日はまた昇る

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中国海軍フリゲートのロックオンその後

中国は事実を否定

中国は、1月19日と1月30日の火器管制レーダー照射(ロックオン)について、そういった事実はないと完全に否定した。

中国国防省は8日、中国海軍艦艇が海上自衛隊艦艇に火器管制レーダーを照射した問題で、日本が照射を受けたとする1月30日と、照射された疑いがあるとする同19日の両日とも、中国海軍の艦艇は火器管制レーダーを「使用していない」としている。
火器管制レーダー、使用せず…中国国防省が声明

上記は、中国国防部の見解だが、日本の防衛省とは異なり、中国国防部は中国人民解放軍に対する指揮権は有していない。中国人民解放軍は、あくまで中国共産党の軍隊であり、政府機関である中国国防部は直接人民解放軍を指揮することはない。
とはいえ、その声明は、中国政府の正式見解であるのは疑いもない。上記の報道があった後、中国外交部も同じく事実を否定する声明を発表した。*1


日本は再反論へ

中国は日本が捏造したと主張しているが、日本国内でこの言を信じる人は、ごく僅かな反日勢力を除けばほとんどいないだろう。中国の言を信じるならば、「日本の海上自衛隊は、火器管制レーダーと通常の索敵レーダーの区別もつかないボンクラ海軍」ということになる。
日本を貶めたい人はそうに違いないと言うかもしれないが、米軍その他他国軍との訓練の実績や評判、艦艇の能力、観艦式などで垣間見える乗員の練度などを考えれば、明確に否定できる。また日本は今、中国との関係修復を図っていたところだし、尖閣の件がエスカレートするのは施政権を維持している日本にとって何ら利益はない。捏造を行なってまで中国との対立を煽る外交上の利益はない。
以上を総合すると、中国の方が虚偽の声明を発表したのだと考えていいだろう。

岸田文雄外相は8日の記者会見で、中国軍艦が海上自衛隊護衛艦に射撃用レーダーを照射した問題について中国国防省が「日本側が対外公表した事案の内容は事実に合致しない」と伝えてきたことを明らかにした。中国側は射撃用レーダーの使用そのものを否定しており、日本側は「防衛省で慎重かつ詳細な分析を行った結果だ。説明はまったく受け入れられない」と反論した。
日本は中国に反論 射撃レーダー「未使用」を再否定

岸田外相は即座に中国に対し反論した。当然だと思う。


中国はなぜこんな見え透いたウソをつくのか?

日本の海上自衛隊は、火器管制レーダーを照射された証拠を持っていると見ていい。ただし、これを公表するのは、日本の防衛機密を公にすることになる。そのため証拠を簡単には外国へ示すことはできない。
唯一、日本が情報を共有できる国は、アメリカだけだ。

パネッタ米国防長官は6日、中国海軍の艦船が海上自衛隊護衛艦などに火器管制レーダーを照射した問題に関連して「中国が太平洋の平和と繁栄に自国の利益を見いだしたいのであれば、他国を威嚇したり、さらなる領土を求めて領有権問題を起こしたりすべきではない」と述べ、中国政府に対して挑発行為を中止するよう異例の強い調子で警告した。
レーダー照射:米、中国に異例の警告「他国を威嚇するな」

カーニー米大統領報道官は7日の記者会見で、中国海軍艦艇による海上自衛隊艦艇などへのレーダー照射と、ロシア軍機が北海道上空を領空侵犯したことについて、「地域の同盟国と共に状況を監視し、これに関与していく」と述べた。
「状況を監視し関与していく」 中国レーダー照射とロ軍機領空侵犯で米大統領報道官

この件で、アメリカは、中国が火器管制レーダーを使用したことに疑問を持っていないことがわかる。
中国も、日本だけでなく日本の同盟国たるアメリカの動向は注意深く見ている。
しかしだからといって、火器管制レーダーの照射を認めると、その行動の正当性を主張しなければならない。それは真っ向からアメリカの権益とぶつかる。
証拠を日本は公開できないのだろうから、ここは完全否定で乗り切るしかない、そう中国は考えたのだろう。

2/12追記 アメリカの反応

国務省のヌランド報道官は11日の記者会見で、中国海軍艦船が海上自衛隊護衛艦に射撃管制用レーダーを照射した問題で、米国は(照射が)実際にあったと「確信している」と述べ、日本政府の発表を支持する姿勢を示した。
中国艦船が照射と米も「確信」 日本発表を全面支持

当然の反応なのだが、アメリカも明確に上記の発表を行った。
証拠の補足として念のため追記した。


この中国の発言から推測できること

火器管制レーダーを照射する行動はさすがにまずいと思っている

中国といえども、国際世論は見極めている。火器管制レーダーの照射は、国連憲章に違反すると非難されても反論ができない。

すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない
国連憲章第1章第2条第4項

それに対して強弁すればするほど、国際関係で中国は孤立していくだろう。

中国共産党中央は火器管制レーダー照射を事前に承知していなかった

もし事前に承知しており、火器管制レーダー照射の許可を与えていたのであれば、その後の進展を考慮していたはずだ。ところが日本がこの問題を公表して2日、中国は正式な見解を発表できなかった。そして出てきたのは、完全否定だった。
ここから推測できることは、中国は虚をつかれたと思われる。
もっとも現場の独行とも思えないのだが、火器管制レーダーの照射の許可は人民解放軍の中だけで決断された可能性が高いと考える。
ここにきて、日本のジャーナリストからも、軍の独行論を採るレポートがいくつか出てきている。

火器管制レーダー照射で中国は得たものはない

中国国防部によるレーダー照射否定声明は、一方的に日本の非を非難するものであった。

需要指出的是,近年来,日方舰机经常对中国海军舰机长时间、近距离跟踪监视,是造成中日海空安全问题的根源,中方就此多次向日方提出了交涉。
(近年、日本の艦船・航空機が経常的に中国海軍艦艇と航空機に長時間、近距離で監視を続けているのが、中国海軍、空軍の安全に関する根本的な問題であると、中国は日本に対し、繰り返し提示していたことは指摘されなければならない)
日本舰机近距离跟踪监视是造成中日海空安全问题的根源

しかし、この声明には、日本に対する非難はあっても、アメリカに対しては全く触れられていない。
中国は明らかに苛立っているようだ。その背景には、日米同盟が強化され、アメリカは明確に中国に対し警告を発している点があるのだろう。
少なくとも、中国がこの火器管制レーダー照射で得た国益は全くないと言える。


火器管制レーダー照射は当分起こらないと予測

中国は、現実的な外交を行う。
この一連の事件で、中国の国益は失われることはあっても、得るものは全くなかった。
日米同盟は強化され、日本の国内世論は更に強硬になっている。
中国の現状から鑑みると、簡単に折れるわけにはいかないだろうが、軍事挑発を頻発させることの愚は今回の事件で認識したと思われる。
当分、少なくとも火器管制レーダー照射というあからさまな軍事挑発は起こらないと思う。

日本は、中国に再発防止策を求める一方、緊急時に話し合いが持てるよう、日本の自衛隊と中国人民解放軍との間のホットライン、または日本の防衛省と中国共産党中央軍事委員会とのホットラインの創設を求めるべきだ。
それに応じない場合、国連などでも中国に対して訴えていくべきだ。


(追記)安倍首相の謝罪要求を支持する

安倍首相は、次のように応じた。

安倍晋三首相は8日夜、BSフジの番組で、中国海軍艦艇による海上自衛隊護衛艦への火器管制レーダー照射について「中国は(事実関係を)認め、謝罪して、再発防止に努めてほしい」と述べ、謝罪を要求した。
 中国政府が日本の発表を「完全な捏造(ねつぞう)」と主張したことに対し、首相は「全く認めるわけにはいかない」と批判。その根拠について「レーダー(の装置)がこちらを向いているかも含め、目視でも写真などでも確認している。慎重に分析した結果、間違いない」と強調した。
 一方で首相は「中国がやっている情報戦に応じるつもりはない」と表明。その上で「こういうところから(対立が)エスカレートしてはいけない。中国自身が国際社会で信用を失うことになる」と述べ、中国に冷静な対応を求めた。
安倍首相、中国に謝罪要求=レーダー照射「写真でも確認」

強く要求すべきところは要求し、一方でエスカレートを望まないというメッセージを投げている。
中国はこれをうけて軟化することも、謝罪することもないだろうが、そしてそれを安倍首相もわかっているだろうが、こういった是々非々の応酬は、中国指導層にも強い印象を残すだろう。
この発言を支持する。



(脚注)

*1:http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0208&f=politics_0208_001.shtml

中国海軍のフリゲートの火器管制レーダー照射事件に対する所感

事件に対する報道

小野寺防衛大臣は緊急に記者会見し、東シナ海で先月30日、中国海軍のフリゲート艦が海上自衛隊護衛艦に射撃管制用のレーダーを照射していたことを明らかにしました。小野寺防衛大臣は「大変異常なことであり、一歩間違えると、危険な状況に陥ることになると認識している」と述べ、外務省が中国側に抗議したことを明らかにしました。
出典:中国艦船が海自護衛艦にレーダー照射

続報も出ているが、火器管制レーダーを数分という長時間照射することは、いつでも実際に武器を使える状態ということであり、とても危険な行為だ。
西部劇に例えると、2人のガンマンがお互いに銃を向け合っている中、撃鉄を上げる行為と言える。現場には相当の緊張が走っただろう。


事件の整理

中国海軍 :ジャンウェイⅡ級フリゲート
海上自衛隊護衛艦ゆうだち
事件の概要:ジャンウェイⅡ級のフリゲート(艦名不明)が「ゆうだち」に向け射撃管制用のレーダーを数分照射した。
両艦の距離:約3000m
出典:大臣臨時会見概要|防衛省

産経新聞には、事件が起こった位置関係について、もう少し踏み込んだ記事が載っている。

尖閣周辺の日本領海(22キロ)には海保巡視船が配置され、領海の外側に設定された接続水域(44キロ)から領海内に侵入してくる中国公船を警戒している。さらに、その北方で尖閣から約112~128キロ離れた海域には中国海軍のジャンウェイ級やジャンカイ級フリゲート艦など2隻が常時展開しており、それを海自艦艇がマークしている。
挑発さらにエスカレート 9月以降、海軍と海自の対峙も常態化

約112~128キロというのは、配置された中国海軍の艦艇の持つ対艦ミサイル(YJ-82)のレンジ内に尖閣がある距離であり、これは尖閣に突入させている海監などの船舶をカバー(援護)していると考えられる。その中国海軍の艦艇を海上自衛隊護衛艦が監視している状況が続いているという記事だ。
軍事的にみると日中両方とも妥当な艦艇配置を行なっていると思う。ただし、対峙する両国の軍艦が近接するという状況が続くわけであり、現場の艦船の艦長、乗組員は、プロフェッショナルな軍人としての強い自制心が求められる。


中国の意図、2つの解釈

中国ウォッチャーならば、この事件を知るとすぐに、「それが中国共産党の中央から指示されたものか」「現場の独断か」という点が気になるだろう。

中国の国営新華社(電子版)は5日夜、日本メディアの速報を紹介する形で事実関係のみを伝えた。ただ中国政府は同日夜現在、公式コメントを発表していない。危険な挑発の目的を巡っては2つの見方が浮上している。
1つ目が共産党指導部が軍に指示を出し、尖閣諸島を巡る対立をあおる狙いだ。(中略)
もう1つの見方が軍の現場の独走だ。
出典:中国海軍レーダー照射、党の指示か 現場の独走か

上記の記事は妥当な報道だと思う。一方、毎日新聞のこの記事のように、現時点で一つの見方に偏ってこの事件を見るのは早計だし、中国の真の意図を見誤る危険もある。慎重に分析をすすめるべきだろう。
少なくとも、数分という長時間にわたって火器管制レーダーを照射するのは極めて異常な事態であり、一歩間違うと交戦に発展しかねかったという状況は十分にふまえておきたい。


やっかいで重い現実

ただし、今回の事件が、党中央の指示であろうと、現場の独断であろうと日本にとってはやっかいで重い現実が見えてくる。

党中央の指示の場合

中国は、一歩間違えば戦争になりかねない挑発を行う国だということだ。
こういった国と外交交渉を行う場合、常に戦争勃発の危険を念頭において行わなければならない。挑発にのってはいけないが、安易な譲歩も危機を生む。恫喝が効果的だと思えば、将来それを多用するだろうからだ。
日本は、冷静で狡猾な外交を展開する必要がある。臆せず力まずだ。

現場の独断の場合

日本もそうだが、民主主義国の軍隊は「シビリアンコントロール」が効いている。
しかし中国の場合、人民解放軍中国共産党の軍であり、中国政府の指揮命令系統とは異なる指揮命令系統の組織である点は留意しておかねばならない。
現場の独断でこの事件が起こったのなら、近年強力な武装を手に入れてきた中国海軍の末端が、党中央の意向を無視して独断で事を行うかもしれないという状況だということになる。
軍の暴走による戦争。あまり考えたくもない将来が見えてくる。


日本は冷静に。まず見極めを。

現場の独断であれば、今回の日本政府の抗議により、ひとまずこのような行動は止む可能性が高い。軍の末端がコントロールできない状況は、中国共産党中央にとっても悪夢だからだ。
ひとまずは経緯をみたい。

まだ投稿を書ききれていないが、尖閣問題については、私なりに分析を続けている。
その結果は、「中国は挑発行動を止めず、軍事的な挑発をエスカレートする」だった。
ただし、そこに北朝鮮の核実験問題が浮上してきた。そして、安保理で中国はアメリカに譲歩した点に注目している。
私は、北朝鮮の核実験問題の方が、中国にとって尖閣問題より喫緊で重要度の高い問題だと考えている。北朝鮮の核実験問題は、アメリカと直接対峙する問題であり、舞台が国連安保理であること、核兵器拡散は世界からの注目が大きいこと*1がその理由だ。
そして中国はなにか外交上の対立が起こると、異なる二国と異なる内容で対立することを避ける傾向がある。そのため、一時的に尖閣問題を棚上げしてくるかもしれないと、尖閣問題への波及の可能性を考えていた。
しかし、この事件が党中央の指示ならば、中国は北朝鮮問題と尖閣問題は切り離して考えているということになる。
それは見極めたい。

この軍事的な挑発が続かないことを願うが、日本は慌てず中国に対する対処策を考えるべきだろう。
安易な妥協も、挑発に挑発を返すような猪突猛進な策も、日本の国益を損なうと言える。

※ブコメを見て確かに「中国は尖閣問題より北朝鮮の核実験問題を重視する」と私が考えた根拠があまり書かれていなくて薄いなと思いましたので、根拠を追記しました。

*1:領土問題は二国間問題であり他国は関わりたくない

北朝鮮の核実験は東アジアの平和と安定を破壊する

北朝鮮の核実験は秒読み状態

いよいよ北朝鮮による3回めの核実験が間近になったと思われる。

ラヂオプレス(RP)によると、北朝鮮の朝鮮中央放送は27日、金正恩(キムジョンウン)第1書記が、事実上の長距離弾道ミサイル発射を巡る国連安全保障理事会の制裁決議への対応を協議するため、「国家安全・対外部門幹部協議会」を開催したと報じた。
この会合で正恩氏は「強度の高い国家的重大措置を講じるという断固とした決心」を表明し、幹部らに「具体的な課題」を示したという。核実験を強行する姿勢を改めて示した可能性がある。
出典:正恩氏「重大措置を講じる決心」…核実験強行か|読売新聞

「強度の高い国家的重大措置」が、核実験を示すと予想されている。これは、日本のみならず、アメリカ、中国、韓国など6カ国協議の参加国の共通認識だ。
北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞も「核実験は民心の要求だ」として核実験へ北朝鮮が踏み出すことを示唆した。*1


北朝鮮による2012年12月の弾道ミサイル実験

2012年12月12日に北朝鮮は人工衛星と称する弾道ミサイル実験を行った。
参考:北朝鮮による「人工衛星」と称するミサイル発射について|防衛省 *2

これは明らかに「弾道ミサイル技術を使用したいかなる実験」も禁止した、国連安保理決議第1874号に違反する。*3
また、決議第1874号より前に決議された決議第1695号、決議第1718号にも違反する行為と考えられている。
参考:国際連合安全保障理事会決議第1695号 訳文
   国際連合安全保障理事会決議第1718号 和訳
   国際連合安全保障理事会決議第1874号 和訳

北朝鮮に対する一連の国連安保理決議は、国連憲章第7章に基づくものであり、加盟国に対し法的な拘束力を持つ*4。この一連の決議には、国連憲章第7章第41条に基づく武力を用いない制裁を含む。
国連加盟国は安保理決議に示された制裁を行う義務がある。日本も決議に沿い、法律、省令を改正し、制裁を行なっている*5
参考:北朝鮮制裁について|経済産業省 広実郁郎

制裁であるから、制裁対象の国に関係する団体、個人に対するダメージや権利の抑制がある。北朝鮮を擁護する人の中にはこれを人権侵害と捉える向きもあるが、国連憲章第7章は関係団体・個人の権利を制約する行為に対して正当性を与える数少ない規範である。*6
制裁を受けた側は、決議の要求に従うしか、権利回復の手段はない。


安保理での北朝鮮制裁の議論は難航

2012年12月12日の事実上の長距離弾道ミサイル実験という北朝鮮による明確な国連安保理決議違反があったのに関わらず、この行為に対する決議の議論は難航した。中国が北朝鮮への制裁強化に反対したからだ。また決議という強い形での非難にも中国は難色を示し、法的拘束力のない議長声明とするよう主張した。*7
アメリカは粘り強く中国を説得し、結局、法的拘束力のある決議が全会一致で採択された。中国も賛成したという点は大きい。
中国がなぜ主張を変化させたかという点は不明だが、北朝鮮が本気で核実験の準備に入り実験が間近になったという点が、中国の態度に大きな影響を与えたのは想像に難くない。このまま北朝鮮に対する制裁強化に中国が反対を続け、安保理の議論が続いている間に北朝鮮の核実験が行われれば、中国に対しても大きな国際的な批判を招く。それを回避するために必要な妥協を中国は行ったと私は見ている。


国連安全保障理事会決議第2087号

決議は、今のところ日本語の全文訳がでていない。原文(英語)を読む必要がある。
SECURITY COUNCIL CONDEMNS USE OF BALLISTIC MISSILE TECHNOLOGY IN LAUNCH BY DEMOCRATIC PEOPLE’S REPUBLIC OF KOREA, IN RESOLUTION 2087 (2013)
この決議は、下のNHKの報道にあるように、新たな制裁は行わないが、今までの制裁を強化したものだ。
一方で、主文第19項で、"expresses its determination to take significant action in the event of a further DPRK launch or nuclear test"(北朝鮮がミサイル発射や核実験などの行動を取った時には、重要な行動をとる決意だと表現し)と、踏み込んだ表現で警告を発している。

採択された決議は、北朝鮮の発射は安保理決議違反だとして改めて非難するとともに、核開発計画を放棄するよう求めています。
さらに、以前の決議で定められた制裁の対象リストに、新たにミサイル発射に関わった北朝鮮の宇宙空間技術委員会とその幹部などを含む6つの団体と4人の個人を、資産凍結などの対象に加え、制裁の強化をねらっています。
また、決議は北朝鮮がさらなる発射や核実験を行った場合には「安保理として重大な行動を取る」と警告しています。
出典:国連安保理 北朝鮮制裁強化の決議採択|NHK

 

それでも北朝鮮は核実験を強行すると予測

決議第2087号を受けて、北朝鮮は反発している。それに核実験の準備は既に概ね終わっていると報じられている。*8
決議第2087号が採択されたから、北朝鮮が核実験に踏み切るのではない。核実験はそんなに短時間で準備できない。地上に被害が出ないよう地下数キロと言われる深度までトンネルを掘り、核兵器を設置した上でトンネルを塞がなければならない。*9
準備は用意周到に隠密裏に時間をかけて行われた。
異常だとはいえ、北朝鮮の決意の強さはわかると思う。核実験は遠くない将来、おそらくは数週間以内に強行されるだろう。

(小コラム)
そんなことは起こらないと十分に解っているが、それでも北朝鮮は核実験を中止し、核を廃棄すべきだと言っておきたい。
核の開発を続けるよりも、国内産業を育成し、国民へ十分な食料を配り、飢えをなくすほうが北朝鮮の国益に沿う。その方法は簡単だ。80年代の中国に習い、改革開放をすればいい。核を放棄すれば外国からの援助は大きく増える。ミャンマーを見るとわかるだろう。軍事独裁の時の経済制裁が解除され、世界から注目を浴びている。その方が安全保障上も有利なのだ。
でもそうすることは、先代、先々代の独裁を否定することに繋がり、若き世襲の独裁者の正当性を奪うだろう。だからできない。それは近隣国にとっても、ほんの一握りの特権階級を除いて大部分の北朝鮮の国民にとっても、忌まわしきことなのだけどね。でも独裁とはそういうものだ。国益よりも独裁者の利益が大事なのだ。

 

中国の反応がカギを握っている

北朝鮮が核実験を強行した時、中国がどう反応するかが今後を大きくわける。
私は2つのシナリオを想定する。

第一のシナリオ:北朝鮮を庇う

ひとつめのシナリオは、北朝鮮を更に刺激したくないという思惑が働き、国際社会の非難から北朝鮮を庇い、中国は現状維持を図るというシナリオだ。
この場合、決議第2087号で示した「安保理として重大な行動を取る」とした同意を根拠に、アメリカを中心として日本、韓国が強く反発するだろう。弾道ミサイル実験に比べれば、核実験の方が国際社会の反発が大きいので、この場合、中国非難の国際世論が生成されるだろう。
ロシアもアメリカに同調するとみる。
中国は、東アジアの現状維持と引き換えに、国際的な孤立を余儀なくされる。そして、北朝鮮へ影響力が大きいと見られていた外交上の威信が傷つけられる。
またアメリカはより一層中国への対決姿勢を強め、それは南シナ海東シナ海で起こっている領土問題にも影響を及ぼす。
今回も今までと同じように北朝鮮を庇う行為は、中国の国益とそぐわない点が多くなっているのに注目したい。

第二のシナリオ:北朝鮮から強硬派を一掃することを企図し圧力をかける

ふたつめのシナリオは、中国が決議第2087号で示した「安保理としての重大な行動」を常任理事国の威信をかけて主導的に行うというシナリオだ。
中国は、この「安保理としての重大な行動」にアメリカがイニシアチブを握ることを好まないだろう。
そこで、自らが主体となって制裁を加える可能性がある。
中国が北朝鮮との国境を完全に封鎖し、貿易を全く行わないと北朝鮮にとっては極めて大きな打撃となるだろう。特に北朝鮮は原油などエネルギー資源はそのほぼ全量を中国からの輸入に頼っている。*10
中朝国境の封鎖を行う場合、実効性を高めるため中国陸軍の数個師団(1集団軍は超える規模と思うが)を国境に移動させ封鎖するだろう。
それを脅しとして、北朝鮮の変化を迫るという行動だ。*11*12


日本はどうすべきか?

アメリカとは利害関係が完全に一致するので、足並みを揃える。たぶん、この件では韓国とも協力関係を持てる。
その上で、中国の反応を見極めるべきだろう。

中国が現状維持を選び、北朝鮮を庇う場合

中国に対する基本的な外交方針は変化させる必要はない。是々非々の態度で挑めば良い。当然、北朝鮮を庇う中国の行動については、強く非難すればいい。北朝鮮の暴挙とそれを支持する中国という構図で、北朝鮮&中国非難の世論を世界に広げる行動をとればいい。多くの国家が同調するだろう。

中国が北朝鮮に対して圧力を強める場合

これまでであれば、中国が北朝鮮に圧力を強めるなどという選択肢は全くなかった。しかし、再々にわたるミサイル実験と核実験は、少しずつ中国が北朝鮮を庇うことによる国益の損失を増やしている。中国の指導層は相当苛立っていると思う。
この場合、中国からみた日本は、波乱要素のひとつとなる。
そこでできれば日本と(一時的ではあっても)緊張緩和を図りたいと考えると予想する。中国は二国と同時に対立することを嫌っているように見える。例えば、日本と対立する時には、インドとは対立しないようにするなどの行動規範が見られる。
そこから予想されるのは、尖閣問題で対立が深まった状況の中、何らか中国から歩み寄りのサインが出る可能性がある。

中国共産党習近平総書記は25日、公明党の山口那津男代表との会談で、日中関係改善に意欲を表明した。安倍晋三首相について「高く評価している」と強調。安倍政権は中国新体制トップの習氏が歩み寄りの姿勢を示したことを歓迎し、自民党の高村正彦副総裁の訪中計画を含めた政治対話を加速させる方針だ。
出典:安倍首相を「高く評価」 習近平氏、関係改善へ意欲

この報道に注目している。今後の日中の外交に引き続き注目したい。

尖閣問題は重要な問題ではあるが、すぐに解決できる問題ではない。領土問題とはそういうものだ。例え永遠に小競り合いをし続けることになっても守りぬく。そういった達観は必要だろう。要は軍同士の衝突を回避しつつ、現状維持を続ければよいのだ。
一方で、北朝鮮の核開発は、すぐ、あるいはここ数年の東アジアの情勢を根底から覆す可能性を持った、喫緊で最重要の課題である。
日中両国とも北朝鮮の愚かな行為のために、脅威を受けている。
より大事なものを得るために、(例え一時的であっても)妥協点を探す。
時には、呉越同舟が最良の選択となることもあるのだ。



(脚注)

*1:「核実験は民心の要求」 朝鮮労働党機関紙  http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM26016_W3A120C1NNE000/

*2:添付している資料(pdf)がわかりやすい。この発表によると、『北朝鮮は発射後、「人工地球衛星」を地球周回軌道に進入させることに成功した旨発表している。これに関し、現時点においては、①北朝鮮が発射したとみられる何らかの物体が、軌道傾斜角約97度の地球周回軌道を周回していることは確認されている。②当該物体が、何らかの通信や、地上との信号の送受信を行っていることは確認されていない。以上のことから、今回の発射により、北朝鮮は軌道傾斜角約97度の地球周回軌道に何らかの物体を投入させたものと推定されるが、当該物体が人工衛星としての機能を果たしているとは考えられない。』として、明確に人工衛星でないと結論付けている。

*3:北朝鮮を擁護する勢力は、これは人工衛星だと主張するが、そういった言い逃れを許さないように、決議第1695号で「弾道ミサイル計画に関連するすべての活動を停止」としていたものを、決議第1718号では「いかなる核実験又は弾道ミサイルの発射もこれ以上実施しないことを要求」することに変化し、更に決議第1874号で「いかなる核実験又は弾道ミサイル技術を使用した発射もこれ以上実施しないことを要求」と変化した。人工衛星打ち上げロケットであっても弾道ミサイル技術を使用するため「人工衛星だから決議違反でないという言い逃れ」は完全に通用しなくなった。

*4:北朝鮮も加盟国であり順守する法的義務を追っている

*5:経済制裁措置|一般財団法人安全保障貿易情報センター http://www.cistec.or.jp/export/keizaiseisai/saikin_keizaiseisai/index.html#3_kitachousen

*6:新たに決議された決議第2087号では、主文第18項で「北朝鮮の一般市民のために不利な人道的な結果をもたらすことを意図するものではない」と人権侵害を意図する制裁でないと強調している。

*7:対「北」制裁強化 安保理決議の実効性を高めよ(1月24日付・読売社説)http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20130123-OYT1T01520.htm

*8:北朝鮮、3度目実験準備ほぼ完了 中国の習総書記、核開発に反対 http://www.47news.jp/CN/201301/CN2013012301001951.html

*9:核実験場のトンネルから出る土砂や工事の進捗状況等は偵察衛星によって把握可能だ。だからこそ国際社会は核実験の準備が整ったと見ていると思われる。

*10:北朝鮮の対外貿易の特徴と展望 http://ritsumeikeizai.koj.jp/koj_pdfs/59509.pdf

*11:その時、中国軍と北朝鮮の国境防衛部隊との間で小競り合いがあるかもしれないが、全面的な衝突にはならないだろうと思う。

*12:この行動はオフェンシブリアリズムでは、ブラックメールと言われる行動だ。参考:http://blog.livedoor.jp/nonreal-pompandcircumstance/archives/50316882.html

アルジェリア人質事件についての所感

犠牲者の方々への心からのご冥福を祈りたい

アルジェリア人質事件は、日本人人質を含む多数の人質の死亡という最悪の結果で終わった。昨日の報道によると、安否が判らなかった日本人の最後の一人の死亡が確認された。これで日本人の犠牲は10名になった。*1
無辜の人々の犠牲であり、なんともやるせないやり場のない怒りと無力感でいっぱいだ。特に犠牲になった方々の無念とご遺族のお気持ちを考えると言葉がない。
犠牲になった方々のご冥福を心から祈りたいと思う。*2


この事件は防げたか?

この事件の背景として、6つ知っておくべきことがある。

  1. 首謀者ベルモフタールはアフガンで訓練を受けた「アフガン」帰りである。
  2. 90年代のアルジェリアの凄惨な内戦に関わり、敗れマリ北部へ逃げた。
  3. マリ北部に逃げて以来、外国人誘拐、タバコの密輸などの非合法活動を続け資金を集めた。
  4. アラブの春」、特にリビアの崩壊に乗じ、組織の人員と武器を増やした。
  5. 組織が強力となったことでマリ北部を制圧しつつあった。
  6. マリの情勢に危機感を持ったフランスがマリ北部に軍事介入を開始した。

国境超えて広がるテロの脅威|NHK NEWS WEB

確かに、この事件が起こった後になって振り返ってみると、事件の兆候はあった。*3
予測できなかったのは、テロのターゲットと規模だ。プラント建設現場のようなソフトターゲットを対象としたテロは、これまで外国人誘拐など小規模なものが中心だった。このプラントにはアルジェリア軍が警備していた*4と聞くが、そのような小規模な襲撃に備えた警備体制だったのではないだろうか。
予測を超える40名という大規模な武装組織の部隊*5による襲撃を防ごうとすれば、防衛対象がプラント建設現場と居住区と2つに分かれていることもあり、少なくとも常時100名以上の部隊で守らなければならないだろう。それを24時間続ける体制はなかったと想定される。
内通者の存在も指摘されており*6、襲撃側は十分に計画を練ってこの行動に出た。
この用意周到さから考えられるのは、この事件を防ぐのは、相当困難だったということだ。


犯人の狙いはなんだったか?

アルジェリアのセレル首相は、事件の狙いの一つは人質をマリに連れ去ることにあったと指摘した*7。しかし、人質を連れ去るのが第一の目的ならば、人質を確保した後、速やかに撤収するはずだ。しかし武装組織は、占拠時一部の人質を殺害したし*8、施設に爆薬を仕掛けた後立てこもった。人質をマリに連れ去るのが事件の主目的と考えるには、武装部隊は不自然な動きをとっている。
立てこもった武装組織は、イスラム過激派服役囚の釈放を要求していた*9
これが主目的と考えるのも可能だが、これを達成するには交渉時間を確保する必要があり、そのためには人質の国籍がアルジェリア人であろうとイスラム教徒であろうと、できる限り多く確保し人間の盾とするのがテロとしては普通の動きのように思える。しかし、武装組織は明らかにイスラム教徒やアルジェリア人はターゲットにしていなかった。
ここにきて、ターゲットは外国人だったという見方が広がっているが、私も武装組織は最初から外国人の殺害を目的にしていたと考えるのが自然だと思う。*10
上記を総合して、私は犯人の狙いは次のようなものだったのではないかと考えている。

  • 第一の目的は、アルジェリアに混乱を生じさせること。
    • アルジェリアの主力輸出産業である石油、天然ガスプラントに被害を与えることで混乱が生じる。
    • 外国人を殺害することで、外国の経済協力を止めさせれば、更にアルジェリア政府に打撃を与える。
    • 武装組織の犯行声明でも、今後のさらなる攻撃(テロ)を示唆している。
  • 次に砂漠地域の支配を弱め、自勢力の根拠地にすること。
    • マリに対するフランス軍の軍事介入で武装組織がマリに確保している根拠地を失う可能性が高くなっているので、代替地の必要性も高い。
  • アルジェリアの反政府勢力*11を急進化させ、自勢力に取り込むこと。

2013/1/25 11:00追記
人質5人(たぶんBPの副社長や日揮の元副社長を含む要人)を人質にとりリビアに脱出するという指示があったという報道があり、人質確保を主体にしたチームと破壊を目的にしたチームと2つの目的があったように思える。*12
上記の見解を若干修正しておきたい。


アルジェリア軍の動きは性急すぎたか?

包囲後、わずか1日で突入、強硬策に出たアルジェリア軍の行動は性急すぎるとの批判が起こった。安倍首相も、人命優先をアルジェリア政府に申し入れていたのにかかわらず、アルジェリア軍が軍事攻撃を行ったことに不快感を表したという報道もあった。*13
武装組織も声明の中で、『武装組織はアルジェリア政府軍に交渉を申し入れ、「人質の安全」のため現場を離れるよう要求したが、政府軍はヘリコプターで攻撃した。攻撃を受けて、人質は施設内に集められたが、再び政府軍による爆撃に遭った』と人質の被害の責任をアルジェリア軍に求めている。*14
しかし一方で、武装組織の目的が、アルジェリアの混乱醸成にあったという見方に立つと、アルジェリア軍は、(1)早期に(2)自力で、このテロを制圧する必要性を強く認識していたと考えられる。
そこでアルジェリア軍の行動で特に問題視されるのは、武装組織が人質を載せて移動しようとした車列をヘリコプターで攻撃した行為だ。
当初、武装組織が逃走を図ったとされたため、私も「根拠地まで遠いはずなのに、なぜ途中で足止めする作戦を取れなかったのか?」と怒りの感情とともに強い疑問を持った。しかしその後、ノルウェー外相が「施設内で分散していた犯行グループが合流するためだった」*15と発言している。私も武装組織の目的とそれまでの行動から鑑みて、一部の部隊だけが逃走を企てるのは不自然であり、この見方のほうが妥当だと考える。
そうすると、アルジェリア軍は「武装組織部隊の合流を妨げるためヘリで攻撃した」のであり、攻撃の理由は理解できる。もっとも、攻撃の理由は理解できても、その苛烈さに対し全面的な同意はできないのだけども。
とはいえ、アルジェリア軍の行動を一方的に非難できるものでもないと感じざるをえない。
やはり、このやり場のない怒りは、アルジェリア軍ではなく、武装組織(テロリスト)に向けるべきものだろう。


日本政府の動きは十分だったか?

日本人の犠牲者が10名にものぼる現状からみて、十分だったとはとても言えない。
しかし、どうすべきだったかというと、日本側の人的制約、法的制約も多く、またアルジェリア政府の立場、方針から考えると、代替策を指摘できない。
少なくとも、この事件の主体は、アルジェリア政府とそれを支援したフランス政府だった。日本は、ワンオブゼムの立場から出なかった。
いまさら後出しジャンケンで、こうすべきだったと言っても、失われた人命は帰ってこないし、今は将来このような事件が起こった時に、日本がもっとうまく対応できるよう、反省をこめて対策をとる必要があると主張したい。
私の指摘点は次の3点。

  • テロの危険の洗い出し
    • 日本の企業、日本人もイスラム過激派のターゲットになりうるという認識に立ち、官民をあげてテロの脅威の洗い出しを行なってほしい。
    • その結果、警備体制が不十分と思われる施設では警備体制の増強を、日本は当該国に正式に外交ルートで要請すべきだ。
    • 特にアルジェリアについては、その他日本企業が関わるプラントに対するアルジェリア軍の警備体制の強化を強く求めるべきだ。
  • 危険国の大使館への武官配置
    • 日揮はよく現地の情勢を把握していたと思う。しかし一企業だけでは、その企業が関わっていない国の情勢の把握は非常に困難だ。例えばマリの情勢をどこまで把握していたかというと心もとないと思う。
    • 現在のテロリズムが国境をまたいだ活動をしている以上、それらの情報を集め総合するのは国の役割だ。通常の国であれば、その活動は軍が行う。そして大使館に武官を駐在させ、その任務に従事させる。
    • 日本も自衛隊にインテリジェンス専門の要員を育成すべきだ。そして武官として赴任させるべきだ。
  • 自衛隊の支援体制
    • アルジェリア軍のように、まがいなりにも自力でテロリストに対処できる国ばかりではない。マリのように自力だけでは武装組織に対抗できない国もある。
    • そういった国で日本人を中心に人質事件が発生し、政情からその国が軍事攻撃を取らざるをえなくなったら日本はただ手をこまねくだけなのか? それよりも日本自らが情勢をコントロールできる力を持つべきでないか?
    • 上記のようにさまざまな状況で類似事件が起こった場合をシミュレーションし、自衛隊の支援体制を整えるべきだ。テロに対して軍事的な対応策を全く持たない状況は問題が大きい。日本の選択肢は広くあるべきだ。

テロを許してはいけない。日本はアルジェリアや米仏英などこの事件の関係各国と連携・協力し、テロ対策を行なってほしい。
 

(脚注)

*1:http://mainichi.jp/select/news/20130125k0000m040046000c.html

*2:月並みな言葉で申し訳なく思う。しかし、私の語彙力ではこの気持ちを言い表せる表現を思いつかないんだ。ただひたすら辛く悲しい。

*3:去年12月、インターネットに掲載されたビデオ声明が、各国の治安当局者の注目を集めました。声明を出したのは「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」に所属していたモフタール・ベルモフタール。「血判部隊」という新たな組織を結成してその幹部におさまり、欧米への聖戦=ジハードを宣言したのです。(「国境超えて広がるテロの脅威|NHK NEWS WEB」より http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/0123.html)

*4:http://www.news24.jp/articles/2013/01/17/07221405.html

*5:http://sankei.jp.msn.com/world/news/130121/mds13012110240004-n1.htm

*6:http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013012401047

*7:http://sankei.jp.msn.com/world/news/130122/mds13012201350003-n1.htm

*8:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130121-00000008-jij-m_est

*9:http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2922437/10146636

*10:http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130122/crm13012221320023-n1.htm http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20130123-OHT1T00224.htm

*11:http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-19519720110214

*12:http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130125/crm13012507400006-n1.htm

*13:http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130122-OYT1T01698.htm

*14:http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324439704578254291048942884.html

*15:http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130121/crm13012109510006-n1.htm

「尖閣問題」とは何か(豊下楢彦著)に対する所感/takamm氏への返答

この投稿に至った経緯

この投稿は、id:takamm氏が、私のブログの記事(「自民党、政権復帰。しかし、圧勝に浮かれてはいけない。」)を引用した記事(「「嫌中・嫌韓」の友人と呑んで-彼は何に突き動かされているのか」)を書いたことに対する返答投稿だ。もっともtakamm氏の引用箇所は、私の自己紹介と当該投稿の4つの結論のうち1つだけで、かなり離れた2箇所を文脈を無視して繋げると、こういう切り取り方ができるのかと苦笑してしまったし、私の投稿の主旨(自民政権のとるべき行動)は、takamm氏の投稿の主旨(嫌中嫌韓の人の心底)に関係なさそうに思うので、とばっちり感が強いのだけど(笑)

私の投稿が引用されたので、takamm氏の投稿に対し、私は次のようなブクマコメントをつけた。

the_sun_also_rises
グローバル化の反作用としてのナショナリズムの台頭。これは日本だけでなく中韓にも顕著になっている動きだ。僕はこれをトレンドと捉えている。必要なのはコントロールすること。排外主義はまずいが愛国心は必要だよ

それに対して、氏より次のIDコールがあった。

takamm
セルクマ。ブログ更新。id:the_sun_also_rises コメント感謝。豊下楢彦「『尖閣問題』とは何か」(岩波現代文庫)をぜひお読みください。見解をうかがいたい。

私はIDコールで次のように返答した。

the_sun_also_rises_sub
id:takamm 主アカでメタブを積み重ねたのでこちらで/本を読む前に尖閣問題は記事を書くつもりなのでまずはそちらで/国際論の著作は立証できない事を主張する言は基本評価していない。そんな言説でないといいけども

このコメントには、takamm氏から「はてなスター」をいただいた。


この本に対する私の評価

豊下楢彦氏の著作を少しネットで調べると、かなり左に偏った主張を展開しているように思えたし、現在進行中の問題を問題勃発後わずか3ヶ月で出版した本の内容には期待できなかったので、正直言ってこの本を読むのはだるかった。しかし、私は尖閣問題に関してこのブログに記事を書きたいと思っているので、この本の中に私が持っていない視点があるかもしれないと思い直して、読むことにした。*1
結局、記事を書くより本を読む方が楽なので先にこの本をさくっと読んでしまった。そんなわけで当初の方針と異なり尖閣問題の記事より先にこの読書感想文を書いているわけだが、この本については、1020円+消費税という文庫にしては高い価格設定もあり、左派が好む言説とは何か知りたいという用途以外で、買って読む価値はないと思う。

「尖閣問題」とは何か (岩波現代文庫)

「尖閣問題」とは何か (岩波現代文庫)


軍事論あるいは軍事を含む国際政治論(国際関係論)の性質

この本を読みながら思い出したのは、大学時代のゼミの教授の言葉だった。私事になるが私は大学で国際関係論のゼミに入っていて、核戦略論に関する卒業論文(学士)を書くことにしたのだが、それを教授に伝えると次のようにおっしゃった。
「軍事はジャーゴンの塊だからそれを乗り越えなさい」
この言葉には、2つの意味があると私は解釈した。

第一の意味:軍事論はかなりの部分が技術論になる。そのためにジャーゴン(専門用語とそれが表す概念・技術という意)が多用される。それが理解できなければ議論の土俵にすら立てない。
第二の意味:一方で相手が軍事的に無知であると悪意ある論者が看過したとき、ジャーゴン(訳の分からない言葉という意)を多用し、相手を煙に巻いてしまう。そういった言説を行うべきでないし、そういった言説を行なっている人や書籍、文献などとは距離を置くこと。

私見ではあるが、現在、軍事に関係する国際政治論(国際関係論)の本で国内で販売されている書籍は、上記の「第二の意味」に該当するジャーゴンを多用するものがかなりの割合で存在し、読む価値がない、あるいは読んで信じてしまうと害悪があるものが多いと思っている。それらの本(以下、紛い物の理論の本という意味で「紛い物論本」と称する)は概ね次のような特徴(欠点)がある。


実証性の問題|社会科学も科学の一つであり実証できねばならない。

軍事論、国際政治論(国際関係論)は、社会科学の一分野だ。
確かに政治、特に外交と軍事の分野は機密が多く、実証が困難なケースが多いが、だからといって、「実証の必要性がない」わけではない。
少なくとも、その主張が事実に基づくことを示すため、その思考の根拠となったものを明らかにすべきである。
「紛い物論本」は、その論の肝心な部分で、思考の根拠になるものを示さない。
そしてそれを誤魔化すために、ジャーゴンを使用し、読者に読者自身の知識不足を匂わせ、自身の論を正当化することもある。すなわち、読者はそのジャーゴンを知らないはずなので、一般的な解釈ではなく、自分の論に都合の良い解釈を与えてもわからないのだ。(ひどい場合は読者に説明することなくジャーゴンを造語する場合もある) 読者は、新たな知識(似非知識なのだけどね)を得て一つ博学になったと思い、著者に感謝する一方で著者の論を信じる。これがジャーゴンの典型的な使い方のひとつだ。


客観性の問題|恣意的なトピックの選択

政治、外交、軍事などを扱う場合、それも歴史評価の定まっていない現在進行形の個別問題を扱う場合、その論にはその論者の政治的信条が影響する場合が多い。このこと自体はやむを得ないと思うが、「紛い物論本」の場合、それが顕著で、論者は自説の正当性、すなわち自分の政治的信条(時には単純な感情としか思えないケースもあるが)正当化する目的で書いている場合が多いと思う。
それなのに関わらず大抵の「紛い物論本」は、一見客観性が高いように装っている。
商業出版物の場合、「紛い物論本」であっても、ひとつひとつのトピックを読むと、なんとなく妥当な主張をしているように思える程度の書きぶりにはなっている。
実は「紛い物論本」が偏っているのは、トピックの選定だ。
全く表題と関係がないトピックが書かれるケースは稀だが、主題と関係性が薄いトピック、つまり時間的関係性、空間的関係性、論理的関係性などが薄いトピックが、整理されず脈略なく並んでいると「紛い物論本」の匂いが強くなる。
「紛い物論本」の著者は、まるで塩っ辛い味付けを薄めるために水を後足しするように、元々の論の恣意性が高いことを薄めるため様々なトピックをとりあえず陳列するのかもしれない。*2


有効性の問題|実現性の乏しい結論は無意味

端的に言ってしまえば、特に外交や軍事を扱った「紛い物論本」の結論は、「勇ましい」か「空想的理想論の塊」かだ。極端なものが多いと思う。
政治、外交、軍事などの議論は、現実の問題にどう対処するかを論じるわけであり、実現可能性がない議論ほど空虚なものはない。
「紛い物論本」を見分けるためには、最初に結論や提言を読み、「それは実現できるか?」を考えるとよい。
実現不可能な結論や提言が並んでいる場合、その本を読むのは大抵時間の無駄になる。
語弊を恐れずざっくり言ってしまえば、右寄りの読者は「勇ましい」結論を好み、左寄りの読者は「空想的理想論」を好む傾向があると思う。私はそのこと自体は批判しない。しかし、その政治的信条ゆえ、自分の好む結論に対する実現性の評価が甘くなることは認識しておくべきだろう。
「勇ましすぎる」結論も「理想的すぎる」結論も、現実社会の中ではほとんど実現しない。*3


この本を鳥瞰する

目次

この本は、序章から第六章の7つの章とあとがきによって構成されている。各章には、2~5の節があり数字で表されている。節にはさらに数個の項がある。項には数字ははいっていない。
章レベルの目次は次の通り。

序 章 「領土問題」の歴史的構図
第一章 忘れられた島々
第二章 米国の「あいまい」戦略
第三章 「尖閣購入」問題の陥穽
第四章 領土問題の「戦略的解決」を
第五章 「無益な試み」を越えて
第六章 日本外交の「第三の道」を求めて

ざっくりと説明すると、この本の構成は、序章~第三章の部分(以下、「前半」と称する)と、第四章~第六章(以下、「後半」と称する)の2つに分かれる。

前半の要約

前半は、アメリカと石原氏への批判が中心だ。その要約は次の通り。

尖閣諸島問題など日本の領土問題が複雑になっているのは歴史問題が交錯しているからだ。(序章)
尖閣諸島の日本領への編入と中国・台湾の主張を吟味したが、中国・台湾の主張は後出しの主張であり妥当性はない。尖閣諸島はまぎれもなく日本領である。(第一章)
尖閣の返還交渉では、日本はアメリカ、中国、台湾などと複雑な関係にあった。本来はアメリカは日本の主権を認めるべきだ。しかしアメリカは尖閣諸島問題に対し「あいまい」な対応を続け、それが問題を更に悪化させている。アメリカが「あいまい」な対応をとるのは「オフショアー・バランシング戦略」をとっているからだ。(第二章)
石原氏の「尖閣購入計画」が野田政権を尖閣国有化へ追い込んだ。その背景にはアメリカがあいまいな対応をしているのが尖閣問題で中国の不当な発言を許しているという問題がある。そこで石原氏はアメリカに出てこざるをえない状況を作る目的で、日中の緊張を煽り軍事紛争に持ち込もうとしている。(第三章)

後半の要約

後半は、提言中心となっているのだが・・・。言い淀んでいる理由は次に書いた要約から推察してほしい。

北方領土問題は、当初日本は2島返還でよいと考えていた。それをアメリカが恫喝し方針を変えさせた。日本はその呪縛から離れ外交目標に優先順位をつけ「戦略的解決(=2島返還)」を図るべきだ。一方、竹島は、紛れもなく日本領だ。しかし価値のない島で韓国と争うのは利益がない。韓国とも戦略的解決(竹島譲渡または放棄、あるいは主権主張の放棄)を行うべきだ。(第四章)
米中関係は構造的な変化を見せる。アメリカは中国との協調を志向している。日本の中国との対決姿勢はアメリカの方針と異なる。日本は中国との緊張を煽る無益な行動をやめ、中国との合意を目指すべき。その第一歩は資源だ。石油と漁業で妥協点を探れ。そして尖閣は領土問題と認め関係各国と協議に入れ。(第五章)
日本は対米追従対中追従でない第三の道を考えるべきだ。その方策として軍備を削減し軽武装による自主防衛、外交力を基本とした道を提唱する。
集団安全保障体制に移行することは日本の対米追従を強める。やめるべきだ。
日本のミサイル防衛政策は破綻している。無駄だ。核武装は考えるべきでない。
沖縄はアメリカの軍事戦略に組み込まれているため対中紛争が起これば、真っ先に攻撃をうける。沖縄はアメリカの戦略から離脱し、日米と中韓との橋渡しする独自の外交戦略をとるべきだ。
日米関係を基軸にするのでは展望が開けない。日本は全方位外交を行うべきだ。(第六章)

 

この本の問題点(1)|実証性の問題

この本の問題点のひとつとして、読んでいて、「あれ?そんな事実は知らないな」というものが多かった点がある。
そんな時、私は、脚注や参考文献を見るようにしているのだが、それでも判らずネットで調査したり、別に書籍を求めて検証しなければならないものが多かった。これはこの本に論拠を書いていないことが多いからだ。つまり実証性に問題があるということだ。
本来であれば、それをひとつずつ指摘すべきなのだが、それを本論(この投稿)に書くと、あまりに多いので、論の見通しが悪くなる。
そこで、『附論:『「尖閣問題」とは何か』に書いている内容は本当なの?』という別投稿に指摘をまとめたので、そちらを読んでほしい。
総じて、解釈を変えたり、検討すべきと思われる事実を書いていなかったり、異論があるものに対して一つの解釈をあたかもそれしかないがごとく断言しているなど、問題は大きい。


この本の問題点(2)|客観性の問題

この本の問題点のひとつに、尖閣問題とは関係が薄いとしか思えないトピックが多すぎるというのがある。
領土問題という点では、確かに北方領土竹島問題も同じ日本が抱える領土問題ではあるが、領有の過程・歴史、領土を奪われた経緯・歴史、施政権の現状、相手国など、全く異なるものであり、それらを無理やり同一視して共通項を見つけようとするのは、強引すぎると思う。*4 
その他、湾岸戦争イラン・イラク戦争*5横田空域*6第三次アーミテージ報告*7ブッシュドクトリン*8ミサイル防衛(MD)*9イランの核開発問題*10統合エア・シー・バトル構想*11国際海洋法条約*12などは、尖閣諸島の領土問題と関連性が大きいとは思えない。
それらのトピックは、全て日本かアメリカに対する批判という文脈で使われている。
この本の特徴は、執拗なまでのアメリカに対する不信感と非難だと思うが、それを強調したいがあまり、そういった関連性の低いトピックを並べているのではないか。


この本の問題点(3)|実現性の問題

最後の問題点は、結論の妥当性だ。

北方領土竹島問題の解決策

この著者の基本的なスタンスは、特に北方領土竹島において「争いは無益であるから、3つの領土問題ではそれが紛れもなく日本の領土であっても、相手国に譲歩し、領土の譲渡・放棄か、主権主張の放棄を行う」というものである。
この主張の問題点は、子どもの方が本質を突くかもしれない。
「公園でおもちゃ*13で遊んでいたら、大きな年長の知らない人がやってきておもちゃを盗られた」と泣いている子どもに、いろんな大人の事情で「我慢しなさい」と諭す大人の姿を思い浮かべたらいい。
「あのおもちゃは僕のものなのに、なぜ盗られたのを我慢しなければならないの? 代わりはないんだよ?」
この疑問に納得感ある答えを出せるだろうか?
この筆者は、「領土問題を解決するために、相手国に譲渡・放棄するか、領土だと主張するのをやめよう」というのを、国民の多数が納得すると思っているのだろうか?
他に方法があれば、それをとるべきだと思うだろう。
日本は民主国家であって、こういった国の根幹に関わる問題で、国民の多数が納得出来ない方策を実行できるはずもない。

尖閣問題解決の方向性

尖閣諸島の問題については、中国・台湾とは領土問題であることを認め、まずは資源問題から片付けようとしている。一つの選択肢ではあるが、日本が譲歩すべき根拠が薄い。さらにアメリカの領土問題の中立を捨てさせ、日本領だと認めさせるべきだと説く。これは正論であり日本外交の最終目標はここに置くべきだが、問題は時期だ。もし今すぐアメリカが日本領と認めたら、米中の関係は一挙に悪化し、東シナ海南シナ海全域で軍事緊張が高まるだろう。
それが解っているから、アメリカも簡単には了承しない。
この本全体に執拗に表れる筆者のアメリカへの不信感とあいまって、この本の筆者は、こういった強硬策を日本がアメリカに対して採ることで、日米関係の離反を望んでいるのではないかと勘ぐりたくなる。
リアリズム(現実主義)に立つと、尖閣問題については、他の方策を採るべきと思う。こういった領土問題には特効薬はない。じりじりとした動きに耐えながら、相手の反応に応じて対策をとっていくべきと思う。このことは後日「尖閣問題」の投稿に書きたいと思う。

沖縄問題

沖縄の基地問題は重要な局面を迎えている。この本で批判している内容は、沖縄の負担という点で考えさせられる内容だ。私は、沖縄の基地問題については、現在の自民政権で3つのバラバラな動き*14がはじまると思っているが、それらがはっきりしてきたらこれは別途記事を書きたいと思う。
それは認めたとしても、豊下氏の言う沖縄に対する独自外交の勧めは、沖縄の分離に繋がる考え方だと思う。それはとても危険な考えだ。
もし沖縄の分離論が現実味を帯びてきたりすれば、それこそ日米vs中国にのっぴきならない対立が生じ、日米vs中国の軍事衝突の危険が増す。下手をすれば内乱が発生し同国民同士が争う悲惨な状況になるかもしれない。
沖縄に対する独自外交の勧めは、かえって沖縄に戦争をおびき寄せる考え方だ*15。強く反対する。

軽武装外交力重視の戦略

最後に、軽武装で外交力を中心とした、独自外交の姿勢をとるべきだという主張については、現状の軍事情勢を無視した空論であると言いたい。


takamm氏はなぜこの本を薦めたのだろう?

なぜ、takamm氏は、私に対して「豊下楢彦「『尖閣問題』とは何か」(岩波現代文庫)をぜひお読みください。見解をうかがいたい。」なんてIDコールしたのだろうね? この本を読みながら、とてもいぶかしく思っていた。
それはどういう目的だったのだろうか?
少なくとも、takamm氏は、この本がよいと思ったから、薦めたのだろう。*16

推論1:私を試した?

takamm氏の元投稿「「嫌中・嫌韓」の友人と呑んで-彼は何に突き動かされているのか」を読むと、私もネトウヨ認定されているみたいに思える(笑)。つまり、彼の友人と私は、感情的な衝動により狭い見識で自分の主張をしていると思ったのかもしれないなと思った。今回、私が論理的な反論ができなければ、takamm氏のいう「優越が覆されるかも知れないことへの危機感、不正義を突き付けられることへの恐怖」によって、このような言説をとっているという論拠にでもなると思ったのだろうか?
この点で、ひとつ言いたいことがある。
保守とリベラル。この2つは政治に対する価値観の差であって、どちらかが優越するものではない。両方とも万能ではない。だから、現実にあてはめようとしたときには、保守とリベラル、どちらであろうと必ずうまく説明できない事例が発生し、それでもどう考えるべきかと突き詰めていくためには「深い知性」が必要になる。
「深い知性」がないと他責的な言をとりやすい。それが中国・韓国へ向かう人もいるし、そういった人を責める人もいる。情報が多くなり理解できない事象に苛立ちスケープゴートを見つけようとしているのかもしれない。スケープゴート探しは何ら現状を改善しないし、単なる知性の放棄でしかない。私は、対案を伴わない批判を安易に行わないようにして、こういった傾向にはまらないようには気をつけている。
当然、保守もリベラルも「深い知性」を備えている人より、そうでない人の方が圧倒的に多い。
私自身、単なるいちビジネスパースンでしかないし、休日にちょこっと本を読むぐらいしかできないわけで、現実の問題を見通すには圧倒的に知見が足りない。ただその点について、私は自分を過信しないし、謙虚な精神を維持できていると思っている。
私は「まだ見識が劣る人の言動」に対し自身の優越性を感じたりしない。*17
takamm氏が書いたような「優越が覆されるかも知れないことへの危機感、不正義を突き付けられることへの恐怖」というのは、全く的外れと指摘しておきたい。後ほど、リアリズム(現実主義)について記述するが、そういった感情と対極にある理論だと思う。

推論2:この本が本当に優れていて中立・公正な見解だと思った?

これが一番可能性が高いのかなと思う。
そうであればそのこと自体が、takamm氏の政治的信条、立ち位置を表しているのだろうなと思う。自分の意見に近い著作の評価は甘くなりがちだ。但しtakamm氏がいかなる政治的信条、立ち位置であっても全く差し支えないということは敢えて明記しておきたい。それを批判しているわけではない。
だからといって、このような党派性の強い主張の本を、中立・公正と思って誰とはなしに薦めているのであれば、それは感心しない。
それを理解するためには、次の本を読んでみてはどうかと思う。takamm氏の政治的信条、立ち位置を考えると、少し読んだだけで「これは偏っている」と感じるのではないか?

第二次尖閣戦争(祥伝社新書301)

第二次尖閣戦争(祥伝社新書301)


これも、『「尖閣問題」とは何か』と同時期に出版された本だ。
目次を列挙しただけでわかると思うが、これは「勇ましい結論」の「紛い物論本」のひとつと私は評価している。*18

目次
一章 正念場を迎えた日本の対中政策
二章 東アジアをめぐるアメリカの本音と思惑
三章 東アジアをじわじわと浸潤する中国
四章 やがて襲いくる中国社会の断末魔
五章 アメリカを頼らない自立の道とは

『「尖閣問題」とは何か』も『第二次尖閣戦争』も、冒頭で、久場島大正島のアメリカによる借受と、施政権と領有権を分離したアメリカの外交の二面性を指摘しているのが興味深いと思う。しかし、同じ指摘からスタートしているのに関わらず、結論は全く逆だ。
そして、『「尖閣問題」とは何か』は徹底してアメリカへの非難、不信が貫かれているが、『第二次尖閣戦争』には徹底して中国の弱点指摘の姿勢が貫かれている。
最後は、両方共、アメリカに頼らない独自の道を提唱している。しかし全く逆の方向で(笑)。
両極にあるものは、えてして左右正反対の鏡面反射のような関係になることがある。とても面白いと思う。これもその一事例だろう。
『「尖閣問題」とは何か』を薦めるのも、『第二次尖閣戦争』を薦めるのも、政治的立ち位置の左右の差はあれど、同じ事(=自分の政治信条の名刺代わりにはなっても、意見の異なる人には偏っている人と思われるだけ)と私は思う。


最後に。リアリズム(現実主義)の紹介

リアリズム(現実主義)とは

私は自己紹介に、「リアリスト」と書いている。リアリストは、リアリズム(現実主義)に基づく考え方をする人のことを指す。
リアリズム(現実主義)とは、国際政治論(国際関係論)の主要な理論のひとつだ。事実上の標準(デファクトスタンダード)といってもいいかもしれない。まずは、Wikipediaの記事を読んでほしいと思う。
リアリズム(現実主義)は、好悪、善悪を重視せず、国益をどう達成するかという観点で、国際関係を分析する。
そして他国との関係を、基本的には性悪説で捉えるため、冷たい、人間性に欠けると批判されることはあっても、takamm氏が指摘するような「隣国への優越感(およびその裏返しの劣等感、後ろめたさ)」はない。それどころか、そういった感情が残っていると正確な分析に差し支えるという考え方だ。
また、好戦的ではない。ほとんどのリアリストは、戦争を忌避する。但し、それは「戦争は悪である」という道徳的な捉え方ではなく、戦争は予測不可能な状況を生み、コントロール不能な状態になるからで、「コントロール」を重視する考え方だと思ってもらってもよいと思う。*19
さらに、takamm氏が指摘した現在の韓国のような「隣国が国力をつけ、戦争犯罪の問題は終わっていないと抗弁困難な主張」すること*20も、二国間関係で比較的よく起こるひとつのパラメーターと認識する。

takamm氏の元投稿について

在特会の主張には、あまり関心がないので詳しくは知らないが、ざっくりと見聞きした限りでは、彼らはリアリスト(現実主義者)ではない。
takamm氏の友人は、情報が少ないのでよくわからないが、まだリアリスト(現実主義者)ではなさそうに思う。しかし、その理論を知れば、シンパシーを持ってもらえるかもしれない。少なくとも、在特会のように「意図をもって」嫌悪を広めようとする人ではなさそうだ。
takamm氏の元投稿「「嫌中・嫌韓」の友人と呑んで-彼は何に突き動かされているのか」では、いくつかのサンプルを集め、共通の性質を探ろうとする方法をとっている。ご存知と思うが、この方法を「帰納法」という。しかし、いかんせんサンプル数が少なすぎる。そして異なる考え方を持つ人を同一視しようとしている。これでは説得力のある解は導き出せない。
それは帰納法を使う際よく起こす初歩的な間違いである「早すぎる一般化」という間違いを犯しているからだ。「早すぎる一般化」は、こちらの投稿(帰納法で失敗する原因)が、わかりやすく説明していたので、読んでもらえればと思う。
ネトウヨという侮蔑性のある言葉で、いろんな考えを持つ人を十把一絡げにはしないほうがよい。

id:takamm氏へ。
最後に一つ、言いたいことがある。
このような外交・政治に関わる290pに及ぶ書籍の所見は相当長文にならざるをえない。特にこの書籍には問題点が多すぎる。
今後「書籍の感想を求める」のであれば、まずご自身のブログにその書籍に対する意見を書き、論点を絞って意見を聞くようにしてほしい。今回は安請け合いをした私が悪いのできちんと書いたが、今後、その方法でなければご要望には添いかねる。また時間等の制約もあるので、例えそのように聞かれたとしても、必ずしもご要望にお応えするわけでない点も了解してほしい。

*1:もっとも読み終わった今は、安請け合いをした自分を呪っている。本の内容は簡単だったので3時間ほどで読み終わったが、この読書感想文を書くのはその10倍以上の時間がかかっている(笑) 本は最初から最後まで指摘すべき事項が続いているので(いわゆる突っ込みどころ満載という状態)、それを書くと文章量が非常に多くなった。

*2:恣意性を強く感じさせることを薄めるため、ジャーゴンが多用される場合も多い。

*3:私は「保守右派リアリスト」という立ち位置と自認している。リアリストという立ち位置を守るため、保守右派として「勇ましい」結論にやや甘くなりがちな傾向を認識し、書籍やその他の文献を読むようにしている。

*4:『「尖閣問題」とは何か』は、第4章全部を、北方領土問題、竹島問題にあてている。

*5:『「尖閣問題」とは何か』第2章 65-67p

*6:『「尖閣問題」とは何か』第3章 90-92p

*7:『「尖閣問題」とは何か』第6章 199-204p

*8:『「尖閣問題」とは何か』第6章 205-206p

*9:『「尖閣問題」とは何か』第6章 210-217p

*10:『「尖閣問題」とは何か』第6章 217-229p、263-269p

*11:『「尖閣問題」とは何か』第6章 256-263p、271-273p

*12:『「尖閣問題」とは何か』第6章 269-271p

*13:領土をおもちゃに例えるなんてという批判があるといけないので、ここでは子どもにとっておもちゃは「とても大切なもの」という意味で使っている。

*14:ひとつは期間を限定した一時的な辺野古移転を探る動きと普天間以南の米軍基地返還を早める動きがはじまると思う。残り2つについては現在はまだ憶測としかいえないので時期がくるまで伏せておきたい。

*15:これには前提条件が一つある。日本とアメリカの同盟関係が現状と同じくらい強固な状況が続いている場合という前提条件だ。もし日米が離反していれば、沖縄の分離活動が強くなると日本は中国に従属するしか選択がなくなるだろう。この筆者は一貫してアメリカへの不信を表明していることを考えれば、日米の離反、日本の中国従属というのが真意なのかもしれない。

*16:「本を読んで感想を聞きたい」というのは、手間かからずの反論メソッドとしても利用できる。相手に手間を掛けさせ、そして書いた感想のほんの一部だけを取り上げて再非難するメソッドだ。私はtakamm氏がそういった姑息な手段としてこのIDコールを行ったわけではないと信じたい。

*17:自分も「まだ見識が劣ること」を十分にわかっているから。

*18:事実の捻じ曲げの度合いは「第二次尖閣戦争」の方が「尖閣問題とは何か」よりましに思えるが、いかんせん結論が極端すぎ現実性がない。

*19:コントロールができるのであれば、対立を深める方策もとるため、好戦的と誤解されているかもしれない。しかしほとんどのリアリストの最終目標のひとつは「戦争回避」だ。その中で国益を最大化する方策を考えている。

*20:抗弁困難かどうかはわからないが、直接歴史問題を否定する方法に現状有効性がないのは認める。