークポイントと呼ばれる重要な航路で行うのが一般的で、中国のシーレーンも日本のそれと同じくマラッカ海峡がチョークポイントとなる。

中国が輸入する石油の約80%はマラッカ海峡を経由している。米軍及び同盟国は、南シナ海からインド洋にかけてのチョーク・ポイントにおける封鎖を企図し、空軍は、ステルス爆撃機による機雷の敷設等によって海軍の対潜水艦戦や封鎖作戦を支援する。
統合エア・シー・バトル構想の背景と目的 p149

石油(エネルギー)が届かないと、国内経済に大きなダメージとなり戦争遂行能力と意欲をそぐことになる。日本の先の戦争も、アメリカの通商破壊作戦に日本はさんざんに痛めつけられた。この作戦の有効性はわかると思う。
この事例は、「個別的自衛権」とは思えないので、やはり「集団的自衛権行使」になるのだろう。

(5)武力攻撃発生時の民間船舶の国際共同護衛活動

この事例も統合エア・シーバトル構想に着目してシナリオを作ってみたい。

20XX年、中国は台湾に侵攻した。中国は、動ける潜水艦全艦を展開し、日本や周辺国の輸送船、タンカーに攻撃を行い始めた。通商破壊作戦である。
そこで日本は、対潜哨戒機、潜水艦、護衛艦を総動員し、対潜水艦作戦を実施することになった。

これは、統合エア・シーバトル構想、第2段作戦c. 作戦レベルにおける後方支援態勢(兵站)を維持するというフェーズのシナリオだ。
日本の輸送船、タンカーの護衛であれば、「個別的自衛権」と思われるが、船籍が様々な船団を護衛することになると、やはり「集団的自衛権」行使となるように思える。
日本の船しか護衛しませんというのは、問題があろう。

(6)米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイル迎撃

2014.7.13 北朝鮮から米本土向けの弾道ミサイルは日本上空を通らないことから、グアム、ハワイ向けに変更した。


これは、北朝鮮がグアム、ハワイへ向けて弾道ミサイルを発射したという想定だと思う。こんなシナリオかな?

20XX年、北朝鮮はグアムの軍事基地を無力化するため、中距離弾道ミサイル「テポドン」の発射準備に入った。
アメリカ軍はミサイル迎撃のため、イージス艦東シナ海と太平洋に展開した。さらにアメリカは日本に対してミサイル迎撃の要請を行った。アメリカの要請をうけて、日本もイージス艦を展開した。
X月X日、北朝鮮はついに弾道ミサイルを発射した。迎撃に一番よい地点にいたのが、護衛艦みょうこう」だったため、「みょうこう」はSM-3ミサイルを発射し、北朝鮮のミサイルを破壊した。

今、北朝鮮との間で雪解けムードが流れているが、こういったことはつい最近もあったと思う。
ミサイルがアメリカを目標にしている以上、日本上空の迎撃であっても「集団的自衛権」行使となる。
一部で迎撃するのが難しいからこの事例はナンセンスという言説もある。確かに現行のSM-3は、大陸間弾道弾の迎撃は難しいようだが、日本上空を通過するのは、グアム、ハワイ向けであることから、十分有効な兵器といえる。

(7)米本土が核兵器など弾道ミサイル攻撃を受けた際、日本近海で作戦を行う時の米艦防護

これは、核抑止が失敗した事例の想定だよね。
核抑止が失敗して、核攻撃が行われたシナリオって考えるのもいやだよ。それは本当におぞましい世界だ。
それでもしょうがないから無理やり作るとこうなるかな?
ちなみにロシアとか中国がアメリカへ核攻撃したら、それは全面核戦争となって、たぶん人類絶滅に近い状況になる。ということで、小さな核戦力しか持たない国で日本の周辺国といえば、北朝鮮しかないので、ここは北朝鮮に悪者になってもらおう。

北朝鮮は、絶望的な状況にあった。孤立し、経済が崩壊し、餓死者が相当数でている。そこで破れかぶれになった指導者が、いちかばちかでアメリカを核攻撃することにした。
テポドン2号に核爆弾を搭載してニューヨークを攻撃した。アメリカによる弾道ミサイルの迎撃は失敗し、ニューヨークは数百万人の死傷者がでた。
激怒したアメリカは、即座に核兵器で反撃し、北朝鮮は廃墟となる。数百万人の死傷者がでた。そしてアメリカは、北朝鮮のトドメをさすべく、空母打撃群と強襲上陸艦を中心とする上陸部隊を編成し、北朝鮮へ出撃した。
アメリカの要請をうけた日本は、アメリカ艦隊の護衛任務についた。

うーん。これはないわ。
これはいくら仮想敵国にしたからとはいえ、北朝鮮に失礼だわ。
この事例を列挙した理由が、僕にはわからない。

(8)国際的な機雷掃海活動への参加

日本は世界有数の(というか世界一の)機雷掃海能力を保有している。
そのため、戦争等で機雷が設置されて、掃海が必要になると、自衛隊の派遣を要請されることが多い。この事例は、イランによるホルムズ海峡封鎖を想定しているのだろう。こんなシナリオを考えてみた。

20XX年、イランは核実験を行った。直ちに安全保障理事会が招集され、イラン非難と核兵器の放棄を要求した安保理決議が採択された。
その決議に不満を表明したイランは、ホルムズ海峡に機雷を設置し、海峡を封鎖した。世界中で石油が不足し、世界経済は大混乱になる。安保理は再度イラン非難の安保理決議を採択し、ホルムズ海峡の制空権、制海権を確保するための軍事制裁と、ホルムズ海峡の機雷の掃海を決議した。
国連安保理決議をうけて、日本にホルムズ海峡の機雷掃海を要請した。

このシナリオだと、停戦してないので、集団的自衛権を行使しないと日本は掃海できないことになる。それはどうも不都合に思える。

集団的自衛権は必要か

まずここに書いたシナリオそのものが正しいかどうか、まだ僕には確証がない。情報が少なすぎる。
この閣議決定をうけて法律の改正案が審議されるはずだが、その法案の条文や、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の協議の情報がでてこないことには、よくわからないことだらけだ。
とはいえ、拙速を尊び、無理やりシナリオを作ってみた。
作ってみた感想は次の通り。

日米同盟は強化される

日本は、アメリカの「統合エア・シーバトル構想」と高度にリンクした防衛体制をとることができる。
財政難で軍事費を削減する必要に迫られているアメリカ軍と国防総省にとって、この日本の行動は、「統合エア・シーバトル構想」の実現に向け、大きな力となる。
日本のアメリカに対する立場は確実に上昇する。尖閣など日本が抱える防衛問題について、アメリカへ要求を出しやすくなるだろう。

無理筋なものもあるようにみえる

アメリカが核攻撃をうけた後の事例「米本土が核兵器など弾道ミサイル攻撃を受けた際、日本近海で作戦を行う時の米艦防護」は、本当に必要なのだろうか? これは僕には不必要に思える。

機雷掃海活動は微妙

これは、国連安保理決議がなければ機雷掃海活動は行えないぐらい制約をもたらした方がいいように思える。
停戦後の掃海なら集団的自衛権は必要ないので、これは停戦していない状態で掃海をすることになると思われるからだ。それはとても危険がある。だからこの事例での集団的自衛権行使は、より抑制的であるべきだ。

まとめ

賛成する事例

  • 周辺有事での弾道ミサイル発射警戒中の米艦防護
  • 周辺有事で武力攻撃を受けている米艦の防護
  • 周辺有事の際の強制的な停船検査
  • 武力攻撃発生時の民間船舶の国際共同護衛活動
  • 米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイル迎撃

条件付きで賛成する事例

  • 国際的な機雷掃海活動への参加

あってもいいかな程度の賛成をする事例

  • 邦人輸送中の米艦防護

反対する事例

  • 米本土が核兵器など弾道ミサイル攻撃を受けた際、日本近海で作戦を行う時の米艦防護

最後に

あくまで思考実験として考えただけなので、ここであげたシナリオが適切かは、皆さんご自身で判断してほしい。
僕もよくわからないことだらけだ。

*1:米国人だけの避難だと日本は護衛できないので、少数でもいいから日本人を救出する必要がある

*2:現在開発中のミサイルだが、このシナリオでは既に実戦配備済みとしている。

*3:DF-21D対艦弾道ミサイルはまだ開発中のミサイルのため、現在ジョン・S・マケインが持つSM-3は当然のごとくDF-21D対艦弾道ミサイルの迎撃能力を持たない。このシナリオでは、中国のDF-21D対艦弾道ミサイルが配備されたという仮定に加え、SM-3迎撃ミサイルがDF-21Dの迎撃能力を持ったという仮定で作られている。

*4:アメリカの説明では、中国の他、イラン、北朝鮮、さらにはヒズボラ等の非国家主体をも加えて例に挙げているが、主対象は中国だといえる。

みなさん!現実主義って用語、誤解してませんか?

検索エンジンで「現実主義」というキーワードで検索してやってきた方へ
『攻撃的現実主義』については、次の2つの記事を読んでください。この記事は、はてなブックマークコメントへの反論として書いたものです。
攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(理論編) - 日はまた昇る
攻撃的現実主義ってこういうものなんだけど(実践編) - 日はまた昇る

はじめに

6月29日に『河野談話検証で手詰まりとなった日韓両国』という投稿を書いた。1年ちょっとぶりの投稿だったのだけど、思いの外、たくさんのブックマークをいただきちょっとびっくりしながら、読んでいただいた方に心から感謝を申し上げたい。

ブックマークの反応はいろいろで、こういったセンシティブな話題だから、異論・批判があるのは当然だと思っている。ただ、一部のブコメを読むと、使っている用語の解釈で誤解があると思うブコメコメントもあった。
誤解はやはり解いておいた方がいいよねということで、少し用語の説明をしたい。

誤解だあ!と言いたい用語(1):現実主義(リアリズム)

現実主義(リアリズム)という用語は、国際関係論の専門用語

誤解があるなあと強く感じたのは、次のコメントだ。(誤解を非難しているわけではないので、そこは悪くとらないで欲しい。単純に誤解はよくないことだと思っているためその指摘をしているだけなので)

id:sandayuu
学問的な調査結果に裏付けられてない事実を盲信する正義は信仰といってもいいんだけど、そんなのを重視するのは一般的な意味でも政治的な意味でもリアリストとは言えないと思うんだけどね。

実は現実主義者(リアリスト)という用語は、一般的な意味でも政治的な意味でも使ってないんだ。
現実主義者という用語の初出の部分にリンクは張ってあるのだけど、これは国際関係論という政治学の一分野で、私のような考え方、手法を現実主義(リアリズム)と呼ぶんだ。なぜって問わないでね。一応世界共通なので。
逆に日本の論説では現実主義って用語を異なった意味で使っていることが散見されるので、誤解をうけるだろうなとは思っていたんだ。だからリンクを貼ったりはしたのだけどね。どうか現実主義(リアリズム)というのは、国際関係論における専門用語、学術用語だってわかってほしい。
そして現実主義(リアリズム)も同じパラダイムの中で論争があって、いくつかに分かれているのだけど、その中でプラグマティック(実利主義的)な現実主義(リアリズム)をとっているよということを明確にするため、「プラグマティックな現実主義」と繰り返したんだ。
確かに繰り返しすぎたきらいはあるのだけど、「プラグマティックな現実主義者の私としては」という表現は、違うパラダイムに立つ人だと異論があるだろうという意味を含んでいる。
なお、プラグマティックな現実主義って書いているけど、厳密にいうと、僕は「攻撃的現実主義」という考え方を基本にしている。*1

14:00 追記
ひとつこの記事のブコメで気になったのがあったので追記

id:gerge0725
攻撃的リアリズムってネオコンのことで,これはリアリズムとは呼ばないと思っている。

「攻撃的現実主義」は、「新保守主義ネオコン)」とは全くの別物だよ。語感から誤解を受けるだろうなとは思っていたけどね。残念だよね。一応、Wikipediaのリンクを張っておくので、読んでもらえるとありがたい。
攻撃的現実主義 - Wikipedia
新保守主義 (アメリカ合衆国) - Wikipedia

id:vhthlh
この文章の現実主義を一般的意味としての現実主義として捉える奴は馬鹿なの?無学なの?どう読んでも政治学における専門用語としての現実主義じゃん/なお、私はリアリストではないのでこの論考の支持はしません。

わかってもらえなかった人を馬鹿とも無学とも僕は思っていない。ただ僕の書き方が悪かったのだと思う。
それでも、それをvhthlh氏にはわかってもらえたのでうれしかった。支持、不支持は当然分かれるだろうし、後述するけど、逆に不支持な人に読んでもらえたことは、僕がこの文章を書いた意図からして狙い通りではあるんだ。
こういったコメントを本当にありがたく思う。

現実主義(リアリズム)の立場では、価値観を排除して考える

Wikipediaなんだけど、現実主義についてはこのように説明されている。

国際関係における現実主義は、世界は無政府状態であるという考えを基礎に置き、国際関係の行為主体は国家以外になく、無政府世界における国家の至上目標は生き残りであるために安全保障が最優先となり、そのためにパワーが用いられ、国際的な様々な事象が発生する、という考え方である。あらゆる価値観を排除して国際関係を客観的に分析しようとする点に特徴があり、国際協調や国際法を重視する理想主義に対して批判的である。軍事力や国益を重視するが、好戦的であることを意味しない。
現実主義 - Wikipedia

強調したいところは、赤太字にしてみた。

さて、前述のsandayuu氏のコメの一部をもう一度例示したい。

学問的な調査結果に裏付けられてない事実を盲信する正義は信仰といってもいいんだけど、

うん、信仰だという指摘はよくわかる。でもね。現実主義っていうのは、信仰であるかどうかっていう価値観すら全て排除して、僕の場合、それぞれの政治学で言う力(パワー)の作用を重視してモデル化している。
要は、現実主義(リアリズム)ってそういうものなんだよってことを言いたいんだよね。
リアリストは信仰に近い=誤った考えの人たちの集団だからモデルから排除するってことはしないんだ。sandayuu氏的に見たときに、正しい論理であろうと正しくない論理であろうと、そこに政治学的な力(パワー)があれば同じに扱う。
繰り返しになるけど、現実主義ってそういうものなんだ。理解してもらえるといいのだけど。

そんな考え、現実主義って言えるかあ!と反発する方へ

正直、その気持ちはわかるような気がする。
ただね、国際関係というのは複雑系の一つなんだ。だからいろんな見方があって当然と思う。はてなでは、現実主義に基いて国際関係を分析し投稿する人があまりいないし、ホットエントリにもほとんど上がってこないよね。逆に、反歴史修正主義の投稿はすごく頻繁にホットエントリ入りするように思えるのだけど、ひとつの考え方の投稿ばかりホットエントリ入りするのは、今後ますます日本の進路は難しくなっていくことが予想される中、意見の多様性という観点で好ましくはないなと思うんだ。
そこでね。できる限り教科書に書いているような方法で、基本に忠実に、現実主義による見方を書いているつもり。
俺のほうがもっとすごいリアリズムによる分析が書けるぞという方、大歓迎! 国際関係の見方、考え方の多様性がほしいなとずっと思っているので、ぜひ投稿してほしい。楽しみにしてるよ。
あとね、国際関係論では現実主義(リアリズム)の対立概念は、理想主義(リベラリズム)と言われている。
これも日本でよく使われるリベラルという用語とは、全く違う概念なので注意してほしい。
この国際関係論でいう理想主義(リベラリズム)に基いて書いている投稿って、まだ僕はホットエントリで見たことないんだよね。
理想主義(リベラリズム)の論客って出てくるといいのになって思ってる。反歴史修正主義の投稿じゃなければ、ナショナリズムの投稿しかないっていう状況は、いやだと思わないかい?

誤解だあ!と言いたい用語(2):シンパ

id:Ayrtonism
「日本国内の韓国シンパ」という言い回しに吐き気を催して読む気が失せた。こういう粗雑な用語使われると、述べられている内容がまともであるという期待が持てない。

シンパっていうのが、そこまでひどい用語だったのかと初めて知った。吐くほど気分を悪くさせて申し訳ない。
知っているとは思うのだけど、シンパというのは、シンパサイザーの略で、シンパシーを持つ人ってことなんだけど、その意味でも吐くほどひどい言葉なのかなあ? そこまでひどい言葉とは思っていなかったんだ。一応、シンパを説明しているWikipediaのリンクを張っておくね。
シンパ - Wikipedia
あの部分って、『(3)韓国(および日本国内の韓国(の主張)にシンパシーを持つ人)』という意味で、略さずそう書けばよかったのだろうなって思うけど、それだとタイトル文字が2行になっちゃうので、シンパって略したんだ。本当に申し訳ない。でもたぶん誤解もあると思うんだ。

2014.7.2 再度、批判があったので、元投稿で、日本国内の韓国シンパという表現を改め「日本国内の韓国の主張に対してシンパシーを持ったり主張の正当性を認める人」と変更した。

補足説明しておきたい用語:国益

id:tzt
この人のいう国益ってなんなんだろうね。

用語全部に定義が書けるとよかったのだけど、確かに国益という用語については説明がないね。
国益という用語は、national interestの日本語訳なんだけど、僕は「国力を増大させる方向へ役に立つもの、利益」と考えている。
次に国力の定義だけど、こんな感じ。
国力は、軍事力、経済力、技術力、文化力、情報力、人口、領土、資源などからなる国の総合的な力であり、他国に対し、自国の意思に沿うように影響を与える力のこと。

つまり、国益というのは、他国に対する影響力を高める方向に繋がるものを国益と考えている。
例えば、慰安婦問題でいえば、

  1. 朴槿恵大統領が外訪して日本の非難を行う という行動は、日本の国益を阻害している(マイナスの国益)と考えるし、
  2. アメリカが韓国に慰安婦問題で対話を促す という行動は、アメリカを経由して日本の意向(対話する)を韓国にきかせようとしているので、日本の国益に沿う(プラスの国益)と考えるわけ。

最後に

ブコメに反応って投稿、申し訳ありません。ここにあげた方、代表ということでご迷惑をおかけしました。
誤解だけは解いておきたいと思いましたので。趣旨ご理解いただければ幸いです。

*1:攻撃的という用語を見て、誤った反応を引き起こしそうだったので、今回は攻撃的現実主義って書かなかったのだけど、ブコメの反応を見ると、かえってこういった用語を使ったほうがよかったのかもなと反省している。攻撃的現実主義は、防御的現実主義への批判として発生したので、防御的現実主義との主張の差から攻撃的現実主義と名付けられた。防御的現実主義が大国の(軍事的な)防衛力を重視するのに対し、攻撃的現実主義は大国の攻撃力を重視することからこう名付けられたのだと思っている。(間違っていたらだれか指摘をお願い!)

河野談話検証で手詰まりとなった日韓両国

1年ちょっとぶりの更新です。ごぶさたしていました。


(追記)2018/11/5
この投稿を書いた後、朴政権時に、慰安婦問題の「最終的不可逆的解決」の合意が行われた。それには、アメリカの強い圧力があったといわれている。
しかしその後朴大統領は弾劾され、文大統領が就任した。
その結果、「最終的不可逆的」とは思えない中途半端な状況に陥り、慰安婦問題を巡る状況は、2014年にこの投稿を書いた時とほぼ同じ状況に戻ってしまった。
なお2018年現在の状況でこの投稿の主張を修正すべき点と思われる点が1か所あるので、その点は追記した。
(追記)2018/11/21
韓国政府は、2018/11/21、「最終的不可逆的」解決として合意した「日本政府が10億円を拠出した元慰安婦を支援する財団を解散する」と発表した。
これによって、2016年の「最終的不可逆的」解決という合意は、事実上反古になった。あの合意は「最終的」ではなかった。そして慰安婦問題はこの投稿を書いた「河野談話検証」の時点まで「可逆」的に巻き戻ってしまった。
韓国政府との合意とはどういうものか、端的に示す事例となった。

河野談話検証の評価

2014年6月20日、日本政府は『慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯 ~河野談話作成からアジア女性基金まで~』を発表した。いわゆる「河野談話の検証結果」である。

この報告書を検証するための資料は外交文書扱いということで公開されていない。そのためこの文書を直接我々は検証できないが、談話を発表した河野氏自身が正しいと発言していることから、妥当な内容だと思われる。

河野洋平衆院議長は21日、山口市内で講演し、いわゆる従軍慰安婦問題に関する1993年の河野洋平官房長官談話の作成過程を検証した政府の報告書について、「足すべきものはなく、正しく全て書かれている。引くべきこともない」と述べ、検証結果は妥当だとの考えを示した。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20140621-OYT1T50074.html

それに対する反応だが、日本国内では政治的ポジションによって完全に分かれ、関係国(韓国、アメリカ)もそれぞれ全く違う反応をみせている。

(1)慰安婦は売春婦であり慰安婦問題は捏造から生じたという立場

この立場の代表的な意見として、古森義久氏のJBPressでの『慰安婦問題「濡れ衣」の元凶は誰か』をあげておく。この機会に河野談話を見直すべきだと主張している。

慰安婦についての河野談話を検証する有識者の新報告は、不当な非難によって日本が国際的にいかに傷つけられてきたかを改めて浮かび上がらせた。戦時の日本の官憲が組織的に女性たちを無理やりに連行するという「強制」はなかったことが裏づけられたからだ。
慰安婦問題「濡れ衣」の元凶は誰か 河野談話は見直すのが自明の策(1/3) | JBpress(日本ビジネスプレス)

(2)河野談話の見直しに反対する立場

この立場の代表的意見として、日本共産党赤旗から以下の記事を引用しておきたい。
日本が「自主的に河野談話を作成した」ということを明示したことを評価し、河野談話を見直さないという方針を評価している。

報告書は、談話作成時に韓国側と文言調整したが、「それまでに行った調査を踏まえた事実関係を歪めることのない範囲で、韓国政府の意向・要望については受け入れられるものは受け入れ、受け入れられないものは拒否する姿勢で調整した」として、日本側が自主的に行ったとの見方を指摘。作成過程については「その内容が妥当なものであると判断した」と明記しています。
政府報告書 “日本側が自主的判断”/政府 「河野談話見直しせず」

(3)韓国(および日本国内の韓国の主張に対してシンパシーを持ったり主張の正当性を認める人)

予想されたこととはいえ、韓国はこの検証そのものに強く反発している。日本国内の韓国の主張に対してシンパシーや主張の正当性を認める人も同様の反応を示す。
2014.7.2 当初、韓国(および日本国内の韓国シンパ)としていたが、韓国シンパが粗雑な言葉だという指摘があったので、日本国内の韓国の主張に対してシンパシーを持ったり主張の正当性を認める人と表現を変更した。

韓国外交省の趙太庸(チョテヨン)・第1次官は23日、別所浩郎・駐韓国大使を呼び、安倍政権が公表した河野談話の検証結果について抗議した。韓国側は「強制性を認めた談話を無力化させようとしている」と分析。今後、慰安婦の実態に関する白書を発行するなど国際社会への訴えを強める方針だ。
http://digital.asahi.com/articles/ASG6R54SJG6RUHBI00Y.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG6R54SJG6RUHBI00Y

河野談話検証に対抗する目的だと思うが、韓国は外務省ホームページで従軍慰安婦の証言動画を公開した。

政府は、いわゆる従軍慰安婦の問題を巡って謝罪と反省を示した平成5年の河野官房長官談話について、20日、談話の作成に当たって韓国側と事前に綿密に調整していたなどとした有識者による検討結果を公表しました。
これに対して、「政治的妥協の産物だと印象づけて談話の価値をおとしめている」などと反発している韓国政府は、27日夜、元慰安婦だとする女性らの証言などからなる英語のドキュメンタリー作品2つを韓国外務省のホームページに掲載しました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140628/k10015577071000.html

(4)アメリカ(政府)

一方アメリカは、河野談話を維持するという日本の決定を支持しつつも、河野談話従軍慰安婦などの問題について、日韓双方から距離を置き、日韓の対話を促す立場をとっている。

この問題についてアメリカ政府は、談話を継承するという安倍政権の方針を支持する姿勢を示しており、今回の会談でバーンズ副長官は、韓国側に対し、対話を通じて問題の解決を図るべきだというアメリカの立場を伝えたものとみられます。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140625/k10015479271000.html

正直言って、どの立場、どの国も、予定調和的反応だと思う。口悪く言えば、新鮮味がなく面白みがない。つまり、この河野談話検証は、衝撃の事実などないインパクトに乏しいものだったということだろう。*1

慰安婦問題の構造

私は、慰安婦問題の本質は「戦時における性暴力の廃絶」という世界がいまだ解決できていない人道上の難問題だと考えている。
しかし、今、現実に我々の目の前に存在している慰安婦問題は、

  • 人道上の問題を盾に日本に対して外交上の成果をあげようとする韓国政府
  • 韓国のナショナリズムを背景に、数の力を武器にしてアメリカ社会に日本批判の世論を作ろうとする韓国系社会
  • 韓国系ロビーに呼応し韓国の主張をそのまま主張するアメリカの議員団

と、アメリカを巻き込んだ政治・外交問題となっている。
その状況に対し、

  • 慰安婦は売春婦であり韓国から不当な非難を浴びていると批判する国内のグループ

が強く反発し、韓国からの慰安婦問題に関する日本非難の根拠となっている『河野談話』を見直すよう安倍政権に圧力をかけた。安倍政権もそのようなグループ(ナショナリスト)の政治的支持を政権運営上必要としているし、安倍首相自身も『河野談話』に強く疑問を持っていることから、今回の検証は行われることになった。
ここにあるのは、人道問題という本質はとうの昔にどこかへ行ってしまい、日本も韓国も両国とも、この問題を国内政治と外交の問題として捉えているという構図だ。両国政府は建前上この問題を人道問題としているが、そんな言葉は空虚にひびく。それが現実だ。

慰安婦問題を解決できるのか

最善の方策=政治問題を完全に分離し人道問題として解決を図る

慰安婦問題を解決する最善の方策は、慰安婦問題の原点に立ち返り、政治問題を完全に分離した上で、人道問題として解決を図ることだというのは、異論がないのではないかと思う。但し、この方策の実現可能性は?と問われると、実現可能性は限りなくゼロに近いとしかいいようがない。
その理由を端的にいえば、韓国の立場としては、「現在韓国が主張していることは人道問題であって政治問題ではない」という主張を韓国は撤回できず(撤回は朴大統領の政治的な死を意味する)、政治問題ではないという立場に立てばそもそも分離すべき政治問題などないからだ。そうすると、日本の立場としては、「韓国の日本に対する請求権は完全かつ最終的に解決された」という条約に基づいた立場を続けるだけになる。
私の国際関係の分析は現実主義(リアリズム)によるものを基本にしている。この考えの基本になるのは、国益であり、実利主義的な考え方だ。
実利主義的に考えれば、実現可能性がない方策を追い求めるのは無意味だ。前述の通り、慰安婦問題を純粋な人道問題として解決するのは不可能になっている。だからその試みはもう行われないし、もし万が一、なにかの拍子にその試みが行われてもそれは徒労に終わるだろう。*2

次善の方策=政治問題と割り切って解決を図る

日韓両国が、慰安婦問題を実利的な政治問題だと割り切ってしまえば、慰安婦問題解決に向けた微かな道のりが見えてくる。
その場合、目指すのは、日韓両国の国益の許す範囲内での妥協だからだ。
日韓双方の主張は、大きく相違しているだけに、妥協がなりたつのか?という点は確かに疑問符がつくが、それでも全く可能性ゼロとも思わない。
なお、この方策は、アメリカ政府の立場=「対話を通じて問題の解決を図るべきだ」と同じだと思う。この方策の可能性がゼロではないと思う理由のひとつが、日韓の調停者としてのアメリカ政府の存在があるからだ。*3


慰安婦問題の解決を阻害するもの

日韓両国のナショナリズム

ひとつは、日韓両国のナショナリズムだ。
韓国のナショナリズムは、「旧日本軍によって行われた性暴力の賠償を求めるのは当然だ」という被害者の正義に基づく。
日本のナショナリズムは、「慰安婦は当時許容されていた売春婦制度であって現在の基準で性暴力扱いするのは不当だ」とか「条約によって請求権がなくなったものを何度も求めるのは不当だ」とか「当時の軍の強制が証明されない以上、国としての賠償はできない」とか、法の正義というべきものに基づいている。でも、本音レベルでいえば、「性暴力は日本だって受けたし、後日韓国だってやった。なぜ日本だけが責められるのか」という不公正に対する反発という弱者の正義に基づいていると考えるべきかもしれない。
後述するが、どれが正しいかいうメルクマール(基準)を私たち実利的な現実主義者は重視しない。この場合、日本と韓国のナショナリズムのどちらがより正しいかという判断はしない。
複数の立場で複数の正義が主張され、その正義同士が真っ向からぶつかるという状況は、国際関係では別にめずらしいことではないし、逆に国際関係で問題になっているものは、ほとんど全てそれぞれがそれぞれの正義を主張しているといっても過言ではない。*4
私たち現実主義者は、そのような主張がぶつかっている状態で、何が正しいかというアプローチが紛争を解決しないことを知っている。正しさを競い合っても、問題はこじれていくばかりだ。

非妥協的なリベラル、マスコミ

一方、人道上の解決を強く訴える人たち(その主張はリベラル的なもの)の中で、非妥協的な人もいる。こういった人たちも、解決策が不完全であるからと言う理由で、慰安婦問題の政治的解決を阻害する。
特にいわゆる韓国から「良識的」と評価されるマスコミは、解決よりも批判を優先する。

すでに経済状態も厳しく、フラストレーションがたまっている日本国民にとっては、「100%満足のいくものではないかもしれなけれど、真摯に謝り、精一杯の誠意を示した。なのに、ゼロ回答か…」という失望感が広がりました。そこから、「中韓に謝ってもいいことない。かえって居丈高な態度をとられるじゃないか。欧米もなんだ。自分たちだって植民地支配をしていたし、性の問題で後ろめたいことがあるのに、善人ぶってお説教か」という怒りが出てきた。
この怒りは、正当なものだと思います。日本の有力なメディアも、政治家も、私たち専門家も、そういう国民の思いを、韓国や中国や欧米に伝えることを怠ってきました。特に、政府の責任は大きいと思います。担当者は、自分が担当している期間は波風立てたくないと、首をすくめて嵐が過ぎるのを待つだけ。「私たちはここまでやってきたんだから、堂々と発信して、韓国のメディアとも戦いましょう」と何十回言ってもダメでした。
日本のいわゆる「良識的な」メディアも、韓国のメディアの問題点は、まったく取り上げない。むしろ、「国家賠償を行わず、法的責任は取らなかったのは不十分」という論調でした。
日本が誇るべきこと、省みること、そして内外に伝えるべきこと~「慰安婦」問題の理解のために(江川紹子) - 個人 - Yahoo!ニュース

正しさ、正義というメルクマール(基準)

「私の主張は正しい」「私たちこそ正義だ」
こういった発言を真顔で発言する人を思い浮かべてみてほしい。それはナショナリストだろうか? それとも善人ぶったマスコミだろうか?
自分の意見と異なる人への批判はあっていいのだけど、日韓のナショナリズム、すなわちナショナリストの主張の全部が間違いとはいえないし、善人ぶったマスコミにもそれぞれ主張できる正当性がある。しかし、慰安婦問題の場合、その主張は真っ向から対立している。何を持って正しい、正義だというのは、その人の考え方次第という状況だ。
そこで、仮に、両者が歩み寄り、その正当性を双方が認め合って、五分五分で決着しようとした場合、それぞれの主張する正しさ、正義ってどう変えたらいいのだろうか? 本当に両方の主張を半分ずつ取り入れて合意できるような正しさとか正義とかは成り立つのだろうか?
こじれた国際問題の場合、その多くは、当事者が非妥協的な立場をとり続けている。
私は、正しさ、正義というメルクマールを全否定しているわけではない。ただ重視していないだけだ。なぜならそのメルクマールには限界があり、両者が正しさや正義を主張するこじれた関係を改善するには向いていないという負の側面があるからだ。たとえその当事者が当事者でない立場だと理解できないような正しさや正義を主張していたとしても、当事者の主張を否定すると解決どころか関係はこじれるだけになる。
慰安婦問題も、世界にゴロゴロしているこじれた国際問題の例に違わず、当事者(日本と韓国)の非妥協的な態度が解決の最大の阻害要因になっている。問題を解決するためにふさわしいメルクマールとは、より妥協可能なものであるべきとは思わないだろうか?

慰安婦問題に対する3種類のアプローチ

日本のナショナリストのアプローチ

今回の河野談話の検証作業は、「河野談話は正しくないから見直すべきだ」という圧力から行われたものだ。ここにあるのは「正しさ」というメルクマールだ。それは慰安婦問題について「慰安婦とは売春婦のことだ。政府や軍が組織として関与した強制はなかった。だから謝罪など必要なく河野談話は撤回すべきだ」という主張に繋がる。これは彼らなりの「正しさ」が根底にあるアプローチだが、そのアプローチをとった場合、その行き着く先を冷静に想像してほしい。
欧米を含めて、戦場における性暴力の問題を解決できた国は存在しない。ほとんどの国がうろめたい過去を持っている。月日が経ち、せっかく忘れ去ろうとしているそんなパンドラの箱を開けたがる国があるだろうか。それよりも門前払いで、日本は戦場における性暴力を正当化する国というレッテルを張り、それを厳しく批判する自国という構図を作りたがるだろう。それが、当事国でない他国の「正しい姿勢」だ。
重ねて言いたい。
どんなに日本の旧軍が組織として慰安婦運営に関わっていないという資料を出しても、日本は免罪だという国は現れない。それどころか日本は非難の集中砲火を浴びる。その理由は「自国が現在になっても解決できていない戦場の性暴力の問題を70年前の日本の旧軍が解決できているはずがない。つまり日本は重要な事実や資料を隠していると考えられる」という考えを各国とも覆さないからだ。それを覆すと東京裁判そのものの是非にまで行き着く。そんな大事を抱えてまで、日本を擁護する国があるだろうか?

河野談話の発表当時のリベラルなアプローチ

では、彼らが批判対象としている河野談話はどうだったのだろうか。皮肉なことに、今回の検証報告にそれが明確に示されている。
河野談話は、日韓両国が文言をすりあわせて作られたものである。では、なぜ日韓両国は文言をすりあわせたのか? それは日韓両国とも、この問題が両国の政治、外交問題であると認識していた証左だ。
外交問題だと認識しているのであれば、なぜそれを正式に外交の俎上に上げ、補償(償い金)や謝罪の方法、文まで含めて、日韓の正式な合意ができるまで交渉しなかったのだろうか? 日本側の自主性にまかせたいという韓国側の主張をなぜそのままうけとってしまったのだろうか?
私のような、実利的な現実主義者にとっては、それが最大の失策だと思える。

慰安婦への「措置」について日本側が,いかなる措置をとるべきか韓国政府の考え方を確認したところ,韓国側は,日韓間では法的な補償の問題は決着済みであり,何らかの措置という場合は法的補償のことではなく,そしてその措置は公式には日本側が一方的にやるべきものであり,韓国側がとやかくいう性質のものではないと理解しているとの反応であった。
慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯 ~河野談話作成からアジア女性基金まで~ 14p

もし、河野談話の発表と同時に、日韓両国の共同声明を発表し、将来に向けて慰安婦問題の解決を宣言できていたとしたら、その後の日韓関係はどうなっていただろうか。
一方、慰安婦問題の解決について共同声明を出せない=日韓の正式な合意がない状況で、謝罪の文言をすり合わせた事実すら隠し、謝罪と償い金支払いを優先した場合はどうだったかは、20年経った今、明確に答えはわかっている。それでも当時謝罪を強行したのは、「日本は戦争における被害について謝罪すべきだ。悪いことをしたのだから謝罪するのは当然だ」という正義のメルクマールがその根底にあったからではないか? これは慰安婦問題について解決の合意はなかろうと「誠意を示せば日韓関係は改善する」という思い込みにも似た善意のアプローチといえると思う。そしてそれがもたらした現状を思い返してほしい。特に国民の善意からはじまった償い事業が、どう潰されていったかを直視してほしい。
このアプローチが行われたのは、日韓関係をよくしたいという善意であったことは間違いない。ただその結果は、日韓関係をもっとこじらせて解決を困難にし、先の世代につけを回しただけになった。善意だからといって免責されない。外交問題である以上結果責任は当然ある。
なによりもこのアプローチを阻害したのは、当の韓国自身であったことを忘れてはいけない。

現実主義的なアプローチ

私たち実利的な現実主義者は、こんな場合、日韓の合意=実利がない場合、謝罪すべきでないという結論を出す。謝罪は最終的な解決の合意と同時でなくてはならない。だから合意ができるまでひたすら交渉する。何年経とうともだ。当時であれば、人道的に「慰安婦が高齢になってしまい時間切れになる」というリベラルやマスコミから大きな批判をうけただろうが、それに動じずただひたすら合意をめざすだけ。交渉が難航すれば時間を置く。これが実利的なアプローチだ。

3種類のアプローチのどれを選ぶか

さて、ここにあげた3つのアプローチ、どれが正しいかとは問わない。私たち現実主義者が問うのは、20年前、3つのうちどのアプローチだったら、20年後の今、今よりもよい日韓関係を導く可能性が高かったかということだ。
例え現在に至るまで、20年以上交渉が続き、韓国から非難があったとしても、交渉している事実を公開していれば、国際社会で一方的に日本が非難されることはなかっただろうと思う。一進一退の状況が続けば、日韓双方とも解決を先延ばしする利益がなくなっていくので、妥結の可能性は高まっていっただろう。私はそう考えている。

慰安婦問題と日韓関係の今後の展望

韓国政府から慰安婦問題で妥協的な反応を引き出すには?

歴史にifを問うてもあまり意味はないのはよくわかっているつもりだ。少しif論を書きすぎた。本当に大事なのは、今後であるという点は異論がないだろう。
慰安婦問題は、日韓両国とも妥協的な態度にならない限り解決しないと書いた。では、どうすれば韓国を妥協的な態度に変えられるのだろうか?
日本が韓国の主張する通りの誠意を見せるべき? これも河野談話を発表したアプローチと同じ=善意のアプローチだね。2度同じ失敗をしてはいけない。
相手国が妥協的な態度になったから、自国も妥協的になる。それが実利的なアプローチだと重ねて言いたい。

韓国政府は実利的か?

韓国政府は、妥協的ではないとして、実利的なのだろうか? もしそうでなければ、実利で韓国と交渉しても結果は得られない。
私は、韓国政府は十分に実利的だと考えている。
韓国は、慰安婦問題を解決しないことが韓国の利益になっている。「人道」という錦の御旗でいつでも好きなときに日本に対して非難を浴びせられ、日本からの譲歩を勝ち得る材料となるからだ。解決すると、その外交カードを失う。そんな合理的な判断があり、日本に対し、日本が飲めないとわかっている要求をつきつけている。それは韓国の立場からすると、当然のことだと思う。
では、日本はどうすれば、韓国政府から慰安婦問題で妥協的な反応を引き出せるのだろうか?
韓国政府が十分に実利的である以上、そのためには、合理的、実利的な理由で、慰安婦問題の解決を先延ばしすると韓国が不利益になる状況を作るしかないだろう。

(1)アメリカの圧力を利用する

アメリカは、アジアへのリバランスを指向している。いくら名に実が伴っていないとはいえ、方針は方針だ。
その前提はアメリカ軍を削減しつつ、アジアでのプレゼンスを維持することだ。この難題に対する回答が、日米同盟、米韓同盟を発展させ、日米韓軍事同盟にすることだろう。そのためにアメリカは日韓両軍(自衛隊)の共同運用を実現したい。そこでその一歩として「日韓秘密情報保護協定」を締結する。この協定は、締結の一歩手前までいったのだが、当時の韓国の李明博政権が締結の直前でキャンセルした。その理由の一つにあげたのが、日本軍慰安婦記念碑の撤去運動を日本側が行ったことだった。
韓国は、安全保障問題と慰安婦問題をリンケージした。これを慰安婦問題の政治的な利用と呼ばずしてどう呼べばいいのだろうか?
当然、アメリカも韓国が「日韓秘密情報保護協定」の締結ができない本当の理由が慰安婦問題にあると思っているはずがない。ただし、安全保障問題と慰安婦問題という本来関係のない2つの国際問題を韓国がリンケージした以上、この2つはセットで考える必要がある。*5
アメリカは、安全保障問題を前進させるために、慰安婦問題の前進を必要としている。その動機があるため、アメリカは日韓両国に慰安婦問題の解決に向けた取り組みを行うように圧力をかけ続けるだろう。それを日本は利用すべきだ。

(2)時間をかける

慰安婦が生きている間になんとかしたいという取り組みは本当に残念なことに頓挫した。国際関係では善意の関係など信じていない現実主義者の私だが、例え自説が誤っていることになろうと、それでもできることをまずやろうとした償い事業が日韓関係の改善に役に立っていたらよかったのにと本当に思う。でも現実は、国際関係では本当に簡単に国益のため善意は踏みにじられ、善意からはじまった行動は頓挫させられる。そんなありふれた事例の一つになった。
償い事業のホームページで、次のようなくだりが紹介されている。日本人として、このような話を見聞きすると、やはり心が揺さぶられる人は多いのではないだろうか?
人が受けた痛みは、人でなくては癒せない。本質は人道問題だという慰安婦問題の本当の姿がかいま見られると思う。人道的に見れば、元慰安婦本人に対する謝罪は本当に必要だと思う。*6

そしたら、彼女がわんわん泣きながら、「あなたには何の罪もないのよ。」って。「遠いところをわざわざ来てくれて、ありがとう。」というような趣旨のことを言って、でもずっと興奮して泣いていて、しばらくお互い抱き合いながらお互いそういう状態でいて・・・
 私は、「でも私はあなたは私に罪がないって言って下さったけど、でも私は日本人としてやはり罪があるんですよ。」と言いました。「日本の国民の一人として、あなたにおわびしなきゃいけないんです。」というような、そういうやりとりがあって。
被害者の声-償い事業を受け取って 慰安婦問題とアジア女性基金

しかし、韓国政府の考えは、やはり国益優先であった。韓国政府は、日本の国としての謝罪を要求し償い事業を拒否した。償い事業を受け入れることは、韓国の外交交渉力をそぐことになるので、真っ向からこれを否定し、償い事業をつぶす方策を実施した。以下を読んでもらえれば、かなり露骨なやり方で償い事業ををつぶしにきたのは、よくわかると思う。

同年3月、金大中大統領が就任しました。新政府は、同年5月、韓国政府として日本政府に国家補償を要求することはしない、その代わりにアジア女性基金の事業を受けとらないと誓約する元「慰安婦」には生活支援金3150万ウォン(当時日本円で約310万円)と挺対協の集めた資金より418万ウォンを支給すると決定しました。韓国政府は、142人に生活支援金の支給を実施し、基金から受けとった当初の7名と基金から受けとったとして誓約書に署名しなかった4名、計11名には支給しませんでした。
各国・地域における償い事業の内容-韓国 慰安婦問題とアジア女性基金

外交交渉は、国益優先である。その現実は認めなければいけない。韓国政府のこのやり方を非難するのは容易ではない。どの国も国益を第一に考えている。私たちがここから学ぶべきは、やはり相手も国益優先で外交をすすめている以上、日本も国益優先で対応する必要があるということだ。正義というものさしで外交を見るのではなく、そんな実利的な考え方を受け入れてほしいと思う。
ただし、そのように国益優先の当時の韓国政府ですら、国家賠償を要求していない。それは日韓基本条約とその付随条約*7によって、韓国の請求権は完全かつ最終的に解決されていることがわかっていたという点は指摘しておきたい。
ここから、更に時間が経ち、慰安婦問題には、安全保障問題などその他の分野の国際問題がリンケージした。いろんなものでがんじがらめになっている。そんな20年のツケがある。例え慰安婦問題が解決できたとしても、その解決には時間がかかる。必要な時間をかける覚悟を日本は持つべきだ。
今、既に高齢になった元慰安婦の女性もいつまでも生き続けるわけではない。ひどい言い方なのはわかっているが、もう彼女らが生きている間にこの問題が解決できる見込みはほとんどない。

一方、韓国側は、元慰安婦の女性が全員亡くなってしまったら、その後この問題について求心力を失ってしまうという心配を持っているように思える。
そこで彼らは、新たな装置を作った。いわゆる「慰安婦像」である。
慰安婦の最後の生存者が亡くなった時、その「恨」はこの慰安婦像に象徴され、慰安婦像は韓民族統合の(慰安婦問題だけでなく)全ての日本に対する「恨」の象徴になるだろう。そして、日本の要人が訪韓する度にこの像の前にひざまづき謝罪することを、民族の悲願とするようになるだろうと思っている。そして日本に対する新たな「恨」が統合され続け、韓国のナショナリズムの象徴として、意味合いを少しずつ変えながら残り続けるだろうと思う。
そして韓国は、今やその象徴を人道の名のもとに世界各国へ輸出しはじめた。
慰安婦問題は、早々短い年月で風化はしない。

(3)韓国軍慰安婦に対する対応を見極める

1990年代に外交問題になってから始まったとはいえ、日本軍慰安婦について、韓国政府は毎月一定の生活費を支給している。
一方、韓国政府が国として運営していた朝鮮戦争後の韓国軍慰安婦については、女性団体が韓国政府に対応を求めていたし、何度か国会で左派野党が問題にするものの進展はなく放置されていた。
今回、日本の河野談話検証結果の発表の直後、韓国軍慰安婦たちが集団提訴を行った。*8
河野談話検証結果の発表と時期が重なったのは偶然ではなかろう。この提訴もまたとても政治的なものだ。

女性らは1957年から韓国国内の米軍基地周辺で米兵を相手に売春をさせられた。韓国政府は米軍を相手にした売春を認める「特定地域」を設け、女性たちを管理。性病の検査も強要し、感染者の収容所も設けていたという。
http://www.asahi.com/articles/ASG6W5R2GG6WUHBI022.html

これがどう日韓関係に影響するかは、ネットで多く見られる発言のように単純ではないと思うが、一般的に言ってどんな事案にも有利な点、不利な点がでてくるものだ。
この問題を韓国の司法がどう裁くのか。特に韓国の憲法裁判所が『元「慰安婦」の対日損害賠償請求権問題を解決するために政府が具体的な努力をしないのは請求者たちの基本権を侵害するもので憲法違反である』とした判決内容との差を詳細に分析し、日本が外交交渉上有利になるものを把握すべきである。
また、韓国国内の世論、特にマスコミの論調の分析も必要だ。
慰安婦問題は既に人道問題に名を借りた韓国のナショナリズムの現れとなっていると思われるが、日本としては韓国のマスコミの言論や世論からその証左を得たいところだ。
この裁判には、韓国の左派系野党の朴槿恵政権への攻撃という側面もあるので、人道問題よりも韓国国内の政治問題の方がクローズアップされがちになろうと思うが、注目はしておきたいと思う。
日本の左派の中では、この裁判で韓国が人道的な対応を行うことを期待する向きもあるようだが、この裁判の韓国国内の真の姿は韓国の左派対朴槿恵政権というものであり、そうそう日本の左派が期待するような竹を割ったような人道的な決定は行われないだろうと思う。
それでも朴槿恵政権が死中に活を求めて人道的な対応を行い切ったとしたら、それはそれで朴槿恵政権を高く評価すべきであり、日本のこの問題=慰安婦問題に対する対応は変化せざるを得ないと思う。まあお手並み拝見である。

(4)韓国のいやがる外交を行う

なんだかマキャベリズムを全面に出した言い回しになってしまったが、真意としては、韓国がいやがろうと必要な外交を日本は粛々と行うべきというものに近い。
韓国がいやがる外交とは、こんなものがある。

北朝鮮との外交交渉

日本にとっては、北朝鮮との問題を解決する動きをとるのは当然だし、交渉内容をなぜ事前に韓国に説明しなければならないのか理解に苦しむ意見なのだが、なぜか韓国には焦りがあるようだ。

国交正常化まで言及された29日の北朝鮮・日本の会談の結果、発表は韓国政府にとっては突然の内容だった。日本は、韓国側に事前に具体的な説明をしなかった。悪化の一途をたどっている韓日関係の現状を物語るものだ。
韓日米、対北朝鮮の共助で亀裂の可能性も | Joongang Ilbo | 中央日報

(追記)2018/11/5
2017年、朴前大統領が弾劾され、文大統領が就任した。文大統領は、北朝鮮と極めて宥和的だが、北朝鮮との関係改善の主導権を握りたいと考えているように思える。文大統領は韓国の影響下で日本が北朝鮮との外交交渉を始めるのを望んでいると思われる。
韓国がいやがる外交として、今も日本と北朝鮮の直接外交はあげられるが、この外交から韓国の影響をできるだけ排除すべきだと付け加えたい。北朝鮮との外交交渉は、アメリカと綿密に打ち合わせをして行う方がよいだろう。
さらに北朝鮮問題の主導権争いは、韓国だけでなく中国、ロシアも狙っていると思うので、その3ヶ国の働きかけがあれば、それを天秤にかけるぐらいのことはした方がよい。
少なくとも、日本と北朝鮮の交渉内容を、「事前」に韓国に伝えるなどはもってのほかだ。

集団的自衛権の行使の容認と法整備

アメリカか中国か、日本の集団的自衛権行使容認は、韓国の二股外交の矛盾をえぐる。中国にいい顔をしようとすれば日本の集団的自衛権行使に反対したいし国民感情もそれに近い。一方で日本の集団的自衛権行使は日米同盟を強化し、それは間接的に米韓同盟にも好影響がある。
韓国が二股外交を行い、態度を鮮明にしない状況は、アメリカも日本も自国の国益を損ねる状況である。韓国に旗幟を明らかにするよう迫る外交は必要だ。

韓国メディアの報道は「総理が思いのままに憲法解釈を変える日本は民主国家なのか」「戦争ができる国に生まれ変わる」(朝鮮日報)といった厳しい批判ないし警戒の論調が目立つ。
一方、韓国外務省は安倍晋三首相が記者会見した5月15日に論評を出し、日本の安保防衛論議につき「平和憲法精神堅持、透明性維持、地域の安定と平和維持に寄与する方向で」と注文を付けた。朝鮮半島の安保と韓国の国益に影響を与える事項は韓国の要請か同意がない限り決して容認できず、日本は過去の歴史に起因する周辺国の疑念と憂慮を払拭(ふっしょく)していかねばならないとも言及した。一見、「断固反対か」とも思えてしまう。
だが注目すべきは韓国政府が公式には反対とも賛成とも明言していない点だ。あまりに複雑で悩ましい現実があり、態度を鮮明にしかねるのである。
http://mainichi.jp/opinion/news/20140530k0000m070166000c.html

しかし、韓国自身がリンケージしたからとはいえ、慰安婦問題を考える上で、安全保障問題まで考えねばならない状況は異常だ。
こんな馬鹿げたリンケージは、早晩韓国に解かせねばならないし、二度と安全保障問題と慰安婦問題を韓国にリンケージさせてはいけない。安全保障問題と慰安婦問題のリンケージは、慰安婦問題の解決に役立たないばかりか、東アジアの安定を損ねるだけである。日本はこの件について厳しく韓国を批判すべきだと思う。

日韓両国とも手詰まりになっている

前項で日本がとるべき方策を考えたが、そのうちどれか決定打=これをやれば慰安婦問題を解決できるというものがあっただろうか?
自分で書いていてそれを否定するのも申し訳ないのだが、そういったものはないと思う。
だからといって、ナショナリストが主張するように河野談話を否定するのも、韓国が主張するように先に日本が誠意を見せるべきだという言に乗っかるのも、失敗するのが見えている。
日本は手詰まりになっている。
では、韓国の方はどうか。
朴槿恵大統領は、告げ口外交と日本では散々に批判されている外交、各国を精力的に外訪し外訪先で日本批判を行う外交を展開してきた。
さて、その外交の成果はあがっているだろうか?
どんな国も、日本と韓国の二国間の歴史問題など興味がないんだ。少なくとも優先順位は低い。(但し、中国は除く)
朴大統領の外訪によって外訪先の国にもたらす国益があるので、外訪時の会見では外訪先国の首脳は韓国に対しリップサービスをするだろうが、それをうけて何か動いた形跡があるだろうか。
更にこの河野談話の検証結果の発表だ。これは外交上秘密にしようと日韓両国で同意した内容の暴露でもある。
それは日本の外交上、秘密を漏らす国としての外交上のダメージをもたらすが、一方で秘密であることをいいことに態度を豹変させた韓国の外交の身勝手さも表面化させた。
韓国もこれまでのように一本調子の日本への非難を行いにくくなった。
結局韓国も手詰まりに陥ったといえる。

韓国は外交の秘密を河野談話検証で公開したことに憤っている。
一方、日本は韓国で政権が変わるたび、態度を変え、外交の秘密を盾にして韓国のナショナリズムを全面に出した外交に辟易としている。
当面、慰安婦問題で日韓は対話なき対立関係が続くのだろう。でも、それは李明博前大統領が竹島に電撃上陸して以来続いていることであり、これが日韓関係の普通の姿だ(だってもう2年近く続いている)と割りきってしまえば、日本の外交上、そこまで大きな問題ではないともいえる。
私は、李明博前大統領の竹島上陸で、日韓関係は壊れたと思っているが、少なくとも日韓双方とも不信と冷ややかな視線を相手に投げる新しい日韓関係の時代に突入したというのは間違いないと思う。
でもそれは、私のような実利的な現実主義者にとっては、対価を求めない理想主義的な外交、そしてどんどん相手の要求が高くなり理想と現実が乖離していくばかりの外交よりも、対峙を恐れず国益を重視する実利的な外交の方が望ましいと思っている。日韓関係がそのような関係になるためには、通らざるをえなかった反駁の時代なのだろう。

韓国をめぐるアメリカと中国の綱引き合い

結局、慰安婦問題については、韓国がアメリカ側に残るのか、中国圏に入るのか、旗幟を鮮明にするまでは韓国の姿勢は変わらないと思う。
韓国がアメリカ側に残ると決断した場合のみ、韓国は妥協的になると予想する。
今週、7月3~4日に、中国の習近平国家主席国賓として韓国を訪問し、朴槿恵大統領と首脳会談を開く。
そこでどのような動きがあるか、まずはそれを見極めたい。
「中国へベットすべきでない」とアメリカもかなり露骨に韓国へ圧力をかけているようだ。

米国政府が韓国のアジアインフラ投資銀行(AIIB)加盟の動きにブレーキをかけた。AIIBとは、中国が自国中心の新しい国際金融秩序を構築するという目標で設立を推進している機構。
中国主導のアジアインフラ投資銀行 米国が韓国の加盟にブレーキ | Joongang Ilbo | 中央日報

東アジアでの綱引きは続く。

*1:つまりみんな知っていた。公然の秘密だったということと思う。この検証はただ公然の秘密を公開しただけの効果しか持たないと思う。それを大層なものとして河野談話の否定まで持って行こうとする日本のナショナリストも、強硬に反駁する韓国と韓国のシンパたちも、主張は真っ向からぶつかっているが同じ水準の反応に見える。

*2:慰安婦に対する「償い事業」は、日本の立場の許せる範囲で人道的解決を目指したものとして、一定の評価はできるが、その事業は、日韓関係においては残念ながら新たな軋轢を生むことになった。日韓関係は、当時よりも更にこじれてきており、このような事業を行ってもその結末は容易に想像できる。

*3:韓国政府も日本政府も慰安婦問題解決の意欲は薄いと思われる。韓国は中国との関係の兼ね合いがあり、アメリカが望む日韓秘密情報保護協定を締結したくないのだが、その交渉ができない理由のひとつがこの慰安婦問題で日本が誠意をみせないからとしている。慰安婦問題の交渉が進展しはじめると、そういった日韓秘密情報保護協定の締結交渉ができない理由が失われてしまう。一方日本政府も、韓国政府の変化がなければ、慰安婦問題に対する請求権は解決済みという立場を変える理由がなく、解決に積極的と思えない。アメリカ政府が圧力を加え続けないと、この問題を解決しようという動きは活性化しないだろう。

*4:はてなでは、慰安婦問題について、韓国の主張を補完する投稿がときどきホットエントリにあがる。こういった人たちの投稿の意図は不明だが、その投稿の効用は韓国のナショナリズムの補完にしかならない。今のところ大きな力にはなっていないが、それらは日本のナショナリズムを刺激し、対立を深めるだけで、慰安婦問題の解決の阻害要因になると分析している。

*5:関係のない2つの問題をセットで考えるとかおかしいと考える人は多いかもしれない。正しさのメルクマールだとそうだと思う。しかしリンケージとは頻繁に使われる外交交渉のテクニックであり、このこと自体を批判することはできない。問題は、リンケージというのは、問題解決を容易にするために行う場合と、問題解決をわざと難しくするために行われる場合と2つあり、韓国の今回のリンケージは明らかに後者、問題解決を難しくするために行ったということだ。

*6:韓国という国に対する謝罪は、それは人道問題ではなく外交問題であって、今のところ河野談話だけで十分と思う。これ以上の謝罪を韓国が要求するなら、実利的にそれに見合う韓国からの譲歩を要求すべきだ。

*7:財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定

*8:報道では米軍慰安婦となっているが、詳細な内容がまだわからないので、米軍慰安婦よりも概念の広い韓国軍慰安婦の用語を使った。もっとも私はその2つを区別することにそれほど意味がないと思っている。両方とも女性の人権に対する侵害であることは変わらない。

リアリズムから見た橋下発言と慰安婦問題

幕引きにはもう少し時間がかかるが発言を巡る騒動は収束へ

5月27日、橋下氏は日本外国特派員協会で自身の一連の慰安婦発言の対する会見を行った。一部の発言について撤回お詫びすると同時に一部発言は自身の主張を再度繰り返した。橋下氏の対応はこれで定まったと思う。国内メディアを中心とした批判はまだ続くだろうが、一連の騒動は徐々に収束に向かうだろう。
もっとも橋下氏と日本維新の会に向けた国民の目は厳しく、参院選を目の前にして、大きく後退した形となった。
(参考:橋下氏の慰安婦発言「不適切」75% 維新支持も急落


政治的な発言か、学術的な発言か

歴史に対する言及は、それが政治的なものか学術的なものかを、発言者自らが区分けし、明らかにする必要があると思う。
学術的なものであれば、政治的な影響を最小にし、政治的に中立であることを心がけるべきだ。
しかし慰安婦問題に限って言えば、どの国のどの人物の発言であっても、何らかの政治的効果をあげるべく発言しているものばかりだ。この橋下氏の発言も政治的なものであると思う。
誤解を恐れずに書くと、一般的に言って歴史問題に対する(学術的でない)政治的な発言の場合、その当時の価値基準による評価自体はさほど重要ではない。
重要なのは現在の価値基準であり、その事件を現在の人がどう捉えているか、何を真実だと思いたいかだ。繰り返し言うが、今の人が信じたいことこそが政治的には「真実」といえる。
過去は返ってこない。政治的に歴史を省みるのは、ただ将来に向けて指針を得るためにある。だから政治的に歴史問題が扱われる場合、(学術的に誤っている可能性があっても)このような姿勢が許容されるし、あるべき態度となる。
当時の基準において、当時起こったことを評価する。それは歴史学という学術的な態度としては正しいが、政治的には正しくない。
法には不遡及の原則がある。当時起こったことを、現在の法体系に基いて罰することはできない。それは法律学という学術的な態度としては正しいが、政治的には正しくない。
もう一度書いておきたいのは、この一連の橋下氏の発言は、政治的なものだったということだ。
慰安婦の問題の場合、それに対する言動は、現在の女性の人権に対する態度を反映したものと捉えられる。この一連の発言によって、橋下氏は女性の人権に否定的な政治家だという印象を国民に与えた。それこそ国民が橋下氏と日本維新の会に厳しい視線を向けている理由だと思う。
橋下氏も日本外国特派員協会での会見では、一連の発言は女性の人権を否定した発言ではないと自己弁護したが、それが受け容れられるかは微妙な情勢だ。


慰安婦問題を巡る各政治的勢力の構造

単純に善悪で慰安婦問題を捉えるのは、この問題を局所的、一面的に観る見方と思う。リアリズムでは、各政治的グループの基本的な考え方をそのまま否定せず捉え、それぞれの影響を図り、将来予測することを基本におく。ここでは表題にもある通り、リアリズム的な手法でこの問題を分析してみたい。


日本の2つのグループ

慰安婦問題について、日本国内のメインプレーヤーは2つだと考える。
一つは、反米親中韓リベラリストグループ。もう一つは、愛国心を重視するナショナリストグループだ。

反米親東アジアのリベラリストグループ

ここで言う「リベラリスト」とは、国際関係論の「リベラリズム」の中にある「理想主義」と呼ばれる考え方に近い人々を想定している。
一方「理想主義」的な指向を持つ人の中でも、昨今「アメリカ陰謀論」などの露骨な反米的な言説をとる人が少なくなってきたので、この勢力の代表的な人をあまり多く思い浮かべられないが、ここでは内田樹氏をあげておきたい。というのもこのグループに属する政治家には有力な人はいないと思うし、内田氏はちょうど最近、この問題についてブログに記事を書いているからだ。*1
日本の文脈・アメリカの文脈
一般にこのグループは、慰安婦側に同情的で、日本の対応について厳しい見解を持っている。

一方、このグループに近く、同じ立ち位置にいて同じ主張をおこなっているグループとして、次のグループが存在すると考えられる。

この投稿では、以降このグループ全体を「近隣協調派」と呼ぶ。
(注)できる限り批判的なニュアンスのない用語を選んだつもりだが、もしそう感じる人がいればそのような意図は全くないと申し上げつつ陳謝したい。肯定でも否定でもない中立的なニュアンスの用語として選んだ点重ねて強調したい。

愛国心を重視するナショナリストグループ

代表的な人物としては、まず石原慎太郎氏を思い浮かべる。
このグループも、アメリカに対し相当の不信感を抱いている。その点では正反対の立場をとる前述の「近隣協調派」とアメリカに対する見解が似ている点を指摘しておきたい*2。但し「近隣協調派」がアメリカへの不信の裏返しとして、中国や韓国に対し無批判とも思えるほどのシンパシーを示すのに対し、このグループは、アメリカ以上に、中国、韓国を信用していない。
こういった国際関係の基本理解に基づき、このグループは「日本単独の安全保障とそれを確保する軍事力」を求めている。それ担保するために自国に対する誇り、愛国心の必要性を説き、それを支える歴史観、歴史教育を重視する。
石原慎太郎氏のこの問題に対する考え方を端的に表した記事として次の記事を紹介しておきたい。
石原慎太郎氏「軍と売春はつきもの」と擁護産経新聞)』
記事内にある「この問題は被虐的に考えない方がいい」という石原氏の言にこのグループの基本的な考え方が表れていると思う。

一方、このグループに近く、似た主張を行うグループとして、次のグループが存在すると考えられる。

  • 従来から存在する街宣活動を行う右翼
  • ネット上で排他的な言動を行う、いわゆる「ネトウヨ」と称されるグループ
  • 上記から派生してきた「在特会」等の、従来の街宣右翼とは異なる街宣活動をするグループ

この投稿では、以降このグループ全体を愛国心重視派」と呼ぶ。
(注)「近隣協調派」と同様にできる限り批判的なニュアンスのない用語を選んだつもりだが、もしそう感じる人がいればそのような意図は全くないと申し上げつつ陳謝したい。肯定でも否定でもない中立的なニュアンスの用語として選んだ点重ねて強調したい。


韓国、慰安婦問題では一つにまとまる世論

韓国は、民主化以降、親米の右派と親中・親北朝鮮の左派という2つの政治的勢力が激しく対立し、世論の一致をみない国だ。ただ日本が相手となると、立場や思想の差を越えて一致団結し糾弾が行われる。特に慰安婦問題は、2011年8月30日に、韓国の憲法裁判所が慰安婦および原爆被害者の賠償請求権に関する日韓間の解釈の相違、すなわち日本は日韓基本条約で全て解決済みとするのに対し、韓国は、慰安婦と原爆被害者の賠償は日韓基本条約での賠償範囲でないという見解なのだが、その相違を放置した韓国政府の不作為について違憲判決(参考:【韓国】 従軍慰安婦及び原爆被害者に関する違憲決定)を出してから以降、韓国は政府も世論も一致団結して日本に対して慰安婦に対する賠償を強く求め続けている。
韓国の意図は明らかだ。
一つは日本から、慰安婦の賠償金を得ること。そして慰安婦問題を広く日本の植民地政策への非難に繋げ不法占拠した竹島の領有を正当化することだ。

ところで、あまり日本では知られていないが、日本の慰安婦制度とよく似た慰安婦制度を韓国も持っていた。(Wikipedia)
日本の慰安婦制度に対する執拗な非難とうらはらに、韓国自ら行ったこの慰安婦制度について韓国政府は口をつぐむ。
念のため記述するが、うり二つのよく似た制度を韓国が運営していたからといって、日本の行ったことを正当化しているわけではない。日本は日本のこと。韓国は韓国のこと。全く別物だ。
ここで指摘した意図は、韓国政府は日本の慰安婦制度に対する非難を外交カードに使っているだけであり、被害をうけた女性の保護が主目的ではないという点について、その傍証のために指摘しただけだ。すなわち、もし被害女性の保護のために日本を糾弾していると仮定すると、同じ韓国の女性が被害者であるこのうり二つの行為について、その扱いの差について合理的な説明はできないからだ。

もし韓国政府が、このそっくりな制度による女性の人権被害について真摯に向き合い、区別をつけることなく被害女性に謝罪し補償を行なった上で、そのうちの日本の慰安婦の補償を日本に求めていたら、日本の世論は全く違うものになっていたのではなかろうか。
韓国は自国に都合の悪い部分は頬かむりし、一方的に日本を非難している。でもそうすれば日本は単に冷徹に反論するだけ。外交とはそういうものであり、それが日韓の慰安婦問題の歴史である。

なお、この文章は韓国に対する批判を目的にしていない。私の書きぶりが悪く読者がそうとったならそれは私の真意ではない。
私は、日本の2つのグループと韓国の相互関係を説明したいだけだ。そのためには、韓国の主目的は外交だと説明する必要があり、この指摘を書いた。
再々であるが、誤解のないよう追記しておきたい。


日本の2つのグループと韓国との相互関係

慰安婦問題の構造

この3つの関係を図示すると、次のようになる。

f:id:the_sun_also_rises:20130531101422p:plain

今回の橋下氏の発言もそうだが、慰安婦問題は、この中では「愛国心重視派」の言動により問題に火がつくことが多い。
この前提として、韓国の各層、政府であったりVANKのような在韓の団体であったり在米韓国人団体であったりが、慰安婦問題をクローズアップするために、慰安婦像を作ったり慰安婦非難決議のロビー活動を通じて、国際世論(特にアメリカの世論)を誘導しようとしていることを指摘せざるをえない。こういう韓国の行動に対し日本の愛国心重視派はいらだっている。そしてそのいらだちが「慰安婦は当時の売春婦だ」などという発言を誘発することになる。
確かに慰安婦問題に火をつけるのは日本の愛国心重視派ではあるが、火種をばらまいているのは韓国だ。
既に火種はそこいら中にばらまかれている。
これが慰安婦問題が生じ続ける理由の一つだ。

慰安婦問題のメインプレーヤーは三者三様に利益を得ている

韓国

韓国は、慰安婦問題の火種を様々なところでばら撒くことにより、日本の愛国心重視派の暴発を待っている。それが起これば強く非難し、国際世論を韓国優位に誘導しようとする。愛国心重視派の言動は、韓国国民の怒りと団結を生み、日本への非難材料を与える。
それは韓国にとっては、必ずしも悪くない状況だといえる。「日本が悪いのだ!」という韓国の非難に説得力が加わるからだ。

近隣協調派

韓国の世論と政府が反応すると、次の出番は日本の近隣協調派だ。韓国からの非難は彼らの主張にお墨付きを与えるような効果がある。
そしてここぞとばかりに「日本側に問題がある。日本こそが改める必要がある」という主張を展開する。
慰安婦問題の場合、女性の人権を尊重するという側面が強調されることで、この批判は正論となり説得力を持つ。
しかし、正論であり説得力を持つからこそ、異論を持つ人を追い込むという側面がある。近隣協調派の問題は、国民感情に鈍感なところなのだろう。確かに彼らの激しい批判により、大多数の国民は問題発言をした個人を批判的に見る。(参考:橋下氏の慰安婦発言「不適切」75% 維新支持も急落)しかし、その一方で、「なぜ日本だけがこのようにひどく批判されなければならないのだ!」と憤慨する人も育てる。確かに、韓国も、アメリカも、ロシアも、日本も、戦争をしたすべての国が、戦争における自国の性暴力の問題に頬かむりしている*3のだから、あながち間違った感情というわけでもない。そうやって彼らは少しずつ同じ憤りを持った人の集団=愛国心重視派に近づいていく。
近隣協調派は、韓国がばら撒いた火種に愛国心重視派がマッチで火をつけた火事を、うちわであおいで大きくしていくような役割を演じている。

愛国心重視派

かくして、問題発言をした愛国心重視派の当事者は日本の国内世論からも海外からも袋叩きにあい損失を被る。しかしそれに憤慨する人は少数とはいえ存在する。そうして愛国心重視派は着実に支持を増やす。問題発言をした当事者は、彼らの中ではまるで殉教者のように見られているのかもしれない。

利益を得るからこそ、この問題は終わらない

慰安婦問題の3つのメインプレーヤーが、慰安婦問題で騒動がおこる都度、少しずつ利益を得る。そして、「韓国&近隣協調派」と「愛国心重視派」との間は、お互いに相手に対する憤りが増大する。
その憤りは、次の騒動の燃料となる。
これが二つ目の慰安婦問題が生じ続ける理由だ。


強引に国内を抑え込んだ一方的な謝罪は、反って二国間関係を悪化させる。

一般的に言って、「国内に相反する意見が存在する問題について、一方の意見を押し込めて相手国に謝罪を行った場合、その謝罪は相手国との二国間関係を改善するどころか、反って悪化させる」と私は考えている。
確かに謝罪を行った瞬間は、一時的に両国関係は改善する。しかしその一方で押し込められた意見を持つ勢力は不満を大きく抱えることになる。そして謝罪に対する批判を行う。しかしその反対勢力の批判に対しては相手国がすぐに反応し非難することになる。そしてそのフィードバックに謝罪を肯定する国内勢力が加わり、国内の衝突が激化する。それを何度も繰り返していく間に、二国間関係は悪化していく。
慰安婦問題は、正にその証左となる事例である。

河野談話の罪

河野談話に対する批判は、その内容について行われることが多い。しかし私は「広義の強制はあったが狭義の強制はなかった」とかの河野談話の中身の議論にあまり興味がない。
私は河野談話を発表するという行為そのものが、国内および国外の政治勢力のダイナミズムを軽視した暴挙であり、この時点から、日韓の間では上記で説明した「対立増大のサイクル」が回り始めたと考えている。
例え談話の内容がどのようなものであったとしても、結果は変わらなかっただろう。
今や、河野談話が発表された当時より日韓関係はこじれ、対立が深まり、日本国内で反韓排韓デモが頻発するようになった。
それは「日韓の対立を促す構造ができてしまった」必然の結果だ。河野談話慰安婦問題だけが原因とは言わないが、対立を促す構造の重要な一部分であるのは間違いがない。
そして河野談話の発表後も、韓国に新政権ができる都度、時の政府が韓国の求めに応じ歴史に対する謝罪を繰り返し行ったことで、「対立増大のサイクル」は確固たるものになってしまった。
国内の意見を押さえつけて他国に謝罪することは、英断でも蛮勇でもなく、単に必要な議論を省いた民主主義にあるまじき愚挙でしかない。
他国への謝罪は、面倒でも国内で議論を重ねコンセンサスを得てから行わねば、全く意味がないどころか害悪のみ残る。そのつけは未来の日本国民が払い続けることになる。国内のコンセンサスができなければ、他国へ謝罪してはいけない。謝罪を決定するための順序と手続きを軽視する愚は、もう犯してはならない。

覆水盆に返らず。もし河野談話を見直ししたらその影響は?

河野談話について、安倍政権は見直し、あるいは、撤回を図るのではないかとうわさされている。
安倍首相も、そのことについては口を濁している。
しかし、上記に示した「対立増大のサイクル」に、河野談話の撤回という行動をあてはめて考えれば影響は自明だろうと思う。
河野談話を撤回するという動きが少しでも生じただけで、韓国は激しく反応する。そしてそれに呼応して近隣協調派も激しく非難を始める。それどころか、今度は欧米や東南アジア諸国、中国、ロシアなども巻き込み、日本は孤立し袋叩き状態となるだろう。
現に橋下発言を巡っては、アメリカ、中国、ロシア、EUなど主だった国、機関が非難している。
自国のことを棚に上げてと憤る気持ちはわからないでもない。しかし、女性の人権を軽視する国という謗りが自国に飛び火しないよう、それぞれの国は溺れかけた国をここぞとばかりに叩くのが国際政治というものだ。そこにあるのは、「人権を守る」という世界の現状を見ると偽善めいてみえるが、人類にとって普遍的な価値観と、自国の都合の悪いことは全て棚に上げ知らんぷりを決め込む利己的な各国の姿との奇妙な混合物だ。

河野談話の発表そのものについては、愛国心重視派が非難するように、私も愚かな行為だったと思う。それは、日韓関係を反って悪化させただけだ。そして他国が頬かむりする戦争での性暴力の問題について、日本だけがスケープゴートになった。
しかし、その談話を見直したり撤回したりする行動は、近隣協調派の言う通り、戦争における性暴力を正当化する国だとの非難を集め、その結果日本は不名誉な孤立を余儀なくされる。そして窮地に追い込まれるだろう。それは国内の世論形成を省いて安直に河野談話を発表したこと以上の愚策だ。
覆水盆に返らず。
一旦出してしまった談話は、未来永劫守り続けねばならない。


対立増大のサイクルは逆回転するか?

慰安婦問題を解決するには、河野談話を撤回するのではなく、この対立増大のサイクルを逆回転させ、対立縮小のサイクルを回さなければならない。それが真の和解に繋がる。
それは可能だろうか。
私は、一度だけ、このサイクルを逆回転させる試みがなされたと思っている。
いわゆる「償い事業」だ。
しかし真の和解を目指したこの事業は各勢力から散々に叩かれ、結果として日韓の和解には役立たなかった。(その他の国での事業には意味があったと思う)
それは慰安婦問題のメインプレーヤーである三者それぞれの政治的なダイナミズムが、真の和解を願った関係者の努力を踏みにじったからだと思う。しかし、それは、もし仮に真の和解が成立したらという仮説をたててみると、その理由は単純だとわかると思う。真の和解が成立した時、韓国は外交カードを失うという不利益がある。近隣協調派は韓国が不満を持てばそれに呼応するだろう。そして愛国心重視派は韓国という格好の非難の対象を失う。
「償い事業」については、各勢力とももっともらしい理由をつけて反対していたと思うが、リアリズム的には「不利益があるから反対するのが当然」としか見えない。
真の和解とはかくも難しく、たやすく壊すことができる。
だから、世界から戦争や紛争がなくならないのだ。

「償い事業」に関しては、江川紹子氏の「日本が誇るべきこと、省みること、そして内外に伝えるべきこと~「慰安婦」問題の理解のために」の一読をおすすめしたい。


残る日本の選択肢

  • これ以上の安易な謝罪は禁物だ。
  • 償い事業のリニュアル版も同じ結果=失敗に終わるだけだ。
  • 河野談話の撤回や修正は絶対にやってはいけない。

これらを守りつつ、日本ができることは限られている。
ダメージコントロールに徹すること、それ以外に方策はないと思う。

どのようにダメージコントロールするか

  • 河野談話の踏襲を宣言する。
  • その上で、政府として女性の人権の尊重の重要さを十分認識していることを主張する。
  • 一方で、戦後68年の永きに渡り、一切の戦争を行わず平和主義に徹したことを強く主張する。
  • 慰安婦問題についても、過去数度にわたる謝罪を行ったこと。償い事業も強調する。
  • 過去は返らない。未来に向けて日本は歩むことを強く宣言する。

偽善だと批判されようと、なんといわれようと、毅然と言い続ける。
日本は性暴力国家だという誹謗には、戦後68年の永きに渡り戦争による性被害を出していない国であり、大国の中でそのような国が他にあるか?と強く反論する。少なくともそれに対して、アメリカ、韓国、中国、ロシアはそう強く非難できないはずだ。
そして、少なくとも今後数十年、例えば戦後100年となる2045年ぐらいが区切りになる可能性はあるが、それまでは日韓関係はどうせ反発しあうのだと達観しておくことも必要だろう。そうすれば、韓国発の一つ一つの苛立つ出来事にあまり憤りをもたなくなるから。
もしかすると、そういった国民の達観が、ほんの少し、日韓の雪解けを運んでくるかもしれない。

2014/5/7 誤字訂正(×協調→○強調)

*1:内田氏はアメリカの陰謀論も度々ブログに書いている。この件と直接関係はないが、沖縄問題におけるこういった記事から氏のアメリカに対する見方が垣間見られると思う。「さよならアメリカ、さよなら日本」http://blog.tatsuru.com/2010/06/01_1216.php

*2:このグループも前述の近隣協調派も、現状のアメリカ中心の国際秩序を変えたいという根本欲求があるように見える。

*3:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%B3 http://megalodon.jp/2010-0817-1927-00/kankoku-020115.tripod.com/vietnam_war/miscellany/watasinomura.html http://www.jiji.com/jc/zc?k=201305/2013052600172 http://www.amazon.co.jp/dp/4560092087 http://www.amazon.co.jp/Far-Bamboo-Grove-Puffin-Books/dp/0140323856/ref=sr_1_1

北朝鮮は最後の賭けに。日本も覚悟が問われている。

朝鮮半島情勢は、いよいよ緊迫の度合いを増してきた

北朝鮮は、中距離弾道ミサイル「ムスダン」を発射する構えだ。
北朝鮮は、アメリカを交渉に引きずり出すため、挑発を繰り返している。しかし、北朝鮮の軍備はいくら言葉で脅しをかけようとも、アメリカ軍に大きなダメージを与える能力がないと思われている。いくら挑発を行っても、アメリカをはじめ、韓国も全く動じるそぶりがない。
日本も近隣という点では十分被害をうける可能性もあるのだが、全く動揺していない。
北朝鮮は、既に国際社会から「オオカミ少年」だと思われて久しいのだ。

国連安保理決議の評価

国連安保理決議について

北朝鮮の2013/2/12の核実験をうけて、国連安全保障理事会は2013/3/7に「国連安保理決議第2094号」を決議した。
以下は外務省による全文和訳と概要説明だ。

制裁は本当に厳しい処置なのか

決議第2094号は、従来の決議の延長上にある。
アメリカは、「厳しい処置」*1と自賛するが、決議第2094号の内容は、従来の決議と同様で、資金の凍結、人の往来の制限などが柱となっており、それぞれ対象を追加し一部を義務化したのが特徴だ。
過去の決議によってこれまでも経済制裁は行われていたが、これまではその効果は限定的だった。
今回の決議内容は本当に「厳しい処置」なのか。その有効性は中国が握っている。

中国は積極的に制裁を行っているか

中国はいったいどのような制裁を行っているのか、今は情報が少なくあるいは錯綜しているので、よくわからないのが現状だ。そのためいくつかの周辺情報から判断するしかないと思う。

アメリカから中国に対する批判は行われていない

この1ヶ月、注意深くニュースを読んできたが、アメリカは中国に対して批判は行なっていない。
確かにコーエン米財務次官が中国で交渉したという記事はあったのだが「米財務次官、中国による北朝鮮の金融取引監視強化を期待」を読むと批判というレベルではないように思える。
この点から推測できるのは、中国は少なくとも決議第2094号で決めた内容を、表向きは遵守しようとしていると思われる。

第3回目の核実験で中国の態度は変わったか

2013/2の通関統計で、中国から北朝鮮への原油輸出がゼロになったという報道(2月期の北朝鮮向け原油輸出はゼロ=核実験に対する制裁か―中国)があった。これは中国による北朝鮮への制裁なのだろうか?
株式会社エイジアム研究所が出した「中国の対北朝鮮原油輸出中止について」でも輸出停止の件が分析されているが、ここでは2005年~2008年も2月に原油輸出がストップしたことから、パイプラインの定期点検によるものではないかという分析を行っている。更に、原油ではなく、軽油・重油・ガソリンなどの石油製品の中国から北朝鮮への輸出は2月に反って伸びていることから、この2月に中国が北朝鮮へ原油輸出をストップしたのは、核実験による制裁と考えるのは早計だとしている。これは妥当な結論だと思う。
中国は不快感を北朝鮮へ表しつつも、北朝鮮への基本的な態度は変えていないと見るべきだろう。
傍証として、さらに中国網日本語版に2013/3/13に掲載された中国外交部の楊潔チ部長の会見内容(楊外交部長:朝鮮制裁は安保理の真の目的ではない)をあげておきたい。ここで楊部長は従来通りこの問題は話し合いによって解決すべきだという姿勢を崩していない。
以上から、中国は積極的に北朝鮮への制裁を行なっているとは私は考えていない。但し、全く制裁をしていないわけではないとも思う。少なくともアメリカから非難されない程度には制裁は行なっているのではないか。

アメリカの反応

私は、アメリカは、北朝鮮への軍事圧力を加える一方で、中国に北朝鮮への制裁をバックパッシング、すなわち、中国が北朝鮮への制裁を行うよう持っていくと思っていた。*2
安保理における交渉が思ったより早く終わったのは、今までの決議に更に制裁を加えた決議に中国も賛成したこともあり、アメリカは今度こそ中国は本気で制裁すると考えたからではないかと思う。だから「厳しい処置」と表現したのではなかろうか。
前述の「米財務次官、中国による北朝鮮の金融取引監視強化を期待」でも、中国が制裁を行うことへの期待感がにじみ出ている。
一方、戦略爆撃機B-52、ステルス爆撃機B-2、ステルス戦闘機F-22など、アメリカが持つ重要な兵器を米韓軍事演習に投入し、北朝鮮へ強い軍事圧力をかけていった。北朝鮮は強く反発した。
しかし、2013/4/5になって米韓軍事演習の公表内容をトーンダウンさせるという報道『米国は北朝鮮への刺激「トーンダウン」へ、米韓演習の公表方法で』が流れてきた。
北朝鮮は米韓軍事演習を監視する技術的手段、例えば監視衛星や電子偵察能力などが極めて乏しいと想定されるので、アメリカ軍が公表しなければアメリカ軍の力の誇示は北朝鮮へは行えない。つまり圧力をかけることにならず、何のために今軍事演習をしているか意味が減殺されると思う。それにも関わらず、アメリカが公表内容をトーンダウンさせた背景には、『「家の前で問題起こすな」中国が北朝鮮・米韓牽制』で伝えられたように中国からの不快感の表明があったからと思う。
アメリカは中国からの不快感に対応した。しかし、そうなれば挑発を繰り返す北朝鮮に中国ももっとコミットせよといらだちをつのらるのは当然だろう。カーター国防副長官は「米国防副長官、中国に「懸念するより説得に動け」 日韓には「核の傘で守る」」と発言した。
そして、アメリカ国民の意見も、「米国で北朝鮮に対する不安増大、悲観論広がる」で報道されているように、北朝鮮を脅威とうけとる悲観論が急激に広がり、もし韓国が北朝鮮に攻撃された場合、米国が韓国を守るために軍事介入すべきかどうかを巡っては、10人中6人が軍事介入を支持するようになった。

ひとつ見過ごせない中国の動き

私は、安保理決議をうけて、中国は陸軍を朝鮮国境沿いに配備するのではないかと思っていた。*3
やはり中国は、3月中旬ぐらいから陸軍を朝鮮国境沿いに配置しているようだ。朝鮮日報の「中国軍、北朝鮮国境で兵力増強」(魚拓)という記事によると、3月19日に「1級警戒命令」が下され戦闘準備状態にあるとしている。この真偽はまだわからないが、北朝鮮での万一の事態に備えるため中国が中国軍を国境に集結させている可能性は相当高いと思う。
目的は次の3つではないかと思う。

  • 北朝鮮での万一の事態に備える(公式の理由)
  • 北朝鮮に軍事圧力をかける
  • アメリカに中国軍の存在を誇示する

中国は、軍を北朝鮮への威嚇にも、アメリカへの牽制にも使える。アメリカも中国の真意を図りかねている可能性がある。

北朝鮮の挑発の整理と分析

主な挑発内容

決議第2094号の決議以降に北朝鮮が行った主な挑発内容を列挙してみる。

矢継ぎばやに挑発を繰り返しているのを再度確認してほしい。

挑発の目的

北朝鮮は自暴自棄にはなっていない

最終的な目標は、アメリカを二国間交渉の場につけることだという点は、衆目の一致しているところだ。
北朝鮮は、追い詰められて選択肢がなくなり闇雲に挑発を続けているのではないと考える。それは「中国の姿勢が従来と同じ」すなわち「中国は北朝鮮の崩壊を願っているわけではない」と北朝鮮は知っていると思われ、それを前提に考えれば決して今は自暴自棄になる必要がない状況だと思われるからだ。
確かに中国も北朝鮮に苛立っていると思う。しかし、中国の家先で紛争が起こることを望んでいない。
そこで検討すべきは、北朝鮮はどのような論理にもとづき、どれくらいの勝算があって、アメリカを交渉の場につけようと考えているかだと思う。

矢継ぎばやの挑発が意味するもの

矢継ぎばやの挑発を行なっているというのは、北朝鮮の思惑を考える上でひとつのカギになると思う。
ほぼ毎日のように挑発を繰り返しているということは、それらの挑発は既に準備され、一つの挑発に対するアメリカ、韓国などの反応を把握、分析することなく、次の挑発を行なっているということを示している。
つまりこれらの挑発は、アメリカなど相手の反応で中止することを全く考えていなかったということだろう。つまりこれら全ては北朝鮮が本当に行おうとしていることの布石と考えることができる。布石だから決められた手順で決められた通り挑発を行なっていると思う。

北朝鮮の頼りは金正日の遺産=核兵器である

北朝鮮が頼りにしているのは「核兵器」であるという点は異論がないだろう。北朝鮮は「核兵器」による脅しによって、アメリカを交渉の場につけようとしている。しかし、現状ではアメリカは北朝鮮がアメリカに対して核攻撃する能力がないと見ている。そのためせっかくの虎の子の核兵器であるが、まだアメリカに対する有効な脅しの材料となっていない。

北朝鮮の思惑の仮説

これからは、仮説の話となる。上記の分析をもとに、ありうるシナリオを描いてみた。

ステップ1:グアムを核攻撃する能力を示す

グアムは北朝鮮からもっとも近いアメリカ領(準州)だ。そして一番大きな要素として、そこに西太平洋の中で要となるアメリカの基地(空軍、海軍、海兵隊)がある。
ここを攻撃する能力があるということは、東アジアに存在するアメリカの基地(韓国、日本、グアム)全てを攻撃できることを示すことになる。
グアムを核攻撃する能力を示すために、北朝鮮は次の行動をとると予想する。

弾道ミサイル「ムスダン」の発射

ムスダンの射程距離は、3,000km以上である。グアムへ到達できる能力を持つと思われる。
ミサイル発射で示すことは、十分な射程があることと、正確に目標へ飛ばすことだ。但し北朝鮮はまだムスダンの発射実験は行なっていないから、正確性の確証はないと思う。そこで、目標地点を示さず最大射程に近い距離を飛ばす実験を行うのではないかと思う。つまり事前にコースを発表してアメリカや日本のミサイル防衛網による迎撃を受けたくはないから、発射は不意打ちになる可能性が高いと思う。
この場合、グアムやマリアナ諸島小笠原諸島近辺に着弾すると、本当の戦争を引き起こしかねないし、日本の首都上空を通過するルートは政治的にとても危険なので、そういったことを避け島嶼のない海域に飛ばすのではないかと思う。私は北朝鮮から東の方向へ飛ばすのではないかと予想している。東方向に発射すると、東北~北関東当たりの日本上空を通過するルートになる。

核実験

弾道ミサイル発射実験が成功したら、今度はその弾道ミサイルに搭載可能な核爆弾を持っていることを示すと思う。
そこで、核実験を実施し、実施した後、実験した小型化した核爆弾の映像を公開する。あるいはムスダンに搭載する再突入体を公開するかもしれない。
これによって、ミサイル搭載可能で実際に爆発する核爆弾を保有していることを示すと思う。

ステップ2:韓国に対するゆさぶり

米韓軍事演習で、アメリカと韓国は相互の協力体制と同盟の強さを北朝鮮に示した。
米韓が強固に結びついていることが北朝鮮への圧力になるということは、逆に言えば、米韓が離れれば情勢が変わるということでもある。
核兵器といえども単なる軍事的な脅しだけでは、アメリカは屈服しないことは北朝鮮も織り込み済みだろう。アメリカは既にグアムにミサイル防衛網を築いていて、北朝鮮のミサイル防衛網を破る力は未だ不十分だ。
そこで弱い側を狙う。そういった戦略をとると思う。

韓国の世論への働きかけ、操作

先日、日韓共同で世論調査が行われた。日本側(読売新聞)の報道は、もっぱら日韓の相手国に対する感情悪化しか報道していなかったが、韓国側(韓国日報)の記事に興味深い記述があった。

韓国日報と日本の読売新聞が共同で実施した「2013韓日国民意識調査」の結果、北朝鮮の核開発を「脅威と感じる」という回答は、韓国が76.7%、日本は84.7%であった。北朝鮮の核に対応する方法においても、韓国は「対話重視(50.5%)」が多かったが、日本は「経済制裁などの圧力重視(52.6%)」が多かった。
北朝鮮の核兵器への対応方法 韓国は「対話」、日本は「制裁」(韓国語)

対応に失敗した時、被害がより大きいのは韓国であるから、韓国の世論が「対話重視」であるのは理解できる。しかし北朝鮮は「アメリカとの直接対話」を求めて恫喝を繰り返しているのである。北朝鮮が、ここにつけこみ切り崩しの突破口を見出したとしても不思議はないだろう。
韓国の世論に対する働きかけは、先に表された中国の懸念を利用する形になるのではないだろうか。

「どちら側であれ、この地域において挑発的な言動を行うことに反対しており、我々の家の前でトラブルを起こすことは許さない」
「家の前で問題起こすな」中国が北朝鮮・米韓牽制

この中国の発言を利用して、「どちらが悪いのか?」議論を作り上げるという仮説だ。
そして韓国の世論が、「北朝鮮は対話を欲しており、韓国やアメリカが挑発を止めれば、北朝鮮は譲歩する」と考えるようになれば、朴政権は身動きが取りづらくなる。既に韓国の世論では「対話」による解決を望んでいる人の方が多い。
日本でも、「北朝鮮のミサイル発射は許せないが、それを利用して軍事強化を行おうとする(日米韓の)動きはもっと許せない」という言説が、ネットでちらほらと見かける。*4

韓国の弱点=輸出依存の経済を突く

韓国は輸出依存の経済構造である。自国だけでは資金が不足しているので、外資の導入と輸出が死活問題となる。
ここにつけ込む隙がある。そして北朝鮮はこの弱点を既に突いてきている。
特に次の2つだ。

そして、核による恫喝を繰り返すことで、マーケットも反応するようになった。韓国株は外国人投資家の資金引き上げの動きによって下がり始めている。

韓国の金融市場が動揺し始めたからです。韓国経済はいまだに外資依存体質で時々、資本逃避――金融危機が起きます。この持病を北に突かれると実に弱いのです。(6p)
韓国株まで揺さぶり始めた金正恩の核恫喝

経済が大きく動揺してくれば、今の韓国の余裕は失われると思う。韓国は脆弱な基盤の上に今の繁栄がある。

非対称戦の実施

上記の手段を実行してもアメリカが譲歩しない場合、高度の緊張関係の状態が続くことになる。
その場合、北朝鮮は手詰まりを打開するために更に強硬な策に打って出る可能性があると思う。
兵員数は多いが旧式兵器ばかりの北朝鮮軍と、近年の経済成長を反映し最新兵器を導入している韓国軍を比較すると、確かに圧倒的な差があるように感じる。しかし一つ忘れてはいけないことは、戦争は兵器が行うのではなく人間が行うということだ。慢心は弱点になる。
そして、兵力差がある場合に実施する戦争は、非対称戦とか低強度戦争とかと呼ばれるものになることがとても多い。
例えば、特殊部隊あるいは工作員を潜入させ、善良な市民に扮し、破壊活動を行うような活動だ。正規軍同士の戦いにならず、正規軍同士の戦いよりも散漫とした武力行使が行われるため、非対称戦とか低強度戦争とか呼ばれる。
一言で言えば「テロ」といってもよいと思う。当然、実行部隊を突き止められると国際社会から大きな非難を招くので、実行部隊は極力隠密活動を行う前提だ。
今回は、延坪島砲撃事件のように、実際に見える形で軍を使えば、即時に米韓は報復に出る可能性が高い。そのリスクを小さくして、相手にダメージを与えるためには、今回は秘密裏の「テロ活動」が選ばれるように思える。その時、韓国の朴大統領は実行犯を断定し「北朝鮮の挑発、政治的考慮なしに強硬に対応」し、正規軍同士の戦いにエスカレートすることが本当にできるのだろうか?
そしてそのようなテロが行われると、実行犯が誰であっても、たとえ不明であったとしても、上にあげた2点、すなわち韓国の世論に影響し、外資は一斉に逃げ出すという動きを誘発する。

なお念のため付け加えておくが、私はこういったことを望んでいるのではない。オオカミ少年と嘲られてもいいから、この予測がはずれていることを強く願っている。
ただ、これまでの北朝鮮の動きはただ一つの方向を指し示している気がしてならない。
十分に警戒すべきだと思う。

日本も覚悟が問われている

韓国でテロが行われる時、それが韓国だけで済むという保証は全くない。というより日本が北朝鮮に対して対決姿勢を示していることを鑑みると、日本もその対象になる可能性は相当高いと思う。
朝鮮戦争が終結して以来、日本が危機に巻き込まれることは久しくなかった。
しかし今回はもう巻き込まれているように思える。
この危機に、敢然と立ち向かう覚悟が、今、日本にも問われているのだと思う。


*1:米国財務省国務省の高官が日本政府と(北朝鮮・イランへの)制裁について協議 http://japanese.japan.usembassy.gov/j/p/tpj-20130319-01.html

*2:「北朝鮮の核実験で風雲急を告げる東アジア情勢」http://thesunalsorises.hatenablog.com/entry/2013/02/12/143731

*3:*2と同じブログ記事参照

*4:書いている人は良心に基づいているのだろうけど、逆の立場だと、その意見を持つ人々を利用できそうだと思う私が悪辣すぎるのだろうか