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日はまた昇る

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分離独立運動は流血を招く(中)

お詫び

前編を書いてから、5か月あまりが経過した。
id:Mukke氏からの宿題という認識はあったが、まとまった時間がとれず伸ばしてしまった。その点、申し訳なく思う。
いまさら感は大きいのだが、宿題は宿題なので、7月以降、仕事が落ち着いてきて時間が取れるようになったこともあり少しずつ書きためている。
ようやく、中編を書きあげたので公開したい。

前編はこちら

分離独立運動は流血を招く(前) - 日はまた昇る

冷戦終結後の分離独立や自決権を持つ高度な自治を求める運動

列挙の理由

私はこの投稿のタイトルにある通り、沖縄での「分離独立運動あるいは自決権を持つ高度な自治を求める運動」が大きくなった場合、それは流血を招くと主張している。なお、これ以降は「分離独立運動あるいは自決権を持つ高度な自治を求める運動」を略して「分離独立運動」と称する。

もし将来沖縄の分離独立運動が大きくなっていったらどうなるか? 流血が生じるのか?生じないのか? それを論じるために、他の分離独立運動などの事例を分析しどうなる可能性が高いのか、推測してみようと思う。
まずこの中編では、冷戦終了後、具体的には1990年以降の25年間(たった四半世紀の事例だと強く言いたい!)での分離独立運動を列挙し、一つ一つ簡単にまとめてみたい。その後、後編で分析することにする。最初は中編、後編に分けずに書こうと思っていたが、書いてみたら文章量がとても多くなってしまい、中編、後編に分けざるをえなかった。
なお列挙した分離独立運動は、当時の新聞や雑誌の記事などでこんな運動の記事を読んだ記憶があるという、いささかおぼろげなものを頼りに調査してまとめた。割りと多く列挙できたと思うが、これで全てではないのは確かだ。但し、記憶にあるものは全部列挙し、恣意的に列挙しないように努めてはいる。*1
また分離独立や高度な自治を求める運動の起源が冷戦終結以前であっても、この25年間に何らかの動きがあったものは列挙の対象にした。
なお、ソ連崩壊時にCIS(独立国家共同体)を構成した国は、構成国全体が旧ソ連の継承国であると考え、いわゆる分離独立とは性格が異になるとして列挙の対象からはずした。一方CIS成立過程あるいは成立後、旧ソ連圏内で起こった分離独立運動は列挙の対象とした。

カテゴリー

あとで分析しやすいように、以下の通り、いくつかカテゴリー分けした。

  • 民族/部族民族主義、民族運動、あるいは部族による分離独立運動
  • 宗教:宗教や宗派の違いなど宗教的対立による分離独立運動
  • 政治体制:政治体制・イデオロギーの違いによる分離独立運動
  • 経済/資源:経済格差や資源分配に対する不満による分離独立運動

なお、上記のカテゴリーは、どれか一つを適用するのではなく、重複して適用する場合もある。

流血の有無と独立や高度な自治の達成

ひと目でわかるように、その運動で流血がない場合や、独立や高度な自治を達成した場合には、次のように記載している。

  • <流血なし>:その運動が始まってから流血がない(テロや武力抵抗、武力弾圧等による死者がいない、但し刑死は除く)場合
  • 《独立達成》:独立を達成した(領域を実効支配し国際承認を受けている)場合
  • 《自治達成》:自治を達成し運動が終焉した場合
  • 実効支配:広く国家承認は受けていないが領域を実効支配している場合

なお、戦闘が盛んに行われ、領域が流動的な場合には、実効支配とはしなかった。


東アジア

台湾(政治体制)実効支配

1950年、55年、58年など、領土(支配地域)を巡って中華人民共和国と激しく戦った台湾情勢も、冷戦終結後は比較的安定している。しかし1997年には第三次台湾海峡危機が起こったし、中華人民共和国は2005年に反分裂国家法を制定し台湾への武力侵攻の法的根拠を制定するなど、現在も一定の緊張関係がある。2014年のひまわり学生運動も記憶に新しい。
台湾は国共内戦に敗れた国民党が遷都したことが起源であり、分離独立運動によって現在の状況となったわけではないが、独立を目指す勢力もあることから列挙した。
現状の分類については、事実上の独立状態ではあるものの、国家承認している国が少ないため実効支配に分類した。

香港(政治体制)<流血なし>

1997年にイギリスは香港を中華人民共和国に返還した。返還にあたって中華人民共和国一国二制度を実施し民主主義を維持することを約束した。
しかし、2017年の行政長官選挙を実施するにあたり、中華人民共和国が行政長官候補は指名委員会の過半数の支持が必要であり候補は2、3人に限定すると決定したことにより、完全な普通選挙の実施を求めて、2014年に香港反政府デモが行われた。デモは約3ヶ月後強制排除された。

チベット(民族/部族、宗教、経済/資源)

チベット中華人民共和国の西南の山岳地帯。
1948~52年、中華人民共和国チベットに侵攻した。圧倒的な軍事力の差がありチベット中華人民共和国の支配下に入った。その後、中華人民共和国チベットへの支配強化を強め、その結果チベット仏教の指導者であるダライラマ14世は亡命した。
今もこの対立は解決していない。中華人民共和国による宗教弾圧は続いていると伝えられており、チベット人による抗議活動(武力抵抗でなく焼身自殺による抗議であることも多い)が断続的に続いている。

東トルキスタン/新疆ウィグル(民族/部族、宗教、経済/資源)

東トルキスタン/新疆ウィグルは、中華人民共和国の西の辺境地帯。
第二次世界大戦の最中、ソ連の援助によって東トルキスタン共和国が樹立されたが、中華人民共和国成立後、中華人民共和国軍が東トルキスタン領域に進駐し領有した。1955年には「新疆ウィグル自治区」となったが自治は中国共産党の指導下で行われている。ウィグル人の宗教はイスラム教であるが信教の自由は制限されていると伝えられ、多数のウィグル人が政治犯として収容されているといわれている。
対立構造は冷戦終結後も続き、2009年にはウィグル騒乱が発生した。現在も、テロなども含めて抵抗活動が続いている。


東南アジア

ミンダナオ(民族/部族、宗教、経済/資源)

ミンダナオはフィリピンの南部の島。
ミンダナオにはイスラム教の布教が進んでいた。ところがフィリピン全体はスペイン統治時代、アメリカ統治時代を通じキリスト教の布教が進み、イスラム教徒は宗教的な少数を余儀なくされた。独立闘争も失敗を続けた。その後日本統治時代を経て、日本の敗戦後フィリピンは独立したが、イスラム教徒はミンダナオでもキリスト教徒の数が増え地域の主導権も失っていった。それを不満に思ったイスラム教徒のモロ族などを中心に、ミンダナオ島西部で抵抗活動が始まった。
21世紀に入り、米比両軍の抵抗勢力掃討作戦により抵抗活動は沈静化したといわれるが、まだ紛争の再燃が危惧されている。*2

タイ深南部(民族/部族、宗教、経済/資源)

タイの最も南の地域は、イスラム教徒が多く歴史的にもシャム(タイ)とは異なった地域である。この地域を植民地としたイギリスが、対日戦の協力を求めるためにこの地域の独立の約束をしたが、戦後それを反故にしたことから独立運動がはじまった。
2004年には大規模な武力衝突が発生するなど、現在に至るまでテロ活動などが続いている。

アチェ(民族/部族、宗教、経済/資源)

アチェインドネシアスマトラ島北部の地域。
アチェは、インドネシアの中でも最も早くイスラム教の布教がすすんだ地域。オランダによる植民地化の過程でアチェは強く抵抗した。
抵抗むなしく植民地となったものの、第二次世界大戦アチェを占領した日本軍と協力体制を築き、日本の敗戦後、オランダが再植民地化をすすめようとした際、アチェはオランダの占領に強く抵抗した。
インドネシア独立後、天然ガスが発見されたもののその開発の利益は中央にとられることに対する不満が高まり、独立運動が起こった。以来、反乱、テロなどが繰り返され内乱状態にあったが、2004年のスマトラ沖地震で壊滅的な被害をうけたことでインドネシア政府と和解し、2005年和平協定が結ばれた。

東ティモール(民族/部族、宗教、経済/資源)《独立達成》

東ティモールインドネシア東部のティモール島の東部地域。
ティモール島は東部をポルトガルが、西部をオランダが植民地化した。ポルトガルカトリックの国であり、その影響もあって東ティモールカトリック教徒が多数である。日本の占領を経てオランダからインドネシアが独立してもなお東ティモールは(形式的には)ポルトガルの植民地として残った。ところが1975年インドネシア東ティモールに侵攻したことから抵抗運動が起こり、以来、ゲリラ戦法による抵抗活動が続いた。1999年国連主導の住民投票によりインドネシアの占領から解放され、2002年に独立した。

マルク(民族/部族、宗教)

マルク(旧名モルッカ)諸島はインドネシア東部の香料諸島と呼ばれた地域。中心地はアンボン。
オランダ植民地時代、マルク諸島には主にキリスト教徒が住み、オランダ植民地支配をサポートした。インドネシア独立後、この地域にイスラム教徒の移住が進み、人口が拮抗することで地域の断裂が始まった。そして双方の衝突が発生。2000年には独立を目指すキリスト教徒によるマルク主権戦線が設立され、以来、イスラム急進派との間で騒乱が繰り返されている。解決のめどはたっていない。

パプア(民族/部族、宗教、経済/資源)

パプアはインドネシア東部のニューギニア島(面積が世界2位の島)のうち、島西部の地域のこと。イリアンジャヤとも言う。
パプアはオランダの植民地で、第二次世界大戦時日本が占領した。第二次世界大戦インドネシアが独立したが、オランダはパプアをパプア人を中心とした別国家として独立させるように画策した。それに反発したインドネシアとの間で紛争となり、一旦パプアは国連の統治下に置かれたのち、インドネシアの統治下に入った。
しかし、インドネシアの軍事政権がパプア人への弾圧を始めると、それに対する抵抗運動がはじまった。
現在でも、弓矢、刀剣などによる襲撃事件が断続的に起こっている。

カチン(民族/部族)

カチン州はミャンマー北部の中国国境に面する山岳地帯。
カチン族はミャンマー建国時、政府と協力体制にあったが、ミャンマー軍事独裁になるとたもとをわかち、分離独立運動が起こり武力衝突が生じた。ながらくカチン族居住地域は中国との密輸、翡翠や麻薬などの貿易などを行い、政府の統治が及ばない半独立状態となった。
1994年和平条約が結ばれたものの、2011年には再度武力衝突が生じた。2013年に再度停戦協定が結ばれた。

カレン(民族/部族)

カレン州はミャンマー東部のタイと国境を面する地域。カレン族は他にカレン州の北にあるカヤー州にも居住する。
カレン族はカチン族とは異なり、ミャンマー建国当初から独立運動を開始した。ミャンマー軍事独裁になると各地の分離独立運動と呼応し、内戦状態となった。
1994~95年のミャンマー軍の掃討作戦により要衝を奪われた後、抵抗は小さくなっているもようだが、僅かに残る支配地域を防衛し現在に至るまで解放闘争を続けている。

ワ(民族/部族、政治体制)

ワ州は中国雲南省と接するミャンマーのシャン州の一部。黄金の三角地帯の中心地として知られ大量の麻薬が作られていた地域。
ワ族は歴史的に中国と関係が深く、国共内戦によりワ族居住地に流入した国民党軍によりケシ(麻薬)の栽培が始まった。その後中国共産党指導下にあるビルマ共産党のもとケシ栽培は続いた。
ビルマ共産党との関係は冷戦終了期に事実上消滅したが、その後もワ族は中華人民共和国の影響下にあると考えられている。1989年、ミャンマー軍政と停戦協定に合意した後は,ミャンマー国軍に協力し、「シャン州軍南部*3」との戦闘を活発化させた。

コーカン(民族/部族)

コーカン族は主にミャンマー東北部のシャン州コーカン地区に居住し、中国明朝の遺民を祖とすると考えられ、中国との繋がりが強い。
コーカン族は過去にビルマ族の支配下にはいったことがなく、ミャンマーがイギリス植民地であったころも事実上コーカン地区の実権を握っていた。
ミャンマー独立後も中華人民共和国の影響が強く、コーカン地区はビルマ共産党の本拠地とされる。ケシ(麻薬)の栽培も疑われている。コーカン族とミャンマー軍とは2009年にも武力衝突したし、武力衝突は今も続いている。*4

ロヒンギャ(民族/部族、宗教)

ロヒンギャミャンマー南西部のラカイン州に住む人々。
仏教徒が圧倒的多数を占めるミャンマーにあって、イスラム教徒であるロヒンギャミャンマー政府は不法移民とみなす。国際的にも孤立無援といえるロヒンギャは、今も迫害を受け続けている。2012年にはロヒンギャ追放運動をすすめる仏教徒と大規模な衝突があった。*5*6
ロヒンギャの場合、分離独立というより、ミャンマー政府側の民族浄化という性質の方が強いと思われる。


オセアニア

ブーゲンビル(民族/部族、経済/資源)《自治達成》

ブーゲンビルはパプアニューギニア領内東方のソロモン諸島にある一つの島。
ニューギニア島東部とソロモン諸島はドイツ植民地を経て、オーストラリアの委任統治領になった。
1975年にパプアニューギニアは独立したが、パプアニューギニア政府はブーゲンビルにある世界最大級の銅山の権益を守るため、島民を強制移住させるなどの手段を用いたことから独立運動が発生し、それが激化し内戦状態になった。
1998年、オーストラリアとニュージーランドの仲介により停戦合意が行われ、2005年に自治政府が設立された。*7


南アジア

タミル・イーラム(民族/部族、宗教)

タミル・イーラムは、スリランカ北部と東部にタミル人が建国しようとした国の名称。
スリランカは、国民の7割程度をシンハラ人が占め、2割弱をタミル人が占める。シンハラ人の大半は仏教徒であり、タミル人の大半はヒンディー教徒である。歴史的には共存してきた両民族であるが、イギリス植民地時代、イギリスが少数のタミル人を重用した統治を行っていたため、両民族の対立の根ができた。
スリランカ独立後、スリランカ政府はイギリス植民地時代とは逆に多数派であるシンハラ人優遇政策をとったことから対立が深まり、1983年に武装組織である「タミル・イーラムの虎」との間に内戦が勃発した。
以来、26年にわたって内戦が続いたが、2008年スリランカ政府軍がタミル・イーラムの虎を撃破し内戦は終了した。

カシミール(民族/部族、宗教)

カシミールはインド北部とパキスタン北東部の国境付近にひろがる山岳地域である。
インドはヒンディー教、パキスタンイスラム教という宗教対立を背景に、カシミールの帰属は長く争われてきた。
1990年代以降は、パキスタンに支援されたとみられているテロ組織によるテロが頻発するようになった。ここ数年、テロは少なくなってきたがいまだテロ組織の活動は続いている。*8

インド北東部(民族/部族、宗教)

アッサム州を中心としたインドの北東部8州にも分離独立運動がある。
ボド族という先住民族と、バングラデシュからの移民であるイスラム教徒との対立が根っこにある。それに北東部の開発にインド政府があまり関心を寄せなかったことなどにより、分離独立運動組織によるテロや、民族衝突が頻発している。*9

トライバルエリア(民族/部族)実効支配

トライバルエリア(連邦直轄部族地域)は、パキスタン北東部のパキスタンにあるどの州にも属さない地域である。国際的にはパキスタンの領域に編入されているが、パキスタン中央政府の支配はほとんど及んでいない。黄金の三日月といわれるケシ(麻薬)栽培地域の一部である。
この地域は、タリバンが活動しているとも伝えられており、タリバン支持部族や武装勢力が、パキスタン軍と政府支持部族およびアメリカ軍と断続的に交戦を行っている。

北センチネル島(民族/部族)実効支配

北センチネル島は、ベンガル湾アンダマン諸島の西にある島。国際的にはインド領とされている。
島にはセンチネル族が住んでいると言われるが有史以来、外部との交流を完全に拒んでいることからよくわかっていない。最近でも流された漁民が殺されたり、来訪する者を一切拒んでいる。
過去、インド政府は交流を試みたが成功しなかった。近年は交流を断念し、離れたところからバックアップする方針に転換した。一般人がこの島へ近づくことは禁止されている。*10*11



※ネパールでは、1996年~2006年、マオイスト(毛主義者)による内戦があったが、これは分離独立運動というより、ネパールの国王制を終焉させるという政体を巡る抵抗運動として捉えているので、ここには列挙しなかった。


中東(西アジア

タリバン(宗教)

タリバンは、ソ連アフガニスタン侵攻後の内戦の中から生まれた武装勢力
一時、アフガニスタンの大部分を支配下におき、アフガニスタンイスラーム首長国を建国したが、アメリカ同時多発テロ事件をうけてアメリカ軍を主力とする諸国連合が武力介入したことで瓦解した。以来、タリバンとアメリカ軍、アフガニスタン政府軍などとの間で、武力衝突が続いている。

ISIL(宗教、経済/資源)

ISIL(別名:ISIS、IS=イスラミックステーツ、ダーイッシュ)は、イスラム国家樹立運動を行うイスラム過激派組織である。イラクとシリア両国の国境付近を中心とし両国の相当部分を武力制圧し、国家樹立を宣言し、ラッカを首都と宣言している。但し国家承認をした国はない。
ISILは、イラク軍、シリア軍をはじめ、シリア反政府武装組織、クルド人組織などと戦っている。周辺国は、ISILに対し爆撃を実施している。ISILは捕虜や人質の殺害、奴隷化など深刻な人権侵害も行っている。

クルディスタン(民族/部族、宗教、経済/資源)

クルディスタンは、トルコ東部イラク北部、イラン西部、シリア北部とアルメニアの一部分にまたがり主としてクルド人が居住する地域のこと。
クルド人の居住領域は、フランス、イギリス、ロシアによって引かれた恣意的な国境線によって、トルコ・イラク・イラン・シリア・アルメニアなどに分断された。これが分離独立運動の基となっている。
特に人口の多いトルコ、イラクでは分離独立を求め、長年武力闘争を行っている。またISILの台頭により、ここ数年ISILとの間で激しい戦闘が続いている。*12*13

イエメン(民族/部族、宗教、経済/資源)

イエメンは、1990年に南イエメン北イエメンとが統一してできた国だが、北は主にシーア派の一派のザイド派教徒が、南はスンニ派教徒が住む。
統一後に就任した北イエメン出身の大統領が、北側に優位な政策を敷いたとして、旧南イエメン出身の副大統領派が反発し分離独立を求め、1994年には内戦が勃発した。
内戦は北側が勝利したものの、政情は安定せず、2011年にはイエメン騒乱が発生、2015年にはザイド派武装組織のフーシがクーデターを起こし、以来、フーシと、クーデターで退陣させられた暫定大統領派と、サラフィー・ジハード主義組織の「アラビア半島のアル=カーイダ」との間で、三つ巴の内乱状態となっている。

パレスチナ(民族/部族、宗教)《自治達成》

パレスチナ問題は、日本でもよく取り上げられているので、知っている人も多いと思う。この問題の遠因は遠くローマ帝国によるユダヤ人の離散に求められるかもしれない。
現在のパレスチナ問題は、現在のイスラエルの建国、すなわちパレスチナ分割を起源にする*14。以来、数度にわたる戦争が生じ、イスラエルの植民や武力侵攻とパレスチナ人の武力闘争やテロなどが頻発した。
紆余曲折の後、パレスチナ人居住区にはパレスチナ自治政府が樹立され、イスラエルとの和平の道を探ってはいるものの、近年でも、2008年にはガザ紛争が発生したし、騒乱は現在も続いている。
自治政府が樹立されているので、一応、自治達成としたが、事実上アッバース自治政府とガザ・ハマース自治政府の2つの自治政府が存在し、ガサ・ハマース自治政府はイスラエルに対する武力闘争を継続中であり、完全な自治達成には遠い状況である。

北キプロス(民族/部族、宗教)

北キプロスは、東地中海にあるキプロス島の北部地域。
キプロス島には、ギリシャ系住民とトルコ系住民が居住する。1974年ギリシャ併合賛成派によるクーデターが発生した際、トルコ系住民の保護を名目にトルコ共和国軍がキプロス島北部を占領した。
以来、キプロス島は、南部をギリシャ系(キプロス共和国)、北部をトルコ系(北キプロス・トルコ共和国、但し国家承認はトルコ共和国のみ)に分割されている。
その後も南北の紛争は続いているが、2008年南側のキプロス共和国がユーロに加入したことをきっかけに、再統一に向けた取り組みが行われている。



※1990年~1991年には、アメリカを中心とした有志国連合が、クウェートを侵攻したイラクと戦争を行った(湾岸戦争)が、これは国対国の戦いだったため、列挙しなかった。

※2001年からは、アメリカを中心とした有志国連合が、アフガニスタンタリバン政権と戦争を行ったが、これは国対国の側面が大きい戦争と考えたので、列挙しなかった。

※2003年からは、アメリカを中心とした有志国連合が、イラクフセイン政権と戦争を行ったが、これは国対国の側面が大きい戦争と考えたので、列挙しなかった。


旧ソ連の領域

バルト三国(民族/部族)《独立達成》

バルト三国は、第一次世界大戦の後ロシア帝国の支配を逃れて独立したものの、第二次世界大戦で独立を失った。戦後ソ連に編入された。
1980年代、ソ連ペレストロイカが進展すると、バルト三国では独立機運が高まった。そして1989年のベルリンの壁崩壊によって一気に独立へ動き始めた。
まず1990年3月リトアニアが独立を宣言し、次いで同年5月ラトビアが独立を宣言、エストニアも続いた。
しかしソ連バルト三国の独立を認めなかった。
リトアニアに対しては、1990年に経済封鎖を開始し、1991年には軍隊を派遣した。血の日曜日事件といわれる。
ラトビアでは、共産主義を支持する勢力が政権を転覆しようとした。
エストニアにも、軍隊を派遣する動きがあったが、民衆による人間の鎖に阻まれた。エストニアでは流血は生じなかった。
これら一連の動きは、歌う革命と呼ばれる。1991年ソ連の8月クーデターが失敗に終わりソ連が崩壊した後、国際社会はバルト三国の独立を承認した。

チェチェン(民族/部族、宗教)

チェチェン共和国は、ソ連崩壊によって成立した北コーカサス地域の国。住民は大半がチェチェン人であり、チェチェン人の大半がイスラム教徒である。
1991年のソ連崩壊後、ロシア共和国を中心として「ソビエト主権共和国連邦」の創設が合意された。しかしチェチェンでは「ソビエト主権共和国連邦」に加わらずソ連を離脱する動きを見せた。それに対しロシアは軍隊を派遣し離脱を止めようとした。
以後、1994年に第一次チェチェン紛争が、1998年に第二次チェチェン紛争が発生した。
これらの動きにより、チェチェンの独立を目指す武装勢力に、イスラム過激派の影響が増したといわれ、以来、武装組織によるテロとロシアによる報復の連鎖が続いている。

ナゴルノ・カラバフ(民族/部族、宗教)実効支配

ナゴルノ・カラバフは、南コーカサスアゼルバイジャン共和国西部にあるアルメニア人居住地域。
ソ連の崩壊に伴ってこの地方のモザイクのような民族分布の中、アゼルバイジャン人の支配を嫌いナゴルノ・カラバフアルメニア人が分離独立運動を起こした。
なお、アゼルバイジャン人はイスラム教シーア派が多く、アルメニア人はキリスト教の一派であるアルメニア使徒教会の信徒が大半である。
この地域の帰属を巡る戦いは、ナゴルノ・カラバフ戦争と呼ばれる。紛争は長期化し泥沼化している。現在は、アルメニア人勢力が実質的に領域を支配している。*15

南オセチアアブハジア(民族/部族)実効支配

南オセチアアブハジアは、ジョージア共和国(グルジア)の北部と西部に位置する。
ソ連の崩壊により、北オセチアは共和国として独立したのに対し、南オセチアは同じ時期に成立したジョージア共和国(グルジア)の一自治州となった。以来、分離独立運動が続いている。もともと南オセチアはオセット人が主であり、ジョージア共和国のジョージア人との間に民族対立があった。
一方アブハジアは、アブハジア人、アルメニア人、ジョージア人の混住地域であり、ジョージア共和国成立時にアブハジア人とジョージア人の対立が深まった。
2008年、ジョージアは、南オセチア自治州を回復しようと軍を侵攻させたが、逆にロシア軍に支援された南オセチア側が反撃しジョージア軍を押し返した。それにより事実上の独立状態となった。
アブハジア南オセチアでの動きにあわせて、ロシアの影響のもと事実上の独立状態となった。*16

クリミア(民族/部族、経済/資源)実効支配

クリミアは、黒海に面するウクライナ南部の半島。
クリミアには、ロシア人、ウクライナ人、クリミアタタール人などが居住し、その中で最も多いのはロシア人である。
1954年にフルシチョフによって、クリミアはロシアからウクライナへ帰属変更された。その後のソ連崩壊によってウクライナ共和国が成立した際、ウクライナから分離独立する動きが強まったものの、結局ウクライナ自治共和国として存続することになった。
2014年親ロシア政権に対する騒乱によってウクライナの政権が倒れると、クリミアではウクライナから分離しロシアへ帰属変更する動きが強まり、ロシア軍の援助をうけたロシア系民兵の武力蜂起によりウクライナから分離した。その後ロシアは併合を宣言したが、それを承認した国はごくわずかに留まる。
現在では、ロシア併合反対派やタタール人へ迫害が行われていると伝えられている。*17

ウクライナ東部(民族/部族、経済/資源)実効支配

紛争が起こったのは、ウクライナの東部、ドネツク州、ルガンスク州の2州。ウクライナ東部は、もともとロシア系住民が多い地域である。
2014年ウクライナ騒乱によりウクライナの親ロシア政権が倒れ暫定政権が成立すると、それを不満に思う東部地域が武装蜂起した。ロシアは否定するが、事実上ロシア軍も武力介入しているのではないかと疑われている。その後、ウクライナ政権側と親ロシア派との間で武力衝突が繰り返された。民間機の撃墜事件も起こった。
現在、政権側と親ロシア派との間で停戦合意が成立しているが、テロや武力衝突が散発していると伝えられる。*18
まもなくウクライナ東部の自治を認めるウクライナ憲法改正が行われる予定であるが、現状はその憲法改正が発効していないので、実効支配に分類した。

沿ドニエストル(民族/部族、政治体制、経済/資源)実効支配

沿ドニエストルは、ソ連崩壊後成立したモルドバ共和国の東部に位置する。ロシア人が多く住む。
ソ連が崩壊し、モルドバ共和国が成立した際、モルドバで「ルーマニア民族主義」が台頭した。モルドバモルドバ人が多く住むが、隣国であるルーマニア人とほとんど同一の民族である。そのルーマニア民族主義に反発した沿ドニエストルに住むロシア人が独立闘争を開始した。
モルドバ共和国は軍による鎮圧を試みたが、沿ドニエストルに駐留していたロシア軍が独立勢力側についたため、本格的な戦争となり、モルドバ共和国軍は撃退された。*19
以来、沿ドニエストルにはモルドバ共和国の支配は及んでいない。一方、経済封鎖は続けられており沿ドニエストルは経済的な苦境が続いている。*20



※1992年~1997年、タジキスタンでは各勢力が入り乱れて内戦が勃発した。分離独立というよりタジキスタン全土を巻き込んだ内戦になったため、分離独立の一例としては列挙しなかった。なお内戦終結後も、現在までこの対立は続いておりテロや抵抗活動が散発している。*21

※2010年、キルギスバキエフ大統領の退陣を求めて騒乱が発生した。これは分離独立運動ではなく政権交代を主張する抵抗活動と認識したので、ここでは列挙しなかった。*22


ヨーロッパ(旧ユーゴスラビアを除く)

チェコスロバキア(民族/部族)<流血なし>《独立達成》

冷戦が終結すると、それまで社会主義国であるチェコスロバキア民主化運動が活発になった。
連日30万人を超えるといわれるデモが発生し、それがストライキなどの抗議に発展した。但し、それらは全て平和的なもので、抗議活動によって一人も死者はでていない。
大規模な抵抗活動が続いたため、政権党であった共産党と市民側との間で、円滑な体制転換についての話し合いが行われ、共産党一党独裁の放棄と複数政党制の導入が合意された。ここに社会主義体制は崩壊した。ビロード革命と称される。*23
その後行われた選挙によってチェコスロバキア民主化を達成したが、チェコスロバキア双方の意見が食い違うようになり、これもまた話し合いによって、1993年、平和裏にチェコスロバキアは分離し、それぞれが独立した。*24
流血なく平和裏に分離独立を達成した、極めて稀な事柄だと思う。

北アイルランド(民族/部族、宗教)

北アイルランドは、アイルランド島の北東部にあるイギリス(グレートブリテン島及び北アイルランド連合王国)の一地域。
アイルランドは1800年の連合法によりイギリスと連合王国を築いたが、20世紀に入りアイルランド独立戦争が起こり1922年に北部6州を除く南部26州が分離し、1937年アイルランド共和国となった。
イギリスとの連合王国に残った北アイルランドでは、1960年代になり、カトリック住民とプロテスタント主体の北アイルランド政府との間が険悪化し、分離派と連合王国派による騒乱が発生した。イギリスは、北アイルランド政府を廃止し、北アイルランドを直接統治するようになったが、それ以降も、分離派、連合王国派双方がテロや攻撃を繰り返してきた。
1990年代に入り、双方の歩み寄りが見られるようになり、1998年のベルファスト合意により、事実上分離運動は集結した。とはいえその後も合意を好ましく思わない一部の人によりテロや暴力事件が散発している。*25*26

スコットランド(民族/部族、経済/資源)<流血なし>

スコットランドは、グレートブリテン島の北部地域。歴史上、グレートブリテン島の南部地域を支配するイングランドと長年戦ってきた。
1707年イングランド議会とスコットランド議会が、双方とも「連合法」を採択したことにより、以来300年以上、イングランドとの間で連合王国を形成してきた。
連合法では、イングランドスコットランドは対等という建前であったが、スコットランド側からは不満があり、1922年に連合王国からアイルランドが分離独立したことと比較しつつ、1990年代に入り、スコットランドの分離独立運動が大きな社会勢力となっていった。
特に、2000年代に入り、北海油田による恩恵がスコットランドに少ないという主張が賛同を集めはじめ、2014年には分離独立を問う住民投票が行われた。
しかし投票の結果、分離独立反対票が賛成票を上回り、独立は否定された。
賛成派も反対派も、主に経済や社会のありようを巡って論戦が行われ、宗教や民族は大きな対立点とはならなかった。*27*28

バスク(民族/部族)

バスクは、ピレネー山脈の両麓、ビスケー湾に面するスペインとフランスとにまたがる地域。分離独立運動の主体となっているのは、スペイン側である。独自の言語を持っている。
バスクは、第二次世界大戦の直前、スペイン内戦時に抑圧を受けた。ピカソの絵で有名な「ゲルニカ爆撃」もこの時期に行われている。
戦後、バスクでは分離独立運動が大きくなっていった。1959年に武装集団「バスク祖国と自由(ETA)」が結成され、爆弾テロや要人暗殺などの過激な行動を行った。1979年自治権が認められバスク自治州となったが、ETAは隣のナバラ地方やフランスの一部を含む独立を主張している。*29
2006年、ETAは停戦を宣言したが、今も緊張感は続いている。*30

カタルーニャ(民族/部族、経済/資源)<流血なし>

カタルーニャはスペイン北東部の地域。中心地は1992年にオリンピックが行われたことで有名なバルセロナ。独自の言語を持つ。
カタルーニャの独立運動は、元をたどれば1701年~1714年にハプスブルク家オーストリア)とブルボン家(フランス)との間で行われたスペイン継承戦争で、カタルーニャ自治権を失ったことに起因しているのかもしれない。
以来、カタルーニャはスペインからの独立心を保ち続けてきたといわれる。
さらに近年、2010年欧州ソブリン危機、2012年のスペイン金融危機に対するスペイン政府の対応が、カタルーニャに不利益だという不満も高まっており、独立機運に繋がっている。*31
2014年には非公式ながら独立を問う住民投票が行われ、独立賛成が多数となったと伝えられている。*32


ヨーロッパ(旧ユーゴスラビア地域)

スロベニア(民族/部族、経済/資源)《独立達成》

スロベニアは、旧ユーゴスラビア連邦の構成国のうち、イタリア、オーストリアに隣接する地域。旧ユーゴスラビアの中では経済的先進地であった。
冷戦の終結に伴う東欧の革命と、それに伴う旧ユーゴスラビア連邦の経済的苦境が表面化すると、スロベニアは連邦からの離脱を図る。
1991年にクロアチアと同時に連邦からの離脱と独立宣言を行った。
それに対し連邦政府連邦軍を派遣し、十日間戦争*33が起こった。連邦の中心であるセルビアスロベニアは国境を接しておらず、セルビアは同時に独立を宣言したクロアチアとの戦争に戦力を割かざるをえず、スロベニアの十日間戦争は散発的な戦闘が行われた後終結した。1992年、スロベニア国際連合に加盟した。

クロアチア(民族/部族)《独立達成》

クロアチアは、旧ユーゴスラビア連邦の構成国のうち、セルビアスロベニアボスニア・ヘルツェゴヴィナに囲まれる地域。一部はアドリア海に面する。
冷戦の終結に伴う東欧の革命と、それに伴う旧ユーゴスラビア連邦の経済的苦境が表面化すると、クロアチアも連邦からの離脱を図る。
そこには、セルビア民族主義に対するクロアチア人の反発が背景にある。
1991年にスロベニアと同時に連邦からの離脱と独立宣言を行った。
それに対し連邦政府連邦軍を派遣した。スロベニアは10日ほどの散発的な戦闘で終結したが、クロアチアは連邦の中心であるセルビアと隣接しており戦闘は続いた。1992年に起こったボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争ともリンクしはじめ、情勢は泥沼化した。
クロアチアは1992年国連に加盟した。そして国連国際連合保護軍を派遣したが、それでもスロベニア政府側と親セルビア勢力側との戦闘は止まなかった。
最終的にNATOの支援の下、クロアチア政府側が「嵐作戦」*34と呼ばれる軍事作戦を遂行し、親セルビア勢力側から国土の大半を奪還し、紛争は事実上終結した。

ボスニア・ヘルツェゴビナ(民族/部族、宗教)《独立達成》

ボスニア・ヘルツェゴヴィナは、旧ユーゴスラビア連邦の構成国のうち、セルビアクロアチアモンテネグロの囲まれる地域。ごく僅かネウム周辺にアドリア海に面した海岸はあるのだが大きな港はない。
1991年にスロベニアクロアチアが独立宣言を行い、独立戦争が生じたことで、ボスニア・ヘルツェゴヴィナも独立の機運が高まった。
スロベニアクロアチアカトリックスロベニア人クロアチア人が主体であるのと異なり、ボスニア・ヘルツェゴヴィナは、イスラム教徒であるボシュニャク人カトリッククロアチア人、正教のセルビア人が混住していた。
そのため独立か連邦残留かは容易に決まらず、1992年にセルビア人がボイコットする中で行われた国民投票によって独立が決まった。
以来、独立を求めるボシュニャク人クロアチア人、連邦残留を求めるセルビア人との間で戦争が生じ、泥沼化した。民族浄化(虐殺)事件も起こった。
最終的にNATOが介入し、1995年NATOの大規模な空爆によってセルビア人勢力が壊滅。国連の仲介によりデイトン合意が成立、紛争は終結した。

コソボ(民族/部族、宗教)《独立達成》

コソボは、旧ユーゴスラビア連邦の構成国のセルビアの自治州のひとつ。アルバニア共和国と面する。コソボの住民の多くは隣国のアルバニア共和国と同じアルバニア人である。宗教はほとんどがイスラム教といわれる。
コソボについては、1980年代がら抗議活動があり、それは暴力的なものと変質していった。それに対しセルビア側は自治権の剥奪と弾圧で応じた。
冷戦の終結に伴う東欧の革命が起こると、コソボも独立の機運が高まり、1990年にはコソボ共和国の独立宣言が行われたが、以来、コソボではアルバニア人勢力とセルビア人勢力との間で紛争が続いた。
1999年にはNATOによる大規模な空爆が行われた。更にNATOコソボへの陸上兵力による攻撃を企図した。その動きをうけてセルビアは、NATOが関与する国際連合主導での平和維持軍の駐留に同意し、ここにコソボ紛争は終結した。
コソボは、その後2008年に独立を宣言したものの、独立承認国は111ヶ国にとどまり、不承認国は85ヶ国にのぼる。日本はコソボの独立を承認しているので、ここでは《独立達成》に分類した。*35

モンテネグロ(民族/部族)《独立達成》

モンテネグロは、旧ユーゴスラビア連邦の構成国のうち、セルビアボスニア・ヘルツェゴヴィナと接する地域。西部はアドリア海に面し、南部にはアルバニア共和国がある。
モンテネグロは、スロベニアクロアチアボスニア・ヘルツェゴヴィナが内戦状態になる中、一貫してセルビアと歩調をあわせていた。
しかし、コソボ紛争が激化すると、アルバニア人が多いモンテネグロセルビアの関係が悪化した。
モンテネグロセルビアの対立は、EUの仲介で2国の国家連合である「セルビアモンテネグロ」が成立して一旦解決した。しかしその後実施された国民投票を経て、2006年モンテネグロは独立を宣言した。セルビアも独立を承認し、モンテネグロはEUおよび国際連合にも加盟した。*36*37

マケドニア(民族/部族)《独立達成》

マケドニアは、旧ユーゴスラビア連邦の構成国のセルビアの南に位置する地域。西はアルバニア共和国、南はギリシャ、東はブルガリアと接する。
マケドニアは、スロベニアクロアチアの独立宣言とほぼ同時に独立宣言した。
コソボ紛争が勃発すると、多数のアルバニア人が流入した。アルバニア人が増加することによってアルバニア民族主義が高まり、2001年流入したアルバニア人の武装勢力が武力蜂起した。それに対しマケドニア政府は武装勢力の掃討作戦を展開した。
その後EUの強い圧力で、アルバニア系住民の権利拡大を認める和平合意文書(オフリド枠組み合意)に調印して停戦、NATO軍が駐留を開始し平穏を取り戻した。*38


アフリカ

エリトリア(民族/部族)《独立達成》

エリトリアは、紅海に面するアフリカの北東部にある国。スーダン、エチオピア、ジブチと国境を接する。
エリトリアは、1961年から30年、エチオピアに対して独立戦争を続けていた。ソ連の崩壊により、エチオピアに対するソ連の軍事援助がなくなりエチオピアのメンギスツ政権軍の士気はさがった。その機に乗じ、エリトリア武装勢力はエチオピアの首都アジスアベバに突入、陥落させ、メンギスツを退任させた。その結果、エリトリアは1991年に独立した。1993年には国連に加盟した。
その一方、独立後もエチオピアとの間は、緊張関係にあり、1998年~2000年には国境紛争が発生した。2010年にも国境で軍事衝突が発生した。*39
国内でも独裁による弾圧が続き、エイトリア難民に対する殺害、強姦、臓器売買などが報告されており、極めて厳しい人権状況にあるとされる。*40

ソマリランド(民族/部族)実効支配

ソマリランドは、アデン湾に面するアフリカの北東部にあるソマリアの一地域。
1980年代から続く内戦でソマリア政府が崩壊し無政府状態になると、1991年にソマリランドが独立を宣言した。ソマリランドは旧イギリス領ソマリランドの西半分を支配下におく。
ソマリアはさながら戦国時代のような群雄割拠状態にあり、様々な勢力が入り乱れている状態である。
その一方、ソマリランドは比較的安定した治安を確保し、事実上の独立状態にある。民主化も順調に進んで、複数政党制による地方選挙や総選挙を実施した。しかしソマリランドを国家承認した国は今のところない。*41*42

西サハラ(民族/部族)

西サハラは、アフリカ大陸の北西部にあり、モロッコ、アルジェリアモーリタニアに接する。西は大西洋に面している。
西サハラは1884年にスペインの植民地となり、スペイン領サハラと呼ばれた。
1976年のスペインの撤退に伴い、西サハラの北部をモロッコが、南部をモーリタニアが占領した。一方西サハラの独立運動を行っていたポリサリオ解放戦線は、アルジェリアの支援のもと「サハラ・アラブ民主共和国」の独立を宣言し武力闘争を継続する。その結果南部地域からモーリタニアを撤退させたが、そこにモロッコが進駐しほぼ全域を占領する状態となった。「サハラ・アラブ民主共和国」はアルジェリアを拠点に、現在も独立闘争を続けている。*43*44

スーダン(民族/部族、宗教、経済/資源)《独立達成》

北アフリカにあるスーダンは、イギリスとエジプトとの共同統治が行われた植民地だった。北部はアラブ系のイスラム教徒、南部は土着宗教のアフリカ系住民が多く住む。
スーダンは、1956年の独立以来、主に内戦とクーデターを繰り返し、政情が安定しなかった。
2005年、22年間続き多数の死者がでた第二次スーダン内戦の包括的な暫定和平合意が成立し、南部スーダンは、南部スーダン自治政府が自治を行うことになった。
2011年、分離独立の是非を問う住民投票が実施され、分離独立賛成が多数となり、南スーダンは独立した。同年、国連にも加盟した。*45*46
独立後の政情は安定していない。2011年、2012年とスーダンとの間で国境紛争が起こったし、2013年にはクーデター未遂事件が発生し、現在も抗争が続いている。*47

ダルフール(民族/部族、宗教、経済/資源)

ダルフールスーダンの西部にある地域。ダルフールにはアラブ系だけでなく、非アラブ系のさまざまな民族が住んでいるとされる。
スーダンは、長くアラブ系を中心とする北部と、アフリカ系を中心とする南部で内乱状態にあった。その内乱が収束に向かう中、南北の合意は、ダルフールの非アラブ系の活動家には不満の残るものだった。
そのため、2003年ごろからダルフールの非アラブ系の反政府組織が、軍や警察などの拠点を襲撃するようになっていった。それに対抗して、スーダン政府は民兵組織を支援し、反政府組織の制圧を行わせた。
反政府組織と政府側民兵の相手への攻撃は、いずれ制御できない水準にエスカレートし、虐殺、略奪、強姦などが横行するようになった。
2010年、ようやく双方の停戦へ向けた協議の合意ができ、2013年、停戦が合意された。*48
停戦したとはいえ、現在でも、アラブ系、非アラブ系の衝突は頻発している。*49

マリ北部(民族/部族、宗教、経済/資源)

マリは、西アフリカに存在する内陸国家。西をモーリタニアセネガル、北をアルジェリア、東をニジェール、南をブルキナファソコートジボワール、ギニアに接する。
マリは1960年の独立以降、トゥアレグ族による反政府闘争が続いてきた。それはトゥアレグ族の居住地域が、マリ・アルジェリアニジェールに分割されて抗議の声が高まったことや、同じトゥアレグ族居住地域である隣国ニジェールのアクータ鉱山で産出するウランを巡る争いなどが原因とされる。
トゥアレグ族は、2011年のリビア内戦に参加した。その経験によって戦闘能力を高め、高性能の武器をマリに持ち帰ることにより軍事力を強化した。
2012年、トゥアレグ族を中心に結成されたアザワド解放民族運動がマリ軍駐屯地を襲撃し、トゥアレグ紛争(アザワド戦争)が勃発した。*50
それに対し、旧宗主国であるフランスは、国連決議を受けた形で欧米やアフリカ各国の軍事協力を得て、マリ政府軍とともにアザワド解放民族運動を討伐する軍事作戦(セルヴァル作戦)を遂行した。作戦によってフランス軍とマリ政府軍は、マリ北部の要衝を奪回した。その後フランス軍は撤退し、アフリカ主導マリ国際支援ミッションが治安維持にあたっている。*51*52

ボコ・ハラム(民族/部族、宗教、経済/資源)

ボコ・ハラムは、主にナイジェリア北部で活動するイスラム過激派組織である。ナイジェリアは、南部にキリスト教徒、北部にイスラム教徒が多く住む。ナイジェリア南東部には油田があり、その利権が紛争と腐敗の原因となっている。
ボコ・ハラムは、ナイジェリア政府の打倒、イスラム法の施行、西洋式教育の否定を目的として設立された。
2002年頃には、北部ナイジェリアで警察と小規模な衝突を繰り返すようになっていた。転機は2009年、警察による大規模な取締りをきっかけに、バウチ州の警察署を襲撃、その後ナイジェリア治安部隊との間で戦闘を激化させた。
近年、ボコ・ハラムは、北部住民の拉致、虐殺、強姦などの行動をエスカレートさせており、拉致した女性などの強要自爆テロなどを繰り返している。支配地域も少しずつ広がり、支配地域に対してはイスラム法による統治を行おうとしている。*53
ナイジェリアは政府内部の腐敗等の理由で、ボコ・ハラムに対して有効な対策をうてていない。*54

ウガンダ北部(民族/部族)

ウガンダは、アフリカ東部に位置する、北が南スーダン、東がケニア、南がタンザニアルワンダ、西がコンゴ民主共和国に接する内陸国である。南はビクトリア湖に面している。
ウガンダでは、1980年代以降、内戦とクーデターが繰り返しており、治安が安定していない。ウガンダ北部では、1980年代から20年以上、反政府武装組織の一つである神の抵抗軍と政府軍との間で、内戦が続いている。
神の抵抗軍は、殺害、略奪などの犯罪行為を繰り返し兵士や性的奴隷とするために子どもを誘拐している。*55*56
2000年代に入り、政府軍の攻勢により神の抵抗軍の規模は小さくなったといわれている。2006年からは停戦協議がすすめられている。まだ合意には至っていないが、治安はかなり回復したといわれる。*57



コンゴ民主共和国では、1996年~1997年、1998年~2003年と2回、ツチ族フツ族の内戦があった(コンゴ戦争)。民族対立によって生じた非常に凄惨な戦争(犠牲者が540万人といわれる)ではあるが、資源獲得と相手民族の制圧を目的としていた戦争と評価しているので、分離独立運動としては列挙しなかった。*58*59*60

中央アフリカ共和国では、クーデターが繰り返され、一時は無政府状態となった。そのため国連PKO部隊を派遣し、治安の回復に努力している過程である。ここ数年キリスト教徒とイスラム教徒の対立も激化しているとも伝えられている。この紛争は国の主導権を争う抗争の延長上にある紛争と捉えたので、分離独立運動としては列挙しなかった。*61*62

アンゴラでは1975年~2002年アンゴラ内戦が生じていたが、これは冷戦期の米ソ代理戦争としての性質が強いと考えたので、分離独立運動として列挙しなかった。これも多くの死者がでた戦争であり、この25年間の死者も百万人以上にのぼると思われる。*63

シエラレオネでは、1991年~2002年内戦が起こった。これはシエラレオネのダイヤモンド鉱山を巡る内戦の性質が大きいと考えたので分離独立運動としては列挙しなかった。*64

※いわゆるアラブの春チュニジアに始まり、エジプト、リビアで政体が変わった運動については、分離独立運動とは異なると考えたのでここには列挙しなかった。*65


アメリカ大陸

ケベック州(民族/部族、経済/資源)

ケベック州はカナダの東北部の州。旧フランスの植民地であり旧イギリスの植民地と異なった歴史と文化を持つ。カナダでは唯一フランス語を公用語としている。
1960年代には分離独立を求める諸派が集まりケベック党を結成、分離独立運動を行ってきた。1963年に登場したケベック解放戦線は、連邦施設の爆破、要人誘拐などのテロを行い、1970年非合法化された。
カナダは、長らく憲法典の改正などについてイギリス議会が権限を留保していたが、1982年憲法の制定によってカナダへ全権限が移った。これによりカナダの独立プロセスが完了した。しかしケベック州は、全州の合意が得られなくても連邦単独で憲法制定権を持つこの憲法の改正に反対し承認していない。*66
1995年、カナダ政府は、ケベック州による憲法の承認を取り付けようとしたが2度失敗したため、逆にケベックがカナダからの独立するかどうかを争う住民投票が行われた。結果は僅差で独立は否決された。

メデジン・カルテル、カリ・カルテル(経済/資源)

メデジン・カルテル*67やカリ・カルテル*68が分離独立運動かというと、それは違うと思う。
メデジン・カルテルとカリ・カルテルはコロンビアのメデジンサンティアゴ・デ・カリを拠点とする麻薬製造と密輸の犯罪組織だった。
しかし、世界を見渡すと、黄金のトライアングル地帯*69*70、黄金の三日月地帯*71のように、中央政府の支配が及ばない地域での分離運動が、麻薬製造に手を染めるケースが多くあり、それと表面上よく似ていることから列挙した。
両カルテルとも、私設武装組織を持ち、事実上コロンビア政府の統治が及ばない状況を作り、要人の誘拐、殺害などのテロなども頻発した。
しかし、1980年代後半からはじまったコロンビア政府とアメリカ政府共同による徹底した麻薬撲滅作戦(麻薬戦争とよばれ軍も投入された)によってほぼ組織は壊滅し、2002年ごろには終結した。*72


中編のまとめ

中編では、冷戦終結語、このわずか四半世紀(25年間)で起こった私の記憶のある限りの分離独立運動を列挙してみた。

分離独立運動を数だけで評価するのは分析上あまり意味のないことは重々承知しているが、それでもこの四半世紀の分離独立運動の多くでおびただしい量の血が流れたのも事実だ。この四半世紀の分離独立運動で、おそらく百万人を大きく超える人が死んだと思われる。
それにも関わらず、分離独立運動に対する世界の関心は低い。たった今も多数の人が死んでいる。そして多数の難民が発生している。
分離独立を求める根拠や緊迫度はそれぞれの運動によって全く異なると思う。でもその実態を私たちはほとんど知らない。ただ人が死に、難民が発生する。世界はその数だけにしか注目していないようにみえる。

とはいえ、世界にはチェコスロバキアのように平和裏に分離独立したケースも稀にある。
先日、分離独立の可否を巡る住民投票が行われたスコットランドのように民主的な手続きをとったケースも稀にある。

沖縄で分離独立運動が行われるとどうなのか。自決権を持つ高度な自治を求めるとどうなるのか。後編では上記の事例をもとに掘り下げて分析を書いてみたい。


(お詫び)
このペースで書いていると、後編を書き終えるのに、更に1~2ヶ月程度かかりそうだと思う。
時間がかかる点は、更にお詫びしておきたい。

*1:どうしても記憶はアジアでの分離独立運動のものが多く、遠方になればなるほど、特にアフリカの分離独立運動の把握は、あまりできていないという認識はある。

*2:ミンダナオの忘れられた戦争

*3:シャン州軍南部 | 国際テロリズム要覧(Web版) | 公安調査庁

*4:【アジアの目】ミャンマー・コーカン紛争 色濃い中国の影…工藤年博・アジア経済研究所研究企画部長 (1/3ページ) - 産経ニュース

*5:コラム:ロヒンギャ「孤立無援」のなぜ | Reuters

*6:ロヒンギャはなぜ迫害され貧困に苦しむのか 背景に人身売買組織の「難民ビジネス」

*7:ブーゲンビル島の悲劇

*8:海外安全ホームページ: テロ・誘拐情勢

*9:http://www.indas.asafas.kyoto-u.ac.jp/static_indas/wp-content/uploads/pdfs/CI2_03_kimura.pdf

*10:入ったら死あるのみ。世界一訪れるのが困難な島がある | Amp.

*11:「北センチネル島」なる世界で訪れるのが最も難しい島がスゴイ!!6万年前から続く閉鎖された島!! | コモンポスト

*12:http://www2.aia.pref.aichi.jp/koryu/j/kyouzai/PDF/katsuyo-manyual-2/siryo/G/1/4.pdf

*13:クルド人問題

*14:パレスチナ分割案/パレスチナ分割決議

*15:ナヒチェバン ナゴルノカラバフ

*16:外務省: わかる!国際情勢 Vol.7 グルジアという国 ロシアと欧州にはさまれた独立国家

*17:併合1周年クリミアの惨状 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

*18:ウクライナ首都で親露派自治権めぐり衝突、1人死亡 120人超負傷 写真8枚 国際ニュース:AFPBB News

*19:沿ドニエストル共和国

*20:ロシアに棄てられ、瀕死の沿ドニエストル かつての西ベルリンを彷彿させる"経済封鎖"に直面 | JBpress(日本ビジネスプレス)

*21:タジキスタン国防副大臣、内務省機関を襲撃 22人死亡:朝日新聞デジタル

*22:流血革命のキルギス、内戦の懸念も 写真6枚 国際ニュース:AFPBB News

*23:チェコスロヴァキアの民主化/ビロード革命

*24:チェコスロヴァキアの連邦解消

*25:継続IRA(CIRA) | 国際テロリズム要覧(Web版) | 公安調査庁

*26:真のIRA(RIRA) | 国際テロリズム要覧(Web版) | 公安調査庁

*27:元在住者が聞いた!3分でスッキリ分かるスコットランド独立住民投票の賛否! | 牧浦土雅

*28:ここに注目! 「なぜスコットランド独立?」 | おはよう日本 「ここに注目!」 | NHK 解説委員室 | 解説アーカイブス

*29:バスク問題

*30:スペインのバスク自治州、独立機運が下火に―カタルーニャと好対照 - WSJ

*31:カタルーニャ州、スペインから独立めざす理由は? 住民投票めぐり綱引き

*32:カタルーニャ州「独立望む」が8割 非公式な住民投票:朝日新聞デジタル

*33:崩壊と戦争

*34:クロアチアから見たベルリンの壁崩壊(4)|藤村100エッセイ|ブログ|法政大学 藤村博之 WEBサイト

*35:コソヴォ問題/コソヴォ紛争/コソヴォ自治州/コソヴォ共和国

*36:モンテネグロ

*37:https://ir.lib.osaka-kyoiku.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/596/1/2_56(1)_1.pdf

*38:マケドニア

*39:(特活)アフリカ日本協議会:アフリカNOW No.73(2006年発行)

*40:|エリトリア|圧政と悲惨な難民キャンプの狭間で苦しむ人々 - IPS Japan

*41:ソマリランド共和国

*42:http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/somalia_fact_sheet.pdf

*43:西サハラ | 国連広報センター

*44:西サハラ (サハラ・アラブ民主共和国)

*45:https://www.teikokushoin.co.jp/journals/geography/pdf/201103g/03_hsggbl_2011_03g_p03_p06.pdf

*46:内戦危機の南スーダン、誰と誰がなぜ対立してるの? | THE PAGE(ザ・ページ)

*47:建国から1年 南スーダンは希望の国から生き地獄へと化した

*48:ダルフール紛争

*49:ダルフールでアラブ系と黒人系が衝突、死者発生 スーダン 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

*50:マリ | 国際テロリズム要覧(Web版) | 公安調査庁

*51:フランスはマリで何をしているのか?―イグナシオ・ラモネ | Ramon Book Project

*52:マリにおける国連平和維持活動:その経緯 - 国連大学

*53:ボコ・ハラム | 国際テロリズム要覧(Web版) | 公安調査庁

*54:特集:豊かな原油に蝕まれるナイジェリア 2007年2月号 ナショナルジオグラフィック NATIONAL GEOGRAPHIC.JP

*55:http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/activities/uganda_fact_sheet.pdf

*56:ウガンダ北部グル市-発展していく街角から- - 世界HOTアングル

*57:ウガンダ北部グル市-発展していく街角から- - 世界HOTアングル

*58:特集 コンゴ紛争|創成社

*59:[目撃する/WITNESS]暴力が支配するコンゴの鉱山 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

*60:人間を傷つけるな!「第13回 世界最悪の犠牲者を出しているコンゴ民主共和国 - WEBマガジン[KAZE]風

*61:中央アフリカ共和国人道危機:果たして「宗教紛争」なのか? | OCHA Japan

*62:反政府連合に不安募らせる市民、仏大使館前で暴徒化 中央アフリカ共和国 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News

*63:http://www.special-warfare.net/database/101_archives/africa_01/angora_01.html

*64:シエラレオネ内戦を長引かせた「紛争ダイヤモンド」 : BIG ISSUE ONLINE

*65:外務省: 「アラブの春」と中東・北アフリカ情勢

*66:国立国会図書館デジタルコレクション - ダウンロード

*67:メデジン・カルテル - Wikipedia

*68:カリ・カルテル - Wikipedia

*69:黄金の三角地帯 - Wikipedia

*70:「世界の工場」中国の次 浮上する黄金の三角地帯 :日本経済新聞

*71:黄金の三日月地帯 - Wikipedia

*72:世界の貧困を伝える旅: 巨大麻薬組織メデジンカルテルとコカインの生産と流通事情