日はまた昇る

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慰安婦問題は「最終的かつ不可逆的に」解決した

最終解決に正直とまどっている

2015年12月28日、岸田外務大臣訪韓し、韓国の尹炳世外相と慰安婦問題の解決に向け会談し合意した。
これによって、日韓両政府とも「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」した。これによって日韓両国の最大の懸念となっていた慰安婦問題は解決した・・・
少なくとも字面上は・・・

でも本当なのか。本当ならばとても喜ばしい。でもまだ疑心暗鬼な気分でもある。

1年半前、私は「河野談話検証で手詰まりとなった日韓両国」という投稿を書いて、慰安婦問題に対する対応として日本は次の4つを行うべきと書いた。

  • アメリカの圧力を利用する
  • 時間をかける
  • 韓国軍慰安婦に対する対応を見極める
  • 韓国のいやがる外交を行う

河野談話検証で手詰まりとなった日韓両国 - 日はまた昇る

今読み返しても概ね認識に変化はないが、1つだけ「日韓関係は手詰まりな状況であり、慰安婦問題は慰安婦の存命中に解決することは困難」という認識には誤りがあった。この点については私の不明を反省し、安倍首相と朴大統領の政治決断に対し素直に賛辞を贈りたいと思う。

合意内容を分析する

合意内容のまとめ

今回の日韓合意については、外務省のHPに日韓外相の共同記者会見の文言が掲載されている。

日韓両外相共同記者発表 | 外務省

この共同記者会見で明らかにされた合意内容は次の通り

  • 日本は「軍の関与」を明言した
  • 日本政府の「責任」を認めた
  • 責任が「法的責任」「道義的責任」かは解釈の余地を残した
  • 安倍首相は「心からおわびと反省の気持ちを表明」した
  • 韓国政府は元慰安婦の支援を目的とした「財団を設立」する
  • 日本は上記の財団に運営資金を「政府の予算」から支出する
  • 慰安婦の支援事業を「日韓両政府が協力」して行う
  • 韓国政府は在韓日本大使館前の「少女像問題の適切な解決」のため努力する
  • 日韓両政府は慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決」されることを確認する
  • 日韓両政府は慰安婦問題について国際社会で「非難・批判することは控える」

特に法的責任問題は『1965年の請求権並びに経済協力協定によって「完全かつ最終的に解決された」(同協定第2条1項)との立場を堅持する日本政府に対して、韓国政府は、「反人道的不法行為」である慰安婦問題は同協定によって解決されたとみなすことはできず日本政府の法的責任は残っている(2005年日韓会談外交文書公開の後続措置に関する民官合同委員会の発表)、との立場をとってきた。両国政府の立場変更は望めないことから、この問題で妥結点を見出すのは極めて困難であるとみられてきた』だけに、この合意は日韓両政府がギリギリまで歩み寄った結果だと思う。
この合意を非難する人は、日本か韓国かどちらかの国の主張や立場を一切認めない人であろう。

上記の『 』内の文は、下記コラムから引用
慰安婦問題、歴史的合意を待ち受ける課題 | 西野純也 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 

「最終的」かつ「不可逆的」解決の意味

「最終的」の意味は明確だ。今後、日韓の外交問題として慰安婦問題が提示されることはないということだ。そして日韓両国とも国際社会で慰安婦問題について相手を非難・批判しないということだ。韓国によって唯一つけられた留保は、韓国政府が設立した財団に日本政府の予算から運営資金を支出し、日韓両国が協力して支援事業を行うという点だけ。支出する金額は10億円とされ、金額面から考えてもこの実行は容易だと思われる。この「最終的」な解決は、日本側が強く望んだものだろう。
一方「不可逆的」の意味には解釈の余地がある。この文言は韓国側が要求してつけられたという報道もある。

「不可逆的」という表現を入れる問題は交渉中に韓国側が先に提起したものだという。日本の政治家が旧日本軍の慰安婦強制動員を初めて認めた河野談話(1993年)などを否定する発言を繰り返すことを念頭に置き、「もうこれ以上は言葉を変えるな」という趣旨で強調したということだ。
<韓日慰安婦交渉妥結>「不可逆的」めぐり韓日間で解釈の違い | Joongang Ilbo | 中央日報

日本における報道では「不可逆的」とは問題を蒸し返さないという意味だと捉えられているものが多い。

大切なのは、日韓共同の新基金事業を着実に軌道に乗せるとともに、韓国が将来、再び問題を蒸し返さないようにすることだ。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20151229-OYT1T50009.html

私は、「不可逆的」の意味には、今後河野談話等、過去の日本が示した認識に対する否定をしないという意味と、再び慰安婦問題を蒸し返さないという2つの意味があると解釈している。
 

韓国は本当に慰安婦問題を蒸し返さないのか?

例えば、ツィッターではこんな反応があった。推測だが、かなり多数の日本人が「政権が変わると韓国は外交上の約束を反故にするのではないか」と疑問視していると思う。


参考:慰安婦問題の最終的かつ不可逆的解決、日韓外相の合意内容よりも韓国がいつ蒸し返すかに注目集まる : 市況かぶ全力2階建

私は、この合意に関わらず、韓国が慰安婦問題を蒸し返す可能性は否定できないと思っている。
例えば、韓国の最大野党である共に民主党文在寅代表は、「この合意は無効だ」と発言している。もし文在寅氏が次の大統領選で勝利したらどう韓国が動くか自明なのではないだろうか。*1

共に民主党文在寅代表は30日、日韓に妥結された慰安婦の交渉について、「私たちは、この合意に反対し、国会の同意がなかったので、無効であることを宣言する」と述べた。
(原文は韓国語なのを自動翻訳した)
문재인 "위안부 협상, 국회 동의 없었다…무효 선언" | 연합뉴스



韓国が慰安婦問題を蒸し返したら?

文在寅氏が大統領となり、氏の発言通り「国会の同意がなかったので日韓合意は無効だ」と主張したらどうなるのだろうか? 少し予測してみたい。
 

韓国の国際関係、特に米韓関係が悪化する

今回の日韓合意については、水面下でアメリカの仲介(圧力というべきかもしれない)が行われていたと報道されている。日韓の合意形成の経過をよく知るがゆえに、合意発表から間髪入れずに「歓迎」の意を表明できたと思われる。

ケリー米国務長官は28日、日韓両国が慰安婦問題で合意したことについて、「歓迎する」との声明を発表した。
http://www.yomiuri.co.jp/world/20151229-OYT1T50014.html

今回の日韓合意は、日本と韓国両国だけでなく、アメリカの外交成果でもある。それに真っ向から歯向かう姿勢を示せば、関係が悪化しないほうがおかしいというもの。
逆に言うと、韓国がアメリカとの関係を悪化させてもよいと政治的な判断をした状況でのみ、慰安婦問題を蒸し返すことができるともいえるだろう。

蒸し返しの条件①:韓国がアメリカとの関係悪化を許容する時

 

日韓関係は決定的に壊れる

それでなくても、日本人の対韓感情はかつてないレベルで悪化している。それに追い打ちをかける行動をとれば、日本国内で韓国擁護の言説は徹底的に批判にさらされると思われる。
その結果、日韓関係は決定的に壊れる。それは政治だけでなく経済でも影響していくだろう。
逆に言うと、韓国が日本との関係を決定的に壊してもよいと政治的な判断をした状況でのみ、慰安婦問題を蒸し返すことができるともいえるだろう。

蒸し返しの条件②:韓国が日本との関係を決定的に壊してよいと判断した時

 

中国は内心では蒸し返しを歓迎する

中国は今回の日韓合意に意表をつかれたと思われる。すぐには見解を発表できなかった。
ようやくでてきた反応は、日韓合意を支持する一方、その裏に複雑な思いも見え隠れしている。

韓両政府が従軍慰安婦問題の決着で合意したことについて、中国外務省の陸慷報道局長は28日の定例記者会見で「両国関係の改善がこの地域の安定と発展に寄与することを希望する」と述べ、歓迎する意向を表明した。
http://this.kiji.is/54136296198768124?c=39546741839462401

中国は、もし韓国が合意を破り、慰安婦問題を蒸し返したら、内心では歓迎するだろうと思う。
逆に言うと、韓国が中韓関係に重きをおき、中国の支持を期待できる状況になった時、慰安婦問題を蒸し返すともいえるだろう。

蒸し返しの条件③:韓国が中韓関係を最重視した時

 

間違いなく蒸し返しのハードルは高くなった

これまで慰安婦問題をどれだけこじらせても、蒸し返しても、韓国の政治的リスクはほとんどなかった。
だが、今後、慰安婦問題を蒸し返すことによる韓国の政治的リスクは相当高いものとなった。日本とアメリカは協力して、上記の「蒸し返しの条件」が整わないように韓国との関係を構築していく必要があると思う。
 

韓国に慰安婦問題を蒸し返しさせないため日本がすべきこと

韓国という他国の行動を日本はコントロールすることはできない。だが何らかの影響を与えることは可能だと思う。そこで、韓国に慰安婦問題を蒸し返しさせないため日本がすべきことを考えてみたい。
(追記)2018/11/3
2017年に朴前大統領が弾劾され、文大統領が就任した。
韓国は、慰安婦問題を蒸し返すわけではないが、「最終的不可逆的」解決を事実上骨抜きにした。2018年現在は、中途半端な状況といえるが、韓国は、事あらば「蒸し返す」気マンマンなのは間違いないだろう。
2017年の韓国の政権交代によって、この「韓国に慰安婦問題を蒸し返しさせないため日本がすべきこと」の項は、もう無意味な記述となってしまった。
河野談話を含む日本の過去の公式見解を堅持する」の項は、2018年現在も堅持すべきと思うが、その他の項は、逆に日本が行うべきでない、あるいは動きを止めるべきものとなっている。
 

河野談話を含む日本の過去の公式見解を堅持する

「不可逆的」という語の意味を、慰安婦問題に対する日本の公式見解を変えないという意味と解釈している以上、日本がその公式見解を変えようという素振りを見せただけで韓国は強く反発してくると思う。
もし、文在寅氏のように「合意は無効」という考えを持ち、それを公約にして大統領選挙に勝って大統領になった場合、その大統領は日本の合意違反を理由に合意の無効を主張するかもしれない。
日本が先に原因を作った場合、日米関係もおかしくなる。
したがって、河野談話など日本の過去の公式見解を否定する発言を政権内部から絶対に出さないよう最大限の努力を行うべきだ。
一方、一部の政治家や民間からは、引き続き河野談話の否定を主張する発言が出てくると思われる。その際のダメージコントロール、特にマスコミ対策はしっかりやっておく必要があるだろう。
それでなくても、この合意が気に入らない左派は、安倍政権の失敗を心待ちにしている。そんな負の期待にわざわざ応えるのは愚か者だ。

第二次安倍政権になってからも、安倍自身は河野談話を引き継ぐとしてきたものの、裏では自民党を使って慰安婦の存在そのものを否定するような動きを強めてきた。
それが、今回、軍の関与、政府の責任を認め、心からのお詫びを表明したのだ。右派の目には裏切りだと映るだろうし、リベラルから見ると、大きな前進をしたように思えるのは当然だろう。
だが、これは別に、安倍首相が改心したわけではなく、たんに、アメリカの圧力に屈したというだけにすぎない。
慰安婦日韓合意でネトウヨが「安倍、死ね」の大合唱! でも安倍の謝罪は二枚舌、歴史修正主義はさらに進行する|LITERA/リテラ

 

安倍首相のお詫び文を正式に発表し国際的な評価を固める

慰安婦問題では、償い金事業で日本の首相のお詫び文書を渡していて謝罪も行っているが、国際社会にその事実が広く知られているという状況になっていない。

そこで1997年1月11日、金平輝子理事を団長とする基金の代表団がソウルのホテルなどで7人の被害者に償い金、総理の手紙、理事長の手紙をお渡ししました。
各国・地域における償い事業の内容-韓国 慰安婦問題とアジア女性基金

「日本は謝罪していない」そんな誤解が国際社会に残ったままだと、韓国はそれを奇貨として「合意の無効」を主張する理由とするかもしれない。
それを防ぐためには、元慰安婦に渡す安倍首相のお詫び文を早々に起草し、それを韓国政府に正式に届け、その内容を広く世界に発表すべきと思う。そのお詫び文の内容が合意内容に沿っていれば、この合意が世界的に評価されたように、安倍首相のお詫び文も世界的に評価される。日本を代表して内閣総理大臣の安倍首相が正式に、そして元慰安婦に個別にお詫びしたという事実を広く世界に発信したい。
 

韓国の挺対協に対する日本国内の再評価を促す

日本国内でこの日韓合意に反対する勢力のうち、気をつけるべきは2つだと思う。
1つは、河野談話を否定する主張を行う「ナショナリスト」グループだ。このグループに対する対処は上に書いた。
そしてもう1つは、韓国の韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)の主張に賛同する市民団体や支持者のグループだ。
合意発表後すぐに挺対協は非難声明を発表したが、日本の団体もすぐにそれに呼応した。

昨日の日韓外相会談を受けて挺対協から声明が発表されました。人権侵害を受けた当事者が不在の「合意」によって人権の問題を本当に解決することなどできるのでしょうか。
昨日の日韓外相会談を受けて挺対協から声明が発表されました。人権侵害を受けた当事者が... - アジア女性資料センター Asia-Japan Women's Resource Center | Facebook

日本でも最近挺対協の存在は少しずつ知られてきているが、まだ十分認知されているとはいえない。
だが韓国では、対日政策について事実上の拒否権を持つともいわれる圧力団体として存在している。その活動内容について、賛否両面から議論を行い、日本国内の再評価を促したい。
私の見るところ、挺対協がこの日韓合意の実行上、最大の障害だと思う。挺対協を深く知ることは、日韓合意を実行するためにも重要だと主張しておきたい。
 

安保上の協力体制を整える

安全保障は、慰安婦問題と全く関係がない。だが事実上、この2つはリンケージしている。
2012年6月、日韓は「日韓秘密情報保護協定」を締結寸前までいったのだが、締結の1時間前に韓国は締結を延期した。その理由としたのが慰安婦問題であった。そして今もこの協定は締結できていない。そのため日本の自衛隊と韓国軍との間の情報共有に問題が発生し、主に北朝鮮の動向情報について、日韓の間の情報共有がうまくできていないという問題が生じている。
まずはこの「日韓秘密情報保護協定」の締結に向けて、全力で取り組むべきだと思う。この協定は、韓国のみならずアメリカにも実利があり、当然日本にも実利がある。
締結を拒む理由は全くないし、日韓の安保上の協力体制が深まれば、前述の「慰安婦問題を蒸し返す条件」は整いにくくなる。
 

経済面での協力体制を作る

今回の日韓合意の背景として、中国経済の減速の影響も無視できないと思う。韓国は輸出によって経済が成り立つ国だ。これまでは中国への輸出を成長エンジンにして経済成長してきたのが、ここにきて怪しくなってきている。
具体的に言えば、韓国はTPP入りを欲していると見る。新たな経済成長のエンジンが欲しいのだ。
そこで日本は韓国のTPP入りに向けて協力体制を作るべきだ。
韓国のTPP入りは、アメリカにとっても実利があるし、当然日本も対韓国輸出増が期待できるので実利がある。経済外交はWin-Winの関係を作ることに徹したい。
なお、韓国は日本との通貨スワップ協定の再締結も望む可能性があるが、通貨スワップ協定については日本に実利がない。韓国の変化が確実なものとなるまで、通貨スワップ協定の再締結は留保すべきだと思う。
 

日韓関係は改善するか

今の日韓関係は過去最悪といっていい状況にあり、短期的にはそれよりも少し関係が改善すると思う。
問題は、中長期的に改善するかだろう。
今回の合意履行については、日本もだが、韓国により大きな責任が生じた。例えば、日本大使館前の少女像の撤去(移設)とか、挺対協等の非難をもろともせず新たに作る財団の事業を認めてくれるように元慰安婦を説得することとかだ。
正直、履行はやさしくはない。
それでも一歩ずつ前進できるか。その成否に日韓関係の改善はかかっている。
安易に改善するとは考えないほうがよい。まずは日本にも韓国にも実利のある合意をひとつずつ積み上げていくことに徹するべきだろう。欲張りは損をするというものだ。

*1:崔碩栄氏のこのツィートhttps://twitter.com/Che_SYoung/status/682014867813892096から、原記事を確認した。